第18話 僕の神様は暴走を始める
夕日は沈み、今夜は薄暗く月が肉眼では確認できない。
担当地域をほたると二人で見回っていた。
特異な匂いは感じてはいたけど、特に異常はなかった。
美優の言う通り2チーム編成を組んでるなら、僕なんかが行ったって足手まといになるだけ――
忘れようと家路につこうとしたとき、風に乗って流れてきたのは大量に流れた血の匂いだった。
ほたるの尾もその何とも言えない匂いにぴくりと反応を見せる。
戦いの匂いだ。
それもこれだけの血の匂いは劣勢。
今回の怪異がより力があるとわかってのことであの二人は僕にくぎを刺したのだろう。
わずかの距離だし、この匂いを嗅いでもなお、見て見ぬふりは出来なかった。
「あっ、ああ……」
眼前に広がるは、ドラゴンの形をした大きな霧のような塊。
大量の瘴気が実体化した存在のようだ。
その周りには、第一討伐編成部隊の無残な姿が。
時間に限りがあったとはいえ、編成部隊だぞ。それがこんな――
ミストのような敵は、もう戦う意思さえ絶望している相手に攻撃しようとしていた。
(ダメだぁ!)
この場にいるのさえ場違いな僕だけど、勝手に体が動いてしまう。
気が付くと、それが吐く紫のようなブレスを両手に覆った炎で受け止めていた。
「うっ、うう」
止めるのが精いっぱい。
踏ん張りがきかず後退させられたが、力を振り絞って何とか上空へと弾く。
それだけで息が上がり、片膝を着いてしまう。
「うそだろっ!」
なんて威力だ。対面すると底の見えない強さに足がすくまされるようだ。
小隊のメンバーですら、力量の差を感じたのだろう。
突然飛び込んだ僕を見て、まるでいい盾が来たとでも言うように、すでに何人かは逃げ出していた。
「なんだよ。囮にでもしようっていうのか」
攻撃を一度受けただけ。
にもかかわらず掌の紋章はすでに消えかかっている。
赤い目を宿したドラゴンミストは僕を見据えた。
「この威圧感、反則だ」
どうする?
美優や日和さんを悲しませたくない。
でも、こいつから逃げられそうにもない。
なら――
ほたるを守らなきゃ。
どんな状況だろうとそれを成し遂げなきゃいけない。
今のような攻撃はもう受けきれない。
勝ち目のない相手。気持ちだけではどうにもならない。
僕は覚悟を決めた。
「逃げろ!」
後ろにいた神様へ自然とその言葉が出る。
そうすることがこの場では最善。
僕とほたるが二人がかりでやっても、結果が変わるわけじゃない。
「……」
目を見開く彼女。
この子を逃がす時間くらいなら稼げる。
稼がなきゃいけない。
回避するのは得意だ。それに徹すれば――
やるんだ。
やらなきゃいけない。
ここは僕が彼女の盾にならないと。
「ほんとに馬鹿」
あろうことか、ほたるは僕の前へと出てくる。
「けど、馬鹿な人間は嫌いじゃないの」
お腹を焦がすような熱さと共に、ほたるの体から黒い煙が立ち込めている。
見ただけでわかる。これはよくないものだ。
「馬鹿、やめろ!」
「……」
その時、初めて僕はほたるの笑顔をみた。
どこか儚げで、でも安心するような優しい笑顔。
この笑顔、前にどこかで――
そして、視界が血のような赤に覆われていった。
ほたるがほたるでなくなる。今、ようやくそれを認識した。
★☆☆☆★
体の中が焼けそうだった。
何か声が聞こえる。
泣いている声
絶望している声
恐怖している声――
助けて。
誰か助けて。
どうしてみんな奪うの。
どうして、わたしの前からみんないなくなるの?
わたしは生きていてはいけない存在なの?
生まれてきてはダメだったの?
