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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
桃色の花が咲く季節
2/72

いち

 桃色が並木道を埋め尽くしている。

 通りがかる人達は皆顔を上げてそれを見て笑顔で、携帯で撮影したりじっくり見たりして、春を告げるその花に心を躍らせている。

 空は雲ひとつなく、太陽の独壇場と言ってもいいぐらい光り輝いている。

 いい天気で、ぽかぽかと暖かそうだが、風や空気はまだ少し冷たいのかくしゃみをしている小さな女の子が鼻水を垂らしている。お母さんは肩にかけたベージュのショルダーバッグの外ポケットからポケットティッシュを取り出して、小さな女の子の鼻のあたりにティッシュをもってきた。

 風が吹くと木に咲いた桃色が飛び散る。それは宙を舞ってどこかに飛んで行き、やがて地面へと落ちる。地面には桃色があちらこちらに落ちていて、木に咲いた花が全部落ちたら桃色のカーペットになりそうだ。

 そんな桃色のカーペットになる予定の道を、制服を着た生徒たちが歩いている。

 生徒たちは皆ぶかぶかの制服を着ていて、表情は固く緊張しているようにも見える。生徒たちの横にはお父さんとお母さんが一緒に歩いている。

 どうやら生徒たちは新入生のようだ。

 学校の門のところに、入学式と書かれた看板が立てかけられている。

 新しい場所での新しい学校生活、社会人生活。この季節は初々しい新入生や新社会人をあちこちで見かける。

 不安や心配を心に混ぜて、期待や成長も混ぜて、できあがったものは緊張だったりする。それでも頑張るしかなくて、前を向いて歩くだけなのだ。

 そんな新入生たちは桃色の花を楽しむ余裕はないのか、下を向いていたりただ前方を見ていたりする。そんな時はお父さんが少し強めに肩やら背中を叩いて、大丈夫だよと言ったり誰だって緊張するよと言ったりして少しでも緊張をといてあげる。

 三月が別れの季節で、四月は出会いの季節。新しい友達、新しい先生、彼らはまだ自分のことは何一つ知らなくて、一からの付き合いになる。

 同じクラスのヤツらがどんなヤツらなのか全然わからない。仲良くなれるのか、友達になれるのか、それはこれからの自分次第なんだろうけど。

 いじめは大丈夫かな。ある一人の新入生がぼそっと零した。

 それは近くにいたお父さんとお母さんにはしっかり聞こえたけれど、他の誰にも聞こえてはいない。

 大丈夫だよ、そうそう大丈夫よ、でももしいじめられたらちゃんと言えよ、そうねお父さんの言うとおり。いじめ返す為に鍛えてやるから! ちょっとそうじゃないでしょ、えっそうかな鍛えたら体ごつくなっていじめてこないような。

 いつの時代にもいじめというのはあって、それは絶対に無くならないものだ。

 いじめっ子というのはいじめている事を楽しんでいて、いじめればいじめるほどそれが面白くなって興奮してエスカレートしていく。いじめられるほうはそれに対して泣き叫び、助けを求め、立ち向かう力が無いのがほとんどだ。

