第3章 (2)
そして日曜日。
「……どうしてこうなった」
と言って、今日子さんは天を仰いだ。
「どうしてって、わたしひとりじゃアウェーすぎるからですよ」
わたしたちは国立駅で待ち合わせて上りの中央線に乗り、三鷹駅の改札を抜けたところだ。今日子さんの態度のわけは、ほんとの目的地とその理由をたったいま話すまで内緒にしてきたせい。
「頼りにしてます、お姉ちゃん」
おねだり口調のわたしを、今日子さんは軽く睨んでため息をつく。
「はぁ。気づかなかった私の負けか……こっちだよ」
諦めた様子の今日子さんと一緒にバス乗り場へと向かう。行き先は三鷹国際高等学校、及び付属中学校。
調べておいた通りバスはすぐにやって来て、後ろのほうの席に並んで腰掛けた。
「買い物って言ったくせに」
「買い物もしますよ。たこ焼きとかリンゴ飴とかたぶんそういうやつ」
バスが走り出すなり今日子さんは愚痴った。とはいえそれは織り込み済み。最初から正直に言ったら来てくれないかもと思って、「吉祥寺らへんで買い物とかしましょう」と誘い出したからだ。まぁ隣駅だし、嘘はついてない。
今日子さんはもう一度ため息をついた。
「ほんと兄妹だよね……」
「心外です。むしろわたしたちが姉妹にしか見えませんよ」
なにしろ服装まで指定したからな。
今日子さんは立川で会った日に着てたクリーム色のワンピース、わたしは夏休みにお兄ちゃんに買ってもらったやはりクリーム色のワンピース。なお昼間の日差し除け兼、夕方以降に備えたであろう今日子さんのカーディガンと、わたしのショールまでチャコールグレーでお揃いなのは予定外で完全ペアルック。やだ照れる。
「かりんちゃんのほうがお姉さんに見えると思うけど」
拗ね顔で言われたのはちょっと不満でも、ナチュラルメイクの今日子さんに対してわたしは撮影用とまでいかずともほぼガチ状態、足下も桜色のパンプスで髪も巻いたしけっこうな本気モード。確かに、黙ってれば年上に見えるかもしれない。
胸もわたしのほうがあるしな、と思ってチラ見すると、脇腹を小突かれた。
「アイリと比べたらどんぐりの背比べでしょ」
……残念ながら否定は出来ない。
この件は引っ張ると辛くなるからやめることにして、わたしは話題を変えた。
「そいや今日子さん、なんで東高なんですか?」
これ訊くの、タイミングもなくてずっと忘れてたんだよね。
「なんでって?」
「だってほら、付属の中学受験したのに高校でまた、しかも公立って不思議だなーと。学校が嫌いってこともなかったと思いますし」
信者みたいのが逆にめんどくさかった、とかはあるかもしれないけど。
「あ、うーん……それアイリにも訊かれたんだけど……」
今日子さんはそこで口ごもる。アイリも訊いたんだ。そりゃそうか。
「いやな思い出でもあるんですか」
「そういうわけじゃないよ。ただ、居心地はそんなに良くなかったかな」
踏み込みすぎちゃったかな、と自分でも思う質問を、今日子さんはすぐに否定してくれた。それから少し目を細めて続ける。
「……アイリから聞いてるかもしれないけど、それまでぜんぜん相手にされてなかったのが、突然手のひら返されちゃったのがね」
そういうもんか。でもそれで、外部受験までしちゃうもんなのかな。
「かりんちゃんみたいに、もともとかわいかったらまた違ったのかな」
細めたままの目をわたしに向けて、口元だけで今日子さんは笑った。
もう勘弁してください、とわたしは内心で謝りつつ、まったく別の言葉を返す。
「モテるのが得だと思ったことなんてないですよ」
美人に産んでもらったのが得だと思うことはあっても、それはまた話が違う。
そこで急に今日子さんが窓際の席から身を寄せ、少し深刻な声音を出した。
「あんまりそんなこと言っちゃだめだよ? すごい反感買うから」
「そのぐらいわかってますってば。いまは今日子さんだからです」
ほどほどに悪くない相手を選んでさっさと彼氏作っちゃえば良かったのかもしれないけど、モテるのに誰とも付き合わないでいると友達にすら白い目で見られる。主に若葉とか。
「……そっか。うん、安心した」