独りぼっちはもういやなの。
1つ1つの言葉を聞くだけで、心が氷のナイフで刺されるようだ。
こんなに苦しんで、溜めて、悲しんでいたのか。
あの目は何度も絶望して、それでも小さな光にすがるような眼差しだった。
「んっ――」
はっとして顔を上げる。
山火事でもあったのかという周囲と大きな何かが黒焦げになっていて、その傍にただ勢いを増す炎の何かがいた。
「なんだよ、これ?」
両足に力を入れて立ち上がり炎を見つめた。
体の所々が火傷していた。
「……」
少し風になびいたと思った炎は、弾丸を放つように僕の体にむかって、炎のレーザーを飛ばす。
それはいとも簡単に僕の体を貫通した。
「かはっ」
その瞬間にわかった。この炎がほたるなんだと。
わかっていたんだ。この状態が制御できないってことを。
あのピエロの怪異の戦闘から、予兆は出ていた。
いつからだ。いつからほたるは制御できない力のことを。
「ちくしょう、逃げろって言っただろ!」
一歩前に出ると鋭い炎の弾丸が容赦なく飛んでくる。
やはり理性がないのか。
力が暴走している。
あの相手を倒せるだけの力。
「これがほたるの力」
もう一歩前に出たとき、今度は無数の弾丸が向かってきた。
だがそれは、無防備な僕の前に緑の盾のようなものが現れて防いだ。
「おやおや、到着してみればターゲットは見当たらず。居たのは……」
第二討伐部隊か。最悪のタイミングで――
「炎に身を包んだ何か? 尾が二本生えている。怪異ですかね?」
「違う! その子は僕の神様だ」
思わず眉間に皺をよせる。
敵意の眼差しを向け、まるでこの状況を楽しんでいるかのような奴を睨みながら叫んだ。
「どうやら、その炎の何かがターゲットを焼死させたようですね。だけど粒子になっていないし、輝石も出ていないということは、君の言っていることは違っていることになる」
「本当のことだよ。ほたるは僕の神様だ」
「神様ではないよ。その証拠として、一つ契約して神降ろししているなら手の紋章は? 二つ、調伏師と契約している神が怪異を倒せばそれは調伏したことになり、粒子が舞い輝石を残すはすだけど、そうなっていないのは?」
僕が気を失ったせいで紋章が消えたのか?
「証明してあげるから、よく見てて」
ほたるの力を神降ろしする――
あれ? 桜色の炎が出ない。
「出ていないな、紋章は。だいたい君のような調伏師は前線で見たことがない。見習いもしくは仮免かい?」
「では、調伏しましょう。汚染され、一般人に被害が出てからでは遅い」
「やめろ! 僕が元に戻すから。手を出したら誰だろうと許さないぞ」
僕が前に出ようとするのを1人の調伏師が肩を引いて止めた。
「邪魔をすると、ただでは済まないよ」
僕はその手を払いのけ、敵意をむき出しにする。
その瞬間、その人は右手を光の何かで覆い、僕に突き刺そうとしてきた。
頬にかすりながらも回避して見せ、生身の蹴りを相手の膝に浴びせた。
「こいつ……」
「僕はただほたるを元に戻したいだけだ」
前後から攻撃態勢を取り、僕に向かってくる。
7人小隊か。避けられたのはわずかな時間で、背後から拘束されてしまう。
「はなせよ! ほたるは敵じゃないんだ。神様なんだよ」
暴れる僕を地面にくっつけるように抑え込んできた。
ゆっくりと炎の弾丸を避けながら、数人がほたるに近づいていく。
「ちくしょう、馬鹿野郎っ! 怪異じゃないのは明白だろう。見た目は確かに怖いかもしれないけど、近づかなきゃ何もしないだろ」
人間は信じるに値しないの。
平気で裏切るし、利用する。
(ほたるの声……僕の心に)
「僕の話を誰も聞いてくれないのか? 誰も信じてくれないのか……やっぱり、僕は女の子1人守ってあげられないのか? 約束したのに」
涙が頬を伝ってくる。
助けたい。ほたるを。助けてあげたい。
ほたるの炎が少し光り出した。突然風景が一変し、僕の前には輝く光がいて、口を開く。
『ありがとう。この子を助けてくれて』
誰? 僕の心に語り掛けてる? それとも目に見えてるのは――
この声はまさか――
僕は中途半端にほたるを助けようとしただけだよ――
そのうち心を開いてくれると安易に考え、彼女の抱えている苦しさから目を背けていた。
それで何を助けられるんだ。
強い言葉を吐いて、必死に認めてほしいと演じていただけじゃないか。
神降ろし判定の時も周りから上がる歓声に有頂天になっていた。
僕の力を見余っていたことに正直、どうだって思った。
倒せなかった怪異にも勝利することが出来て、傍にいて欲しいと自分勝手な押し付けをした。
それでも――
でも、僕は結果を実感して今までやってきたことは無駄じゃなかったと思えた。
頑張ってきてよかったって救われた。
そうだ。僕がほたるを助けていたんじゃない。
ほたるが僕を助けて、救ってくれていたんだ。
『君は変わらないね。どうしても欠点を見つけようとする。精いっぱいやっているけど、それでもやり残しを探してしまう。完璧な人間なんてこの世にいないよ。完璧な神もね。だからこそ、面白いんだよ。引き付けられるんだよ。感情を揺さぶられるんだよ。恋をするんだよ』
ほたるに何をしてあげられるか考えよう。
彼女が何でも言ってくれるように、その関係を築いていこう。
ほたるを助けたい気持ちに嘘はないんだから。
僕はほたるを助けてあげたい。
僕も誰かを救う英雄になりたい!
『君ならできるよ。信じてもらえるよ。だって君は、生きようとする意志を――に呼び覚ましてくれたんだから』
まただ――
また助けられた。まだまだ全然敵わないな。
でも、もう迷わないぞ。
ドサッと僕を拘束していた人がのしかかるように倒れてきた。
気が付くと、目に映る風景は戻っている。
「あのう、この子の言っていること本当なんですけど!」
背後で声が聞こえた。




