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夢の王子様と呼ばれていたはずでは?
きっと少年はそう鎧の中で思っているはずだ。その表情を見ることができないのが残念でならない。
「僕はそう呼ばれているの?」
思わず尋ねてしまうのは自分が王子様と呼ばれているのが気持ちよかったからだろうか。
「そうだよ!」
「教えてくれてありがとう、外のことはよくわからないから」
色んな呼ばれ方をされていることを確認した少年はそれで納得したのだろうか。顔が見えないからどんな表情をしてるのかわからないのが本当に残念だ。
その時トイレの外から誰かの声が聞こえてきた。
その声はサトシ君を捜している声だった。あの三人組だろう、スマートフォンで隠れている場所を突き止めたあの三人。
サトシ君はどうしようと声を漏らした。
少年は出入口のほうを伺い、そして鍵が閉まっているドアへと話しかけた。
「とりあえずそこから出よう」
「嫌だよ!」
「そこにいてもすぐに見つかるよ」
「それでも嫌だよ!」
「僕と待ち合わせていたことにすればいい。それだと怒られないんじゃないかな」
「……でも」
外から聞こえてくる三人の声はどんどん近づいているように感じる。もうすぐそこに三人はいる、サトシ君を捜しに来た三人はもうそこに。
隠れていもバレバレだ。サトシ君の居場所はスマートフォンを見ればわかってしまうのだから。何故わかるのかはわからない、しかしそんな事は今はどうでもいいことだ。
「この夢がまだどんな夢なのか把握できてないけど、僕がいるから大丈夫」
「警察官だから?」
「そう、悪い奴がいたらやっつけるから大丈夫」
「……」
その時鍵が開いた音が鳴って、静かにドアが開いて鎧を着たサトシ君が出てきた。
少年はその姿を確認すると出入口へと向かう。その後ろをサトシ君も着いてくる。
外に出たら朝の陽射しで眩しく、思わず目を閉じてしまうだろうが二人が目を閉じたかどうかはわからない。
そんな二人の姿をとらえた三人はびっくりしていた。
サトシ君がスマートフォーンで示した通りの場所にいたから驚いているのだろうか。それとも少年がサトシ君と一緒にいることに驚いているのだろうか。それとも全然違うことだろうか。
そのどれかはわからないが三人は二人に近づいてきた。
「サトシここにいたのか。突然いなくなるから捜したぞ」
眼鏡をかけて短髪でポロシャツを着ていて、見るからにお父さんという人物が話しかけた。
「心配したのよ、ごめんなさいって謝りなさい」
日傘を持っていて茶色の髪の毛が綺麗な、見るからにお母さんという人物が話しかけてきた。
「もうすぐ時間だ。さっさと歩け」
帽子を被っていて風船ガムを膨らませている、見るからにサトシ君のお姉さんに見える人物が話しかけてきた。
三人はサトシ君の親と姉だろうか。
「そっちの子はサトシの友達か?」
お父さんらしき人物が少年のほうに目を向けて話す。
「……うん、さっき会ったから」
サトシ君は小さな声で言った。
「あらそうなの。サトシと仲良くしてあげてくださいね」
お母さんらしき人物はどこか愛想なくそう言った。
「まあどうでもいいけど、早く行かないと時間になるよ」
お姉さんらしき人物はそもそも少年なんてどうでもいい感じだ。
三人は歩き出した。その後ろに着いていく少年とサトシ君。
すっかり明るくなった公園では人が大勢集まっている。メイン会場での盛り上がりは物凄いことになっていて、さっきよりも人の数は何倍も増えていた。
もうすぐ始まるであろう何かを皆今か今かと待ちわびているのだろう。
公園のまわりの歩道や道路は、車や人でいっぱいになっている。渋滞が起こってしまいそうなぐらいだ。
町をあげてのイベントなのだろうか。それとも全国的に有名な祭りなのだろうか。
未だその全貌が掴めないが、それももうすぐわかるような気がする。
メイン会場へと鎧を着た人達が続々と集まっている。
その鎧に向けて皆、スマートフォンやデジカメを向けて写真を撮っている。どいてくださいと警備員が道をあける。
大型モニターには残り三十分という文字が出ていて、少しして二十九分にかわった。
さっきは太鼓を叩いた大舞台で、今はバンドによるライブが行なわれていた。キャッチーなメロディーで、客席では皆口ずさんでいる。
その大舞台の裏にある大きなテントの中に、鎧を着た人達が次々と入っていく。
テントへと入る前に、お母さんらしき人物は鎧を着た人を抱きしめたり手を振ったり泣いたりしている。お父さんらしき人物だって、お姉さんやお兄さんやお婆さんやお爺さんらしき人物もそうしている。
いつまでもテントに入らないでいると、背が高くて大きな体格の警備員に連れて行かれる。その時鎧を着た人は泣き叫んでいる。
助けてよ、パパ! ママ! お姉ちゃん! お兄ちゃん! お婆ちゃん! お爺ちゃん!
