第16話 僕は神様と力を合わせる
調伏師の訓練場と自宅の中間地点にある肉専門のレストラン。
その店内に僕たちと、怪異博士である日和さんはいた。
良いもの見せてもらったから御馳走してあげると、連れて来られたのがここだ。
てっきりファミレスかなぁと思っていたけど、まさかのお肉。
えっと、なんかすごい高級そうな佇まいで――
店内に漂うお肉のいい香りにほたるは先ほどから挙動不審になっていた。
りえ先輩も一緒するはずだったけど、担当地域に怪異が出たからと駆り出されてしまい――
僕はメニュー表を見て、一瞬金縛りにあった。
すき焼きもハンバーグもステーキもすごいお値段。
なっ、なるほど。雰囲気そのまま。
「存分に食べていいからね。ここは任せなさい」
さすが怪異博士と大学の准教授と二足のわらじを履いているお方。
確か独身だったはず。
懐に余裕、いやもはや立ち振る舞いに余裕がある頼れる人だ。
でも、いいのだろうか? 僕、そんなたいしたことしてないんだけど。
いや、遠慮している場合ではない。肉だ。
「んっ?」
ほたるはどれが一番おいしいんだ? という疑問の目でメニューをガン見していた。
「小さい子はハンバーグにしておけば外れることはないよ」
キッと鋭い視線で睨まれる。
子ども扱いしたことが気に入らなかったか。
さて僕はどうする?
ステーキを食べておけば外すことはない……はず。
300グラムくらい行っちゃおうか。ほたるが食べたそうなら少しあげればいいし。
ほたる、何を頼むのかな?
「……」
係りの人にメニュー欄を指さしたようで、何を頼んだかはわからなかった。
「この子たち、いっぱい食べるからサービスしてね」
どうやら日和さん、このお店の常連らしい。
サラダとスープを食した後、
「颯太君、美優ちゃん、それにほたるちゃん。新種の怪異が大量発生していて、調伏師協会もその対応に追われているのは知ってるでしょ」
怪異博士は調伏師よりもこんな時は大変だろうな。
「そういえば最近責任者の人見ませんね」
「常に全線で戦闘している感じだからね、あの人は……強い調伏師と見込んで3人に頼みがあるの」
この食事の場はその頼みを聞いてもらうためのものも兼ねてのことか――
「春休みの期間、うんうん、新種の怪異の件が片付くまででいい。さっきも言ったけど、担当地域を拡大してほしいの」
「それは……また大変なことを」
「だからこそ。あなたたちが一番考えて動いていそうだし。出現数をカバーしきれてない現状、そうしていくしかないと思う」
たまたま僕たちの説得役が日和さんだったということかな。
「普通はこんなこと頼めない。現時点でも受け持っている地域はギリギリだからね」
「えっ!」
「だったらなぜですか?」
「だって、あなたたちは2人じゃなく3人でしょ」
やっぱり日和さんは他の人とは違うな、僕たちをちゃんと見てくれてる。
ほたるも見てくれてる。
「チームとしては少数精鋭。それに、颯太はまだ仮免ですよ」
「現時点で仮免でも、場数を踏んでいけば強くなれる。現にほたるちゃんと契約してからは、颯太君が一番伸びてるよ。もちろん危険が伴うことだから断ってくれてもいい」
ずるいなぁ。この場で断れるわけがないじゃないか。
ほたるを見てください。
話など聞いていないで、運ばれてきたハンバーグにしか目が行っていない。
お肉接待恐るべし。
こうして僕たちは担当地域を拡大することを了承してしまった。
そして、調伏師5段でエリートの美優には、緊急時の他地域への出張も打診され、それを幼馴染は受けたのである。
狐の炎を操る怪異の情報は日に日に増していった。
そして何人かの調伏師が対峙し、戦闘になったが現在も調伏できていない事実。
対面した調伏師は全員病院へ収容されているという現実。
病院行きになったのは、全員調伏師3段。
僕は仮免許調伏師。
まともにやりあったら、僕も病院にいることになるのかな……
この現実を知ってよかったことがあるとすれば、ほたるへの疑いが完全に消えたこと。
担当地域を拡大したことで、山頂にある別荘までが僕たちがカバーしなくてはならない範囲になった。
はっきり言って広すぎるけど、例の怪異にグループ内のメンバーも減らされ正に緊急事態。
行動範囲から見て、今夜はこの付近にいると思われる。
間接的とはいえ、その怪異のせいで僕はボコボコにされたと言っても過言ではない。
僕たちが調伏させてやるという意気込みで、懐中電灯を付け山道を登っていた。
☆★★★☆
背後には今は亡き大富豪の別荘。
僕の身長の倍くらい狐の炎が、目の前に迫っていた。
ほたるの力を降ろし、両手に覆った桜の炎で受け止める。
相殺しようとしたが、こちらの炎を飲み込みそうな勢いで――
分が悪いと思ったのか、ほたるがいつの間にか隣にいて、協力してくれる。
その甲斐あって上空に何とか狐を具現化した炎を弾くことが出来た。
「助かったよ」
「今のあなたでは、まだ力不足なの」
それはほたるを守るのにはってこと?
