EPISODE45 海神様
滞在4日目。
快晴だった昨日と比べると白い雲が広がっている空の下、アイリスはレイに昨夜の出来事について話していた。セントレア島でだらだらと過ごすよりかは、黒髪の女性と会いに行くがてらフィッシャー島の観光をした方が良いと思ったからだ。
「ボクもいろんなところ行ってみたいし、行こう」
「いざ、フィッシャー島へ」
定期便に乗り、フィッシャー島へと向かう道中、アイリスは島について書かれている本を読んでいた。島の北部は漁村や主食の芋やナッポーと呼ばれる果物の畑が広がっているが、南部は人の手がついていない森林地帯が広がっている。そのため、南の入江は誰にも邪魔されずに話し合うにはうってつけの場所ともいえる。
「それにしても、この村の家……嵐に耐えきれないように見えるけど」
「どんな感じ――こんな木と葉で作られたような南国風の建物、すぐに壊れそう」
「レイちゃんもそう思うでしょう。このあたりの嵐の被害も調べたんだけど、ほぼゼロなのよね」
「気流とか海流とかの影響で通り道じゃないのかな」
「かもしれないわね」
読んでいた本をポーチにしまい込み、ゆっくりと流れていく風景を楽しんでいくうちに目的地へとたどり着く。今回は何事もなかったことにほっとしながら、アイリスが桟橋を渡っていくと、そこには木々で作られた古めかしい家が立ち並ぶ漁村があった。
(どれもこれも壁が黒ずんでいて、それなりに年季があるみたい。しかも、ここ最近に修繕された形跡が見当たらないわ。潮風にさらされて、サメや半魚人の脅威があるのに修繕もないなんておかしいわね)
不思議に思ったアイリスはこれから漁に出ようとするお爺さんに話を聞くことにした。こういうときは亀の甲より年の劫。年長者に聞けば、大体の事情は分かる。
「すみません、一つお尋ねしたいことがあるんですけど」
「なんじゃい、お嬢ちゃん?」
「このあたりって昔ながらの家が多いですけど、嵐がきたらどうするんですか?」
「ん、嵐? ワシは生まれてこの方嵐になんかあったことなぞ無い」
「でも、このあたりって嵐によく合うって聞いたことが……」
「セントレアとかならそうじゃろうな。だが、ここは海神様が護ってくれる」
「海神様?」
「ああ、ほら見てみ。家の前に像が置かれているじゃろ。これが海神様じゃ」
近くの家の玄関先に置かれている柱に巻き付き、天に昇っていく様子が掘られた龍の石像を指さす。近隣の家も見渡したが、龍の意匠は各家で若干異なるものの全体的な構図は同一だ。
「沖縄のシーサーみたいなものかな。大昔から伝わる伝統的な魔よけの像」
「シーサーというのはよくわからんが、海神様はそこらのものと一緒にするんじゃねぇ。ワシがお嬢ちゃんらの半分くらいの齢のときに見たのじゃよ。天に昇り、嵐を追い払う海神様の姿を」
「島を護る海神様……でも、他の島を護らないのはどうして?」
「海神様の怒りでも買ったのじゃろ。海神様の機嫌を損ねると天変地異が起こると言い伝えられておる。だから、ワシらは生きていくうえでこれ以上の発展は望まんし、自然を壊す真似はしないのじゃ」
漁に出ていくお爺さんにお礼を告げて別れた後、お爺さんの説明を思い出す。天候すら変えることができる海神様の手によって管理された箱庭のような島。村の中を歩いてみても、変哲のも無い田舎風景をどこか冷めた目で見てしまうのはよほど自分がひねくれているのかと思うほどだ。
「アイちゃん、どうかしたの?」
「ううん、どこにでもある日常風景なのに……どこか違う気がする」
「そりゃあ、住んでいる人が違うんだし違和感あって当然じゃない?」
「そうじゃないの。私も市民の日常を守りたい、続いて欲しいと思っているわ。でも、この村の人たちと私の知っている人たちとで何かが違うって思うの」
「ふ~ん、よくわかんないや。悩んでいるときは食べるのが一番」
「レイちゃんったら……いつも食べてばかりね」
「ボクはグルメだもん。あの店に入ってみよう」
大衆食堂に入った二人は適当に注文をしてみたところ、すりつぶした芋を揚げたもの、芋のから揚げ、半魚人のすり身、ナッポーがカットされたものが出された。素材の甘みを生かした芋料理やぷりぷりとした触感のすり身を平らげた後、デザートのナッポーに手を伸ばしていく。
「ナッポーって、ピンク色のパイナップルなんだね」