今日子さんは身を離して窓の外に目を向け、話は途切れた。あるいは身に覚えがあるのか、これ以上続けたくないという意思表示なのかもしれない。大人しくわたしも口を閉ざし、ただバスに揺られるに任せた。
やがて目的地が近づいてくる。
「あー……ほんとに来ちゃった……」
「いまさらです。お姉ちゃん、案内してください」
バスを降り、わたしたちは校門をくぐった。
「おお。なんか、すごいですね」
6学年あるんだから当たり前だけど、まず敷地がやたら広い。グラウンドも分割されてて、小さめの大学ぐらいありそうだ。そこに色とりどりの出店やさまざまな催事スペースが並び、制服や部活のユニフォーム、あるいはなにかの仮装に身を包んだ大勢の生徒たちが走り回る。もちろんそれに比例して来場者の数も多い。
「中高まとめてやるからね。規模はやっぱり東高より大きくなるかな」
つーか中学からこれってのがすげぇ。うちのとこなんてクラスごとに決めた課題の発表とか夏休みの自由研究の展示とかがほとんどで、楽しいお祭りごとって思ってる生徒はぶっちゃけほとんどいない。
「でもかりんちゃん、ふたりがどこ回るか知ってるの?」
ふたり、とはもちろんお兄ちゃんとアイリだ。
あの曲とデートについて聞いたあと、まだ伝えてないことにして、とわたしはお兄ちゃんに口止めした。すると、そもそもこの件はもうしばらくわたしに内緒にして欲しいと言われてたらしく、あっさり了承してくれた。簡単に口を割ることを見抜けなかったのは、アイリがまだお兄ちゃんのシスコンを軽く見てるのだろう。
それからなにも知らないふりでアイリに連絡を取り、文化祭行くから案内してと平常運転を装って頼んだら、なんと土日ともに断られた。
先約でもあんの、と尋ねたところ「かりんが来て楽しいところじゃないから」と冷たい声であしらわれてしまった。
しつこく食い下がって気取られたくもなかったのでそこは引き下がり、そういうつもりならこっちにも考えがある、と直接邪魔しに来たのがここまでの流れ。
先に出発したお兄ちゃんにも、今日は友達と出かけるとしか伝えてない。
「いいえさっぱり。中学の校舎ってどっちですか?」
今日子さんを巻き込んだのは、先の通り案内とアウェーでの盾役、さらにいざというときの仲裁役を兼ねて欲しかったからだ。わがままな妹でごめんなさい。
「……けっこう、行き当たりばったりなんだね」
「なんとかなりますよ。わたし、こういうの見つからなかったことないんです」
「なるほど、これが……」
そのあとの呟きは、声が小さくて聞き取れなかった。
なにがなるほどなのかはともかく、わたしの偶然体質はこんなとき便利だ。小5だったか、友達の飼ってた猫が家出したときも、みんな散り散りに探すなかなんとなく覗いたコンビニの裏手に隠れてるのを見つけたのはわたしだったし。虎次郎兄ちゃんが上級生にいじめられてる場面を発見したのも、確かふいにひとりになりたくて校舎の普段行かないとこぶらぶらしてるときだったな。
こっちだよ、と歩き出す今日子さんに付いていくと、『中等部校舎』の案内板が目に入った。
「わたしのことなんて、みんな忘れてればいいけど」
「無理でしょう。きっと見つかり次第囲まれますよ」
アイリと唯さんの言いようからして、伝説はいまだ健在に違いない。むしろ半年の不在でその価値が高まってるまである。
何度目かわからないため息を、今日子さんは恨めしげにこぼす。
「はぁ、せめて帽子でもあればな……」
「それがあるんですよ」
と言ってわたしはバッグからオフホワイトのキャペリンを取り出した。
「え?」
そのまま有無を言わさず今日子さんの頭に被せる。うむ。思った通り。
「……ねぇ、かりんちゃん?」
今日子さんの声が微妙に硬い。
「どうしたんですか? 似合ってますよ」
「狙ったよね?」
「はい、もしかしたら会いたくないひととかいるかもしれないし、変装用になにかあったほうが好都合かと思って。わたし用意がいいんですよ」
なおキャペリンとはつばの広い、女性的でエレガントな印象のあれだ。
わたしの言葉に正面から応えず、もう一度今日子さんは同じことを言う。
「狙ったよね? このために服装まで指定したんだよね?」
あ、ばれました?
