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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
霧に潜む化け物
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きゅう

 化け物は力なく木にもたれ掛かっている。胸の辺りから血が滝のように流れていて、それを見ている四人はふうと息をはいた。

 足音をなるべくたてないように近づき、しっかりと目を閉じて眠っているところを確認してから大柄な男が長剣を化け物へと突き刺した。

 突き刺した時、想像もしたくない痛みに化け物は叫ぼうとしたが大柄な男がそれを許すはずはなかった。ぐりぐりと長剣を動かした、力の限り動かした。それは化け物の生を止めて死へと招待した。

 恐ろしい姿をしている化け物は全く人間とは異なるものだ。しかしあの映像を見る限りこの化け物は人間からできている。それを思うと今行われたことは殺人であり、大柄な男は殺人者ということになる。

 それに当てはまるのは彼だけではない。眼鏡をかけた知的そうな男も、眼帯をしている女の子も、そして少年も同じなのだ。ここにいる四人はもうすでに人殺しなのかもしれない。

「いつも思いますが貴方のその怪力は凄いですね! 何でもすぐに壊れてしまいそうですが。ほらここ骨も外に出てますし……ああ怖い怖い、敵にはしたくないですね」

「ふん、こんなの俺なら簡単にできる。お前は力が無いからできないだろうが、他のことができるんだからそっちで頑張ればいいんだよ。だから別に誉めてくれなくてもいい」

「なんですかそれは? つつんつんしてるしデレてます? うう気持ち悪い、こんな厳つい顔面してるのにそういうキャラは似合わないですしやめる事をオススメしますよ」

「お前は何を言ってるんだよ。俺は別につつんつんしてないしデレてもないぞ。馬鹿じゃないのか、そんなどうでもいいこと言いやがって」

「まあまあ二人とも、狩ることができたし良いじゃないですか」

「それはそうなんですがね、新人君にはわからないことがあるんですよ。しっかり手懐けておかないとすぐに噛みつくんですよこの筋肉は」

「狩りに来てるんだから狩るのは当然のことだぞ新人。俺はどこかのズル賢いやつをおとなしくしたいだけだ、そうしないとすぐに馬鹿にしたような言葉を出すからな」

 三人はお話をしている。先輩二人に挟まれている新人の少年はどちらの肩も持てない。

 そんなことしたら肩を持ったことに対してぐちぐち言われそうだから。それは面倒臭いし、マイナスの塊を見つけ出す妨げにもなりそうだから。どうにか両方の肩を持てればベストなのだが難しそうだ。

 眼帯をしている女の子は三人の話には入ってこなくて、化け物が力なくもたれている木を見上げている。木は回りにある木よりは高くて目立つ。

 掌を広げて木を触る。横にゆっくりと動かしているのは感触を確かめているのだろうか。再び木を見上げた女の子は、地面を思い切り蹴った。

「よくわかりましたよ、貴方が僕の事をどう思っているのかを。そっちがそんな態度をとるならこっちも黙っていませんからね。力には屈しない、僕は戦いますよ」

「お前何言ってんだよ。お前も何かぐちぐち言ってただろ、それで俺に文句を言われたからって逆ギレかよ。いい年した大人がまるで子供のようだ、ぼくちゃんお腹は空いていませんか?」

「からかうのはやめたほうがいいですよ? 今に痛い目を見ることになりますから。僕が怒らないうちに謝ったほうが貴方のためになります。僕は貴方みたいに短気ではないですから」

「ふっ、よく言うぜ。笑わせるなよ、お前はただ強がってるだけなんだよ。本当は今にも泣き出してしまいそうなぐらい追い詰められているくせによ。お前が俺に勝てると思うのかよ、冗談は死んでから言え」

「ふふふ、貴方馬鹿なんですか? 馬鹿だからそんな単純な考えが出てくるんですね。馬鹿馬鹿しくておかしいです、お腹が痛いぐらいおかしいです、ああ涙が出そうです。こんなに面白いのは何年ぶりでしょうか。貴方お笑い芸人に向いてるかもしれませんよ」

