第10話 僕の変化した神降ろし測定
神さまは良い子にお留守番出来ているだろうか?
スマホに連絡がないところを見ると、何事もなかったのだろうと思い、自宅への足取りを速めた。
心配する親の気持ちとはこんなものなのかもしれないな。
これからほたるを説得しなければならない。
上手くいくだろうかは不安。
「まあ、ほたるなら言うこと聞いてくれるよな……」
つい口に出てしまった心の声。
「そのわりには、なんなのそれ?」
美優は僕が手に提げて居るビニールを見てからかう様にほほ笑む。
そんな笑顔を向けられるとドキッとしてしまうじゃないか。
「最終兵器」
「にゅ~ご」
玄関でチッチがお出迎えしてくれたが、ほたるは姿を見せない。
何と薄情なのだろう。
テレビが付いている音がしていたので、リビングを覗いてみる。
そこには、神さまが正座姿でウトウトしていた。
テレビはつけっぱなし。睡眠時間少なかったみたいだしな。
その周りにはポテトチップにポッキー、飲み物として缶のコカ・コーラが……
それにほたるのすぐ傍にスマホが転がっていた。
直前まで触っていたかのように。
夏休み初日。これから自由時間を謳歌するというかのように、随分とリラックスしているじゃないか。
見事にお留守番を堪能していたのは一目瞭然か。
「……」
目が覚めたようでほたるは軽く目を擦る。
「スマホはテレビゲームと一緒で目を酷使するから、長時間使った後は休んだ方がいいよ……ほたる、協会についてきてくれないか?」
しまった片づけをしていない。帰ってくるのが速すぎる、そんな気まずさが出ているかのようなほたるに話しかける。
「……」
こっちを見ていかにも嫌そうな顔を作られた。
「えっと、神様たちの力を使って怪異を懲罰する機関のこと。それが調伏師協会で、そこに所属している人を調伏師」
調伏師のことをなぜか知っているふうのほたるなら説明不要な気もするけど。まあ念のため。
協会には、見習いの僕なんかも含めて600人くらい所属しているんだったか。
美優はライセンスを持っているけど、僕まだ仮免許も取得できてないんだよな。
なんせ神降ろし出来てなかったし……
「正しく言えば調伏師協会が所有しているホテルへ同行してほしい。今日は顔を出さないわけにいかないんだ」
僕は期待を眼差しに込めて、返答を待った。
「……」
否定もしない。だけど行きたくないという意思表示ははっきりと顔に出ている。
馬鹿なのか。そこにはたくさんの人間がいるだろう。関わり合いになりたくないに決まってる。
そんな心情だろうか?
残念だ。なら、今回は僕一人で。というわけにはいかない。
本当にごめんね、ほたる。
「ほら、僕ほたると契約したから、もしかしたら見習いは卒業できるかもしれない。それを確かめるためにも、一緒に行ってください」
「……」
い・や・だ。その顔にははっきりとそう書かれている。
やはり素直に一緒にはついてきてはくれないか。
仕方ない!
少し諦めが速いかもしれない。だが、言葉だけの説得失敗。
「ほたる、付いてきてくれたら――」
僕は袋を掲げた。
小豆特有の甘いにおいが漂ってくる。
ほたるの耳と尻尾がぴくりと動いた。
☆★★★☆
陽が傾きかけた夕方の時刻。
僕たちはこの地域で一番高さが大きな建物へと向かう。
自宅からバスで20分。そこはちょうど市街の先端にある場所である。
「さあ、今日も張り切っていくわよ~」
夕日と重なって、美優の姿が一段と絵になり思わず見とれそうにある。
バスを降りるときょろきょろと辺りを見回すほたるは、まるで生後間もない赤ちゃんのような反応だ。
本人も右耳がないのが気になるのか、帽子を深々と被っている。
服装は美優が小さいころ来ていた水色のふんわりワンピース。
ほたるの髪色にもよく似合う。それにワンピのおかげで尻尾も隠せている。
ついて来てくれてほんとによかった。
そんな僕の視線に気が付いたのか、
「食後の運動がしたくなっただけなの」
と、ぼそっと吐き出す。
張り切ってないし、元気もないお言葉。
ほたるは口元についている餡子に気が付き、ペロリと舐めまわした。
そのあまりの豆大福のおいしさに身震いし尻尾を揺らす。
バス停の前にはホテルと言えばいいのかな――
表向きはホテル、調伏師たちにとっては訓練場がそびえたっている。
まずは輝石の換金をするため、正面のカウンターへ。
美優がさも当然のように僕についてくるのが気になった。
「あれ、換金場所に用事が?」
「あっ、言ってなかったっけ? あたしもあの後チームを抜けたのよ」
「へえ、そうなんだ。えっ……ええ~っ!」
思わず大きな声を上げてしまった。
「颯太とほたるだけじゃお姉ちゃん心配だから、あたしがチームに入ってあげるから」
「それはありがたいけど……円満に去れたの?」
「言いたいこと口にしてさようならしたわ」
全然円満じゃないじゃないか、それ。
「聞いたよ、昨日の活躍。チームを追放されたことも、そのあと怪異を倒したことも」
昨夜、家に戻る途中で僕の指導をしてくれている人に怪異を討伐したことを伝えておいた。
「もう3年も見習いをしてて、初めてここを利用するのが恥ずかしいです」
「頑張ったね」
大学生で調伏師でもある女性の先輩が声を掛けてくれる。
「バイトですか?」