「とても似合ってます」
我ながらこれは完璧なチョイスと言うほかない。いまの今日子さんは、どこからどう見てもひと昔前の病弱お嬢様系エロゲヒロインだった。
「……絶対復讐してやる」
そう言いつつ、今日子さんは帽子を目深に被り直した。この型が、顔を隠すのにうってつけなのは事実。変装道具として気を遣ったのも嘘じゃないのだ。
その一方で、いたずらにも正当な理由はある。
「なに言ってるんですか。こっちこそ、これはネコ耳メイドの仕返しです」
「あ」
あのときのやり取りを思い返すに、あれは間違いなく今日子さんもグルだ。
自分だけ着せられるのがそんなにいやだったのか知らないけど、ゲームに気づいたとしてもわたしを逃がさないよう、お兄ちゃんに抱き込まれてたに違いない。
「もう忘れてると思ったのに……」
甘いです、とわたしは笑った。まぁほんとのことを言えば、和樹に端を発したごたごたで、しばらく忘れてたのは事実だったんだけど。
中等部校舎に入ると、お祭りの喧噪は落ち着いたように感じた。浮ついたムードはあってもそこはまだ中学生。とわたしが言えた立場じゃなくても、緊張が勝るのは特に新入生あたりにとっては仕方あるまい。
「せめて、後ろに隠れるのをやめてもらえませんか」
ただ違う種類のざわめきが起こり、わたしの居心地がやや悪い。
「わたしは変装中だもん。自己責任でしょ」
つれない今日子さんの返事に、今度はわたしが天を仰ぐ。
なにあれ芸能人? モデルじゃない? なんて声がちらちら聞こえ始め、それが伝播するにつれて視線も集まる一方、歩む先の道が勝手に割れてモーゼ状態。
いや、本気出してきたのはわたしだけどさ。
「アイリで慣れてるんじゃなかったんですかね……」
少しでも気配を殺そうとしてるのか、今日子さんの返事はない。足音もほとんどしないし。あなたはホームなんだから、そこまで警戒することないでしょうに。
これじゃわたしのほうが矢面じゃないですか、と思いつつ、外で貰ったパンフレットに顔を隠して行き先を考えることにした。
幸い1階にあるのは1年生の教室らしく、周囲の生徒も初々しい姿ばかりだ。いまのところわたしも今日子さんも正体がばれてる様子はない。階段を上がり、3年生の領域らしい3階へ向かった。
ほんとについて来てるか不安になって、またわたしは今日子さんに声をかける。
「あいつのクラスって知ってます?」
「そこまでわかんないよ。かりんちゃんこそ知らないの?」
良かったちゃんといた。そんな細かい話までしないです、っていうのはお互い様ですよね。仕方ない。
「済みません、ちょっと聞きたいんですけど」
わたしは近くを通りかかったひとりの女子生徒を呼び止めた。
「あ、はい……」
軽く引かれた様子で、わたしは内心ちょっとへこむ。威嚇してないよ?
「藤崎ってハーフの子がいると思うんですけど、どこのクラスかわかりますか?」
尋ねると、その子は急に表情を硬くする。
「知りません、失礼します」
しかもそれだけ言うと、足早に去ってしまった。
あれ? 直接の知り合いじゃなかろうと、同学年にあんな目立つ生物がいたら知らないはずないのに。たまたまこの階にいた下級生だったのかな。
それにしたって知ってておかしくないと思うんだけど。うちの中学だと、少なくとも女子でわたしの所在を知らない子はいないともっぱらの噂だし。
「アイリ、実は学校だと地味なふりしてたりとか……」
思ってもないことを言いながら振り向くと、今日子さんの姿がなかった。
「って逃げたし!」
やられた! そりゃ顔バレのリスクは学年ごとに上がるだろうけど!
ギャルゲー専じゃなかったのかよ。まさかリアルのスネークプレイも得意だったとは……。
でもあの格好だったら目立つし、まだそんな遠くにも行ってないはずだし、ときょろきょろ見回してると、別の女子が声を上げた。
「ねぇ、あれ……もしかして、かりんじゃない? 『Cathy』の」
やっべばれた。くっそ、このときのための盾役だったのに……。
ほんとだ、まじじゃん、うわ顔小っさ、足長っが! 実物あんなかわいいんだ、なんて聞こえてくるけどそれぜんぶアイリに負けてる部分だし。嫌味かよ。
とは言うまい。……はぁ、今日子さんも見失ったし、もう開き直るしかないか。
「ごめんなさい、アイリのクラスわかるひと、誰かいませんか?」
諦めてわたしは撮影用の笑顔を作り、周囲を見回しながら言った。わたしが誰かわかるのであれば、これで充分通じるはず。
ところが逆に、あたりは水を打ったように静まり返った。
「アイリって、わたしと一緒に『Cathy』に出てる子、知ってますよね」
訝りつつもう一度尋ねても、応える声はない。一番近くにいた子に視線を向けると、なぜか顔を逸らして後ろに下がった。
これ……まさか、そういうこと?
