「最近の姉さん」 記入者:有栖川あると
僕はありすの弟、有栖川あると。夕食を終え、部屋に戻ろうと長い廊下を歩いているところだ。一緒についてきているのは僕の専属執事である溯。基本人当たりの良い碧とは違い、常に気難しそうな雰囲気を醸し出している。しかし執事としての腕前は確かで、有名な執事育成学校では在学中首位をキープしていたとか。
「あると様。明日は特に予定は無いとのことでしたが、よろしいでしょうか?」
「うん、大丈夫」
「では私はこれで…」
「あると!!」
部屋に着き、溯と別れようとしたところで突然名前を呼ばれた。この声は姉さんだ。この頃公立高校に通い始めた姉さんは、度々僕の部屋にやって来ては、その日あったことをかなり長時間語りにくるのだった。少し離れたところに、こちらに駆け寄ってくる姉さんが見えた。姉さんと一緒に向かってくるのは、姉さんの専属執事である碧だ。
「姉さんどうしたの」
「今日も少しお話したいのよ、いいかしら」
断るつもりもなく「いいよ」と答えようとすると、溯が前に進み出た。
「ありす様。大きな声を出して廊下を走るのは有栖川家のご令嬢としては如何なものかと。それから、今日あると様は生徒会活動や部活動で多忙でしたので、いつものような内容の薄いお話であれば御遠慮いただきたいのですが」
姉さんに対してこんなにきっぱりと言い放てる人は溯だけだと思う。素直で真っ直ぐな姉さんは、何かと周りから甘やかされる節があるからだ。姉さんはびくっと体を震わせ、反省したような表情を浮かべた。
「あ…そうなのね、ごめんなさい…お話はまた今度にするわ…ゆっくり休んでね!」
見るからにしゅんとしている姉さんを見ると放っておけないような気持ちになる。僕が言葉を掛けようとしたところで、碧が口を開いた。
「申し訳ございません、ありす様。その場に存在するだけで人を癒すことができるありす様の素晴らしさが溯には分からないようで…非常に残念なことです」
にこやかに話してはいるが、溯への嫌味が込められているのは明らかだ。高身長も相まって碧の放つ圧がすごい。さすが姉さんを溺愛しているだけある。まあ…溯はこの程度の嫌味に負ける訳が無かった。
「碧、お前は何の為にありす様のお側にいるんだ?そうやって主人を守るだけの執事なら要らないと思うが」
その言葉に、碧は変わらずにこやかに返す。
「溯こそ。そんなに厳しくて無愛想だと、仕えられる主人は気が張って休まらないんだろうなぁ」
一方姉さんは張り詰めた雰囲気を察し、狼狽えていた。知らないうちに喧嘩の原因になっているため、どうしたらいいのか分からないだろう。
「…あお?…何だか怖い顔をしてる…」
が、そう姉さんが呟いた瞬間、碧の態度が一変した。姉さんの前に跪き、頭を優しく撫でる。
「怖い思いをさせてしまいましたか。ありす様、ほら、いつもの碧ですよ」
「あお…よかった」
柔らかく微笑む姉さん。何だか2人を見ていると本当の兄妹のように見える。
「僕も、たまには甘やかしてくれてもいいんだけどな?」
ちらっと溯を見て言う。溯には聞こえなかったのか、特に反応はしてくれなかった。
「それで姉さん、今日は何の話をしに来たの?」
姉さんがまた目を輝かせて言った。
「食堂ではピカピカの銀貨や銅貨を使わなければならないっていう話よ!」
姉さんの浮世離れは、高校生活3年でどうにかなるものなのだろうか…と心配な気持ちもありつつ、とりあえず今は静かに見守っていたいと思っている。
「いいよ、聞くから中に入って」
今夜も寝るのが遅くなりそうだ。