EPISODE20 密会
「できた!」
アイリスが完成したばかりのゴーグルを身に着け、辺りを見渡すと薄緑と黒色で色分けさせられた世界が映し出される。横にいたナナが目の色を普段の緑色から赤色に発光させても、アイリスの目には赤色とは認識されない。青いバケツや白い紙を見せても、多少の濃淡はあれど緑色にしか見えない。
「赤、白、青の幻惑のトリコロール。多分、特定波長の光を相手に与えることで幻覚を引き起こしているんだと思う。赤いイチゴは美味しそうに見えるけど、真っ青なイチゴは美味しくなく見えるように色と感覚は密接に関係するわ。だから、その色の認識さえ遮ることができれば、洗脳はされないはず」
「ええ、私も同意見です。どうにか期日に間に合いましたね」
「ほんと。赤と青色を遮断するから必然的に緑色になるけど、最初は輪郭もない一面緑色にしか見えなくて、何も見えていない状態になったときはどうかと思ったわ。しかも、ギンギンな緑色だから目も痛いし……」
ただ緑色に着色すればいいのであれば容易だったが、視認性の向上を考えると、一筋縄ではいかなかった。メガネ職人として生きていけそうねと心の内で思いながら、ゴーグルを取り外し、フルカラーの景色を見る。やはり、視界は一色よりも全色会ったほうが良いとしみじみと思う。
「さてと、そろそろアヤメさんとの待ち合わせ場所に行きましょう」
「ええ、それは構いませんが、どうやって城の外へ?」
窓の外を見ると、マリリン襲撃前よりも多くの人間が見回りをしている。以前ならば、夜間の外出も注意を受ける程度だったかもしれないが、今となってはそれだけでは済まないだろう。警備の目を盗むのも、この警備体制では一苦労だと考えていた。
そんな風に考えているナナを少しニヤついた顔で、アイリスは『つばさくん』を取り出す。
「……確かまだ飛べないのでは?」
「地上からはね。でも、ある程度の高さからの滑空ならできるようにしたの。(テスト飛行していないけど)これで大丈夫よ」
「グライダーですか……」
「グライダー? よくわからないけど、多分それよ。私は空から外に出るわ」
「では、私は堂々と外から出ましょう。外の見回りと言えば問題ないでしょうから」
「ゴーグルを忘れないようにして……と」
ゴーグルをポーチの中に入れて、つばさくんを背負ったアイリスは鉄砲玉のように飛び出していく。
(人をおそらく初めて撃ったことで落ち込んでいたようですが、私が何もしなくても乗り越えたようですね)
アイリスの元気な様子を見て、一安心したナナはどこか寂しそうな顔をしながら、城外へと出ていく。
「…………マスター、なぜ私が怒っているか分かっていますね」
「……はい」
「当面の間、飛行禁止です」
「降り方、考えておくわ」
黄昏の中を飛行していたのは良いが、高度を下げることができずにいたアイリスは『つばさくん』の動きを止めることで、その真下にいたナナに向かって垂直落下。あまりの力技にナナは少しの間、説教していたところだ。
「本来の目的は果たせたのでよしとしましょう」
「『つばさくん』はあとで回収してと……」
抜け出した今となっては重荷しかならない背負っていた『つばさくん』を木の根元において、森の中へと進んでいく。日が完全に沈み、月の光しか刺さない夜の帳の中、指定された場所へとたどり着く。
(いつマリリンと遭遇しても大丈夫なようにフィルターをかけているけど、夜の視認性が悪いわね。改良しておくべきだったわ)
暗視機能をどうやって付与しようかと頭の中で考えていると、一陣の風と共にアヤメがその姿を現す。
「早いご到着で」
「時間までは書いていなかったので」
「これは失礼。セブン殿、マリリンについての報告が2つ。1つは過去の素性を調べましたが、男をたぶらかす悪女ということが分かりました」
アヤメがナナに報告書を手渡し、ナナはそれをパラパラと速読する。
そこには、天涯孤独の彼女が己の美貌で男たちを誘惑し、詐欺まがいのことをしていたことが記されていた。被害者のことも簡単に触れており、相当恨まれていたようだ。
「犯罪者であることはわかりましたが、なぜ彼女が軍に?」
「裏で司法取引がなされていたそうで。過去の罪の清算と引き換えに軍の協力者になった彼女は功績をあげ、三幹部と呼ばれるポジションまでのし上がったということです」
「とんでもないシンデレラストーリーね……」
「そうでござるな。彼女の幻覚を引き起こす技は軍で開発された兵器のようで。魔法詠唱の応用による音声認識機能により、彼女が着ている服から発する仕組みとのこと」
「ですから、素肌を見せないようなゴスロリチックな衣装になったというわけですか。仮にナノマシンのようなものだったとしても、複雑な機能を有しているのであれば、それだけ多くの面積が必要ですから」
「ナノマシン……ナナが居た頃の時代の技術なのよね。それを所有しているってことは、帝国の技術力って私たちが想像しているよりも上ってことかしら?」