気分の悪い想像に思い至り、増え続けるギャラリーから離れようとした矢先。
「知ってるよ」
おもむろに響いた声に振り向くと、ひとりの女子が囲いを割って進み出た。声同様に表情もやけに挑戦的で、わたしに向かってあごを上げて腕を組む。
「なに、あいつと仲良いの?」
ずいぶん綺麗な子だった。顔立ちも整ってるしスタイルだって悪くない。制服の着こなしも上手くアレンジされてるし、勝ち気な態度にふさわしい華もある。それこそ読モだと言われたところで、誰も疑わないに違いない。
「親友だけど。悪い?」
わたしは腰に手を当て、あえてのモデル立ちで応えた。アウェーでよくやるなとは自分でも思うけど、ここはいっそ威圧するぐらいでちょうどいい気がする。
「ふぅん。そうなんだ」
わざとらしく鼻で笑い、じゃこっち、と腕組みしたまま親指で後ろを示した。芝居がかった振る舞いが板についてるところや周囲の様子から察するに、きっと女子カーストのトップか、少なくともそれに準ずるぐらいの立場にいる子なのだろう。
その後ろについて歩き出すと、もう一度いやな笑いをわたしに見せた。
「残念。あんたのことは応援してたのに」
きっと育ちの良い子なんだな、とわたしは軽く呆れる。昔住んでたところで初対面の相手にこんな態度を取ったら、鼻パンぐらいされても文句は言えない。
もちろんやらないけどさ。お兄ちゃんじゃあるまいし。
「嫌われてんだね、アイリ」
替わりにそう、状況からの妥当な推察を答えた。
「そりゃもう。あいつ空気だから」
これまでアイリと付き合うなかで、もちろんそれを考えたことはある。学校が好きじゃないというなら、そんなのは真っ先に思いつく。
「なんかやらかしたの?」
ただ想像を超えてたのは、どうやらその加害者が生徒の一部じゃないどころか、学年ぐるみの仕業であるらしいことだ。さっきのギャラリーの反応からして、驚くべきことに男子すらも荷担してる節がある。
いくら女子に反感を買ったところで男子陣があれを放っておくわけないし、そこまでひどいことにはなるまい、というわたしの見込みは甘かったようだ。
「ここだよ」
問いに相手は答えず、看板に『お化け屋敷』と書かれた教室の扉を開けた。
「いらっしゃい……あ、さやか」
「お岩さんいる?」
わたしをここまで案内した子が受付の子に尋ねた。お岩さんってあだ名にしてもひでぇなと思うも、お化け屋敷なのだから、その扮装をしてる生徒のことだろう。
っていうかそれ、もしかして……と思いつくのと同時に、受付の子が言う。
「それがさぁ、あいつ今日ばっくれてんだよね。ほんとむかつく」
小さく舌打ちして、さやかと呼ばれた子はわたしに振り向いた。
「聞いての通り。いないみたいね」
……予想通りでうんざりした。アイリのお岩さんとか、狙いがあざとすぎていっそシュールとさえ思う。
こういうことであれば、わたしがここへ来ることを拒んだのは、お兄ちゃんの件がなくても本心だったのかもしれない……って、あれ変だな。
それなら、なんでお兄ちゃんは呼んだんだろ。
浮かんだ疑問を遮るように、受付の子が勢いこんで言う。
「つーか聞いてよさやか。さっきLIME来たんだけど、あいつ高等部のほう行って男とデートしてるって。しかもめっちゃイケメン。見てこれ」
向けてきたスマホをわたしも背後からこっそり覗くと、写メにアイリとともに映ってるのはお兄ちゃんだった。はいはい知ってた。
「まじやばくない? どこに生息してんだろね、こんな男」
ごめん、うちの2階だわそれ。
『さやか』は呆然とした声をこぼす。
「嘘……なにこれ……あり得ないんだけど」
うーん複雑。このさやかって子にはざまぁみろと言いたい一方、わたしはそのデートを妨害しに来たわけで。あといつもながらあのバカが外面だけでこんなふうに評価されちゃうこともまた、妹として残念な気持ちになる。
「……絶対許さない」
呟くなり、さやかは背後のわたしを押しのけるように教室を出た。
「ちょっと注目」
あとからわたしも教室を出ると、さっきみたいにギャラリーが集まってくる。わたしに目を向ける生徒もいるとはいえ、大半の女子はさやかを注視してる。大したカリスマ性だな。
それから強い語調で言った。
「ビッチがまた調子に乗ってるみたい。高等部にいるっていうから、手の空いてる子、一緒にいる男に教えてやって」
は? いやいや。
「ねぇあんたなに偉そうに言ってんの? もちろんサボりは褒められたもんじゃないけどさ、デートぐらいさせてやりゃいいじゃん。文句ならあとで言いなよ」
反射でツッコんじまった。大したダブルスタンダードだなわたしも。まぁそれはいいや。
振り返ったさやかが、また腕を組んでわたしを侮蔑的な目で睨む。
「ふぅん。あいつの肩持つんだ」
「親友だって言ったでしょ」
わたしも同じような眼差しで返した。
そもそもサボりたくなる理由を作ってるのはこいつらなのだ。いくらアウェーだからって、こんなのを言わせておく気になれない。ほかにも一般客はいるんだし、わたしにそう無茶な真似も出来まい。
つーかこいつ人前で堂々とそんなこと言って大丈夫なのかよ。実はバカなのか?
