秋のきのこ定食
マリアの店の棚を、リーナはもう一度ゆっくりと見渡した。
シュネーボネットを探しに来たが、棚にその姿は見当たらない。
「ごめん、リーナ。まだ入ってこないのよ。入ったら真っ先に知らせるから」
マリアにそう言われて、リーナは眉を下げた。こればかりは気長に待つしかない。
(早くお目にかかりたかったんだけどな)
代わりにと、隣のベラの店で立派なカボチャを見つけ、迷わず抱え込んでしまったのがいけなかった。
(重い‥‥‥。カボチャ、最後に買えばよかったかも。まだ買うものあるのに‥‥‥)
腕にずっしりくるカボチャを抱え直して、リーナは市場の石畳を歩いていた。
行き交う人の流れに押されるように、次の店先へと向かう。
ひときわ人だかりができているのは、きのこの店だった。大ぶりで、傘がしっかりと閉じた茶色のマッシュルームが売られていた。今年の初物だからなのだろうか、客たちが次々と手を伸ばしていた。
(マッシュルーム、大人気ね)
その人だかりを避けて脇へ回ると、奥まった台の上に灰褐色のきのこが株ごと置かれていた。
前世のしめじに似た姿に、リーナは足を止める。人気のマッシュルームの陰に隠れているせいか、値段はお手頃だ。
(ちょっとだけ、見せてもらおうかな)
一株手に取って、さりげなく鑑定をかける。
『ハタケシメジ』『特性:歯応えがあり、奥深い旨味を含む』
(やっぱりしめじ! これは買わないとね)
にまにましてるのが自分でも分かる。ちょっと怪しい人物かもしれない。
ハタケシメジの横に、もう一種類。気になるきのこが置かれていた。
(あれ? これも……しめじ?)
ぱっと見の印象はぶなしめじに近い。だがよく見ると、傘はしめじっぽいが、その下から伸びる柄が、細長い。一本一本がすっと伸びていて、傘の部分と少し釣り合わない。
(柄、えのきみたい……)
前世のえのきは真っ白で細くて、こんなに傘が大きくなかった。でも念のため、一株手に取って鑑定をかけた。
『エノキタケ』『特性:シャキシャキとした歯ごたえと、ほどよい粘り。あっさりした旨味』
(えっ? えのき!?)
思わず手の中の株を見直してしまった。
(……これが、えのきなの? それともえのきと言う名前の別物だったりするの?)
柄だけを見れば前世のえのきの面影がある。けれど傘のしっかりとした感じはしめじだ。
(あ、そっか。スーパーのえのきは、日光を当てずに育てたやつだった気がする。本来のえのきを見たことないけど、こういう茶色くて立派なのかもしれないわ)
迷わず手を伸ばして、エノキタケもハタケシメジも店の人に包んでもらった。
帰ろう、と踵を返しかけたとき、市場の一角にひときわ熱気を帯びた人だかりを見つけた。
(……何かあるのかな?)
人垣の隙間に潜り込もうとしたが、腕のカボチャが邪魔で体が入らない。何回かジャンプをして、ようやく木箱の中身がちらりと見えた。
(松茸……? いや、あれよりコロンとしてる。なんだろう……)
鑑定をかけて確かめたいが、人が多すぎて近寄ることすらできない。
背伸びをして覗き込んでいると、周りの客たちが口にしている値段が聞こえた。
桁違いの金額に、リーナは静かに息を吐いて背伸びをやめた。
(……うん、無理)
今のリーナにはとてもではないが手が出ない。一つ買っただけで仕入れの予算が吹き飛んでしまう。
(くっ! そのうち絶対買ってやるんだから!)
