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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
五月人形の目が光る
13/72

ろく

 サトシ君が言うには、この夢で繰り広げられている戦いは国のためらしい。

 国のため。そう聞こえると国同士の争いとか、国を守るための手段として思い浮かべてしまう。しかしここではそうではないみたいだ。

 世界的に増えすぎた人間達、それは鳥よりも魚よりもこの世界に生きる全ての命あるものの中で一番減ることがなく増え続けているのではないかという問題が世界中を飛び交ったらしい。

 人は生きるために川や海へと向かってそこに住む命を頂く、住む場所を作るために森を切り開く。人はそこにある命なんて関係なく自分たちの都合だけで勝手に足を踏み入れて壊し汚し減らす。

 それは全部人のため。人が生きるためにしたこと。

 しかしそれに伴う問題を誰も深くは考えなかった。少し海が汚くなったような気がする、ちょっと空気が悪くなったような気がする、前よりも緑が減ったような気がする。

 気がするだけで気にしない、それがのちのち大問題となるのも知らずに海を山を森を汚し壊し減らし続けた。

 減らすだけ減らしてやっと気づいた。もう人が住むための土地がない、人が食べるための魚がいない、山や森はかつてここに緑が溢れていたなんて信じられないぐらいの光景だ、もう何もないあれもこれもどれも。

 この世界に溢れていたものは人によって消された。あんなにもあった命は人によって奪い去られた。

 このままでは飢えてしまう、食べるものが無くて皆動かなくなってしまう。

 どうしよう、どうすればこの状況を打開することができる。誰か何か良い案がある者はいないのか、私たち政治家もお腹が空いていて何も考えられない、これはこの国の問題……いやこの世界の問題なのだ。

