第二章 6:失われた便り
商業都市エルドヴァル。
自宅の執務室で、テーブル越しにヴァルターが二人を見つめる。
先ほどまでの芝居かかった態度とは一変して、今は胸の前で手を組んで、沈痛な表情だ。
その正面の席で、シュタインとルナが彼を見る。シュタインは怪訝そうに。ルナはやや顔を背けて、疑わしそうな視線を向けていた。
「私には、一人娘がいましてな」
ヴァルターが独白するように続ける。
「遅くにできた子で。私にとっては目に入れても痛くない、本当に宝石のような娘です」
シュタインは少し興味を惹かれたようだったが、ルナは相変わらずだ。
不機嫌そうに巡らせたルナの視線が、書斎机の上に飾られた小さな額縁に留まった。
額縁の中には、少女の絵が飾られていた。
金色の髪の下で、優しげに微笑む少女の肖像。
「ご覧のとおり、こういった商売をしていると敵も多い。汚れ仕事を引き受けることもある。とても娘を手元に置いてはおけないので、寄宿学校に預けてある」
ヴァルターが深く息を吐いた。
「毎週届く、娘からの手紙が生きがいでね。それが、先月から届かなくなった」
ルナがすっと目を細めた。
かたん、と椅子を引いて彼女は立ち上がり、書斎机に近づく。
肖像画を手に取り、絵画の少女を見つめた。
「かわいい娘さんね」
「ありがとう…」と、ヴァルターが力なく笑ってみせた。
ルナはそっと額縁を机に戻す。
「それで、寄宿学校に出した捜索隊はどうなったの?」
ルナの問いかけに、ヴァルターが驚いたように顔をあげた。
「どうして、それを――」
ルナが呆れたように苦笑する。
「そりゃ、そうでしょ。こうやって私たちを連行するぐらいなんだから」
そして、ヴァルターを見据える。
「――そして、捜索隊に何かあったんでしょ。じゃないと、わざわざ私たちを無理やり連れてくる必要もない」
ヴァルターが瞬きをして、シュタインを見る。その表情には驚きと困惑が混ざっていた。
シュタインはおどけるように肩をすくめてみせた。
一度、言葉を飲み込んで、ヴァルターは決心したように二人を見比べながら続けた。
「様子を探らせるために派遣した私兵は、誰ひとり、戻って来ませんでした」
そして、テーブルにつくほど深く頭を下げる。
「どうか、お願いです。娘の様子を――、娘の安否を確認してもらえませんか」
「いいわ」と、二つ返事でルナが答えた。
「いいでしょ、シュタ」
ルナがシュタインを見る。その口調はすでに強制的だ。
シュタインは再び、肩をすくめた。
「お嬢さまの仰せの通りに」
ルナは満足げに、ヴァルターの方に向き直る。
「それで、その寄宿学校はどこにあるの」
ヴァルターが目を閉じて、静かに息を吸う。
しばしの沈黙。
再び開かれた彼の目は、真っすぐに二人に向けられた。
「――ベルフェルです」
思わず、ルナとシュタインは目を見合わせた。