 だいたいの場合はいじめっ子は強くていじめられるほうは弱い。だからいじめられる。

 こんなのは最低なヤツがする事だ。自分より弱い者に対してしか向かえない。自分より強い者が目の前に現れたらぺこぺこ頭を下げるのだ。

 そうしないヤツもいるが、そんな時は返り討ちにあっていじめられるだけだ。

 大丈夫と言われた新入生はとりあえず頷くけれど、心の中ではモヤモヤした何かが暴れているだろう。

 学校の門は開き、色んな生徒を出迎える。良い生徒も悪い生徒も。

 門の前では在校生が元気な声で「入学おめでとうございます」と言っている。

 元気な声が飛び交う中を新入生は通っていく。

 あの人は優しそうだな、あの人は怖そうだな、あの人は可愛いな、あの人は関わらない方が良さそうだ。色んなことを考えながら新入生は歩く。

 その時風が吹いた。少し強めの風だ。

 桃色が飛び散って、宙に舞って流れている。

 その流れた花びらが一人の女子生徒の頭の天辺へと乗った。生徒は花びらの事は気にせずに歩いている。

 その左右には親の姿はない。後ろにもいない。

 この女子生徒は在校生だろうか。在校生は入学式に参加しなければならないという決まりがある。しかし三年生は参加しなくてよく、二年生は強制参加だ。

 在校生であるなら親が一緒に来ていなくても不思議ではない。

 女子生徒は門の前まで来た。入学式と書かれた看板をじっと見つめた。

 右手をぎゅっと握って、大きく息を吸ってはいて落ち着かせている。緊張しているのだろうか。

 そして勢い良く駆け出した。

 しかし門は閉められた。ガラガラと音をたてながら、女子生徒の目の前で。

 風が吹いた。桃色が飛び散って宙に舞った。

「……どうしていつもこうなのよ!」

 女子生徒は門を叩いた。しかしびくりともしない。

「私は悪くないじゃない! なのに何でいつもこうなるのよ!」

 叫んでも門は開かない。誰か来る気配もない。

「……振り向いたらたらどうせあるんでしょ」

 女子生徒がそう言ったあとに振り向くと、そこには並木道を埋め尽くしている桃色はなくて沢山のドアがあった。

 木製のドア、鉄製のドア、観音開きのドア、ガラスでできたドア、電子ロックがついたドア。色んな種類のドアが見渡す限りあった。

 さっきまであったどこにでもあるような街並みは消え去って、だだっ広い草原にぽつんと学校があって学校の回りにはドアがある。どこまでもドアがある。

「……もう見たくないよこんなの」

 女子生徒はその場に座り込んで体育座りをして顔を隠した。

 そして聞こえてくる泣き声。ここにはその泣き声だけが響いている。

「これは悪い夢なんだ、だって私は何も悪くないもん!」


 ◇


 雲はあちこちにあるけど曇っているわけではなく、とてもよく晴れている。

 そんな中、大きな木の下でお弁当を広げて食事をしている少年は、口を大きく開けて欠伸をした。

 そんなに大きく口を開けたら食べているものが見えてしまいそうで行儀が悪そうだが、それを注意する人は誰もいなくて少年の回りには動物達が寝転んでいる。

 犬、猫、鳥、シマウマ、キリン、ライオン。

 身近で見れてペットとして飼われている動物、大人しそうだけど怒ったら強そうな草食動物、近くにいたら食べられてしまいそうな肉食動物までいる。

 普通なら慌てふためくところだが皆リラックスしている。少年はライオンにもたれ掛かってソファがわりにしている。

 大丈夫だろうか? このあと食べられないだろうか。もし食べられるようならモザイク加工をしなければならない。

「ちょっとそれ取って」

 少年は犬に何かを頼んだ。すると犬はワンと元気良くほえて少年に頼まれたそれを咥えて持ってきた。

「ありがとう。何か飲まないと喉が渇いて」

 犬が持ってきた水筒を手に取ると、少年はコップにどばどばとお茶を入れて一気に飲んだ。

「あー美味しい」

 大きな木の下でのランチはそれは美味しいだろう。なんてったってこの大きな木は桃色に染まっていてとても綺麗だ。

 少年は立ち上がると手を伸ばして伸びをした。手を左右前後に動かして軽く運動しているようにも見える。

 空を見上げて、目を大きくした。少年の目つきが変わった。

「そろそろ行くから皆片付けて。それとライオンこっちに来て」

 少年の言葉に動物達は素直に従う。チェック柄のピクニックシートの上にあるお弁当、水筒、お菓子、漫画、ゲーム機、それらを片付けている。

 そしてライオンは少年のもとへと歩いてきて、その場に伏せた。すると少年はライオンへと跨った。

 少年を乗せたライオンは駆け出した。といっても少年が落ちない程度の早さだ。

「あのーご主人様」

「おーなんだ」

「そろそろ名前付けてください」

 ライオンは自身に乗せている少年とお話しているようだ。ライオンがお話できるなんてこれはびっくりだ。

「名前ねー」

「はい名前です。何でもいいのですがカッコイイ名前が希望ですね」

「カッコイイ名前かー」

「はいそうです。オイラには名前なんてなかったですから」

「そういうもんなの?」

 空には飛行機雲が一つ走っている。

「何にしようかなー」

「カッコイイ名前希望ですよご主人様!」

「それちょっとプレッシャーだよ」

「いやいやそんなつもりはありませんよ」

「わかってるよそれは」

 少年を乗せたライオンから離れた距離で、他の動物達は後を追っている。

「あの今じゃなくてもいいですよ」

「そうやって僕はいつも決められない」

「なんだかオイラが急かしてるみたいで悪いです」

「急かしてないし、もう決まったし」

「えっ早っ!!!!」

 ライオンはゆっくりと止まった。少年はライオンから下りる。

 少年とライオンは大きな家の前にいた。ポストはあるけど表札などはない。

「あの、それでオイラの名前は?」

「イケメン」

「……え? 今何て?」

「イケメン。カッコイイ名前でしょ!」

「確かにカッコイイ名前ですけど、なんかそのままというか何の捻りもないというか。何でもいいと言ったし、不満はないのですが」

「じゃあまた背中に乗せてね。ありがとうイケメン」

 そう言って少年は家の中に入っていった。

 ライオンは家のほうに向かって頭を下げている。名前を付けてもらったお礼なのだろうか。

 少しして後を追っていた動物達が追いついた。

 そこには少年の姿がなくて、ライオンだけだったから皆わかったようだ。

 お弁当どうしよう、そういえばまだ残ってるよね、家の中で食べるかー。動物達はワイワイガヤガヤと楽しそうにお話している。

 ライオンは空を見上げた。そこには飛行機雲が一つ走っていた。


 ◇◇


 大きな家のドアが開いて、そして少年の姿が見えた。

 天井が物凄く高いここは玄関だろうか、そうだとしたらどこに靴箱があるのだろうか。外へと通じるドアの近くにはこれといって何も置いていない。

 少年は欠伸を一つして、ポケットの中に手を入れてごそごそしながら歩く。

 その様子を壁に開いた穴から鳥や猫が見ている。

 さっきも動物がいたが、まさか家の中にまで動物がいるとは。ここは動物園なのだろうか?