「うん。まだ調伏師としては生計立てられないからね」
輝石は重さと大きさ、どのくらいの怪異のレベルだったかに応じて評価し換金してくれる。
チームで討伐したのなら、均等分配が基本となっているみたい。
「えっ、いきなりこの金額凄いよ」
「ああ、確かに。あとで甘いものでもご馳走します。色々お世話になっていることばっかりだし、僕」
「ほんとに!」
おほん、美優が僕たちの会話に割って入るかのように、咳ばらいをした。
無駄遣いはお姉ちゃんが許さんって顔だ。
「あのう、その輝石は解析の方に回してください。あたしのも」
「美優ちゃん」
美優はエリートなので、調伏師ならその顔と名前を憶えていない人はいない。
「何か気になることでも?」
「その高額なことからもやっぱり昨日の怪異は、いつも相手をするのと違っていた気がするので。念のため」
「わかりました。では、お二人ともこちらにサインを」
初めての換金。そしてサイン。
僕たちが施設内を訪れると周囲がざわめいた。
その理由は、落ちこぼれの僕の昨夜の活躍が広まってのことだろう。
チームを追放されたことを活躍が打ち消してくれているようでよかった。
見慣れない子、ほたるが僕の傍にいるのもざわつきの原因かな。
今日は3か月に一度の体力測定と神降ろしレベル測定日。
これでちゃんとわかる。今の僕の力が。
筆記と実技試験にパスし、調伏師となるとライセンスが与えられる。
車の免許と同じで数年に一度更新期間が設けられているみたいだ。
ライセンスを所持した時点で、神降ろし段位初段と認定され、当然段位が高いほど危険な任務を与えられやすい。
2段に上がる目安は怪異戦20勝くらいだと言われている。
剣道の段位と同じと認識してくれて間違いではない。
見習い→仮免→ライセンス所持と段階を踏んでいき、免許取得後は段位が調伏師の強さの目安になっているのだ。
「おお、さすがは颯太君。基礎体力は群を抜いてるわね」
僕たちの一つ上の先輩、高坂りえさんが数値が表示された僕のスマホをのぞき込んだ。
りえ先輩は美優がよく仲がよさそうに話をしていて、僕にも優しくしてくれる。
「基礎体力はいつもこんなものなので……」
朝晩のトレーニングの成果が数字に表れている。
だが、調伏師に取って基礎体力は二の次。問題は――
僕の名前が呼ばれ、特殊な白紙が貼られた玉に両手を覆う。
これだけで神降ろしレベルが測定される。
強い調伏師なら玉の色は鮮明に変化する。
真ん中だけ変化するのは攻撃に優れているということ。
周りを囲うように変化するのは防御に特化している。
見習いレベルの場合、調伏師に適しているのがどちらかと言えば、圧倒的に前者の方。
そして、僕が手をかざすと白玉の周りだけ空色になる。
防御主体。つまり調伏師になるうえでよくない兆候だ。
「あれ、いつもと同じ」
この結果は自分の予見していたものとまるで違う。
「牧颯太君、見習い」
もう、そんな大きな声で言わないでくださいよ。
方々から爆笑と失笑が起こる。
周りだけ色変化している白玉をみて嘲笑う人は多い。
「あいつ、やっぱり才能ないんじゃね?」
「俺だったら、とっくに諦めてるわ」
「七光りでここにいるやつだろ」
「なんだよ、昨日のはデマかよ」
方々からの声に思わず手をぎゅっと握る。
悔しい……
でも、おかしいな。昨日の力は確かに攻撃力を有していた。
あれで見習いレベルのわけないんだけど……
「笹木美優さん、5段」
美憂の測定が終えた瞬間。大歓声とそれ以上に、見た目をこれでもかと褒めるいやらしい声が聞こえだす。
いつものことだ。
彼女が両の手をかざした白玉は真ん中が黄色く、その周りは薄黄色に変化していた。
これが強い調伏師の形。
美優は不機嫌な顔で、僕を見つめて舌打ちをした。
「見ていられないわ。なにしてるのよ!」
ほんとに世話が焼けるんだから。と詰め寄ってくる。
「そんなこと言ったって……」
「思い出しなさい。昨日、神降ろしをした時のこと。そのシチュエーション、意識したことを。颯太ならできるんだから」
「うん」
僕はもう一度測定してくださいと申し出た。
「颯太は、神様と契約したんでしょ。あたしにも見せてよ。神様ほたるの力を」
後ろから美優がアドバイスしてくれる。
ちらりとほたるの方を見て、
僕は目を閉じる。あの時はとにかくほたるを守らなきゃ、あそこで逃げるわけには行かないと思って……
体の腹部辺りから熱さを感じて――
昨夜のように力が湧いてきているような……
目を開けると、左手を昨日と同じように桜色の炎が覆っていた。
「おおっ。ピンク色の炎!」
「なんだよ、見たこともない炎だ」
周りから声が上がるが、気にしてる場合ではない。
えっと……
玉を左右の手で包み、集中して力をコントロールしてみる。
白玉は真ん中が赤く、その周りは桜色に変化していた。
これは美優と同じ。強い調伏師の形だ。
「よかった……」
「桜色の炎。あの子までシンクロしてる……これが颯太の手にした力」
美優が声を漏らす。
またも気持ちいいように、ほたるのお腹の音がなってしまった。
キッとほたるはお腹を抑えながら僕を睨む。
その顔はなに強引に力を引き出しているんだ! と訴えている感じだ。
僕は両手を合わせ、ごめんとほたるに謝った。