「そう考えるのが自然でしょう。見せかけの技術であれば20世紀程度かもしれませんが、その中身はさらに後の世代の技術が隠されているのかもしれません」
(何を言っているのか……さっぱりわからないでござるな)
2人で盛り上がっているところに、アヤメは事情を呑み込めないのであった。仲間外れにされてすこしいじけていた彼女に気が付いたアイリスはナナのことを教える。本来ならば、秘匿されるべき情報だが、少ない時間でマリリンについて調べてきた彼女への対価と考えれば、必要だと考えたからだ。
「なんと!? セブン殿は絡繰り仕掛けだったと……にわかには信じがたいでござるが、セブン殿の戦闘力も納得というもの」
「ありがとうございます。では、もう一つの情報とは?」
「マリリンの潜伏場所」
「「!?」」
「その様子、まだ情報を得ていないようで。治療のため、近くのナイリーンという町に潜伏しているでござる」
「じゃあ、騎士団の人に伝えて……」
「それともう一つ。拙者たちも出会ったことのある三幹部のグラムも国境を越えて侵入しておりまする。もし、彼とコンタクトをしているのであれば……」
「下手な戦力は返り討ちにされる可能性があるということですね」
「御意。多人数で向かえば、たぶらかされた街の男たちに逃がされてしまうでござる。行くならば少数精鋭で行くべきかと」
「では、私たちはこのままナイリーンに向かいます」
「では拙者も。手負いの三幹部……手ごわいでしょうが、ここで打ち倒すことができれば、レジスタンス活動にも勢いが付くというもの。協力しない理由が無いでござる」
「いざ、ナイリーンに!」
アイリスの号令とともに三人はマリリンが潜伏している街へと向かうのであった。
アイリスたちよりも一足先にナイリーンの街にたどり着いたグラムはマリリンが潜伏している宿へと入っていた。部屋に入ると、指の手入れをしているマリリンがおり、ノックもせずに入ってきたグラムを睨めつけていた。
「レディーの部屋に入るときはノックくらいしなさいよ」
「へいへい。思っていたより元気そうで」
「どこが!服はナノマシンで元に戻るけど、アタクシの身体についた傷はそう簡単には治らないのよ!」
「魔法だと傷口もきれいに治るって聞いたぜ」
「高レベルの術師ならですわね。こんな田舎町じゃあ、傷口を塞ぐので精一杯なのよ」
「しかし、敵国の、しかも有名人の俺らをよく治したものだ。どんな魔法を使ったんだ?」
「それは企業秘密というものですわ。それとも、体験し・て・み・る?」
誘惑するかのように胸元をずらして、大きな胸を見せようとするマリリンにグラムはそっけなくそっぽを向く。そんな男の態度につまらなさそうな顔をしながら、胸元を元に戻す。
「遠慮しておく。俺は借りも貸しも作らない主義なんでね」
「頭筋肉はこれだから……信用はできるけど」
「だったらいいじゃねぇか。それにしても、アンタに傷をつけるほどの相手ってなると、この国だとアッシュの野郎か、騎士団長のエドウィンあたりか」
「前に報告のあったセブンってやつよ」
グラムは嬉しそうにヒューと口笛を鳴らす。子供のように喜ぶ彼を見て、マリリンは不快感を積もらせる。
「アンタ……アタクシに喧嘩売ってるの?」
「んなわけねぇだろう。へへ、そうか、そうか……アイツがいるのか。だったら貸しは返さねぇとな。この『双月』でな」
「服の治癒が終わったら、そっちに向かうわ。それまでは持ちなさいな」
「あいよ」
グラムが2本の三日月のように弧を描いた曲刀を手に持ち、血に飢えた獣のような表情を浮かべながら、外へと出る。そこにはマリリンを匿っている住民と言い争っているナナたちの姿があった。
「グラム……!」
「よお、また会ったな。今回は手加減なしだぜ」
「……わかりました。こちらも前回のように手を抜くつもりはありません。アヤメ、マスターを」
「わかったでござる。マリリンがどのような手を打つか分からないでござるからな」
そういうアヤメにもアイリス特製ゴーグルを装備しており、幻覚対策は十分だ。とはいえ、彼女の戦略を全て知っているわけではない。下手にグラムが出てきた宿に突っ込ませるよりかは、アイリスの身の保証をさせたほうが、ナナにとってもグラムとの戦闘に専念できる分、有利と判断したまでだ。
じりじりと距離を詰め、誰かが合図したわけではないが、グラムとナナはほぼ同時に敵に向かって駆け出していく。ナナの右腕の剣をグラムは片方の剣で受け止め、がら空きになった胴体に向かってもう片方の剣で切りかかるが、左手も剣に変形し、受け止められてしまう。
「だいぶとカマトトかましてやがったな!」
「そういう貴方こそ!」
互いに相手を弾き飛ばし、距離を取る。再び、距離を詰め、切り刻み始める二人だが、互いに拮抗しており、ケリがつきそうに見えない。
(オーガのように魔法による肉体強化はしているでしょうが、力任せでない分、隙が少なく、攻勢にでれない)
(おいおい、この速さについてくるとかどんな化け物だ。反応が早いから押し切れねぇ。なら力勝負に持ち込むか……?)