「みっともないよあんた。ダサいことしてる自覚ないの?」
それがないからこそのいじめっ子なのは知ってるけど、巻き込まれる周辺の子はその限りでないのもまた常識。いまわたしが言ったのは、さやかよりむしろギャラリーに対してだ。
ちらり見渡せば、言われた通り去る子もいるものの、逡巡した様子の子も見受けられる。
さやかもそれに気づいたのか、また舌打ちした。
「みっともないのはあいつだから。女のクズだよ」
「クズはあんたじゃん。ビッチとかモテない女の常套句でひとディスってさ」
実際こんだけ目立つ子がモテないとは考えにくいけど、こういうのってだいたい負け惜しみなんだよな。とはいえアイリだし、相手が悪いか。
「ビッチだからビッチって言ってるんだよ。部外者は黙ってて」
口が減らないのはご立派。しかしあいつ未経験なのに、ってのは言いふらすことでもないし、黙っておくことにしよう。
「さては彼氏でも取られた? だとしたらそれ、あんたの性格が悪いからだよ」
と言うと、表情に初めて焦りが見えた。あれ。図星だった?
「……あんたもそういう女なんだ」
さやかは唇を歪めてわたしをいっそう強く睨みつける。それからまだ近くに残る女子たちに向けて言った。
「書き込んでやって、かりんもあいつと同類だって! ひとの彼氏横取りして、適当に遊んで飽きたら捨てるハイエナみたいな女だって!」
うーんやっぱバカなのかも。
「その喩えなら、捨てられた彼氏を狙う女が正しいんじゃないの?」
「うるさいヨゴレ! あんたにも思い知らせてやる!」
「……へぇ。言うじゃん」
わたしはさやかに一歩近づいて見下ろした。背丈はさほど変わらないようでも、学校指定のローファー(学校帰りに直で撮影に入るとき、アイリも履いてるから知ってるのだ)に対し、ヒールのぶんだけ目線はわたしのほうが高い。
「掲示板かなんかに悪口書き込んで、それ見て内輪で笑うんだ?」
はい全力威圧モード発動。あんま言いたかないけど、わたしはこういうシチュエーションにわりと慣れてるのだ。
息を呑むさやかを見て、また図星だったとわかる。簡単だなあんた。
「あとはその盛り上がったあたりのスクショ撮って、ユーザーネームのとこだけ加工で消してプリントアウトして机のなかに入れたりするんだよね。楽しい?」
同世代でこれやってびびらなかった女子にはまだ出会ったことがない。いじめっ子の類いはたいてい、攻め手にばかり長けてガードの甘い傾向がある。
「ところでわたし学校違うんだけど。どうやって思い知ったらいい?」
少し怯んだ様子ながら、それでもさやかは言い返してくる。
「だからなによ! 関係ないでしょ!」
まぁ、言い返せてないんだけど。あんたにも、っていま自分で言ったばっかじゃねぇかよ。どうやって泣かそうかなこいつ。
「関係あるよ!」
……と、そこで叫んだのはわたしじゃない。
際だった存在感を持つその声は、周囲を一瞬で沈黙させた。
静寂のなか、聞き覚えある美声のしたほうを、わたしだけでなく、さやかもギャラリーもひとり残らず振り向く。
「わたしのいない間に、こんな品のない文化が復活してるとは残念だよ」
え? おい、いまの声、もしかして?と、何人かが気づき始める。
やがてクリーム色のワンピースをお嬢様然に着こなし、白のキャペリンを目深に被った姿が人波を割って現れた。
「なんかエロゲヒロインみたいなひと来た!」
と言ったのは今度こそわたし。今日子さんは足を止めて脱力したように俯くも、すぐ背すじを伸ばすと、帽子を勢いよく脱いでわたしに向かって投げた。
「お久しぶり、みんな」
なにその変身ヒーローっつーかヒロインな登場。キャペリンを受け取ったわたしが白い目を向けると、今日子さんもジト目で返してきた。
だっていまのは勝手に消えた仕返しですよ、とアイコンタクトを送ったら、伝わったのか小さくため息をつくのが見えた。
え、あのふたりって知り合い? なんか服も被ってるよね、実は姉妹とか? といった声がちらほら聞こえてくる。でもエロゲ言っちゃった直後で格好被ってるはちょっと微妙。
「今日子先輩だ!」
そのうち誰かが言うと、ざわめきはすぐ怒号に変わった。
「おい今日子先輩来てるぞ!」
手近な教室の扉を開けて叫ぶ生徒も多数。それに応じて教室からも、パニック映画みたいな勢いで次々に生徒が現れる。
1分と経たず、わたしとさやかは完全に脇役へと落ちてしまった。
すげぇ。これが伝説の勇者か……。
驚き半分呆れ半分で、わたしの戦闘民族モードも沈黙。
今日子さんはつかつか歩み寄り、向かい合うわたしたちの横に立つ。
「わたしのこと忘れちゃったみたいだね、小野寺さん」
それからさやかを見て、小さく首を横に振った。