 少年が歩く先には水がある。この空間を真上から見たらちょうど真ん中には透明で綺麗で飲んだら美味しそうな水が溜まっている池がある。

 何故家の中に池が?

 その池の真ん中にはドアがある。そのドアに濡れないように行くためにちゃんと道もある。

 あんなところにドアがあってもどこの部屋とも繋がっていないような。

 少年はその池と、ドアを気にすることなく通り過ぎて池の先にある場所で立ち止まった。

「ねえユミちゃん」

 すると少年は誰かの名前を読んだ。女性の名前だろう。

 少年に呼ばれた恐らくユミちゃんであろう人物は、白いソファーに座っていて振り向いた。

「あっお帰りー!」

 ユミちゃんは嬉しそうな笑顔で少年へと駆け寄ってきた。

「うん、ただいま」

 少年はユミちゃんの頭を優しく撫でている。頭を撫でられたユミちゃんはとても喜んでいる。

「帰ってきたばかりだけどゆっくりできなくて、ちょっと用事ができちゃった」

「えー! 今日はユミと遊ぶ約束でしょ」

 ユミちゃんは小さい身体を目一杯動かしている。ほっぺたを膨らませているかどうやら駄々をこねているようだ。

「遊ぶのはまた後で。悪い夢に苦しんでいる人を救わないといけないから」

 少年は優しい笑顔でユミちゃんと向き合う。

「僕が呼ばれるということは、もうその人が見ている夢はどうやっても消え去らないようなものなんだよ」

 ユミちゃんは少年の言葉を聞いてはいるが、目は潤んでいて今にも泣き出してしまいそうだ。

「ユミちゃんは悪い夢を見たらどうする?」

 少年はしゃがんで、目線をユミちゃんに合わせた。

「……怖い、とーっても怖い!」

「そうなんだよー。悪い夢は怖くて怖くて恐ろしいものなんだ」

「だからお兄ちゃんが助けるんだよね」

「そういうことになるね。あれ、今日は随分あっさりわかってくれたね」

 いつもはもっと長引くらしい。嫌だ嫌だと床に寝転んでジタバタしたり、手や足を引っ張ってこの場に留めようとしたり、外まで聞こえるぐらいの大声で泣いたり。

「だってシュウ君来たし」

 そう言うと少年から離れて走っていった。少年が振り向くと、そこにいたのはユミちゃんと同じぐらいの背丈の男の子だった。

「ここは僕に任せてお兄さんは早く行ってください!」

「言われなくてもそうするけどさ」

 シュウ君の腕を掴んでいるユミちゃんは、逃さないからねとでも言うような顔だ。

 ユミちゃんは甘えん坊で、誰でもいいから構ってほしいよという女の子。一人だと寂しくて怖くなって泣いてしまう、そのあたりは子どもらしくて可愛らしいのだが。

「さあお兄ちゃん早く階段上って! シュウ君と二人っきりになるんだから!」

 なんだか怖いと思うのは勘違いだろうか。少年もユミちゃんはちょっと怖いなと思っていて、大人になったらきっと悪女になるだろうと震えた。

 少年は言われた通り階段を上る。カツンカツンと音が鳴る。

 階段は螺旋階段になっていて、この先には少年の部屋がある。そこには少年いがいはあまり入らない。

 別に立ち入り禁止にしているわけではないみたいだ。

 上りきってドアノブに手を伸ばそうとした時、部屋を飛んでいるセキセイインコが少年へと向かってきた。少年の右肩にそっと乗った。

「やあ、ピーちゃん」

「その名前やめてくれ。俺はそんなに可愛いヤツじゃない」

「でもピーピー鳴くじゃん」

「それはしょうがない」

「まあどっちでもいいんだけど、何か用事?」

「気をつけてな」

「うん、ありがとう」

「今お前がいなくなったらヤバイから」

「そんな事言うならちょっと手伝いに来ておくれよ」

「そんな力は俺にはない」

「うん、わかっているよ」

「でも可愛い声で鳴く事はできる」

 ピーピー、少年の真横で可愛い声が聞こえる。ピーピー、応援しているような気がする。

 セキセイインコは少年の肩から離れて宙を飛んだ。

 もっと可愛い声で鳴けるように頑張ってみようと呟いているあいだに、ドアはそっと閉められていた。


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