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銃声が鳴り響く二階の部屋。
そこには怖くて動けないでいるサトシ君と、倒れて動かない少年がいる。
窓ガラスは粉々に割れて、カーテンも粉々で、そのうちこの部屋も粉々になってしまうんじゃないのかと思ってしまうぐらいだ。
この家の外では何かが起こっている。それは戦いだろう、命を懸けた。
誰かの悲鳴が聞こえて、何か大きな音が鳴って声は聞こえなくなった。声の主は何処に行ったのだろう、それはもう考えなくてもわかる。
ここでは動くか動かなくなるかのどちらか。声の主は後者だろう。
サトシ君は倒れている少年に近づこうとするが、その場から全く動けない。
それは恐怖からなのか、動いて銃弾に当たったら動かなくなるかもしれないからなのか。そのどちらもなのか。
少年からは血も何も出ていない。痛みを感じる暇もなく、あっという間に動かなくなったのだろうか。
そうだとしたらこの夢から少年は退場したという事になるだろう。退場という事はこの悪い夢からサトシ君を助けられなかったことになる。
一人ぼっちとなってしまったサトシ君は何もできず、そのうち誰かに攻撃されて動かなくなるだろう。
そして目が覚めて現実に戻るが、夢への恐怖は忘れることができなくなる。
夢を見たらまたあの悪い夢を見てしまう、あの夢は見たくない二度と見たくない、もうずっと起きていよう怖い思いをするぐらいならそのほうがマシだ。
それはヤツラの思う壺であり、気持ち悪い顔で笑っているだろう。それは少年の負けを意味してしまう。勝ち負けで判断するのかはわからないが。
とにかく少年はそれぐらい重要なことをしているのだ。夢の世界には法も何もない、悪い奴らはやりたい放題だ。だから少年が夢にお邪魔する、手を差し伸べる。
銃声は鳴り止んだ。外から声が聞こえてくる。
「さっきあの部屋の窓に人影が見えたと思ったんだけどな」
「気のせいなんじゃないの?」
「お前無駄撃ちしずぎなんだよ。それに俺達の居場所もわかっちゃうしさー」
声は三つ聞こえる。どうやら外には三人いるようだ。
「それよりアイツどこにいるかな?」
「アイツはもうどこかで動かなくなってるんじゃないの」
「泣き虫で弱いからな。どこかで息を殺して隠れてるかもしれないな」
笑い声が聞こえてくる。三人は何かに楽しんでいるようだ。
その声を聞いているサトシ君はまた部屋の隅で小さくなっていた。手も足もどこも動いていなくて、鎧の中に人が入っているだなんてわからないような雰囲気さえある。
部屋の隅には五月人形が置いている。ただそう思うかもしれない。
「なあ、もしまだ動いていたらどうする?」
「それなないでしょ、アイツいつも馬鹿みたいに泣いてるんだからさ」
「その時は俺らで動かなくしてやろう。あんなやつがいてもこの国のために良くない」
また笑い声が聞こえてくる。馬鹿にした笑いだ、下品な笑いだ。
部屋の隅で小さくなったサトシ君は動かない。動かなくなったわけではなくて、自らの意思で動いていない。
やがて笑い声はどんどん遠くなっていって、風の音だけが聞こえるようになった。
風は窓がなくなったこの部屋に勝手に入り込んでくる。お邪魔しますも、何の一言もなくて無断で入り込んでくる。
少年はまだ動かない。もしかして退場したのだろうか。
サトシ君は動く様子なんて無い。
このままでは何も変わらない。変わらなければまたこの悪い夢は目の前に現れる。ヤツラが心を支配するまで、満足するまで、ニタニタと気持ち悪く笑うまでずっと続く。
ヤツラの目的は毎回異なる。しかし悪い夢を見せるというのは変わらない。それだけはずっと同じ。
サトシ君が何故この夢を見ているのか、それは五月人形が欲しいとお父さんにしつこく頼んだからなのか。それともまだ他にあるのだろうか。
耳を澄ませば何か聞こえる。