「みんな覚えててくれたのに。悲しいな」
忘れてればいいけど、とさっき言ったのにはツッコむまい。にしてもなんだこの役者っぷり。こんなひと知らねぇっつーかわたしの周り役者多すぎ。
小野寺、というのは名字だろう。さっきわたしに威圧されたときより縮こまって見えるのは気のせいじゃなさそうだ。
「そんな……忘れてないです、先輩のことは」
「そうなの? でもわたしの言ったことは覚えてないみたいだけど」
さやかは唇を噛んで目を落とす。
「わたしはそういうくだらない遊びを認めない、って言ったはずだよ?」
今日子さんの声はまるで脅すようには聞こえず、むしろ普段に輪をかけて優しいぐらいだ。けれどそれが逆にプレッシャーなのは、わたしにも伝わってくる。
「だって、それはあいつが……」
「アイリはわたしとの約束を守ってる、って言ったよ。小野寺さんとも関わってない、って。それともあの子がわたしに嘘ついてるのかな」
つーかもの言いにしても、勇者ってより魔王降臨かもこれ。
「そ、そうですよ、あいつが嘘つきなの先輩も知ってるでしょ?」
「そうだね。でもわたしに嘘ついたことは一度もないよ」
「だから、あいつはその先輩の信用を裏切ったんですよ!」
えれぇ必死だなさやか。そんなに今日子さんが怖いのか。
でもアイリが嘘つきってとこは、今日子さんも否定しないんだな。それちょっとショック。
「そっか。ショックだな」
と、わたしの内心を代弁するようなタイミングで今日子さんは言った。
「信じようと思ってたのにな」
「そうですよ! 先輩も早く気づいてください、あいつが最低な女だって!」
息巻くさやかの口元に向け、今日子さんは片手を広げて制する。
「あのさ」
それから手を下ろし、ひと呼吸置いて続けた。
「わたしがいまショックだったのは、小野寺さんが嘘つきだってことだよ」
「違います、みんなもわかってるよね、あいつのせいだって」
慌てて周囲に助けを求めるさやかに、応える声はない。
「ほんとに忘れてるんだね。わたしが裏も取らずにこんなこと言うと思ったの?」
今日子さんもあたりを見回し、その様子に満足したように微笑んだ。
「ここへ来るまでに3人ばかり問い詰めてきたよ。アイリは大人しくしてる、けどいつまでも根に持ってる小野寺さんが再開したんだ、って口を揃えてくれた」
「誰ですか、そんな適当なこと」
最後まで言わせずに、今日子さんはさやかの悪足掻きを切って落とす。
「『先輩さえいなければ、もうこっちのものだ』なんて、面白いこと言うね。さすがにひとり残らず面倒見れるわけじゃないから、あなたに情報源は明かさないよ。でもわたしにそんな嘘つける子がいるかどうか、そろそろ思い出したほうがいいんじゃないかな」
再び唇を噛み、さやかはそれっきり黙った。勝負あり、ってとこか。
さてここまで置いてけぼりのわたしがどう感じたかというと、ぶっちゃけ少し鼻白んでる。閉鎖的な環境では独自の文化が育ちやすいとはよく聞くものの、こんな小芝居が普通に通用する学校とかいったいどこのゲーム世界だよ。
「あのー、ちょっと付いてけないんで。解説いいですか」
授業中みたいに手を上げると、今日子さんはまたジト目を向けてきた。
「かりんちゃん、さっきわたしが逃げたと思ったでしょ」
「……違ったんですか?」
正直に言うと今日子さんは、そう思われるのはわかってた、と嘆息した。
「こうなった以上、詳しいこともあとで説明するけど……アイリがいじめられてるってことは気づいたよね」
「みたいですね」
「まぁ、わたしのなかではさっきまで過去形だったんだけど」
「進行形みたいですね」
そこで今日子さんは、いったんわたしから視線を外した。
ギャラリーに向かって首を巡らせ、がっかりした、と呟くと、みんな一斉に気落ちしたのがわたしにも見て取れた。
それから、なかでも特に落ち込んだ様子の相手に顔を向ける。
「その首謀者が、こちらの小野寺さやかさん」
「そうみたいですね」
「一度は解決したはずだったんだけどね。さっきかりんちゃんがアイリの教室尋ねてたときの反応から、また始まってるのがわかったから。確認したくて知ってる子探してたんだよ」
あー……。なるほど……。
「でもそれならそれで、ひと言断ってくれたら良かったんですよ」
拗ねるわたしに、今日子さんもまた拗ねたように言い返す。
「正確なところがわかるまで、出来れば目立ちたくなかったの。かりんちゃんの連れだなんて思われてたら、隠れて動けないでしょ。そんな悪役令嬢みたいに派手な格好して」
それわたしも家を出る前に鏡見たとき思いましたけど! 言うならもっとふさわしい相手が目の前にいるでしょうに!
