表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【WEB版】和食で騎士団を虜にした令嬢は、婚約破棄から人生やり直し中です~小料理屋から始まる、美味しい第二の人生~【書籍化】  作者: 梅澤 空
実りの秋編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

143/143

秋のきのこ定食

 マリアの店の棚を、リーナはもう一度ゆっくりと見渡した。

 シュネーボネットを探しに来たが、棚にその姿は見当たらない。


「ごめん、リーナ。まだ入ってこないのよ。入ったら真っ先に知らせるから」


 マリアにそう言われて、リーナは眉を下げた。こればかりは気長に待つしかない。


(早くお目にかかりたかったんだけどな)


 代わりにと、隣のベラの店で立派なカボチャを見つけ、迷わず抱え込んでしまったのがいけなかった。


(重い‥‥‥。カボチャ、最後に買えばよかったかも。まだ買うものあるのに‥‥‥)


 腕にずっしりくるカボチャを抱え直して、リーナは市場の石畳を歩いていた。


 行き交う人の流れに押されるように、次の店先へと向かう。

 ひときわ人だかりができているのは、きのこの店だった。大ぶりで、傘がしっかりと閉じた茶色のマッシュルームが売られていた。今年の初物だからなのだろうか、客たちが次々と手を伸ばしていた。


(マッシュルーム、大人気ね)


 その人だかりを避けて脇へ回ると、奥まった台の上に灰褐色のきのこが株ごと置かれていた。

 前世のしめじに似た姿に、リーナは足を止める。人気のマッシュルームの陰に隠れているせいか、値段はお手頃だ。


(ちょっとだけ、見せてもらおうかな)


 一株手に取って、さりげなく鑑定をかける。


『ハタケシメジ』『特性:歯応えがあり、奥深い旨味を含む』


(やっぱりしめじ! これは買わないとね)


 にまにましてるのが自分でも分かる。ちょっと怪しい人物かもしれない。

 ハタケシメジの横に、もう一種類。気になるきのこが置かれていた。


(あれ? これも……しめじ?)


 ぱっと見の印象はぶなしめじに近い。だがよく見ると、傘はしめじっぽいが、その下から伸びる柄が、細長い。一本一本がすっと伸びていて、傘の部分と少し釣り合わない。


(柄、えのきみたい……)


 前世のえのきは真っ白で細くて、こんなに傘が大きくなかった。でも念のため、一株手に取って鑑定をかけた。


『エノキタケ』『特性:シャキシャキとした歯ごたえと、ほどよい粘り。あっさりした旨味』


(えっ? えのき!?)


 思わず手の中の株を見直してしまった。


(……これが、えのきなの? それともえのきと言う名前の別物だったりするの?)


 柄だけを見れば前世のえのきの面影がある。けれど傘のしっかりとした感じはしめじだ。


(あ、そっか。スーパーのえのきは、日光を当てずに育てたやつだった気がする。本来のえのきを見たことないけど、こういう茶色くて立派なのかもしれないわ)


 迷わず手を伸ばして、エノキタケもハタケシメジも店の人に包んでもらった。

 帰ろう、と踵を返しかけたとき、市場の一角にひときわ熱気を帯びた人だかりを見つけた。


(……何かあるのかな?)


 人垣の隙間に潜り込もうとしたが、腕のカボチャが邪魔で体が入らない。何回かジャンプをして、ようやく木箱の中身がちらりと見えた。


(松茸……? いや、あれよりコロンとしてる。なんだろう……)


 鑑定をかけて確かめたいが、人が多すぎて近寄ることすらできない。

 背伸びをして覗き込んでいると、周りの客たちが口にしている値段が聞こえた。

 桁違いの金額に、リーナは静かに息を吐いて背伸びをやめた。


(……うん、無理)


 今のリーナにはとてもではないが手が出ない。一つ買っただけで仕入れの予算が吹き飛んでしまう。


(くっ! そのうち絶対買ってやるんだから!)