心の中で誓って、リーナは熱気あふれる人だかりに背を向けた。
***
仕入れたばかりの食材を調理台に並べ、リーナは中身を一つずつ取り出していった。
丸々としたカボチャに、ハタケシメジ、エノキタケ。
(よし、まずはご飯から。きのこ見たときに、炊き込みご飯って決めてたんだ)
ハタケシメジの包みを開く。手早く米を研ぎ、酒と出汁、塩、それから醤をほんの少しだけ加える。そこに、ほぐしたハタケシメジをたっぷりと乗せた。火にかける前に、そのまま置いておく。
(十五分……いや、二十分は浸しておきたいかな。その間に他を片づけちゃおう)
次はカボチャだ。
丸くて重いカボチャは、勢い任せに切ろうとすると包丁が滑って危ない。
まずはヘタを取り、その中心に菜箸をぐっと押し込んで小さな穴を開ける。ここに包丁の刃先を立てて支点にすると、驚くほどすんなり刃が下りてくれるのだ。前世で無理やり切ろうとして怪我をしそうになった経験からの、ちょっとした知恵である。
ぱかり、と気持ちのいい音を立ててカボチャが割れた。種とワタを掻き出し、一口大に切り分けて面取りをする。
鍋に並べ、調味料と出汁をひたひたに注いで火にかけた。
今日の定食のメインはエノキタケを使ったエノキバーグだ。
(やっぱり、何度見ても面白いし、違和感がすごい)
傘の部分は味噌汁用に脇へよけ、柄を刻んでフライパンで炒めておく。お米をかまどへ移す頃には、カボチャの煮物のいい匂いが厨房いっぱいに広がっていた。
いよいよメインの仕上げだ。
粗熱のとれたエノキタケをひき肉と合わせ、塩とコショウ、少量の醤を加えて手早くこねる。エノキタケの粘りが良いつなぎになってくれるため、片栗粉はほんの少しで済んだ。
小判型に成形したタネを、油を引き直したフライパンへ並べる。じゅうっと食欲をそそる音が響いた。
小さめに作っておいた味見用のエノキバーグを、箸で摘まむ。湯気の上がる熱々のエノキバーグに、ふうっと息を吹きかけて齧った。
「あつっ!! あっついけど美味しい!」
肉汁がじわっと広がって、そのあとにエノキのシャキシャキが来る。火を通しても潰れない、エノキ独特の弾力。噛むたびに肉の旨味とキノコの旨味が順番に追いかけてくる。
(うん! これはいけるんじゃない?)
残りも口に放り込んで、しばらくもぐもぐと噛み続けた。
「きのこのこのこげんきのこ……」
我ながらご機嫌だ。ふんふんと鼻歌を歌いながら、出汁の鍋に、よけておいたエノキタケの傘を加え、火が通ったら味噌を溶き入れる。
お玉で汁を少しだけ小皿に取り、ふーっと息を吹きかけてからそっと口に含む。
(うーん、沁みる~! キノコから良いお出汁が出てる)
納得のいく味に仕上がったことを確認し、火から下ろしてリーナは一息ついた。
開店まで、あと少しだ。
***
「リーナちゃん、今日の定食はなに?」
カランと扉の鈴が鳴ると同時に、聞き慣れた明るい声が飛び込んできた。常連のトムと鍛冶屋のハンスだ。
「いらっしゃいませ! 今日はハタケシメジの炊き込みご飯に、エノキバーグ。それにカボチャの煮物、お味噌汁もついてますよ」
「ほう、きのこ尽くしじゃねーか! ってエノキバーグってなんだ? 変な名前だなぁ。ひき肉ステーキにエノキタケを混ぜたのか?」
トムが身を乗り出す横で、ハンスが期待を込めるように目を細めた。
「そうなんです! 独特な食感になって美味しいですよ!」
「へぇ、美味そうだな。そういや、ハンスはきのこ好きだったな」
「分かってるなら、邪魔するな。早く食べたいんだって!」
トムに揶揄われ、ハンスが我先にと席に着く。
(仲いいな~。本当にこの二人のやり取りは見ていて飽きないわ)
きのこ好きのハンスに、きのこ尽くしの定食。これ以上ない組み合わせだ。リーナは手際よく盛り付けを済ませた。
「おお、これは……」
ハンスが真っ先にエノキバーグにかぶりついた。
「うまっ!! エノキタケが肉の脂と旨味をしっかり吸ってる。ジューシーなのに重くない。いいな、これ」
あとはもう、一心不乱に食事を進めていく。トムの方も、キノコの旨味が染みたご飯を頬張り、「これこれ、この味が最高なんだよな!」と驚きの声を上げていた。
空っぽになっていくお皿と、元気になっていくお客さんの姿。それを見届ける瞬間が、リーナは何よりも好きなのだ。
たっぷり仕込んだはずのご飯も煮物も、すでに鍋の底が見え始めていた。




