第11話 僕の幼馴染は答えを探す
颯太の家で就寝するのは初めてというわけではない。
小さい頃はよくこの部屋で休ませてもらった思い出がある。
ほとんどすぐ寝てしまっていたから、こんなふうに天井を眺めることはなかったと思うけど。
何度目かの寝がえりをうつ。
体は疲れているはずなのに。普段はお布団の中は心地がよく大好きなのに――
今は良くないことが頭の中を駆け巡っていてなかなか寝付けない。
どうしてあたしは不得意なことから目をそらしてきたんだろ?
颯太の見本にならないといけない。傍にいて守ってあげなきゃと思ったのに……
自分でもっと強くなれるのに、出来ないかもしれないと逃げてきた。
苦手を克服しなくても、それを補えると調伏師になったころは自信があったんだろうな。
今のあたしじゃ二人を守ってあげることが出来ない。
あたしがちゃんとしていれば、強ければ御堂を拘束できたのに!
2人のせいにした自分が大嫌いだ!
悔しさで涙が頬を通り、枕を濡らす。
「おねぇちゃん……」
寝言が聴こえる。
床に敷かれた布団にほたるが薄い毛布に包まり寝ている。
颯太の部屋に一緒に寝るわけにもいかず、ほたるを颯太の部屋に寝かすわけにもいかず――
あたしはほたるが使っている部屋で寝ることにした。
小生意気な狐っ子は物凄い反抗したけどね。
ベッドは譲るつもりでいたのに、床でも寝てみたかったのだろう……
布団を敷いていると何も言わずにそちらに寝始めた。
2人きりでも会話をしてくれることはなく、無言でスマホを弄りいつの間にか寝てしまったのだ。
体を起こし、片耳しかない小さな狐の女の子を見つめる。
普段の態度とは想像もつかないほど寝ている顔はやばいほどに可愛かった。
「えっ?」
怖い夢でも見ているのか、涙がゆっくりと閉じた瞳から落ちていた。
颯太が望み、傍にいて欲しいと願った神様。
無口で愛想がなく人間嫌いで、おそらく颯太は例外で信じている。
颯太もほたるを想って、信じて――
強くなってる。
「……っ!?」
なんでだろう?
颯太がほたると仲良くしているのを思い出すと腹が立った。
ほたるが颯太を信頼していることに……
うんうん違う、傍にいることがどうしようもなく不安なのかもしれない。
ほたると出会わなければ颯太は落ちこぼれだと言われたままだったかもしれないのに。
布団をかけ、眠れないと思っていても目だけはつぶった。
途端にあいつの笑顔が、泣いている顔が、頑張っている姿が浮かび胸を締め付けてくる。
体温が上がったみたいに熱い、熱い、熱いっ。
自分の心音が聴こえる。
もうなんなのよっ!
『ふふっ』
どこからともなく可愛らしい笑い声が聞こえた気がした。
(誰っ?)
何も答えてくれなかった。気のせいか……
ああ、もう!
ドキドキなんてしている場合じゃないの。
なんとかしなきゃ。ほたるにチームを追い出されてしまう。居場所を取られてしまう。
次に気が付いたときにはほたるは部屋に居なかった。
どうやら僅かだけど寝られたみたいだ。
布団も綺麗に畳まれている。
颯太の教育によるものか、自発的な行動か……
おそらくは後者だと思う。
庭で二人の声が聴こえる。
またあたしをのけ者にして何かしているらしい。
勢いよく布団を跳ねのけると、さらりとメモが床に落ちる。
【もじのれんしゅう! きのうはごめんなさいなのっ!】
「……っ!」
おそらく、作ってあげた帽子を跳ねのけたことだと思う。
「ほんとにかわいくない子ね」
心のもやが少しだけ晴れた気がする。
だけど、謝ってくれるなら何でしちゃったのか理由を教えてほしんだけどねっ!
やっぱり過ちを認め、ごめんなさいを言える子はいい子よね。
……
…………
………………っ!
わかってるわよ。あの子がいい子だってことくらい。
★☆☆☆★
「どうしたの、さっきから黙っちゃって。颯太君に何か意地悪でもされた?」
先輩がミルクを入れたアイスコーヒーをかき混ぜる。
黒から茶色へと変化する中身をなんとなく見つめてしまっていた。
いつもの喫茶店。りえ先輩に話を聞いてもらう時はほとんどここを利用している。
「意地悪なんて……小さい頃ならされていたけど、調伏師になってからは全然。色んなものを一気に背負ってる感じだったし。上手くいかないことが多くて思いつめてましたから。昔はちょっかいを出してきてましたけどね」
思い出すなあ。小さい頃のこと。
調伏師になってからは、いつもいつも落ち込んでいたのを励ましていたっけ。
ある時から、その回数も激減したんだけど。
……
…………
………………あれっ?
今は立場が逆転しちゃってない!
「颯太君の成長がお姉ちゃんとしては嬉しい? それとも寂しい?」
「寂しいわけじゃないですけど……あっ、いや寂しいのかも。最近はあいつのことばかり浮かんでくるというか、昨夜も悔しさで眠れなかったんですけど、目を閉じたら颯太の顔が浮かんで……」
「えっ、えっ、マジかよっ!」
先輩は大好物が運ばれてきたというような、なんともいえない顔を作る。
「自分でもよくわからないですけど。チームを追放されそうなのに、その回避策を練ろうにも集中力が」
「……まだ気づいてないのかな?」
「何をですか?」
「うーん……言ってあげたいけど我慢したいんだよね。たぶん颯太君から強くなる方法的な助言されていると思うけど、美優ちゃんの場合はそれだけじゃ不十分なんだよ。なんて言ったらいいんだろ。それじゃあ歯車はかみ合わないみたいな」
「よくわからないんですけど」
先輩はぴんと人差し指を立て、
「自分の気持ちに素直になりなよ。そうすれば答えは見えてくるから」
「素直に……それで今より強くなれるんですか?」
「間違いない! それはね、いざって時に物凄い力になる」
その言葉はあたしの心にしばらくの間残っていた。




