第9話 僕の昼間の日常
朝からひどい目に遭った。
超が付くくらい理不尽な神様めぇ。
基礎体力の向上のため、ランニングと軽い筋トレは僕の朝晩の日課。
調伏師として戦う力がなかったので、それをカバーするためには人よりも動ける必要があった。
制服に袖を通し、階段を下りていく。
中学校生活も残りわずかだな。
美優という優れた家庭教師のおかげで高校には合格しているし、あとは春休みを謳歌するのみ――
新種の怪異の件がなければね。
欠伸をしながら食欲をそそる匂いが漂って来ている台所に向かう。
そこにはエプロンをして、湯気が上がるお味噌汁の味見をする幼馴染の姿が。
それはいつもと変わらない。
両親が亡くなってから、美優は毎日僕と朝ごはんを食べてくれる。
僕はその行為にすっかりと甘えてしまっている形だ。
彼女には感謝してもしきれないくらいの恩がある。
今日はいつもと違う朝。
その理由は、視界に入る位置にいる狐っ子、ほたるが一緒だから。
なぜそんなにテーブルギリギリの位置にいる?
いや理由は言わずもがな。人間不信なのだよな。それなら昨夜なぜ僕の隣に来たのか……
たぶんそれはほたるの心理面が大きく影響しているのだろう。
僕の視線に気づいても、完全無視を決め込まれた。
あんなに昨夜は話をしたのに、また無口へと戻ってしまったか。
ベッドに潜り込んでいたのは僕のせいでは断じてないのに。
いや、無視こそがほたるなのかもしれない。
左手に持ったスマホをスライドさせたり、タップさせたり忙しそうだ。
昨夜、使い方を教えたそれをもう自由自在に扱っているじゃないか。
どれだけの夜更かしを――
ゲームでもしてるのだろうか? 画面を見るその目は真剣そのもの。
その姿だけ見ると、一夜で現代っ子になっている。
現状、興味を持ったことしか話をしてくれない神様。
僕だけが嫌われているのなら凹みそうだ。
だけど、美優に向けられる視線も僕に対してとさほど変わりはない。
「もうちょっと近くにきなさいよ」
「……」
てこでも動かない。そんな意思が垣間見られる。
一応無表情に見えて、申し訳なさが混じっているような気もするんだよな。
スマホをやめ、並べられた食事に目を走らせる。
食事の時はスマホの使用はダメ。歩きスマホも危険だからと教えた効力はあった。
いい子だな、ほたるは。
だけど、その右耳はどうしたんだよ? て訊いても、たぶんまだ教えてくれないだろう。
テクテクとチッチがほたるに近づいていき、足元にすり寄っていく。
途端に笑顔になり、
「よしよし」
まなじりを下げて、チッチの頭を撫でる。
猫にだけは警戒心を解いているかのようだ。
なんかそれ凹む。
チッチがほたるの首からぶら下がっている物に手を伸ばそうとした。
ほたるはそれを嫌がり、撫でるのをやめお守りのようなものをシャツの下に隠す。
そういえば初対面の時から印象に残ったな、あのお守り。
「大事な物なの?」
「……」
視線を向けてはくれたが、無言無回答。
スマホを教わっているときの積極性どこ行った?
「そのうち僕たちには慣れると思う……」
僕は自分を慰める意味で独り言のように吐き出した。
いただきます。をして、僕と美優はご飯、お味噌汁、焼き鮭と箸を付けていく。
チッチも勢いよく食事を始める。
その様子を見てから、ほたるは恐る恐るお豆腐と油揚げのお味噌汁にふ~ふ~して口を付けた。
直後、あまりのおいしさに感動すら覚えているような表情に変化する。
左耳がピンっと立った。
「……」
「美味しい……って聞くまでもないか」
どこか気まずそうにほたるはぷいっと僕から顔をそむけた。
ほたるを学校にまで連れていくわけには行かない。
てことで、お留守番をしていてもらうってことになるのだが、正直僕は不安だった。
だから――
「お菓子は食べ過ぎないように。外出は危ないからダメだぞ。お昼は冷蔵庫に美優が作っておいてくれたから、電子レンジで温めるんだぞ。昨日、使い方教えたよな。なにかあったらスマホで連絡すること」
あれだけ教えたから、スマホとパソコンの使い方は大丈夫だろう。
今朝もパソコンが起動してたし、夜更かしして何か調べていたのだろうか?
「……」
同じこと言うのはこれで5回目。
ほたるは無言ではあるが、その顔には鬱陶しさがにじみ出ている気がしている。
だって心配なんだよ。
「過保護なんだから」
呆れたような顔で美優に見られた気がする。
「チッチ、ほたるのこと任せたぞ」
僕は中腰になって左拳をだし、飼い猫とグータッチをした。
この飼い猫は普通ではない。妙に知恵を持っているというか、人間臭いというか。
だからこそ、言葉に出して任せるなんて口にしているんだけど。
☆★★★☆
よく利用させてもらっているカフェのお姉さんが開店前の準備をしていたので、軽く挨拶して通り過ぎた。
平日の朝の光景だ。
昨夜、怪異と戦っていたなんて嘘みたいな空気。
僕は歩きながら昨日の怪異戦について話し始める。
「見たこともない紋章!」
昨夜のほたると対面した状況と、神降ろしした際に浮かんだ契約の紋章のことについて美優に告げた。
「うん……神降ろしって霊になってる神さまやらを降ろすことだよね」
「そうね。でも、生身の神様と契約している人なんていたかしら? 颯太、神降ろしをして何か変化はないの?」
神降ろしには一種の副作用がある。
美優を例に挙げると契約している第1級の武神クラスのタケミカヅチ、雷神さまと言った方がわかりやすいかもしれない。
その使用後は髪の毛がストレートにまとまらず、少しパーマをかけたようになる。
「今のところ変化はないな。そのうち現れてくるかもしれないけど」
「そう」
羨ましいなあ……って顔で今日はツーサイドアップにしている自分の毛を美優は触れる。
たぶん髪型に納得してないんだろうな。
女の子は色々大変そう。
「何にせよ、ほたると契約できてやっと僕も調伏師と名乗れるかな」
「待たせたぶん、チョコレートパフェおごりね」
「えっ、うん。そのくらいお安い」
「颯太は人を疑わないわよね。まあ、見る目があるともいえるけどさ」
「ほたるはいい子だよ。助けてあげたいと思ったんだ」
「色々疑問がある子だからさ。あたしだっていい子だとは思うけど」
それはわかる。
なんであんな場所にいたのか?
右耳が無くなっているのも、人間を嫌っているような態度も想像は出来るけど、あの子から聞いたわけじゃないからな。
それに、なんで僕はほたると契約できたんだ?
あの子、何か目的があって僕についてきた気がするんだよな。
「あの子のことは二人で調べていけばいいわ。そういえば今日、体力測定だってさ。学校じゃなくて、訓練場の話」
「まあ基礎体力は問題ない」
「今の優斗なら、周りをぎゃふんと言わせられるわよ、きっと――昨日の怪異、なんかいつもより強かったわね。輝石、あとで調べてもらわないといけないかな」
「うん」
専門の人に見せた方がいいか。
僕から見ても容姿が整っている美優。
だから幼馴染の彼女が傍にいると、時折道を行く人が振り返る。
学校が近づくと、ひそひそと僕たちを見て噂話が始まるんだ。
美優はそれが嫌でたまらないのか、校門が見えると僕との距離をとるようにいつも早歩きを始める。
今日もそれは同じだった。




