表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
力を使うとお腹を空かす桜狐の姫は今日も僕に懐いてくれない~追放された底辺調伏師の僕はヒーローを夢見る~  作者: 滝藤秀一
第2章ー3 僕の幼馴染は答えを見つける

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/43

番外編 とあるほたるの日常

 マシュマロのように柔らかい物が顔に当たる。


 背中には温かい掌がわたしの体を包み込み、鼻からは甘くてどこかなつかしく心地いい匂いが吸い込まれた――

 これは大好きなお姉ちゃんの匂い。


「んっ、う~ん」


 思わずみゆの胸に顔を埋めた。

 ここ数日は快適な睡眠が取れている。

 それもこれも一緒に寝るようになったことが原因。


 一緒に寝むりたそうだったから、ベッドに潜り込んであげているの。


「くすぐったい……んっ、なによ。また隣にいるじゃない」

「おいでと寝言が聴こえたの」

「あらそう。おはよう、ほたる」

「……おはようなの」


 やはりみゆはどことなくお姉ちゃんの面影がある。


「そうたを起こしてくるの」


 午前6時。

 わたしの1日はこうして始まる。



「よしっ。いい天気だな。今日は昨日の自分を超える」

「おう、なのっ」


 2人で朝のトレーニングを開始。

 まずはランニング。早朝ということもあり、苦手な人間の数もあまり目に入らない。


 40分後には帰宅し、庭で10分間。力の制御訓練を行う。


 毎日少しずつだけど、制御する力の量を増やして行っている。

 許容を超えても、そうたが火事場の馬鹿力を発揮するから……

 暴走はしないとおもうけど、負担になるからこの調整は難しいの。


 それが終わると、わたしはシャワーを浴び完全に体を起こす。



 朝食は午前7時10分。そうたが飼っている猫にもご飯をあげる。

 最近はわたしの役割なの。

 随分と甘やかされて育てられているみたいで太り気味だから食事の量を少なくしている。


 今日はホットサンドなの。

 齧り付くと熱々のチーズが蕩けだして、身震いするくらい美味しい……

 わたしの反応を見て、2人は自然と笑みを浮かべる。


「……」


 なんとも言えない心地いい空間にいることを最近は実感している。


「ネクタイが曲がってるわよ」

「いいよ。自分で直すから」

「自分でやってそうなったんでしょ」


 みゆがそうたの服装を弄っている。

 この2人、仲がいいの。


「高校デビューなんだから、しゃきっとしなさいよね」

「僕はいつも通りいざこざを起こさない学校生活を送るよ」

「……ねえ、今日の髪型どう?」

「どうって、いいと思うよ。ポニーテールだっけ、それ? イメチェン?」

「いつものツーサイドとポニーとどっちがいい?」

「どっちもかな……」


 なぜだか少し照れながら2人は話すの……

 楽しそうなの。


「まあいいわ。それじゃあほたる、行ってくるわよ」

「ほたる、留守番よろしくね」

「……いってらっしゃいなの」



 玄関まで見送り、言葉をかけると2人はここでも安心する笑顔をくれた。

 こちらも思わず表情がつい緩んでしまう。

 人間不信は治っていないけど、この2人は特別なの。



 8時10分。わたし1人の自由な時間が始まる。

 今日はいいお天気だから、まずお布団を干すの!

 太陽光を浴びたふかふかのお布団は最高の寝心地。


 きっと二人も喜んでくれる。


「週末はまた映画を観るの! 忘れずにつれて行ってもらえるようにいい子に……ちっ」


 呟きながらベランダに出て、布団干し完了。

 枕カバーとシーツは洗濯機なの……


 確か電源を押して、コースを選んで、洗剤を入れて――


「スタート」


 洗濯機の横にはそうたが書いてくれたメモ用紙があり、確認しながら行った。


 午前9時。ひと通りのお掃除を終えPCの電源を入れ、お姉ちゃんの情報集め。


「……」


 いつもの通り成果はないの。でも、続けていれば何か手掛かりが得られるかもしれない。

 継続は力。主を見ていたらそれがわかる。


 チッチが構ってほしいと足元にすり寄ってくる。


「お前も一緒にアニメを観るの」


 飲み物とお菓子を傍に置いて、ディスクを再生する。


 魂に訴えかけてくるような戦闘、心の内をさらけ出すやり取り。

 このアニメはなんて面白いんだろう。強い敵を倒してもさらに強い敵が現れる……


「この必殺技、そうた応用できそうなの。みゆもそう思うで……」


 ……

 …………

 ………………


 2人は出掛けているんだった。


 画面からは戦闘時のBGMと敵の魔物のアップが映し出されている。

 思わず両手をぎゅっと握りしめていた。

 チッチが顔を上げ、心配そうに小さく泣く。


「別に寂しくなんてないの……」


 2人は学校というところに行っている……

 スマホで検索をかけてみる。


「……人間はそこで集団教育されているのか。なるほどなの……お姉ちゃんを奪ったのは人間。そうたやみゆは別として、調伏師にも嫌なのがいたし、人間を観察する意味では……」


 自分の恰好を鏡で見る。

 左耳だけの耳と尻尾がやはり目立つ。


「むぅ」


 耳を寝かせてみる。しゅんと萎ませればあんまり目立たないと思う。

 だけどこんな意識した状態では長時間保てない。

 無意識状態で寝かせて耳と尻尾を目立たなく出来れば……


「学校なんて……」


 構ってくれとチッチが顔をすりすりしてきた。

 よしよしと頭を撫でていると、



 ピンポーン!