「レイちゃんがいた頃って、違うの?」
「中は黄色くて、もう少し酸味がきついはずだよ」
「私はこれくらいの甘さが良いんだけどなぁ」
「この時代の果物とか野菜って、ボクがいた頃よりも全体的に糖度が高いんだよね。みんな、甘党なのかな~」
「そういえばフルートさんが作っていた肥料も甘くするって言っていたわ。それに野菜とかだって原種のものは苦みが強かったり、甘みが無かったりするでしょう。そういった品種改良の積み重ねでパイナップルからナッポーになったのかも」
「なるほど~じゃあ、頑張って作った人に感謝しないとね」
美味しそうにパクパクと食べているレイを見ながら、アイリスは追加の注文をする。育ち盛りの彼女にはちょっと物足りなかったようだ。
2人でいくつかの皿を積み上げ、満足そうに食べ終わった彼女たちは気を取り直して約束の場所へと向かっていく。
海岸沿いを歩いていき、入り江にたどり着いた頃にはとっぷりと日が暮れてしまった。月明かりと波の音が醸し出す幻想的な雰囲気なもと、透き通った歌声が二人の耳に入る。それに誘われるかのように歩いていくと、先日の女性の姿があった。二人に気配に気づいた女性がピタリと歌うのをやめて、アイリスたちと向き合う。
「少し待ちくたびれたが、まあいい。おぬしら、この島を見てどう思った?」
「ご飯は美味しいけど質素だよね。見た目もナッポー以外は地味だし。あっ、でも、インダス島よりかはずっと良いよ。あっちは見た目も味も最悪だから」
「カーッカッカッカ、そうかメシのことまでは考えておらんかった。機械の癖に小癪だが面白い。で、人間の方はどう思った?」
「ここにくるまで魔物にすら遭わないほど安全な島。でも……」
「でも?」
「平和じゃなく停滞している島。多分、この島に住んでいる人は昨日も今日もきっと明日も同じ日々を過ごすんだと思う。それは……なんだか寂しいわ」
「それの何が悪い。より良いものを求めようとするから、人は自然への感謝も忘れ、海を汚し、挙句には人同士で争う。ならば、衣食住すべて満たせる環境さえ整えてやれば、それらはなくなるというもの」
「ううん、それは違うわ。人はそんな単純な生き物じゃないの。貴方が考えている以上に人は欲深い生き物よ!」
アイリスは女性の意見を真っ向から否定する。ただ生きるだけでよいのであれば、アイリスは魔法へのコンプレックスなぞ抱かずにお飾りの姫らしい振る舞いをすればいいだけのことであった。その道を選ぶ機会はいくらでもあった。
だが、違う。
魔法が使えない落ちこぼれだったからこそ、渇望したし、勉学にも励んだ。そして、ナナと出会い、ブリュンヒルデとも出会い、獣王や魔王、レイたちにも出会えた。それらは全てアイリスの欲から生まれた結果と言える。
だからこそ、アイリスは否定する。人の欲こそが前へと進む原動力であることを知っているからだ。
「ならば、わらわは中枢部であるセントレア、そして、海を汚すインダス島に住む人ども滅ぼしてくれるわ」
「そうはさせない。私たちであなたを止めます」
「ほう、たった二人でわらわを止めると言うか!このリヴァイアを!!」
女性が光に包まれると、その真の姿を見せる。このあたりでは珍しい口調で話すところから、彼女の関係者だろうと薄々は気づいていたが、2日前に出会ったリヴァイアそのものだとは思わなかった。
あのディアボロスと並ぶほど知名度を誇り、彼我の実力差を言葉で発さなくとも理解できるほどの重圧。だが、アイリスは臆することなくリヴァイアを睨めつける。
「ええ、そうです。私とレイが貴女を止める」
「そうだね。環境汚染問題の解決策なんてすぐに出てくるわけないけど、それでも時間をかけて解決してきたんだ。だから、今回も人は解決するよ。だから、もう少し待ってくれないかな」
「ならぬ。我は待った。警告代わりに船も襲った。だが、汚染は日に日に増すばかり。ゆえに滅ぼす」
「わからずや」
「何とでも言え。陽が2回登りし時、セントレアは海に沈むと宣言しよう。命が惜しいのであれば、尻尾を巻いて逃げるがいい」
「逃げないわ」
「うん。人はおろかじゃないってこと教えないとね」
リヴァイアが潜っていた海面を見ながら、アイリスたちは人の欲、すなわち可能性を教えるためにも、リヴァイアとの対決を決意するのであった。




