第9話 僕の幼馴染はなぜか躊躇する
地面からこちらに冷気がむかってきて、雑草が一瞬にして凍り付く。
僕とほたるが吐く息も真っ白になる。
一番いやなタイミングで……
最低限の神降ろしを足に纏い、ほたるの前へと僕は出た。
「何か喋れよ、颯太。ギブアップしても殺してやるけどな」
「ほたる、これ以上力を使うな」
「命令なの?」
「うんっ」
先ほど食べたばかりだけど、ほたるのお腹が鳴る。
慌てたようにポケットからどら焼きを出したほたるは半分を僕にくれた。
補給すれば少しは力を使えるか。彼女を守らなきゃいけないんだ、僕は。
それを食べながら、御堂が引きずってきていた調伏師の様子を観察する。
意識を失っているようだけど、呼吸をしていることに安堵。
「念のために聞きますけど、何の用ですか?」
「お前は俺からいろんなものを奪った。金、地位、それに笹木」
「別に奪ってないですよ。僕は追放されたから、チーム抜けただけだし」
美優に恋心でも抱いていたのか……
まあそれも僕のせいにしてほしくないんだけど。
それより気になるのは、御堂の瞳の色が水色になっていることだ。
神降ろしが倍増しているのは確かなことらしい。
……
…………
………………
あれ、あの女の人助けに来てくれないのか!
御堂は冷気を纏った剣を抜き、薄ら笑いを浮かべる。
「俺もお前から奪ってやるよ。全部」
軽く振り下ろされた剣は氷の剣弾を飛ばしてくる。
両手に桜火を纏い、上下左右に弾く。
後ろにはやらせない。
一振りで17の弾丸。
すべて弾き飛ばしたときには、両手両足と右半分が薄く凍らされていた。
「いつぅ!」
「どうした落ちこぼれ、この前みたいにサンドバックになるとでもいうのか」
「はあ、はあ……もうあれはごめんだね」
「だったら遠慮するな。来いよ」
またあの力を使えば、制御できなくてほたるが暴走してしまう。
「どうしても僕を殺したいの?」
「ああ、殺してやるよ」
「ふっ、あなたみたいな小者にそうたはやられたりしないの」
僕の背中に向けて、励ますような言葉が飛んでくる。
今の僕に出来ることをやるんだ!
僕の周りを円で囲うように桜火で覆う。
倒せなくても時間稼ぎなら――
「気に入らねえ! そういうとこがムカつくんだよ!」
遠距離ではなく、近距離で仕留めることにシフトしたようで御堂は距離を縮めてくる。
一発だけカウンターを入れてやると決意したが――
向かってくる御堂と身構えていると僕の真ん中に大きな落雷が発生した。
バチ、バチン、バチン。
と砂埃と共に電流の音が耳元に届く。
上空には大きな雷雲が発生し、目の前には茶色の濡れたセミロングを揺らして、石鹸の匂いを漂わしたお風呂上がりの美優が立っていた。
「こら颯太、あたしに一言告げてから行きなさいよ!」
「そんな暇なかったんだよ。近くだったし、すぐ気が付くかと」
美優は僕たちの様子を横目で見て、
「だらしないわねえ、二人のコンビなら敵なしなんじゃなかったの。全く見ていられないわ」
「……」
ほたるは現れたのが美優だと知り、むくれた顔をする。
「先を読んで、余力残して戦いなさいよ。常識でしょうが!」
「美優が来てくれると思ったから。先のことはちゃんと読んでる。だからやってみたんだ」
「屁理屈を。弟のくせに生意気なのよ……御堂進。あなたみたいなリーダーのチームで尽力尽くしていたかと思うと、物凄く気分が悪いわ」
「笹木!」
御堂は思いっきり剣を握り、手からぽたぽたと血を流した。
「なによ、怒っても全然怖くなんてないわよ。だいたい名字で呼ばれるのも嫌なのよね」
「ぶっ殺してやる」
御堂の水色だった瞳が濃い青に変化していく。
それに反応するかのように、地面から氷が僕たちに向かって飛び出てきた。
僕はほたるを抱えて避けて、美優は纏った雷によってその軌道を変えた。
やっぱり美優の戦闘能力、僕より凄いような……
「ねえ、なんであたしにキレてるの? 狙われてるのは颯太たちでしょ?」
「おめでとう。美優も標的になったらしい」
好かれていたみたいだよ。と小声で伝えてみる。
「ああ……困るのよね、そういうの」
「説得を試みてはくれないか?」
「話を聞く感じじゃないでしょ。完全に支配されてるわ、あれ」
話をしている最中でも、攻撃の手を緩めてはくれない。
今度は地面と上空からの氷雪同時攻撃。
「えっ!」
美優にぐっと手首を引っ張られ、僕とほたるは地面に這いつくばる。
「そこでじっとしてなさい。顔上げたら殺すわよ!」
氷の砕ける音と、雷のバチバチ音だけでは戦闘の様子がわからないじゃないか。
顔を上げます!
綺麗な白い肌が目の前に露出して――
あっ、スカートできたのか。
顔を上げたのがばれて、頭を足で踏みつぶされる。
「あなたは単体の攻撃が弱い。それじゃああのレベルは倒せない」
ほたるの奴、美優の真後ろに行きやがったな。なんで僕は地面とくっついてないといけないんだ。
「うるさいわね。足手まといのくせして」
無数の雷が落ちてきたようだ。
下手に動いたら、僕にもあたる。
「だからそれではダメなの」
「うっ、うるさい。今更、あたしに出来るわけ……」
なんでそこで迷うんだろ?
美優に出来ないとは思えないのに。
その後、いつもの落雷とは違う音がして静かになったので恐る恐る顔を上げると、僕の神様と幼馴染はたがいに口を尖らせぷいっとそっぽを向いていた。
元リーダーの御堂の姿はどこにもない。
「あいつは?」
「逃げられたわ」
「どっと疲れるの」
ぼそっとほたるは呟く。
「もとはと言えばあなたたちが独断で動いたのが悪いんでしょうが!」
美優は子供にお説教するかのように、僕とほたるにがみがみ言い始めた。




