第13話 僕の神様は勘違いされてしまう
桜色の炎が舞い、怪異が輝石を残して消滅していく。
新種の怪異だ。
これで13体目、平素より随分早い感覚で沸いてくる。尋常じゃなく多い。
何かが起こっている気がする。
だが他にこれといった情報はつかめていない。
近いうちに良くないことが起こるような、そんな嫌な予感がする。
「ごめんね、こちらも何もわかっていないの」
協会受付で輝石を渡すがてら聞いてみるが、とくにこれと言った情報はないようだ。
「颯太、焦らないの。というか、ちょっとらしくないわよ?」
「ごめん、そういうつもりじゃないんだけど」
「そう?」
美優にはもどかしい気持ちがばれていたようだ。
さすが幼馴染。
今日もなんだかんだで、付いてきてくれたほたるは居心地わるそうに、スカートの裾や帽子を気にしていた。
人間にはまだ慣れていない様子。
中学校は春休みに入った。
一緒に居る時間も増え、神社などに出かけることも多くなる。
神社はほたるにとって特別な場所のように感じた。
御神木があると、ほたるはそこに近づき目に見えない何かと話しているみたいだったけど、僕たちにそれを説明することは今のところまだなさそうだ。
ほたるは相変わらず心を開いてくれてはおらず、共に行動してもらうのも一苦労で――
夜空には星空。
担当地域の巡回を終え、チェーン店で帰りにシュークリームを買ってきた。
頑張ってくれましたご褒美。
「たまには食べたくなるのよね。シュークリーム」
例によって、僕たちが食べてからクンクンと匂いを嗅いで小さくかぶりつく。
「……」
ピンと立つお耳。
はい、美味しいと。
はっとして視線を逸らすほたるを見て、僕は何となく安心してしまっていた。
人間不信のほたるでも、美優みたいな人間もいると本能的に察知してくれさえすれば仲良くなっていける。
僕はそんな安易な考えを持っていたんだ。
その考えを打ち消せと言われたかのように、調伏師協会の専用アプリに怪異の情報が入った。
【担当地区に怪異の目撃情報あり。狐の姿を確認。調査班にて確認済み】
人間の悪い欲望から生まれてくるのが怪異。
知能がないそれは、動物たちの心を支配して狂暴化したり、時にその欲望が実体化してあのピエロのようになったりする。
狐と言う、そのワードにたちまち僕たちが所属しているグループ内のメンバーからメッセージが相次ぐ事態となった。
「牧颯太が契約しているやつが狐じゃなかったか?」
「狐の女だ。あの力ちょっと異常な強さだったし」
「ああ、わかる。落ちこぼれが契約してすぐに怪異を調伏するなんて、なんかおかしくね?」
「あの狐の子、怪異側の神なんじゃないか?」
「それなら、人型でも説明つくよね? 狐に変化できるだろうしさ」
書き込まれるメッセージを目にした僕は血が沸騰するようだった。
だが僕は少し前のほたるの吹き出した、あの制御不能のような力を目の辺りにしていた。
そのせいで、ほんの少し疑念が湧いていたのも事実。
ほたるが何の神様なのかまだわかっていないのだ。
グループの責任者や怪異博士の日和さんには紋章のことは話さないわけにはいかなくて……
それがここ最近グループ内で噂になっている。
誰かがほたるが耳と尻尾を出しているところを目撃したらしい。
つまり、狐の子だってわかってしまったんだ。
僕と美優が画面を見て怖い顔をしているのが、気になったのかほたるは僕の方の液晶をのぞき込む。
「……」
僕の顔をじっと見てる――
まるで心を読まれているかのようだ。
ちょっとだけ肩を竦めたように見えた。
これが人間。説明はいらないの。
そんな顔で立ち上がる。
なんて悲しそうな目だろう。この子は犯人でないと確信した。
「ごめん。一瞬だけ疑わなかったと言ったら嘘になる。でも、それでも僕を信じてほしい。ほたるは絶対に僕が守るから」
この場で言っておかないと、人間全部を嫌いになってしまいそうな予感がした。
怒りを帯びた、それでいて悲しそうな顔で僕を睨む。
この子を連れてきたのは僕だ。
ほたるは僕に力を貸してくれてる。
僕は何をしてあげられた?
