揚げ栗と団長
栗の鬼皮は、手強い。
熱湯に浸けておいた栗を一つ取り、包丁の顎を栗の底に引っかけ、ぐっと手前に引く。――ぱきっ、と小気味よい音がして、硬い殻が一枚めくれた。
(よし、いい感じ!)
残りの鬼皮も同じ要領で剥いていく。渋皮に多少の傷がついたって構わない。今日はこれを、渋皮ごと揚げていくのだから。
かまどの上では、ニンジンとカボチャ、二つの小鍋が湯気を上げている。
一つの鍋で煮てしまえば楽だけれど、炊き合わせはこうして別々に煮るのが基本だ。食材ごとに一番美味しい状態を引き出していくこの作業は結構楽しい。ニンジンは甘めに、カボチャは煮崩れないよう弱火でそっと。
先ほど火から下ろしたごぼうとツチタケは、蓋をしたまま味が染みるのを待っている。
調理台の端では、研いだ米がしっかりと水に浸かっている。ハタケシメジはほぐして、フェングリフの肉と一緒に蒸し器に入れる直前の状態。卵スープの卵も溶き終えている。
鬼皮を剥き終えた栗を布巾で丁寧に拭き取り、温めた脂の中へそっと滑り込ませた。
しゅわわっ、と微かな音が上がる。
(そういえば、揚げ栗に青のりかけて食べてたな……。粉チーズもいいんだよね、塩と一緒に振って。……ってそもそも粉チーズって何から出来てるんだっけ? パルメザンチーズ? 今度探してみようかな)
まあ、今ないものを考えてもしょうがない。塩だけでも十分に美味しいはずだ。
串を刺してみたら、すっと通った。引き揚げ時だ。
網の上で油を切り、ぱらりと塩を振る。深い茶色に変わった一粒を、口に入れた。
カリッと渋皮が軽快な音を立てる。
「あふいっ!」
中はほくほくで、しっとり甘い。油の香ばしさと塩気が、栗本来の甘みを押し上げてくる。
「はふっ、美味しい! これはお酒にも合うはず!」
自分でも納得の出来に思わずもう一つ手が伸びかけた、その時だった。
「リーナ、いるか?」
低い声に視線を向ければ、入り口からの光が大きな影で遮られていた。
バルトロメオ団長だ。いつもの黒い外套に、鈍く光る銀の留め具。背筋が勝手に、しゃんとする。
「だ、団長!? い、いらっしゃいませ。すみません、まだ準備中で……何か召し上がりますか?」
「いや、大丈夫だ」
団長がカウンター前の椅子に腰を下ろす。
何度迎え入れても、このこぢんまりとした店に公爵様が座っている光景には慣れない。
リーナはふと、手元にある揚げ栗を見た。
「じゃあ、これだけでも。揚げたてなんです」
小皿に盛って差し出すと、団長は渋皮のついた茶色い粒を、珍しそうにしばし眺めた。
「揚げたのか。焼きではなく」
「はい。渋皮ごと、じっくりと」
「秋になると焼き栗がよく執務室に出てくるんだが」――そう呟いて、団長が栗を口に運んだ。
カリカリッと音が響く。
団長はゆっくりと口を動かしながら、視線だけを手元の小皿に残った栗へと落とした。
(……どうかな。渋皮、気にならないといいけど)
祈るような気持ちで見守っていると、団長はごくりと飲み込み、そのまま視線を留めていた二つ目へと手を伸ばした。
(あ、よかった。お気に召したみたい)
「美味しい」なんて言葉なくても、自然と伸びる手が、何よりの答えだ。
「リーナ」
三つ目を飲み込んでから、団長がようやくこちらを見た。
「アードフェストのことは聞いているか」
「はい。アデラインさんから。大きな宴があるとか」
「なら話が早い。最終日の宴で、特別な一皿を出す料理人を毎年指名しているんだが――今年はリーナ、お前に任せたい」
(はい? 特別な一皿? ってなに?)
初めて聞いた言葉だ。
「みなが持ち寄る料理とは別だ。アードベルの祭りにふさわしいもの。何を出すかは、リーナ。お前に任せる。リーナの作るものなら、間違いないだろう」
飾らない言葉でまっすぐに向けられた信頼が、嬉しい。嬉しいのだが……。
(「間違いない」か。最高の褒め言葉だけど、同時に最高にハードル高いんだけど……!)
プレッシャーで胃が少しキリキリする。でも団長からの依頼。ここで応えなければ女が廃る。
「が、頑張ります。いいものをお出しできるように」
「ああ。期待している」
気づけば、小皿は空になっていた。
団長の視線が一瞬だけ皿に落ち、それからすぐに逸れる。
「もう少しいかがですか?」
「いや、十分だ。夜の営業にジュードたちが来るのだろう? これはあいつらの酒のあてにしてやるといい」
団長が外套を翻して店を出る。それと入れ替わりに、店の扉がカランと開いた。
「――団長!?」
驚いたように声を上げたジュードの後ろには、ガレスとルークの姿もある。
「おう」
団長が短く応じて、去っていく。ジュードはその後ろ姿を呆然と見送ってから、すぐさまカウンターまで歩み寄り、身を乗り出してきた。
「何の用だったんだ、団長。……っていうか、すげえいい匂いすんだけど!」
「アードフェストの依頼かな。……と、それから、これ」
リーナは揚げ栗の残りを小皿に盛って、三人の前に置いた。
「揚げ栗。お酒のあてにいいかなって思って」
「いただき!」
ジュードは栗を一つ口に放り込み、目を丸くした。
「……うまっ! 焼き栗とは全然違うな。無限に食えるわ」
ジュードが入り口の方をちらっと振り返り、感心したように首を傾げる。
「……道理でな。団長、なんかいつもより機嫌が良さそうだったわけだ」
「ふふ、そうかな? あ、今からご飯炊くからもう少し待ってね」
リーナは空の皿を片付けながら、こっそり胸を張った。
後ろでは「おい最後の一個!」「ガレスさん取りすぎですって!」「はあ? 早い者勝ちだろうが」と騒がしい声が聞こえてくる。
振り返ると、ジュードが二人の隙をついて最後の一粒を掻っ攫っていた。
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