「そういう今日子さんこそ根に持ってるみたいですよ?」
「かりんちゃんが意地悪なこと言うからだよ。わたしは清純派です」
自分で言っちゃったよこのひと……。エロゲーマーのくせに……。
「これまでの経緯で判断するなら、どう見ても腹黒ですけどね」
「も、もう! 混ぜっ返さないで、かりんちゃんは誰の味方なの」
「ちょっと難しいですね。敵の敵、という意味でなら小野寺さんは味方とも言えますし。まぁ個人的に不快なので、ここではアイリの味方をすることにします」
「……じゃそれでいいよ。とにかく」
今日子さんは再びさやかに向き直る。ひとまずわたしに構うのはやめたらしい。
「二度目だよ、小野寺さん。忘れてないなら、次はわかってるよね」
すっかり意気消沈して足下に視線を固定するさやかを、びっしぃ!と指さして今日子さんは言い放つ。
「わたしは仏じゃないから、三度目はないよ」
えーと、なぜそんな、無駄に名言っぽいことを……
と、せっかく空気を読んで笑いを堪えたのに、ギャラリーから爆笑が上がった。
「出た! 今日子語録その8!」
「違ぇよ、7だって! その8は『あなた、背中が煤けてるよ』だから!」
麻雀強そうだな! でもなに言ってるのかさっぱりわかんねぇよ!
そのままそこらじゅうからどっかんどっかん笑いやらツッコミやらが立て続けに飛び出し、文化祭そっちのけで謎の今日子祭りが始まった。
わたしはすっかり蚊帳の外で、まんざらでもなさそうに微笑む今日子さんをただ憮然として眺める。
もうやだこのわっしょいムード。どっかでお茶でも飲みてぇ。
「やれやれ……なんだ、今回おれの出る幕はあまりなさそうだな」
そこで唐突に、これまた聞き慣れたイケメンボイスが響いた。
今日子さんも気づいたらしく、そっちへ振り返る。ほら言ったじゃないですか、こういうのわたし必ず見つかるんですよ。
だんだんとお祭りから離れて意識を向ける子もちらほら現れ、長身から頭半分、あるいはひとつ覗かせた顔に、とりわけ女子がわかりやすく反応する。
「せっかくアイリの前でいいとこ見せようと思ってたのに、ちょっと悔しいな」
なにあれ、超カッコよくない? みたいなコメントがあとに続くなか、さっきの今日子さん同様ギャラリーを割って現れたのは、
「かりんと十六夜さんがこんなところでデートしてる理由は、あとで訊くとして」
誰かなんて言うまでもないな。あんたもヒーローものかよ……。
「アイリ、あれが例のさやかちゃん?」
遅れてきたもうひとりの役者は、対象に目を少し留めたあと、背後に向かって話しかけた。するとアイリも姿を見せ、わたしに気づくと顔を逸らした。
「そう、です」
「わかった」
お兄ちゃんは短く答えると、気弱げに頷くアイリの肩を軽く叩き、衆人環視のなかを颯爽とショーモデルみたいに歩いてくる。
「ごめんなかりん、ちょっと待ってて」
隣に立つなり頭をひとなでしようとする、その手をわたしは払った。なにがごめんなのかはわたしにも謎だ。とりあえず謝っとけばいいと思ってんのか。
人前、と小声で言うと、お兄ちゃんはいつものように肩をすくめる。
それからわたしと、今日子さんをもくぐり抜け、さやかの目の前に入り込んだ。
「へぇ。綺麗な子だな」
っていきなりなに言ってんだあんた。わたしもそう思ったけどさ。
「え、あ……ありがとう……」
さやかはお兄ちゃんに照れ混じりの笑顔を向ける。
文脈を考えたら額面通りに受け取れるはずなくとも、アイドル顔負けの反則的なイケメンに問答無用で褒められたと思えば、この反応も無理はない。そいやさっき写メも見てたしな。
でも可哀想に、確信を持って言うけどあんたこれからろくな目に遭わない。
お兄ちゃんはにこにこしたまま、さやかに向かって一歩踏み出す。
近すぎだろ、とはさやかも思ったのか、逆に一歩下がった。
すかさずお兄ちゃんがまた一歩踏み込む。さやかはまた下がる。繰り返し二歩、三歩。すぐにさやかは行き場を失い、背を廊下の壁に預ける格好になる。そこで、
どん。
お兄ちゃんはさやかの顔の、すぐ脇の壁に手を突いた。
ここまで息を呑んでたギャラリーが、壁ドンだ、壁ドンだな、と騒ぎ始める。
「あの……え? なに?」
目をぱちくりさせて頬を赤らめるさやかを、わたしは乾いた気持ちで眺める。お兄ちゃんがどう収拾つけるつもりか知らないけど、この先みんなが期待するような展開にはならない、とわかってるからだ。
「間近で見ると、いっそう綺麗だ」
と言って、お兄ちゃんは空いたほうの手をさやかのあごにかけて上を向かせた。
あごクイだ、必殺コンボだな、とまたギャラリーがざわめく。
隣の今日子さんが、わたしの耳元で尋ねてくる。
「いいの? あれ」
「いいんじゃないですか?」
どうあれわたしの目の前で変なことするはずないし、この場は知らん。いやすでにしてると言えばしてるんだけど。