僕はどうしたい? この子の幸せな顔を見たい。
あの人みたいに、誰かを救える人になりたい。
「この件は必ず僕が何とかするから……だから、傍で見ててよ」
「……」
「何でもかんでも、颯太が察せるわけがないでしょ。ほたる、あなた自分のことほとんど話してないのよ。それでも颯太は、今、あなたが関係ないと確信してる。言葉にしなきゃ伝わらないこともあるのよ」
ほたるは食べかけのシュークリームを残して、無言で2階へと上がっていった。
★☆☆☆★
次の日の夕方。
調伏師協会の訓練施設に僕たちはいた。
やってきたときから、やたらと僕とほたるに視線が集まっているのは気のせいではないだろう。
ほたるは昨夜から一段と無言無表情になっている。
その視線をとりあえず無視して、美優との対戦訓練戦闘ではじめて3分間ノックダウンせずに耐えきった。
「まあまあよかったんじゃないかしら?」
呼吸を整えている僕に美優が少し偉そうに褒めてくれてる?
「まだ追いつけてないな」
「ほたるを神降ろしして、短期間で追いつかれるほどあたしは甘くないわよ」
でも、確実に開いていた差は埋まってきている。
遠い背中だけど、一歩ずつ追いかけていかないと。
「絶対に追いつかせない」
ぼそっと呟いた美優の声は僕の耳に届かなかった。
訓練を終えて、僕と美優が今日の任務は入っていないことを確認し帰ろうかとした時だ。
僕たちを8人の男が囲む。
その中心に元チームリーダー御堂さんの顔があった。
早速来たか。
ほたるは視線を合わせるのも嫌そうに顔を伏せる。
「僕に何か?」
「調伏師が犯罪まがいのことしちゃだめだよな。まあお前はまだ調伏師じゃないけど……」
「その狐女がやったんだろ」
「もう少しで事情聴取によばれることになるだろうな。落ちこぼれとその神様。そもそも神さまかどうかも怪しいが」
「あなたたちいい加減にしなさいよ!」
美優が囲んでいる8人を睨む。
「笹木、お前もこんな奴らに構っていると腕がなまるぞ。一緒にいるならもうちょっとましなのと……こっちのチームに戻れ」
「べぇー。あなたたちに颯太とほたるの何がわかるっていうのよ」
喧嘩腰になった美優は8人とやりあいかねない。
「美優」
僕は幼馴染の袖を引き待ったをかける。
「ここは僕が。この人たち、元々僕が気に入らないんだろうし」
「わかってるじゃないか、七光り」
僕は顔を伏せているほたるをちらっと見てから、
「元リーダー、優れた調伏師じゃなかったの」
「なんだと」
「どこかの落ちこぼれならともかく、目を曇らせてない? ほたるは今回の件の犯人じゃないよ。この子は故意に人を傷つける子じゃない、いい子。そんなの傍に居ればわかる。一人で外出しないように約束してくれたし、その約束の後で単独行動なんてしないよ」
ほたるはゆっくり僕を見る。
「おいおい、約束なんて狐が守るわけねえだろ」
「ほたるは凄い神様だ。でも、僕が未熟でほたるの力を全部制御できないからね。力が溢れでちゃうんだ」
「あれは真っ当な神の力じゃない」
そうか、調伏師判定を見て、僕が強い調伏師に成れるわけないと思っているのか。
「真っ当な力だよ。あんたたちさ、ほたるが犯人じゃなかったら、この子になにしてくれるの?」
「なにいってんだ、お前?」
「やってもいないことをやったと決めつけられる気持ち。そしてその今のあんたたちの視線と態度を見て、どんな感情が生まれるのかわかんないの?」
8人は笑い声をあげる。
「狐の気持ちなんてわかるわけがないだろ」
「それ本気で言ってるなら、凄い馬鹿だ。人と同じだよ。僕が気に入らないのはかまわないけど、ほたるのことを悪く言うのは許さない。僕の神様を傷つけるな!」
「気に入らねえ、目をしやがって」
それはこっちのセリフだよ。
8人は今にも僕に殴りかかってきそうだった。
ほたるが僕に珍しく強い視線を向ける。
やっつけようという意思表示だな。
その気持ちは痛いほどわかる。
それでほたるは多少すっきりするかもしれない。でも、それが一番だろうか――
いや違うと僕は思う。
僕が証明しなくちゃいけない。ほたるは何にも悪くないってことを。
「ほたる、美優の傍にいて。この場は僕が1人で収めるからさ」
「……」
勝手にしろ。ほたるはそんな目で僕を見た。




