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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
五月人形の目が光る
15/72

はち

 島を上空から映した映像が大型モニターに映る。

 この島では鎧を着た子どもたちが戦っている。命がけで戦っている。

 戦いに勝った者は先に進むことができて、誰かを倒したんだという優越感に浸れるかもしれないし戦いという命をかけたやり取りを求めてしまうかもしれない。

 しかし敗れた者はもう二度と動くことはない。ゲームなんかではリセットをしたり教会に行けば簡単にまた元気に手足を動かすことができる。

 ここは夢だから敗者にお慈悲があってもいいのではないか? そう思うが映し出されるのは動かなくなった鎧ばかり。

 それらを見て興奮する客席、これは人を減らす法律に則って行われている事だから何も悪くないという大人たち、何も知らずにこの戦いに参加している子どもたち。

 大型モニターには一体の鎧が映った。

 その鎧は後ろを気にしながら走っているようだ。誰かに追われているのだろうか、勢いよく走っている。重そうな格好をしているが案外軽いのだろうか。

 客席から声が上がる。

 そいつを早く動かなくしろ! もっともっと興奮する映像を見せてくれよ!

 また別の場所から声が上がる。

 俺のガキがアイツを倒す。あの近くにいるはずなんだよ、だからアイツはもうすぐ動かなくなる。

 皆大型モニターに映る鎧が動かなくなるその瞬間を見たいようだ。

 別のカメラに変わって、走っている鎧に向けてロケットランチャーが向けられている映像が映る。

 客席から大歓声が聞こえた。

 撃て! さっさと撃て! そしてアイツの動きを止めてしまえ、命もついでに止めろ。

 また別の声が聞こえた。

 あれが俺のガキだよ。もう二十人もああやって倒しているよ。相当狂っているよ。

 走っている鎧は急に失速した。疲れたのだろ、ロケットランチャーから逃げるのに。

 その場から動けずに肩は上下に動いている。息をしているのだろう。

 どこから呼吸を整えている鎧を狙っている鎧は、引き金を引いた。

 勢いよく、そして轟音とともに立ち止まっている鎧へと向かっていく。

 その音に気付いて振り向くが、時は既に遅く悲鳴とともに爆発が起きて煙が立ち込める。

 もう恐らく助かっていないだろうがさっきまでそこにた鎧の様子が気になるのか、客席は画面に釘付けだ。

 煙で何も見えてこなくてイライラする人が何人もいる。

 早く見せてくれよ! 俺は粉々になったアイツを見たくて見たくてしょうがないんだよ1

 また別の声もイライラしている。

 早く煙消えなさいよ! 私を馬鹿にしているの? 私は早く見たいだけなのよ。

 その声が届いたのかはわからないが、煙は徐々に消えていってさっきまでそこにいた鎧の今を映し出した。

 すると次の瞬間大歓声が沸き起こった。

 皆楽しそうだ、嬉しそうだ、とてもいい笑顔だ、この笑顔が戦いによって生み出されたものだなんて恐ろしいが。

 歓声がまだ続く中、画面が変わって何体もの鎧を映した。

 鎧はお互い敵同士だというのに銃を向けるでもなく、刀を向けるでもなく、皆どこかを見ていた。

 その視線の先には大きな大きな木があった。

 樹齢何年だろうか、十年ではない、何百年だろうか何千年だろうか。とにかくそれぐらい大きな木が聳え立っている。

 また画面が変わった。そこには二体の鎧が映っていた。

 その二体の鎧は左右を気にしているようだ。そして一体が銃を持っている。

 どうやらさっきいた何体もの鎧たちから隠れているようだ。

 大勢で二人を倒すつもりだろうか。数の暴力というやつだ。

 確実にターゲットを仕留めるのなら一人より二人、二人より三人、三人より……。

 客席からはまた興奮した声が聞こえてくる。

 あの二人を早く倒せ! 二人同時に動かなくなったら面白いなあ。

 また別の声も聞こえてくる。

 私の息子があの二人を倒すのよ! あんなに人数いたら勝てるでしょう、余裕すぎて笑っちゃう。

 大型モニターには何体もの鎧たちが左右に分かれて、二体の鎧を倒しに行く映像が流れている。

 それを見ている司会者は金色のマイクを手に持ってニコニコしている。


 ◇


 大きな大きな木は向こう側が見えないぐらいに大きい。

 だからやつらの様子が全くわからない。右から来ているのかそれとも左から来ているのか、考えたくはないけれど左右から来ているのか。

 二人は木の根っこにできた穴に隠れていた。

 そんな所に隠れていても見つかってしまう、何故逃げないのだろうか。さっさと逃げてしまえば助かると思うのだが。

「……ねえ、逃げなくていいの?」

 穴の奥のほうに隠れているサトシ君が弱弱しく声を出した。

「今逃げたら見つかるかもね」

 少年は何の焦りもなさそうだった。数の暴力は結構酷いものだと思うけど大丈夫だろうか。

