第二章 8:鐘楼の街へ
「さっきは悪かったな」
言葉とは裏腹に、まったく悪びれた風もなく、隊長はにやりと黄ばんだ歯を見せる。
名前を、クラウスという。ブロム家の私兵を束ねる隊長だということだが、いわゆる傭兵あがりだ。
そもそも私兵自体が、傭兵の寄せ集めらしい。
ヴァルターが用意した馬車で、ルナとシュタインは一路、ベルフェルへと向かっていた。
同乗しているのは、隊長のクラウスと、もう一人の兵士。
乗合馬車よりも簡素な馬車で、がたがたと揺れもひどい。
車輪が小石を踏むたびに、ルナの体が小さく跳ねた。
「あんた、強いんだって?」
クラウスが、シュタインに不躾な視線を向ける。
「なんで、おれたちに捕まったとき、抵抗しなかったんだ?」
シュタインが短く息を吐いた。
「買い被りだろ。あんな人数に囲まれたら、手も足も出ないさ」
言いながら、シュタインは肩をすくめて見せる。
「ふん」と、クラウスは鼻を鳴らした。
「ブロムさんがあんなに丁重に送り出すんだ。よほどの大物なんだろ?」
「どうかな」と、再び肩をすくめるシュタインを、クラウスはにやりと笑って見る。
「機会があれば、手合わせをお願いしたいものだ」
がたんと馬車が揺れて、ルナの体が弾む。
クラウスの視線が、彼女の方を向いた。
「そっちの姉ちゃんは、――確か、リ…」
「ルナ、よ」
黒いフードの奥で、ルナが睨む。
虚を突かれた様子で、クラウスが振り向いてシュタインを見た。
シュタインは口元を歪めながら肩をすくめて、それに応える。
視線を窓の外に戻すと、ルナは深く息を吐いた。
――リディアは、シュタインの元パートナーの名前だ。
彼女は、ルナと同じ銀色の髪の、聡明な女性だった。
リディアも、今のルナと同じように、黒いフードを目深に被っていた。というより、ルナが彼女の格好を真似しているといったほうが正確だ。
ルナが、彼女を知っている期間はたったの二週間。
だが、彼女の存在は、ルナの中でとても大きい。実の姉のように慕っていた。
そして、彼女は唐突に居なくなった。
一年前。とある事件の最中、――ルナを庇って命を落としたのだ。
今でも思う。自分が、二人と出会うことがなければ、彼女は死ぬことはなかった。
彼女の代わりに、今はこうやってシュタインと旅を続けている。
だから決して、彼の足を引っ張るわけにはいかない。ましてや自分のでせいで、彼を危険に陥れるようなことがあってはならない。
「聞いてなかったわ。名前は?」
窓の外を眺めたままで、ルナが問う。
怪訝な顔つきで、彼が名乗る。
「クラウス、だが」
「違う」と、ルナが振り向いて睨んだ。
「消息不明の、娘の名前よ」
「ああ、そっちか」と、クラウスが笑いながら答えた。「テオドラだ」
肖像画の少女を思い出す。金色の髪の、あの安心しきった笑顔。
馬車は、速度をやや上げて街道を進む。
どれくらい時間が経っただろうか。幾つかの森を抜けて、ふっと視界が開けた。
崖下に街並みが見えてきた。
高い壁に囲まれ、色鮮やかな屋根がいくつも連なっている。街の中央の小高い丘には、石壁の高い塔が見えた。
ここからでは見えないが、その塔には聖なる鐘が吊るされているはずだ。
鐘楼の街――。
「あれが、ベルフェルだ」
ルナの隣で、クラウスが窓の外を見ながら言う。
眉をしかめてルナが彼を睨むが、クラウスは意に介した素振りも見せない。
風が、ルナの銀色の髪を揺らす。
緩やかな下り坂の途中で、車輪が小石に乗り上げた。
ルナの臀部が二回、座席で軽く跳ねた。