「え、待って……いきなり……」
と言いつつ、さやかはあまりいやがってるように見えない。どころか声のトーンからしてちょっと喜んでるまである。なんじゃそりゃ。あんたがビッチじゃん。
その表情を眺めつつ、お兄ちゃんは冷ややかに笑った。
「まぁでも、品のない女は好みじゃない」
そしてあごと壁から手を離す。やがて言葉の意味を理解したのだろう、さやかの顔から血の気が引き、すぐにまた、おそらくは違う意味で赤くなった。
お兄ちゃんは満足そうな面持ちで、もと来たほうを振り向いて手を伸ばす。
「おいで、アイリ」
招きに応じて、アイリもおずおずと近くまで歩いてきた。
さやかと向かい合うその表情に、いつもの自信はまるで感じられない。美しい金髪を除けばどこにでもいる女子のような、ひと回り小さくなったようにすら見える姿に、アイリにとってこの学校がどういう場所であるかわかって心が痛む。
みんな息を殺して見守ってたのは、そう長い時間じゃなかったと思う。
それでも場の緊張に耐えかねたのか、さやかはなにか言おうとする。
「あんた、また」
瞬間、待ち構えてたかのようにお兄ちゃんが口を挟む。
「汚いものは相手にしなくていい。アイリにはおれがついてる」
言うなりアイリの身体を、言葉を断ち切られて立ちすくむさやかの、隣に並べる格好に押しつけて壁ドン。
「虎次郎さん?」
「『アイリーン』はピンクのスプレーバラだったね。花言葉は『気品』、それから『美しい少女』」
突然のことに驚く、アイリの反応もろくに待たずにうんちくを披露。
からのドヤ顔であごクイ。
「きみにぴったりの名前だ」
え? とさらに動揺した様子のアイリに顔を近づけ、
「ちょっと待てええええええええええええぇ!!」
唇どうしが触れる直前でわたしは叫んだ。
「公衆の面前でなにしようとしてんだあんた!」
あっぶねぇ! 流れが巧みすぎて見逃すところだった!
いつの間にか無言になってたギャラリーも同様だったのか、すげぇな、映画かと思った、と遅れ気味に感想を漏らし始めた。
「つーかアイリも拒めよ! ここ学校だろ!」
「そう思うならさっき止めるべきだったんじゃないかな……」
今日子さんのツッコミはスルー。というより正論すぎて言い返せない。
そういう空気じゃなくなった、と諦めたのだろう。アイリはあごにかけられたお兄ちゃんの手を引きはがし、残念そうに口を尖らせる。
「さやかのときは黙って見てたくせに……」
自分だって黙ってたじゃん。その後の展開はともかく、あの子にやるなんてあんたも思ってなかったってことだろ。
「お兄ちゃんも。いつまでくっついてんの」
でもこっちは誤算だった。あそこで止めなかったら絶対やったよな。こいつほんと怖ぇな。気をつけよう。
「……やっぱり、そういうわけにはいかないか」
少しふてくされたように、お兄ちゃんも壁に突いた手を離した。
「当たり前だっつーの。ここは日本」
とりあえず帰ったら殴るとして、いまはこれで充分でしょ。
「ほら行くよもう。アイリも。……今日子さんはどうします?」
それにわたしの用件はこれからが本番だしな。
「え、行くってば、まさか置いてくつもりだったの?」
だって居心地良さそうじゃないですか。お姉ちゃんの嘘つき。
自分で連れてきといて、と愚痴る今日子さんも合流し、わたしたちは歩き出す。
「なんでよ……」
そこに背後から痛々しい声が響いた。
「なんなのよ! 汚いのはそいつじゃない!」
振り向くと、さやかが泣きそうな顔でアイリと、お兄ちゃんを睨みつけてる。
あーあ。これ以上傷口が広がらないようあえて触れないでいたのに、自分から足突っ込んでくるとかまじバカだなあいつ。もう逆転の目なんてないっつーの。
とはいえ無視も出来ない。どうすんのあれ、とお兄ちゃんに目配せする。
この場を治めるのに一番向いてそうな、今日子さんも沈黙してる。ここまでやったからには自分で責任を取れ、ってことなのだろう。
お兄ちゃんはわたしたちを意味深に眺め、なぜかいたずらっぽく笑う。
続けざまアイリに身を寄せ、さやかに向けては鼻で笑った。
「きみとアイリとのことは聞いてる。要するにだ」
そして今度は止める間もなく、
ちゅ。ちゅ。
アイリの両頬にキスをした。わざわざ、さやかに見える角度で。
ああああああああああああ! と今度の叫びは間一髪、声には出さなかった。
かたやギャラリーから歓声が上がるなか、わたしは隣で吹き出す今日子さんの脇をこっそり小突き、幸せそうに頬を押さえるアイリを見て複雑なため息をつく。
呆然と言葉を失うさやかに、お兄ちゃんはぶっきらぼうに言う。
「男が惹かれるのは気位の高い女じゃない。誇り高い女なんだよ」
だからそういう名言っぽいのいらねぇから! 張り合うなよ!