「……何様なんだお前は。言葉はしっかり考えてから出せよ、そうしないとこの拳が暴れるからな。一度暴れたらなかなか止めらないぞ。ターゲットをボコボコにするまで暴れ続ける。そうなってもいいなら笑ってろ。警告はしたからな、あとで謝っても遅いからな」

「なるほどね。貴方はそうやって力で押さえ付けるんですね。それではどこかのテロリストと同じだ、どこかの独裁者と同じだ、ここにいる化け物と同じだ。深呼吸をして落ち着くことをおすすめします、手遅れにならないうちに」

「お前こそ本当に馬鹿なんだな、人に馬鹿馬鹿と言っているけど相当だぞ。そんなことしてたら命が幾つあっても足りない。なんかお前が怖くなってきたよ、その怖いもの知らずの態度とかさ。お前なら素手でも化け物を倒せそうだ」

「急にどうしたのですか? さっきまでの威勢はどうしたのですか、僕のことが怖くなってきたのですか、負けを認めるなら許してあげてもいいですよ。僕は別に争う気なんて初めからないのです、無駄な争いは避けるべきです。それに争っている場合ではないのですよこんな所で」

「お前が言うなよ……」

 少年は二人に聞こえない小さな声でそう呟いた。

 二人にはまるで緊張感というものがない。ここは森の中、化け物が霧に潜んでいる森の中。そんなところで口喧嘩をしている余裕なんてないのだ。

 最悪の事態になるまえに女の子を止めるべきか。しかし女の子はあんなに高いところにいる。今から僕がそこに行くまで、化け物を狩ることを待ってくれるとは思えない。

 もう女の子を止めることは誰にもできない。二人は相変わらず今も言い争いをしている。それは今すべきことではない、今すべきことは化け物に囲まれないようにすることだ。

 つまり女の子が構えているスナイパーライフルの引き金を引かさないこと。それしか助かる道はなくて、もしそれをできなければ死体が四つここに並ぶか四人は化け物の腹の足しになるだけだ。どちらにしても四人に待つのは死だけ。

 力を使えばどうにかできるかもしれない……でもそれに伴うリスクもある。なるべく力は使いたくないけど、使わなければいけない時もある。今がその時なのかそうじゃないのか、その判断に悩む。

 ここは先輩である二人に相談したいところだけど口喧嘩をしているから頼れそうにない。頼りない先輩だよ、何で新人の僕がこんなにも悩まないといけないんだ。

 まあこれは悪い夢を元に戻すための試練だと思えばいいか。とにかく今は力は使わずに、リーダーに任せよう。

 リーダーが人を化け物に変えているかもしれないけど、あれは嘘かもしれないからここは信用しよう。チームのリーダーを信用しないでどうする。リーダーは常にチームのことを考えているのだから。

「――――おい! 聞いてるのか新人! ぼーっとしてるんじゃないぞ。俺の話をしっかりと聞いておけ」

「貴方は自分で考えることができないんですか? そうやって新人を巻き込むのはやめませんか。ほら新人だって困っていますよ、それともその厳つい顔に怖がっているのでしょうか」

「あの、どうしたんですか?」

 別にぼーっとしてるわけじゃない。僕は二人とは違ってチームのことを考えていた。

「どうしたじゃねーよ、リーダーが何処にもいないんだよ! ちょっと目を離すとすぐこうなる。さっき新人に言っておかなかったか、リーダーから目を離すんじゃないぞと」

「……」

 そんなことは聞いていない。そもそもそんなことを大柄な男は言っていないのだから当たり前だ。

「そんな厳つい顔では誰も答えてくれませんよ。ほら新人のこの怯えきっている姿を見てください。貴方に必要なのは思いやりとか気遣いなどです。それが皆無だからいけないんですよ」

「お前はその偉そうな言い方を改めろよ。人のことばっかりぐちぐち言いやがって、そういうのヤツが一番ムカつくんだよ。自分に甘くて他人に厳しいそんなヤツがよ。俺のことが気にくわないなら勝負するか?」

「ほらすぐそうやって争いたがる。争いでは何も生まれませんよ、無駄な時間と無駄な力と心を傷付けるだけです。勝ち負けはつくでしょうがそれだけです。勝って良かったね、おめでとうございます。こう言われたら満足ですか?」

