↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/98

第二章 7:食卓で交わされた約束

 庭の畑で採れた新鮮な野菜のサラダ。

 山菜の炒め物と、自家製の燻製肉。

 テーブルの中央からは、山猪のローストの香ばしい匂いがふわりと漂う。

 自分の目の前にオルヴァンがパンの乗った皿とスープを置くのを、パティアが輝く瞳で見つめている。

「わあ。美味しそう」

 胸の前で手を合わせて、パティアが感嘆の声をあげた。

 オルヴァンが自身の席に着きながら、静かに言う。

「田舎料理ゆえ、姫様の口に合えばいいが」

 そして、胸の前で手を組む。

 パティアとウィルもそれに倣って、胸の前で手を組んだ。

 豊穣の神に祈りを捧げて、三人は手元のカトラリーを手にした。

 山猪のステーキを噛みしめて、パティアが満足げに微笑む。

 しばらく咀嚼して、ようやく呑み込むと、うっとりと目を閉じた。

「噛めば、噛むほど、お肉の甘いのが口いっぱいに。すごい美味しい」

「良かった」と、オルヴァンはほっとした顔だ。

「先週、いいものが獲れたのでな。滝のそばの洞穴でエイジングしておいたんです」

「父から聞いたことがあります。オルヴァン義叔父さまは、王都の宮廷料理人でも及ばないほどの料理の腕前だったって」

 オルヴァンが笑う。

「凝り性過ぎて、よく呆れられていたものです。こうして隠居の身となっては、数少ない楽しみのひとつです」

 二人が楽しそうに話すのを、ウィルはぼんやりと聞いていた。

 初対面ではあるが、義叔父と姪の関係だ。共通の話題もある。

 ウィルは自問していた。

 パティアの好奇心の強さと責任感は、折り紙つきだ。彼女は本気で事件に首を突っ込もうとしている。

 おそらく彼女は、そのことの本当の危険性に気付いていない。

 マルセラと対峙したウィルだから、それがわかる。止めこそ刺せなかったが、勝てたのは間違いなくリュカとシリルのおかげだ。

 あれは普通の人間が踏み込んではいけない領域だ。

 ――王国の、危機です。

 シリルの言葉を思い出した。

 ――王国の皆を守る責任があるの。ウィルもでしょ。そう思わない?

 それに、パティアの言葉も重なる。

 ウィルは気付いてもいた。自分の中の芽生えはじめた使命感に。

 これまで特別に大きな目的をもって生きてきたわけではない。自分に何ができるかなんて考えもしなかった。

 ただ父親と一緒に、穏やかな生活を送っていくだけだと。

「あ、そうだ――」と、パティアが思い出したように笑顔で続けた。

「義叔父さま。ウィルを、私にください」

 何を言ったのか瞬間的に理解できず、ウィルとオルヴァンは同時に固まった。

 スープをすくったオルヴァンの手が止まり、ウィルはきのこが刺さったフォークを持ったままで静止する。

 満面の笑みのパティアを、二人はぽかんと見つめた。

 しばらく静かな時が流れた。

 ぱち、ぱち、と暖炉の薪がはぜる音だけが聞こえてくる。

「ええええ!」と、ウィルの絶叫が静寂を破った。

 フォークからきのこがぽとりと落ちる。

 うるさそうに耳をふさいだパティアは、眉をひそめてウィルをにらんだ。

「なんで、ウィルが驚いてるの」

「…驚くだろ、普通」

 ウィルのぼやきを、パティアは無視する。

「ねえ、義叔父さま。よろしいですよね」

 にこり、と笑みを向ける彼女の言葉に、オルヴァンもようやく我に返ったようだ。

 スープを静かに、元の皿に戻した。

「少し待ってくれ…」と、オルヴァンがこめかみを押さえる。

 パティアは変わらず笑顔のままだ。

「申し訳ない。話が、見えないのだが…」

 オルヴァンの言葉に、パティアはきょとんと瞬きを繰り返す。

「王家の一員として、王国の皆を守るのは当然のこと。ウィルだって、王統の系譜に名を連ねている者として、私と同じ思いを持っているはず」

 パティアの横暴で、一方的な言い分に、しかしウィルはそれを決めつけだと言い切ることができなかった。

 自分に、何ができるのか。

 何もできないかも知れない。それでも、何もしないのとは違う。

 それに、パティアはおそらく止まらない。

 誰かが彼女を守らなければ。

 真剣な面持ちでテーブルに視線を落としているウィルを、オルヴァンは静かに見つめた。

 パティアが一転、表情を引き締めて言う。

「――聞きました。シリルは近衛騎士のうちでも、屈指の実力者です。その彼女がウィルのことを、自分よりもはるかに強い、と認めています」

 オルヴァンがゆっくりと腕組みする。

「これも、きっと何かの縁です」と、パティアが微笑む。

「王国の危機、――そんな時に、ウィルと出会った。マリセア様のお導きに違いありません」

 しばらく考え込んでいたオルヴァンだったが、すっと強い視線を息子に向けた。

「ウィルは、どうなんだ?」

「おれは――」と、ウィルは言いかけて、言葉を切る。

 少し迷った後、ゆっくりと言葉を続けた。

「正直、おれになにができるのかはわからない。でも、なにもしなくて、後悔はしたくない」

 オルヴァンが静かに、じっと息子を見つめる。

 ウィルが見つめ返す。その目には、はっきりと決意が表れていた。

 しばらく二人は見つめ合っていたが、オルヴァンの方からふっと視線を逸らした。そして、手元のスープを再び掬いなおした。

「そうか」と、オルヴァンがぽつりと呟く。

 スープを口に運ぶ。もうすっかり冷めていた。

 パティアが笑みで、ウィルにウインクを送る。

 オルヴァンが顔を上げた。

「あらためてウィルには城に出向かせます。姫様、食事が済みましたら、本日はお戻りください」

「えっ」と、今度はパティアが固まった。

 彼女の目が泳ぎはじめる。

「え、っと、城に戻るのは、ちょっと…」

 パティアは視線を斜め右上に逃がしながら、しどろもどろに言葉を続けた。

「ほ、ほら、…あの、もう準備してきちゃったし。城には戻らなくてもいいかなー、なんて」

 オルヴァンが不思議そうに、彼女を見る。

「今夜はここに泊めてください。明日、出発しましょう」

 名案だとばかりに、パティアが目を見開いて言う。

 怪訝な表情のオルヴァンだったが、何かを察した。

「…そういうことですか。わかりました」

 オルヴァンの言葉に、ほっと胸を撫で下ろしかけたパティアだったが。

「――ですが」と、目を細めたオルヴァンの言葉に、彼女はびくっと体を震わせた。

「三日です。三日経ったら、王城に報告させていただきます。――それで、いいですな?」

 パティアはにこりと満面の笑みでそれを受け入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。