秘密の花園
良く晴れて気持ちの良い天気。空の青さを見てると故郷で茶摘みに精を出していた頃を思い出した。青空の下植物に囲まれているせいもあるかもしれない。今庭園は春の花々が咲き乱れ、とても美しい光景だった。
ジェラルドが来てから数日、気持ちの落ち着かない私は、本を読む事を諦めて気分転換にティモシー家の庭園を歩く事にした。
ティモシー家の館は貴族としては都のはずれの辺鄙な場所にあるが、その分土地があるのか庭は広大で、様々な植物が植えられていた。
美しい花だけでなく、薬草やハーブ類も種類が多く、茶の木もある。温室まであり、温かい地方の植物が植えられている。庭園というより植物園の方が近い。きっと学術研究熱心なティモシー家の人々だからこそ、これだけの種類の植物があるのだろう。
ぼんやりと歩いていると迷子になりそうな広さだった。
うろうろと歩いていると高い生け垣に囲まれた一角にたどり着いた。ぐるりと回って入り口を探すと、蔓草の花が咲き乱れる門があった。古びた作りの門は少し触れただけで壊れてしまいそうな脆さを感じる。
この先に何があるのだろう。ふと好奇心が沸いてきて、そっと扉を押してみた。
扉はあっけなく開き中の光景が目に飛び込んできた。私は思わず感嘆の声を上げてしまった。
その扉の向こうは今までの植物園といった趣の庭園とは全く違っていた。緻密に計算されて美しく整えらた花々は、一目で観賞用というのが分かった。
私はその景色に心を奪われつつゆっくりと扉の向こうの花園へ足を踏み入れた。
特徴的なのは青い花が多い事だ。確か植物的には青い色素を持つ花というのは少ないそうなのだが、ここでは青い花をメインに、その他の色の花は青い花を引き立たせるように存在していた。
うっとりと見とれながら歩いていると花園の中心に一つの石碑があった。
「アンネ……人の名前かしら?」
名前の書かれた石碑……それは誰かの墓としか考えられない。それに気づいた瞬間、私はいたたまれなくなった。勝手に入り込んで良い場所では無いのかもしれない。慌てて振り返ると、扉の付近にソフィア様がたっていた。とても儚く悲しげで、今にも消え入りそうな風情がいつものソフィア様とは違った。
「ごめんなさい……勝手に入ってしまって」
「いいんだ……。自由に歩き回って良いって言ったし。それにマリアにここを見て欲しかった。いつか聞いて欲しいと思っていた話があるんだ……長い話になるけど良いかな?」
ソフィア様の憂いに帯びた瞳に見つめられ、私は思わず頷いた。ソフィア様はふわふわと漂う用にゆっくりと歩いてこちらにやってくる。
そして石碑の前に立つとそっと石碑に手を触れた。
「ここはね私の妹……アンネの墓なんだ……」
その重い言葉は私にずしりと響いた。ソフィア様の妹という事はずいぶん若くして亡くなったのだろう。何も知らない私でも悲しくなる。
ましてソフィア様の心はどれほど傷ついている事か……。無言で石碑を眺めるソフィア様の背はか細くて震えているように見えた。
どれだけ長い事無言でいただろう。ソフィア様はゆっくり口を開いた。
「アンネもまた私と同じように、父に連れられてラルゴとジェラルドと会っていた。私達4人は幼なじみだった。それがいけなかったのかな……。子供の頃はただ無邪気にみんなで遊んでいただけなのにね……」
ソフィア様の声は震えて、涙声になってくる。私は彼女を励ましたくて、そっと後ろから抱きしめた。ソフィア様は驚いたように振り向いて私を見つめた。
「長くて悲しい話だけど聞いて欲しい」
そう言ってソフィア様が話し始めた話は、まるで美しい桜が満開になったかと思うと散ってその後腐り、枯れてしまったかのように、美しく、残酷で、悲しい話だった。
アンネの事、ジェラルドの事、ラルゴ皇太子の事、皆へのソフィア様の気持ちがあふれんばかり。あまりに長い話に、聞き終わる頃には夕暮れになる頃ほどだった。
最後まで聞き終わる頃には、私はすべてを理解した。ラルゴ皇太子とジェラルドの確執、そしてジェラルドが人を殺めた経緯が。
「マリア……聞いてくれてありがとう……」
「いいえ……私を信頼して話してくださってありがとうございます。でももう日が暮れます。冷えますから館へ帰りましょう」
ソフィア様はゆっくり頷いた。それから二人で歩きながら、今聞いた話を頭の中で整理して考えた。この先自分が何をすべきか。そして館に着く頃には心が定まって覚悟ができた。
館に戻った後はソフィア様と別れ自室に戻る。呼び鈴をならすとすぐにキースがやってきてくれた。
「お呼びでしょうか? お嬢様」
私はキースの目を真っ直ぐに見つめていった。
「私は晩餐会に参加するわ。それ用のドレスを新調したいの。仕立て職人を呼んでもらえる?」
キースは慌てて何かを言いかけて、その言葉を飲み込んだ。たぶん止めようとしてやめたのかもしれない。キースに止められても私は考えを変える気は無い。その覚悟がキースにも伝わったのかもしれない。
「かしこまりました。お嬢様」
キースはただそう言って、丁寧にお辞儀をした。