「俺は別に誰彼構わず争ってはいないぞ。お前は俺のことを自分勝手だとか、人の心がわからない冷めたやつとしか見えていないんだろうが、そう見えるのはお前が自分勝手で冷めたやつだからじゃないのか。胸の辺りな手を置いて聞いてみろよ、自分はどんな人間ですかって」

 いったいこの二人の口喧嘩はいつ終わるのだろうか。喧嘩は別にここじゃなくてもできる、というかこんな危ない場所で喧嘩なんてするなよ!

 僕はため息をはいた。何回でも出そうだ、この二人がこの調子だと。眼帯をしている女の子は狩りに集中してるというのに。

 見上げると女の子はスコープを見ながら笑っていた。そして引き金を引いた。銃の先がカッと光るかと思ったら光らない、不思議なことに銃声も聞こえてこない。

 女の子は笑っている。スコープには何が写っているのか。そりゃそこには化け物が何体もいるだろう。狩っているのだから何体も血を巻き散らかしているだろう。それを見て女の子は笑っているということになる。何だか背筋が寒い。

 あの映像は偽物ではないのかもしれない。化け物を殺して笑っている女の子は普通じゃないから。化け物のことを恨んでいるのはわかる、だからって笑うのはどうなのだろう。あんなにも満面の笑みなのは気味が悪い。

 あの映像が本物だったとしたら。女の子が笑顔で引き金を引いて殺している化け物はもとは人間で、それを何人も何人も殺しているのはとても恐ろしいことだ。女の子のことが人殺しにしか見えなくなってくる。

「なんだ、そこにいたのか。新人はそこにいるのを知っていたのか? 知っていたのなら教えてくれてもいいだろうが。俺の顔が怖いのはわかる、しかしチームで動く以上個人プレイは無視できない」

「リーダーは別に良いじゃないですか。貴方と違ってちゃんとチームのことを考えているんですから。残念ながら僕はチームのことを考えていませんでした、ずっとお話をしていましたから」

「ふん、ようやく自分のことに向き合えてきたってか? 遅いんだよそれに気づくのが。俺だってわかってるよ、自分がいかに身勝手なことをしているのかは。だから悪かったよ、色々失礼なことを言って」

「何ですか急に気持ち悪い……貴方が素直になると何だか違和感がありますね。それは僕が望んだことではありますが、こうなるなら素直にならないほうが良かったですね」

「それは誉めているのかそうじゃないのか。違和感があるのは俺もなんだよ、なんていうかカユイんだよ素直な自分は。俺はいったいどうしたらいいんだ、身勝手な俺は嫌だ素敵な俺はカユイ。どうすればいい」

「それは自分で考えてくださいよ。自分のことは自分にしかわからないのですから。だから胸に手をおいて考えてください。そうすれば答えが出るはずです、焦らず慌てず答えが出るまでゆっくり待ちましょう」

 どうやら二人は仲直りしたみたいだ。すぐに仲直りするなんて子供の喧嘩みたいだ。まあずっと喧嘩しててもうっとうしいだけだが。

 眼帯をしている女の子はスナイパーライフルを片付けている。狩りは終わったのだろうか。この森のどこかに女の子が狩った化け物たちの死体が転がっている。襲われるという恐怖は去った。

 片付けをしている女の子と目があった。僕はどういう顔をするのが正しいのかわからなくて、とりあえずニコッと笑っておいた。

 すると女の子もニコッとして返してくれた。その笑顔はさっきの笑顔とは違ったものだった。可愛くて優しくて皆を幸せにしそうな笑顔だ。

 リュックにスナイパーライフルを小さくして入れて、気を付けながら木の上から下りてくる。空には真ん丸の月が光っていて綺麗だ。

 大柄な男と眼鏡をかけた知的そうな男は、背筋を伸ばしてリーダーのお帰りを待つ。まるでさっきと別人だ。緊張感というものが二人にはある。

 女の子が地面へと足を付けた。あともう少しよとニコッとしながら言った。

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