◇
少年とサトシ君もメイン会場へとやってきた。
そこには人が大勢いて、盛り上がっていて、泣き叫ぶ鎧がいて、とても大きな鎧が皆からよく見える大舞台に飾られていた。
大きな鎧は皆を見下ろしているように見える。
少年はその鎧をじっと見ている。その様子を見たサトシ君は話しかけた。
「どうしたの? あの鎧が気になるの?」
「いや、何であんなところにあるんだろうって」
「それはすぐにわかるよ」
「……どういうこと?」
「もうすぐ始まるからね」
そう言うとサトシ君は家族らしき三人のもとへと走って行った。
何かを話しているが騒がしくてここからじゃ聞こえない。表情しかわからないが、お父さんらしき人物もお母さんらしき人物もお姉さんらしき人物も泣いていた。
そしてサトシ君を抱きしめて、何やら叫んでいる。何なんだろうこれは、さっきまでとまるで別人みたいだ。
少年は腕を組んで何かを考えている。
この夢は悪い夢だ、だとしたらどこにやつらがいるんだ? まだやつらの姿や気配は全く感じない。今はどこかに隠れていてこっちの様子を伺っているのか。そしてベストなタイミングで登場してきて、この夢を見ているサトシ君へと恐怖を与えるのか。
まあどんな嫌がらせをしてきても僕がどうにかする。夢の警察官的には、やつらを逮捕してやる! これでいいかな。
サトシ君が家族らしき三人へと手を振って少年のもとへと帰ってきた。
「じゃあ行こうか」
「あの大きなテントだよね」
「うん」
「これから何が始まるの? いい加減教えてよ」
その時けたたましいサイレンの音が公園中に鳴り響いた。
この音を聞いて大舞台の前に作られた客席は歓声をあげて、メイン会場へと向かっている人達は走り出した。大型モニターに映し出されていたカウントダウンは〇になっていた。
「もう時間だ。走ろう」
サトシ君は少年の手を引っ張って、大きなテントへと走る。
テントへと姿を消した二人を見ていたサトシ君の家族らしき人物達は、少しの間テントをただ見ていたが何事もなかったかのようにスマートフォンをポケットから取り出した。
そして何かのアプリのアイコンをタップし、上フリックをしたあとにピンチアウトした。
そこに映っているものを見た三人はニヤリと笑った。
何が映っているのかはここからでは見えない。しかしその笑い方はあまり良い笑い方ではないのはわかる。
これから起こるであろう何かとその笑みは何か関係しているのだろうか?
メイン会場から楽しげな音楽が流れてきた。
派手なスーツと金色のマイクを持った司会者らしき人物が、入場ですと大声を出した。
客席は盛り上がっている。拍手をしたり叫んだり、両手を振ったりビールを一気飲みしたり。
大舞台には次々と鎧を着た人達が出てきた。
端のほうから順番に並んでいく。
客席から鎧に向けて名前を叫んでいる。その名前はどれも男の子の名前だった。
少年とサトシ君は最後に出てきた。一番端の一番後ろ、あまり目立たない場所だ。
皆揃ったところで音楽は鳴り止んで、司会者が前のほうへと出てくる。
皆さん盛り上がってますかと聞く、そうしたら客席から歓声があがった。もうすぐ始まります、司会者はとてつもない笑顔でそう言う。
そしてこう続ける。
親御さんにとっては寂しい時間になるのでしょうか、それと悲しい時間でしょうか、そのどちらもでしょうか。そうだとしても楽しみましょう、今まで育ててきた可愛い子がこうやって晴れの舞台に立っているのですから! それは素晴らしいことです、誇らしいことです、なのでどんな結果になったとしても褒めてあげてください。
よく頑張ったね、無事で嬉しいよ、どこか怪我はしていないかな。首がないけどよく頑張った、体は粉々だけど何人か道連れにできたから良かったじゃん、虫の息だけど生きてるね。
これから始まる戦いは子ども達の成長の証が見れます。やっつけた人数は随時アプリで更新されます、どこを怪我しているとか鎧のダメージとかもわかります。まだインストールしていない方は今すぐしてくださいね、戦いが始まったらもう動かないかもしれませんから。
でも今はまだ動いてますよ、皆さんのお子さんは。だから確認してあげてくださいね。
さて今から始まる戦いは命がけです。それはもうわかってますね。これはゲームではありません、なのでいったん止まった心臓はもう二度と動くことはありません。
さあ始まります。準備はいいですか? 用意はいいですか? 覚悟はいいですか?
その時大舞台に飾っている大きな鎧の人形の目が光った。