グラムが蹴りを入れて、ナナが後方に飛び去り、距離を取るのをみて、ブーメランのように回転させながら、剣を投げつける。その起動を見切り、躱し、ナナは距離を詰めていく。だが、くるりと回転し、背後から迫ってくる刃から逃れようと空高くジャンプする。
空中ならば逃れられないと、もう片方の剣を投げつけるが、はじき返される。だが、下手にそれを拾わず、戻ってきた剣を左手で握りしめ、着地しようとするナナに向かって駆け出し、その刃を振るう。右腕の剣でそれを受け止めたナナは空いた左腕で切り落とそうとするが、そうはさせんと左手首を掴まれてしまう。
「力比べと行こうぜ!」
「断ります。ロケットパンチ、それと同時にGアンカー射出」
左腕が切り離され、面を喰らったグラムは普段なら避けることも可能であった捕縛チェーンを躱すことができずに、鎖が体に巻き付く。両腕が塞がっているグラムはこの鎖をどうこうする暇もない。
「パワーウィップ!」
捕縛したグラムを振り回し、地面に力強くたたきつける。気を失うまで繰り返そうとしたナナだが、宿から出たマリリンの姿を見て、その動きを止める。
「ずいぶんと無様じゃない」
「アンタに……言われたくねぇな」
「アタクシも貸しを作るのは嫌いなタチなの。そこのお二人は変なメガネかけているけど、アタクシへの対策のつもりかしら?」
「そうよ!」
「ふふ、笑わせるわね。喰らいなさい、最大出力の幻惑のトリコロール!」
赤、白、青の三色の光が町中に広がる。ゴーグルを掛けていたアイリスとアヤメは慌てて、自分の手や足、互いの顔を見つめあうが、特に異変はなかった。ナナからの視点からも、二人が幻覚にかかっている様子は見受けられない。
「ふ~ん、やっぱり幻覚にかからないのね。こんな短時間で対策するなんて感心するわ」
「効かないのがわかっているうえで……? どういうつもりですか」
「だって……かからないのはそこの二人だけでしょう?」
「っ……!? 」
ナナが気づくと同時に住民たちが剣を持って、血走った目でアイリスたちを魔物だのゴブリンだのと騒ぎ始める。せっかく捕縛したグラムも町の人の手によって解放させられようとしている。
「複雑な命令は与えられないけど、誤認させるくらいはできるわ。守るべき人間と殺し合いでもしなさいな」
「セブン殿!」
アヤメが忍者刀を振るい、斬りつけているが致命傷には至っていないようだ。だが、数が数だけにいつまでも手加減できるわけではない。
「仕方ありません。今はマスターを守りながら逃げましょう。私たちが撃つべき相手は撃たれる覚悟がある者だけです」
「御意!」
アヤメが手裏剣を投げつけ、住民たちの手の甲に突き刺さり、手に持っていた武器を手放していく。相手を殺さないように迎撃するには、ナナの手持ち武装では威力が高すぎる。切り離した左腕を取り付けたナナはアイリスを抱きかかえながら、アヤメの援護を受けつつ、ナイリーンの街を後にするのであった。
マリリンは宿から撮影していたカメラをグラムに見せていた。あのカメラには、アイリスのそばに居るアヤメが住民たちに刃を振るっている映像が記録されているのはグラムでもわかる。
「自国の王女が反政府組織とつるんで、罪なき国民を……面白そうじゃない」
「抜け目ねぇな、アンタ」
「幻覚を見せられている間は本当のことなんて誰も知らないもの。こんなことしなくてもこの国は終わりなんだけど」
「スタンピード……サイケのところによれば、下手すれば明日起こってもおかしくないんだったか」
「それだけじゃないんだけどねぇ。この映像はピエロくんに送っておくわ」
くすくすと笑いながら、マリリンたちはナイリーンの街を去るのであった。