 この音は呼び鈴……


「いいかほたる。知らない人が来ても絶対玄関のドアを開けちゃダメだぞ」

「訪問者には常に警戒心を働かせてなさい。まあ言わなくてもほたるならそうするでしょうけど……」


 そうたとみゆから注意されているの。

 事前にあやしい輩はどういうのかネットで調べてみた。

 訪問販売というのがしつこいらしいの。


「……」


 小さな画面を少し背伸びして覗き込むと大人の男が映っていた。

 もう一度呼び鈴を鳴らしている。

 荷物は革の鞄だけ。

 宅配便の配達員ではない。


 そうたもみゆからも荷物が届くとは聞いていないし。


「……」


 しばらくすると舌打ちして去って行った。

 やはり悪い人間……懲らしめた方がよかっただろうか。


「そうたはドアを開けちゃダメだと言ってたから、これでいいの」



 アニメを観ることはやめて、ネットを巡回し午前中は終わった。

 お昼はみゆが用意してくれたものが冷蔵庫にある。

 チッチもご飯が貰えると思い、わたしについて台所へやってきた。


『ミートソースが冷蔵庫にあるから、レンジで温めること。サラダも一緒に食べるのよ』


 ミートソース……スマホで調べてみる。

 スパゲティ。美味しそうなの。


 レンジで温めている間に、飲み物とチッチにご飯を上げる。


「いただきますなの」


 作ってくれたみゆに感謝して、フォークに巻いて口に入れた。


「お、美味しいの! ひき肉とトマトのソース。粉チーズもよく合う!」


 お皿の中はすぐに空っぽになる。耳も尻尾も無意識で萎んだ。

 と同時に、そうたとみゆの笑顔が幻で見えた。


「……」


 いつの間にかここでの生活は居心地がよくなっていた。

 うんうん、少しちがう……あの二人との生活はなの。


「……」


 寂しいの。

 ずっと一人だったのに――

 人間はわたしにとって関わりたくない存在だったのに……


 少しの時間を共にしただけなのに、毛嫌いしていたのに……

 今では傍にいないだけでこんな気持ちになるなんて。


 2人と一緒が楽しいの。

 安心できるの。




 午後はご本を読もうと思い、そうたの部屋から漫画と少し古びた絵本を持ってきた。

 ソファに座ると、チッチが膝に乗って大きなあくびをして丸くなる。


「桜火英雄譚……」


 絵本のタイトル。興味が湧くの。



 ☆★★★☆



「またお菓子こんなに食べて、しょうがない子ね」

「うーむ。お菓子のストック増やしておかないといけないな」

「親バカ……」


 すぐ傍で声が聴こえる。


「ちょっとほたる泣いてるじゃない。颯太の愛情が足らないのよ」

「何を馬鹿な!」


 そうか。お腹がいっぱいになって寝てしまったのか。

 閉じていた瞼を開くと――

 そうたとみゆの姿が瞳に映る。


「……」


 寝ていたのは長くても30分くらいなはずなのに、どうして?


「布団干してくれたのね。ほたる、ありがとう」


 お礼を言って、エプロンを着たみゆは台所へ立つ。


「……今日ははやいの?」

「入学式だったから午前中で終わったんだよ」

「そう……」


 2人の姿を見ただけで涙が溢れそうだったが何とか堪える。


「ミートソース、美味しかった?」

「……」


 コクリと肯定する。


「何時に帰って来られるか、わからなかったからさ。ほたるがお腹空かせてたら可哀そうだから、念のため作っておいたんだけど……颯太、お昼パスタにするわよ」

「うんっ。手伝うよ」


 立ち上がったそうたの袖を思わず掴む。


「……わたしも手伝うの」



 独りぼっちでいいと思っていた。

 でも、今は2人が傍にいないとどうしようもなく寂しい。

 そうたとみゆは家族みたいだ……


 ここがわたしの居場所なの!


「そうた、みゆ……」


 この言葉は言うのを躊躇する。

 どうしようもなく恥ずかしく、こそばゆい。

 でも――


「大好きなのっ……」


 2人は一瞬固まったが、すぐに笑顔をくれた。

 それをみて、わたしも自然と表情が緩む。


 もっともっと甘えさせてもらうのっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