 心の中で誓って、リーナは熱気あふれる人だかりに背を向けた。


 ***


 仕入れたばかりの食材を調理台に並べ、リーナは中身を一つずつ取り出していった。

 丸々としたカボチャに、ハタケシメジ、エノキタケ。


(よし、まずはご飯から。きのこ見たときに、炊き込みご飯って決めてたんだ)


 ハタケシメジの包みを開く。手早く米を研ぎ、酒と出汁、塩、それからジャンをほんの少しだけ加える。そこに、ほぐしたハタケシメジをたっぷりと乗せた。火にかける前に、そのまま置いておく。


(十五分……いや、二十分は浸しておきたいかな。その間に他を片づけちゃおう)


 次はカボチャだ。


 丸くて重いカボチャは、勢い任せに切ろうとすると包丁が滑って危ない。

 まずはヘタを取り、その中心に菜箸をぐっと押し込んで小さな穴を開ける。ここに包丁の刃先を立てて支点にすると、驚くほどすんなり刃が下りてくれるのだ。前世で無理やり切ろうとして怪我をしそうになった経験からの、ちょっとした知恵である。

 ぱかり、と気持ちのいい音を立ててカボチャが割れた。種とワタを掻き出し、一口大に切り分けて面取りをする。


 鍋に並べ、調味料と出汁をひたひたに注いで火にかけた。

 今日の定食のメインはエノキタケを使ったエノキバーグだ。


(やっぱり、何度見ても面白いし、違和感がすごい)


 傘の部分は味噌汁用に脇へよけ、柄を刻んでフライパンで炒めておく。お米をかまどへ移す頃には、カボチャの煮物のいい匂いが厨房いっぱいに広がっていた。


 いよいよメインの仕上げだ。

 粗熱のとれたエノキタケをひき肉と合わせ、塩とコショウ、少量の醤を加えて手早くこねる。エノキタケの粘りが良いつなぎになってくれるため、片栗粉はほんの少しで済んだ。


 小判型に成形したタネを、油を引き直したフライパンへ並べる。じゅうっと食欲をそそる音が響いた。


 小さめに作っておいた味見用のエノキバーグを、箸で摘まむ。湯気の上がる熱々のエノキバーグに、ふうっと息を吹きかけて齧った。


「あつっ!! あっついけど美味しい!」


 肉汁がじわっと広がって、そのあとにエノキのシャキシャキが来る。火を通しても潰れない、エノキ独特の弾力。噛むたびに肉の旨味とキノコの旨味が順番に追いかけてくる。


(うん! これはいけるんじゃない?)


 残りも口に放り込んで、しばらくもぐもぐと噛み続けた。


「きのこのこのこげんきのこ……」


 我ながらご機嫌だ。ふんふんと鼻歌を歌いながら、出汁の鍋に、よけておいたエノキタケの傘を加え、火が通ったら味噌を溶き入れる。

 お玉で汁を少しだけ小皿に取り、ふーっと息を吹きかけてからそっと口に含む。


(うーん、沁みる~! キノコから良いお出汁が出てる)


 納得のいく味に仕上がったことを確認し、火から下ろしてリーナは一息ついた。

 開店まで、あと少しだ。


 ***


「リーナちゃん、今日の定食はなに?」


 カランと扉の鈴が鳴ると同時に、聞き慣れた明るい声が飛び込んできた。常連のトムと鍛冶屋のハンスだ。


「いらっしゃいませ! 今日はハタケシメジの炊き込みご飯に、エノキバーグ。それにカボチャの煮物、お味噌汁もついてますよ」


「ほう、きのこ尽くしじゃねーか! ってエノキバーグってなんだ? 変な名前だなぁ。ひき肉ステーキにエノキタケを混ぜたのか?」


 トムが身を乗り出す横で、ハンスが期待を込めるように目を細めた。


「そうなんです! 独特な食感になって美味しいですよ!」

「へぇ、美味そうだな。そういや、ハンスはきのこ好きだったな」

「分かってるなら、邪魔するな。早く食べたいんだって!」


 トムに揶揄われ、ハンスが我先にと席に着く。


(仲いいな~。本当にこの二人のやり取りは見ていて飽きないわ)


 きのこ好きのハンスに、きのこ尽くしの定食。これ以上ない組み合わせだ。リーナは手際よく盛り付けを済ませた。


「おお、これは……」


 ハンスが真っ先にエノキバーグにかぶりついた。


「うまっ!! エノキタケが肉の脂と旨味をしっかり吸ってる。ジューシーなのに重くない。いいな、これ」


 あとはもう、一心不乱に食事を進めていく。トムの方も、キノコの旨味が染みたご飯を頬張り、「これこれ、この味が最高なんだよな!」と驚きの声を上げていた。

 空っぽになっていくお皿と、元気になっていくお客さんの姿。それを見届ける瞬間が、リーナは何よりも好きなのだ。


 たっぷり仕込んだはずのご飯も煮物も、すでに鍋の底が見え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 キノコ入りハンバーグ…美味しくない訳がないですね!肉の旨味とキノコの食感の組み合わせは良いですし。 椎茸が有れば傘部分使って肉詰めとか出来たんですが…残念! それでは今日はこの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