 皆考えてくれ、どうすればいいのかを早急に。私の頭は何かを食べることでいっぱいで、もう何も考えられない。

 このままでは皆動かくなってしまう。そうなってしまったらこの世界は終わる。

 そしてその時誰かが声を出した。

「人を減らせばいいんだよ」

 その一言は一瞬耳を疑ったが、皆そのうち大きく頷いたらしい。

 そうだそれでいこう、人が多いから食べるものに困るんだ、人が減ればその分食べれるじゃないか、なんでそんな簡単なことに気づかなっ方のだろう。

 お腹が空きすぎてそんな単純なこともわからなかった、やっと安心できたからお腹が空いてきた、でもあまり食べ物はないから早く人を減らさなければ。

 何も決まらない国会はこんな時は何故か早い。あっという間に決まった、人を減らすという法律が。

 しかしそう上手くはいかない。人を減らすというのは人の命を奪うという事だ。そんな残酷なことできるわけがない。

 政府は国民から笑われた、そっぽを向かれた、冷たい目で見られた。

 支持率も下がり、今まで存在感がまるでなかった野党が解散しろと大声で怒鳴り散らす。

 でもそんなことをしてもお腹は空くのだ。だから皆次第にそれに賛同した、一桁にまで落ちた支持率は一気に上がった。

 生きるためだ、多少の犠牲はしょうがない。

 そうして人を減らすという法律はこの国に衝撃を与え、世界中にも衝撃が走った。

 批判的な意見はあった、しかしそれも初めだけですぐに肯定的な意見と変わった。それは生きるためだ、だから多少の犠牲はしょうがない。世界中そう思ったのだ。


 ◇


「……酷いね」

「まあ現実とどこか繋がるところはあるけどね」

「え、どこ?」

「さあ僕はこどもだからわからない」

「僕も子どもだよ」

 少年とサトシ君は窓から外の様子を窺って、誰もいない事がわかるとドアへと向かった。

 ゆっくりと開けて、薄暗い廊下を窺う。そこは外と同じように誰もいない。

「移動しながら話してもらうけどいいかな」

「……嫌だけど」

「話し声でバレルかもしれないからね」

「……うん」

「でも時間も限られてるし。まだ余裕はあると思うけど」

「時間?」

「ここはサトシ君の夢でしょ、だからこの夢から現実に戻ったらそれは起きたってことになる」

「僕が目を覚ますってこと?」

「そういうこと。だからサトシ君が起きるまでに解決しないといけない」

「でもまだ時間に余裕あると思うよ」

「夢での時間と外との時間は違う。もうちょっと楽しい夢を見たかっけど目が覚めたってことはある?」

「ある!」

「そういうことだよ」

「……どういうことだよ」

「夢での時間は短いかもしれない。でも外ではその倍の時間も時計の針は進んでいることがある」

「どうしてそうなるの?」

「さあ、それはわからない」

 そう言うと少年は部屋から出た。そのあとをサトシ君は着いてくる。廊下に足音が響く。

 二人は薄暗い廊下を歩いて階段までやってきた。一階がどうなっているのか気にしている少年はそこらへんに落ちている小石を投げた。すると小石は下のほうまで落ちて行った。

 音が鳴り響く。この音が誰かに聞こえていたら間違いなくこっちに来るだろう。

 銃を持って、刀を持って、何かしらの武器を手に持ちながら。

 しかし少し待っても誰も来る気配はない。どうやら一階には誰もいないようだ。この家には少年とサトシ君の二人だけだったみたいだ。

「さてと、一階に下りよう」

「えー嫌だよ」

「どうせあの戦いに参加しなくちゃならないんだよ」

「……そうだよね」

「サトシ君が何で戦わなくちゃいけないのか、それを教えてくれたらいいんだけど」

 そう言い残して少年はさっさと一階へと下りて行った。

 サトシ君は階段を下りていく少年を見ているが、その場から動こうとしない。

 少年が歩く音が一階から聞こえてくる。念のため誰かいるかどうかを確認しているのだろう。

 サトシ君は壁に寄りかかった。その姿は五月人形にしか見えない。

 また動かないつもりだろうか。このままじっとしているというのだろうか。

「サトシ君!」

 一階から少年の声が聞こえてくる。

「この夢はさっき話してくれたことと、外でのことが混ざり合ってできたのかな?」

 その声にサトシ君はびくっとなった。ズバリ当たったのだろうか。

「でサトシ君が怖がっているのは戦いもなんだけど、さっき外にいた三人組もだよね」

 その声にサトシ君は再びびくっとなった。ズバリ当たったのだろう。

「さっき話してくれたことはこの夢の世界のことだから別に気にすることはないよ。でも外からもってきたものは気になるよ」

 夢は外で起こった出来事に影響される。感動した風景や瞬間、仲良かった友達やお世話になった先生なんかが忘れたころに夢に現れたりする。

 そこに映った風景や人物は本物じゃないけれど、どこか懐かしくて妙にリアルでずっとこの時間が続いてくれたらいいなと思ってしまう。

 しかし所詮は夢。目が覚めると同時にそこに広がっていた風景は消えて、さっきまでそこに座っていた懐かしい顔も消える。

「面と向かっては恥ずかしいでしょ、だから僕は下りたんだよ」

「……」

「さあさあ話しなさい。楽になるよ」

「……かつ丼はいらないよ」

「そんなものないよ今は。起きたら食べに行ったらどうかな」

「うん」

「僕も食べたいなー」

「食べればいいじゃん」

「あっちにもあるのかな、おばばに聞いてみよう」

「おばば?」

「さあさあ話してみなよ! この夢が変化するかもよ」

「……うん」


 ◇


 その頃公園では、皆食い入るようにスマートフォンを見ていた。

 大舞台にある大型モニターを見ている人もいる。

 司会者は金色のマイクを手に取り、残念でした! 学君は爆発に巻き込まれて動かなくなりましたと叫んだ。太一君は心臓に刀を一突きされて、そのあとえぐられて動かなくなりました。

 その様子が大型モニターには映っている。

 会場は盛り上がっている。人の命がひとつ、またひとつと消えたというのに誰一人悲しむ者はいない。

 異常だ、この世界はそういう法律が出来てしまったから皆異常なのだろう。

 その時大舞台の裏からスーツを着た大柄の人物が歩いてきた。

 その人物は司会者へと手を振った。すると司会者は手を振りかえした。

 大柄の人物はタブレット端末を司会者へとそっと見せる。そこには誰かが映っていた。

 すると司会者はニコニコと笑った。そして何か喋りだした。

 大きな広場はとてもうるさく、二人の会話は聞こえない。

 屋台ではサトシ君のお父さん、お母さん、お姉さんらしき人物がフランクフルトを買っていた。ケチャップとマスタードがちょうどよくかかっている。

 パリっと美味しそうな音が聞こえてきそうだ。三人は食べながら大型モニターを見ている。

 そこに映っているのは戦っている鎧たち。

 戦い方は様々で、刀を振りかざす者もいれば銃を撃つ者もいる。

 大柄の人物はタブレット端末を脇に抱えて歩いて行った。話は終わったのだろうか。

 司会者が大型モニターをじっと見た。

 一瞬ノイズが走ったような気がしたが誰もそのことに気づいていない。

 金色のマイクを手に取り、司会者はニコニコしながら言った。

「ここで皆さんにビックチャンス!」

 すると盛大な音楽が鳴り響いた。何事だと皆司会者を注目する。

「まだ皆さんのお子さんは無事ですか? 無事じゃない人もいますよね? でもそんなの知りません、これがこの国の作った法なのだから」

 司会者は大舞台の隅から真ん中へと歩く。

「人が増えすぎたから減らす、減らすのはまだ何も無いやつら。どうでもいいやつにあげる飯なんてありませんからね」

 客席からは拍手が沸き起こる。

「こどもの日、端午の節句、五月人形。ちょうどこの法を決めたのはそんな時だったようです。鎧を着てるなら戦えばいいじゃないか、そうだそうしようそれが良い、減らすのはこれで決定ですな。こんな感じですぐに決まったようですよ」

 客席からまた拍手が沸き起こる。

「そんなどうでもいい話はこれぐらいにしてビックチャンスです。今からイベントを行います、そのイベントの成功者にはとっても嬉しいプレゼントを用意しています」

 そう言いながら司会者はポケットからスマートフォンを取り出した。

「今から皆さんにメールを送ります。そこに書かれている事がイベントの内容です。参加は自由ですがきっと全員するでしょう、だってとっても嬉しいプレゼントなのだから」

 司会者はスマートフォンを客席へと向けて、送信と表示された場所を押した。

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