幕間 僕の神様がまだ伏せていること
瞬きを繰り返す虫の息のような外灯の前を通る。
わたしは2人に先導されて、知らない住宅街を歩いていた。
人通りもなく、聞こえる音と言えば近所の飼い犬の鳴き声くらい。
静かで住みやすそうな場所だ。
長期間、歩行をしていなかったのだろう。
そのせいでよくふらつくし、歩いている感覚がほとんどない。
私はいつからあの場にいたのかな?
「どう、自分の力で調伏した感想は?」
「嬉しかったよ。いろんなこと思い出した」
前を歩く男女は時折こっちを気にして、かなりゆっくり目の速度で歩行している。
男の人の方はまだわたしを利用したいらしい。
優しい言葉をかけてくれているが、どうせ最初だけなの。
だけどこの人は、わたしの力を制御した。
あれはいわば特別な才能だろう。
だからこそ興味があってついてきた。それに――
知らないところで力を使われて、わたしが衰弱したら困る。
監視しておかないと。
人間は信用できない。
なぜなら言葉巧みにお姉ちゃんをだまして、わたしの前から連れ去っていったからだ。
だから、決して信用しないの。
調伏師のことはなんとなく憶えているけど、自分の存在が何なのかはよくわからない。
自分たちが人間にはない力を持っていることは知っている。
この人もきっと姉と同じように自分を利用したいだけに違いない。
この人、わたしのこと身体を張って護った。それくらいわたしに利用価値を見出している。
ならわたしもこいつを利用して、連れ去られたお姉ちゃんを救い出そう。
お姉ちゃんを連れ去った人間、あいつは確か――
そうだ。片腕に隻眼で顔に大きな傷跡が残っていた。
それだけは忘れまいとずっとしてきたのかもしれない。
「ここが僕の家。今日からほたるの家だよ」
わたしの方が利用できるだけ利用してやるの。
目的の為なら、嫌いな人間にだってお願いをするの。
スマホにパソコン。そこは情報の宝庫。
お姉ちゃん捜しに役立つことだろう。
それにしても物凄くお腹が空くの。
あそこに居るときは何も食べなくても平気だったのに――
もしかして、あの人私の食欲も蘇らせたんじゃ。
★☆☆☆★
この近くに何があるのか、御神木がある神霊場所も調べられた。
スマホとパソコンというのは使いだすと楽しかったの。つい時間を忘れてのめりこんでしまう。
怪異の研究室。あそこにも何かお姉ちゃんに関する情報があるかもしれないの。
あの傷の男に関することはネットにはなかった。
調伏師の協会が大きな組織なら情報漏れしないようにブロックしているとも考えられる。
まああの男が調伏師に関係していればの話だけど。
月明りでお守りを眺める。
桜の花びらの形をしたそれを指で突くとフカフカな感触。少しほつれてしまっているの。
お姉ちゃんから貰った大切な物。
直しておきたいけど、どうすれば?
小さいころ、お姉ちゃんとはよく一緒に訓練をしたのをぼんやりと覚えている。
「ほたる、あなたも誰かと契約したら、お守りを作れるからね」
優しく頭を撫でてくれたお姉ちゃん。
お姉ちゃんも誰かと契約してたから、お守りを作れたの?
今のわたしなら作れる。お姉ちゃんと自分が作ったものを持っていたい。
そして、再会したときに渡せばもう離れ離れにならないの!
パジャマを脱いで、昼間貰った服装に着替える。
良い匂いがして、この服は何となく好きなの。
部屋を出ようとしたとき、チッチが足元にすり寄ってきてこちらを見上げた。
「しっ~」
鳴かないように合図をして静まり返った外へと出る。
お守りを作るには御神木の花びらと枝を入れておく必要がある。
二つはここに来る前に拾っておいたが、それを三か所の神聖な場所で神通力を通わせないといけない。
この場所は憶えているし、あの人の匂いは嫌って程覚えた。
朝、起きる前に戻ってこられる。
「散歩に行きたい」
と、近所の吠えている犬に向かって
「静かになの!」
と、注意をして一つ目の神聖なる場所に向かう。
まだ跳躍することに慣れていなくて、速度を上げられずに坂道を登っていく。
息を少し切らせ、鳥居をくぐる。まっすぐ賽銭箱に向かいお参りしてから、左側の立派な御神木へ。
宿っている神様と会話をし、持っていた花びらと枝に少しずつ神通力を与えてもらう。
次の場所へ向かおうとしたとき、先ほどお参りしたときにはいなかった怪異がこっちを見ていた。
怪異は敵とお姉ちゃんも言っていた。
神通力で攻撃を試みたが、あの人が傍にいる時とは明らかに力が半減していて、これでは追い払うこともましてや倒すことなど無理だと知る。
★☆☆☆★
防戦一方になって、力の制御を見失ったとき、例の二人の人間がここに来たのを確認した。
すぐさま状況は一変したのだが、敵の大鎌がわたし目掛けて飛んできた。
この人が躊躇していたら、わたしはどうなっていたかはわからない。
また守ってくれた。それほどわたしを利用すると言うのか。
男の人の言葉に素直に頷いたわたし自身に一番腹が立っていた。
神社を離れる時、御神木に宿る神様たちがわたしと契約した男の人を褒めている声が聞こえた。
わたしは信じられない気持ちでいっぱいになってしまった。
その人は信じていい人だ。味方になってくれる人だよ。