じっとしてれば大丈夫、僕は弱いんだから隠れていないと。
耳を澄ませば何か聞こえる。
足が遅いし泣き虫だし、背が低いし力も無いし僕はダメ人間だ。
耳を澄ませば何か聞こえる。
僕がこんなにダメだからお父さんにもお母さんにもお姉ちゃんにも迷惑をかける。
耳を澄ませば何か聞こえる。
それだけじゃなくて、色んな人に迷惑をかけてるかもしれない。僕がいるのが迷惑なのかな。
耳を澄ませば何か聞こえる。
いないほうがいいかな? いなくなったほうがいいかな? もうそうしたほうがいいかな。
耳を澄ませば何か聞こえる。
ごめんなさい、生まれてきてごめんなさい。僕はいらない子でした。
耳を澄ませば何か聞こえる。
あやまっても謝っても、あたまを下げても下げまくっても足りません。
耳を澄ませば何か聞こえる。
でも僕はダメ人間だからこれぐらいしかできません、ごめんなさ――――
「もういいよ」
「……」
「もう言わなくていい」
「……」
「大丈夫、僕はまだ動いているから」
「……」
「心配かけてごめん。動いたら終わったかもしれないから動かないでいた」
「……うん」
「とりあえずさ、お腹空かない?」
「……こんな時に?」
「こんな時だからこそだよ。食べておかないともたないよ」
「確かにそうだけど」
「まあ今は安全そうだから安全な時に食べないと」
「うん」
少年は頭を守っている兜を取って顔を出した。やっと少年の顔を見れた。
そして何やら呪文のような言葉を唱えた。すると床が光って、そこに何かが現れた。
「これは何?」
「これはちまきと柏餅だよ」
「……何でこれ」
「そりゃ端午の節句だからじゃないのかな」
「そっか」
「こどもの日で、端午の節句で、五月人形で、戦っているのは皆男の子で。少しずつだけどわかってきたね」
「うん」
「さあ早く食べなさい。今はとにかく食べる」
「わかってるよ」
そう言うとサトシ君は兜を取って顔を出した。そして柏餅へと手を伸ばした。
平たく丸めた上新粉の餅を二つに折り、間に餡をはさんでカシワ又はサルトリイバラの葉などで包んだ和菓子である柏餅は5月5日の端午の節句の供物として用いられている。カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、「子孫繁栄(家系が途切れない)」という縁起をかついだものとされているみたいだ。
「まだ全貌を掴めていないのがなー」
「全貌……」
「まだ他に外で何かあった? 悪い夢を見てしまうきっかけになったような事」
「きっかけ……なんだろう」
「ゆっくり思い出してくれればいいよ、でもこの夢に関することだからこどもの日なのかな。何か嫌なことあったとか、悲しくなったとかない?」
「んー……」
サトシ君は目を閉じて考えている。
「あるけど言いたくない」
「そっかー」
「言うと嫌な気持ちになる。思い出したら嫌な気持ちになる」
「それなら仕方ないね」
「……ごめんなさい」
「それは別に構わないよ、誰だって言いたくない事はあるんだから」
「うん」
「でも言ってほしいよ。手遅れになる前に」
「……うん」
二人はちまきと柏餅を食べた。
飲み物がないから喉をつまらせないか心配だ。飲み物は呪文のような言葉で出せないのだろうか。
お腹いっぱいだろうか、それとも足りないだろうか。それはわからないけどとりあえずお腹は満たされたはずだ。
因みにちまきは、もち米やうるち米、米粉などで作った餅、もしくはもち米を、三角形(または円錐形)に作り、ササなどの葉で巻き、イグサなどで縛った食品のことをいうみたいだ。
「さてと回復アイテムで回復したし行きますか」
「回復アイテム?」
「でもどこに行けばいいのかさっぱりわからない。この戦いのゴールがどこなのかも」
「あーそれなら僕わかるよ」
「それなら教えてもらおうか」
「うん! この戦いはね――――」




