敬愛なるお嬢様、俺の声は届いていますか?
「キース……これ似合うかしら?」
「大変お美しいです。良くお似合いですよ。可憐な花が咲いたようです」
「お世辞いいすぎ……」
お世辞でもなんでもない。本当に心から思った事を言ったのだ。
マリアお嬢様が晩餐会に参加するという事で、ドレスを仕立てたのだが、今日は仮縫いができたドレスを試着しているのだ。
お嬢様の美しいアメジストの瞳にあわせて、濃いめの紫色のしっかりとした布地に、白の透ける布地を重ねて、透き通った淡い紫色がキラキラした美しい色合いにしあがっている。
デザインもほっそりとしていて華奢な、お嬢様の可憐な長所を引き出し、小柄で細すぎる体の欠点をカバーする上品な仕上がりになっている。
職人に良い仕事をしたと褒めたいくらいだ。
服装に興味のないお嬢様は普段から質素な物しか身につけず、お茶会なども「私はお茶を淹れに行くだけだから」とついつい動きやすく楽なドレスで行きがちなのだ。
昼間に行われるお茶会ならともかく、夜の晩餐会は正装が必須。それなのにお嬢様は普段通りの質素なドレスを仕立てようとしていた。慌てて俺と仕立て職人が止めて、色々アイディアを出して仕立てたのがこれだ。
「でもこのドレス見た目以上に動きやすいわ。袖周りもコンパクトな半袖丈だし、コルセットもないし、裾も長すぎなくて。これならお茶を淹れる時も邪魔にならなさそうだわ」
今回もお茶を淹れに行くだけだから、動きやすいドレスでという要望だけはお嬢様が譲らなかったので、職人が苦労して仕立てたようだ。
お嬢様の美しい姿を堪能しつつ、本番の晩餐会でこのドレスを着ている姿を見られないのがとても残念に思っていた。
お嬢様は自分の外見を過小評価しすぎなのだ。お父上譲りの艶やかな漆黒の黒髪は絹糸のように美しく、お母上譲りの透き通った美しい色合いのアメジストの瞳、きめの細かい陶磁器のような肌。一つ一つのパーツはおとなしめでも、全体のバランスが整った品の良い顔立ち。小柄で華奢で思わず守って差し上げたくなるような体型。
普段から多少の化粧とおしゃれな服で着飾れば、どこの令嬢にもひけを取らない美貌であると思うのに、本人は過小評価しすぎなのだ。
晩餐会でお嬢様の美しさを認めさせたいと思う気持ちと、悪い虫がつかない様にこのまま閉じ込めてしまいたいといういう気持ちが入り交じって複雑だ。
本当ならお嬢様をエスコートし、悪い虫から守って差し上げたいが、残念ながら俺の身分ではそんな事はできない。こういう時にあいつが羨ましくなる。
あいつというのはジェラルドの事だ。あの男はこの国の王子であり、貴族であるお嬢様と並ぶ事が許される……嫌、悔しいがお嬢様とは身分違いなほど位が高い人間だ。いくらでもワガママは許されるだろう。
あの男が王子だと知った時は確かに驚いたが、だからといって態度を改める気はまったくない。お嬢様にまとわりついて困らせるだけのお荷物だと今でも思っている。
本当はお嬢様に近づけさせたくない。しかし自分の力ではどうにもならない。
俺が悪いのだ。お嬢様に邪な気持ちを持って、それを押しつけてしまった。恋愛に興味のないお嬢様でもさすがに俺の気持ちに気づいただろう。少し距離を取られてしまった気がする。
俺の言葉もあまり耳を貸してくれなくなった。
もし俺がお嬢様の従兄弟だと知ったら、お嬢様は少しでも俺の事を見てくれるだろうか?
たぶん何も変わらないと思う。お嬢様は人を身分や肩書きで判断しない人だ。俺の事も使用人として見下す事もなく、本当に大切な事は耳を傾けてくれる。
俺がジェラルドを近づけたくないというのも、俺自身の身勝手な嫉妬心に過ぎない。
「キース」
考え事に没頭していた所を、名前を呼ばれて慌ててお嬢様の顔を見る。少し恥ずかしそうに照れている姿が死ぬほど可愛い。
「着替えるから出て行って」
「失礼しました」
慌てて部屋を出て自室に戻る。着替えに手間取るだろうからしばらくお呼びはないだろう。今のうちにできる仕事は済ませてしまおう。
俺はお嬢様宛の郵便物の仕分けにかかった。他の貴族からの茶会の招待状だったり、ロンドヴェルムからの茶葉の輸入に関する書類の手紙だったり、お嬢様に届く手紙は多い。それらに軽く目を通して、お嬢様に必要な物かどうか選び出すのも仕事のうちだ。
しかしお嬢様の手紙に混じって、1通だけ俺宛の手紙があった。旦那様からの手紙だった。
お嬢様の近況を伝えるためにマメに連絡していたのだが、お忙しいので旦那様からは必要な時しか返信はなかった。
今回はどんな用件だろう。緊張した面持ちで丁寧に封を開けた。
『キースへ
マリアの近況をいつも知らせてくれて感謝している。私はマリアの事が心配でならない。都は貴族達の魔窟だ。そんな危険な場所でマリアが傷つけられないか心配している。
ロンドヴェルムの街はもう復興に向かっている。この先マリアがアルブムにいなくても、茶葉の輸入はある程度見込めるだろう。
だからマリアに帰って来て欲しい。そう説得してくれないだろうか?
それから何度も言っているが、マリアの茶園で作られたお茶は決して他の人間に飲ませてはいけない。それだけは注意して見守って欲しい。
頼むぞ、おまえだけが頼りだ。私の甥よ。』
読み終えて俺は涙がにじみそうになった。旦那様の気持ちは痛いほどよく分かるし、俺だってお嬢様を連れて帰りたい。
だが俺の言葉はお嬢様には通じない。お嬢様は俺からどんどん遠ざかり手の届かない人になってしまった。それが悲しくてならない。