または別の意味で?
こちらを見ずにただ前だけをほたるは見据えていた。
なんか少し雰囲気が変わったか?
手から煙が上がっている。
炎の熱量だけなら今の僕の使用量よりもほたるの方が上か。
自分の力だからっていうのもあるかもしれないが、今の状態なら制御も上手い。
化けギツネの怪異と相対してかれこれ10分経過。
僕は結構ボロボロになっていた。
なるほど。この怪異も新種で何人もの調伏師がやられたのも頷ける。
調伏ランクAくらいか。
鋭い牙に爪。
二頭犬怪異戦を経験してるから、見た目の怖さは僕の中で半減していた。
怪異の上空に雷雲が作られ、それが落ちる。
「落雷の爪ッ!」
美優の攻撃に一瞬動きを止めたが、まともに受けてもダメージがあるふうには思わない。
獰猛さに磨きがかかった目が攻撃をした美優でなく、僕でもなく、ほたるを捕えた。
同胞がそちら側で何をしているって感じだ。
一瞬、ほたるの炎がピンク色から赤色に代わり、僕の力をも増した。
それは何となく嫌な予兆のように思えたってこともあるし、自分が言ったことを嘘にしたくないって思いもあったので――
僕はゆっくりとほたるの前に出る。
「あなたはまた……」
「ほたるは僕が守る!」
どんなに人間が嫌いだろうが、僕が嫌われようが、そこに揺らぎはない。
だてに長期戦にしているわけじゃない。動きも把握できたし、スキも見つけた。
美優も僕の隣に移動してきて足を止めた。
「新種はどれも硬いわね。単発の攻撃じゃあの怪異は調伏出来ないわ。新種のせいでちょっと働き過ぎだし、この怪異はあたしたちが責任を持ってここで終わらせるわよ」
「うんっ」
桜の大樹。この間と同じくらいでいい、僕に力を。
ボワッと桜の炎が僕の左手を覆う。
「遠距離からは避けられる恐れがある。この場から一瞬だけあたしが動きを止めるから、二人でとどめを刺しなさい。その威力はあたしが保証してあげるから」
美優の言葉に、僕は力強く頷く。
エリートの幼馴染は僕が覆っている同じくらいの大きさの雷で右手を包む。
美優が怪異の頭上から炎を落とした瞬間に、僕とほたるは怪異の近距離まで移動。
桜の炎を纏った僕の拳と、桜の花びらの形をしたほたるの炎を同時に放つ。
拳は手首付近まで狐の怪異にめり込み、そこから桜色の炎が全身に回るのは一瞬だった。
ほたるの花びらの炎は僕の頭上を通り、貫通していた。
僕と美優とほたるの息が合わなければ、この瞬間を迎えることはなかっただろう。
粒子が始め飛ぶように上空に舞った。
ほたるが纏っていた炎がまた少しだけ赤色になっていたが、息を吐いて力を解除する。
髪色は銀髪のまま、桜色にはなっていない。
どういうことだろ?
ピエロの怪異との戦闘時。それにナイフを向けられたときは確かに――
「……」
片ひざを着いて、自分に怒っているように地面に拳を叩きつけた。
僕を睨むかのような視線が飛んでくる。
タイミングが分かったのだろう。
ドス、ドスと右こぶしを自分のお腹に打ち付け、音を誤魔化す行為はなんか面白かった。
どうやら力を使うとお腹が空くようだな。
魔法力消費みたいなものか。
その夜、美優に緊急の打診があったことを僕は朝方に知ることになった。