「見つかったらどうなるの?」

「そりゃ撃たれる。撃たれまくられる」

「……そうなったら僕はどうなるの?」

「それはわざわざ言わなくてもわかるんじゃないの?」

「そうなんだけど、怖くて」

「大丈夫だから心配しないでね。すぐに終わるから」

 サトシ君はわかっていてもわざわざ聞いてしまうようだ。その気持ちはわからなくもないが聞かないほうがいいだろう。

 それにしても少年は何故そんなにも余裕なのだろうか。何か策でもあるのだろうか、無いのにこの余裕だとそれはそれで怖い。

「でもさ、なんで急にあんなに沢山敵が来たんだろう」

「さあねー」

「なんだか協力しているみたいだったし」

「してるかもねー」

「えっ何で協力してるの? ライバルを減らすほうが良いと思うんだけど」

「あいつらが何か仕組んだのかもね」

「あいつら?」

「サトシ君の夢に入り込んで悪さをしている嫌な奴だよ」

「……そんなのがいるの?」

「あれ言ってなかったっけ。悪い夢っていうのは外で起こったマイナスに影響されるんだよ」

「マイナス?」

「嫌なこととか、精神的なこととか、とにかくマイナスなことがやつらにとっては大好物なんだよ」

「だから悪い夢を見てるの?」

「そういうことになるね」

 お話をしながらも少年の警戒は続いている。

 左右に目を動かして変化がないかを見極めている。もし何かちょっとでも変化したら数の暴力が現れたという事になる。

 少年は振り向いて、右手を口のところまで持ってくると人差し指だけを伸ばした。

 静かにしてねという意味だ。

 その合図にサトシ君は隅へと小さくなる。そして本物の五月人形のように全く動かなくなる。

 少年はその様子を見て親指だけを立てた。

 Goodという意味だ。

 そして兜を取って顔を出した。頭を守る防具を取るんなんてとても危険だが何をするつもりだろうか。

 すると穴の外から足音が聞こえてきた。

 その音は何人分の音だろうか。数えきれないが多いという事だけはわかる。

 そして声も聞こえてくる。

 どこに行った、ひょっとして逃げられたのか、そんなはずはないこの近くにいるはずだ、この大きな木の先は湖だどこにも行けない、鎧を着て泳ぐなんてとても大変だもんね。

 声たちは少年とサトシ君を捜している。

 せっかくのチャンスなのに、チャンスを無駄にしたらもう未来はない、どうしようチャンスは何回もないよねこれが最後かもしれないのに、早く捜そうどこかにいるはずだ。

 少年はチャンスってなんだろうと呟くと、サトシ君が待つ穴の奥へと隠れた。そして地面に置いていた何かのスイッチを手に取る。

 外の声は次第に大きくなっていった。焦っているように聞こえた。

 いない! どこにもいない! どこに行ったんだ!

 チャンスが、せっかくのチャンスを僕は潰してしまうよ。

 こなんじゃもう戻れない、戻る前にここで終わってしまう。

 さっきのメールが来たときには帰れると思ってたのに、もうそれも無理なのかな。

 チャンスが無理そうならやることは一つだよね。

 その時一発の銃声が聞こえた。少年はスイッチを押そうとしていたがやめた。

 おい、お前何するんだ! 協力するんじゃなかったのか!

 協力するふりをしていて初めから騙すつもりだったのかよ!

 痛いよ、痛いいたいイタイ。助けてよ誰か……痛いよ。

 だってあの二人どこにもいないじゃん。だから協力は終わ――――

 また一つ銃声が聞こえた。少年はスイッチそこに置いた。

 もうお前らを全員倒す。協力なんてしなければよかったんだ。

 さっきのメールはなんだったんだ、意味がわからないよ。

 あのメールはお母さんの文章だった。あの二人を倒したら戦いから抜け出せるから頑張りなーって。

 もうそんなことはいいよ、どうせもうここから抜け出せない。だったらお前らを。

 二、三発銃声が鳴った。そして銃声は次々聞こえてきた。

 少年はため息を出す。サトシ君は何も言わない。

 外からは助けてという声が聞こえる、痛いよという声が聞こえる。動いてはいるが傷は深くとても辛いようだ。

 少年はスイッチを再び手に取る。

 出来そこないでごめんなさい、僕がいなくなったらちょっとでも役に立つのかな、世界中で深刻な食糧不足だからもう早く動きを止めたいよ。

 皆まだ動いている。しかしもうどうやったって助けることはできないぐらいに傷は深いだろう。でもすぐに動きを止めるというわけじゃなく、その苦痛はしばらく続くのかもしれない。

 だったら、だったらいっそのこと。

 少年はまたため息を出した。そしてスイッチをゆっくりと押した。

 外では爆発が起こり、大きな大きな木は煙と爆風で包まれた。外にいた何体もの鎧たちはこの爆発に巻き込まれただろう。

 しかしその様子はまだハッキリと見えない。

 大きな大きな木は、随分と長い時間ここに聳え立っていたのだろうが今この瞬間横に倒れた。

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