第30話 清華さんとトレーニング
ある日の放課後。
家に帰る途中、坂道を下っていると後ろで結んだ髪を靡かせて、走っている女性と、すれ違った。
「あっ!拓人くん!」
「清華さん」
聞き馴染みのある声に振り返ると、上下ジャージのスポーティな格好をした清華さんが立っていた。長時間走っていたのか額には、汗が滲んでいて、前髪は、乱れ、ぺたんとつぶれている。
だが清華さんの美しさはみじんも損なわれていない。むしろ彼女の美を引き立てている。
さながら水も滴るいい女状態である。
「お帰り。学校は終わったの?」
「はい。今終わったところです。…清華さんはこんなところで何を?」
「これから、トレーニングだからそれまでにウォーミングアップしておこうと思って。」
「気合い入ってますね。」
「うん!クランクインまで時間もないからね。頑張らないと。」
清華さんはよく頑張っている。
ランニングウェアから延びる腕は、以前よりスラリと細くなっている。さらに裾からちらりと見えるお腹は、余分な脂肪がなくなり、引き締まった肉体になっている。
ただ、ボクサー役をやるにはまだ少々筋肉量が足りないように見える。
「…清華さん。よかったら、今日のトレーニング俺も参加してもいいですか?」
「いいけど…。結構キツイよ?大丈夫?」
「心配ご無用。こう見えても、運動は得意なほうなんです。」
ちょうどいいタイミングだ。
トレーニングをどのくらいの量をこなしているのか分かれば、必要な栄養素が取れるように献立を変えられるから、一回トレーニングの見学はしておきたかったところだったし、まさに渡りに船だな。
「それじゃあ、しっかりついてきてね!」
「はい!」
清華さんのウォーミングアップに付き合って軽く汗を流した後、俺たちはジムにやってきた。
ジムは、駅から徒歩5分以内の場所にある非常に良い立地。
雑居ビルのワンフロアを丸々ぶち抜いた広い空間に大きなリングが置かれている。
リングの他にはダンベルなどのトレーニング器具の他に、サンドバッグが並べて置かれている。
「こんばんは!」
「はーい。」
清華さんの声に反応して奥から人が出てきた。
「やあ、清華ちゃんよく来たね。」
出てきたのは、身長は190は越えてそうな筋骨隆々な大男。腕は丸太くらい太く、顔には、十文字の切傷があり、どっからどう見てもヤク●にしか見えない。
ここは本当にジムか?まさか、ヤクザの集会場とかじゃないよな。
「武田さん、今日も宜しくお願いします!」
「所で、そっちの坊やは、誰だい?」
清華さんに向けていた目と同じものとは思えない鋭い眼光がこちらに飛んでくる。
蛇に睨まれたカエルのようにガチガチに身構えている俺のかわりに清華さんが紹介してくれた。
「私の友達の新庄拓人くん。今日は、一緒にトレーニングしたいんですけどいいですか?」
「あっ!もしかしてカレシ?」
「ち、違いますよ!」
「アハハ!冗談よ、冗談。」
「もう!武田さんたら。」
ヤクザのような見た目に反して優しい声。清華さんとも仲良さそうだし悪い人ではないのか?
「ほら!武田さんがあんなに睨むから、拓人くん怯えてるでしょ。」
「ごめんなさいね。どうも初対面の人に会うと緊張しちゃうのよね。」
「拓人くん、心配しないで。確かに武田さんは反社会的な見た目してるけど、元プロボクサーで実績のある人だし、こう見えて優しい人だから。」
少し引き攣っているようにみえる不器用な笑顔でこの人が悪い人ではないことが一目でわかった。
警戒していたのは意味なかったみたいだな。
「いえ、こちらこそさっきは挨拶もせずにすみませんでした。はじめまして、清華さんのトレーニングに一緒に参加させていただくことになりました新庄拓人です。よろしくお願いします。」
「こっちも、睨んじゃってごめんなさいね。」
「い、いえ俺は別に…。」
「はいはい。二人とも挨拶はそこまでにして、そろそろトレーニング始めよ。」
「…そうね。それじゃあ、さっそくストレッチから、始めましょうか。…とその前に新庄くんは流石にその格好じゃトレーニングしずらいだろうし、着替えたほうがよさそうだね。」
確かに学生服は、動きにくい。
とてもじゃないがボクシングのような激しい運動をするような格好ではないな…。
「ついてきて。」
俺は、武田さんに案内されて、部屋の奥へと進んでいく。
「この部屋、男子の更衣室だから、ここで着替えてね。」
「あの…、すみません。俺、着替え持ってきてなくて。」
「大丈夫だよ。体験用の着替えがロッカーの中に入ってあるから、それ着て。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
ロッカーを開けると、中にはウェアが入っていた。
「これに着替えれば、いいのか。…ん?これに着替えるのか?」
「拓人くん急いでね!」
あんまり待たせるわけにも行かないし仕方ない。
とりあえず、ロッカーの中に入っていた服に着替えてジムへと戻る。
「お、おまたせしました。」
「あら、よく似合ってるわね!」
「ちょっ…拓人くん、ふっ…なに!?ぷぷっその格好?」
「うっ……。」
は、はずかしい…。
体のラインがわかるほどピチピチでハイレグの蛍光色の服。
まっすぐ立つと大事なところがもっこりとしてしまう。
こんな格好じゃあ、清華さんが、笑うのも無理ない。
それにしてもボクシングジムなのになんでこんな服しかないんだ?
「いいわ、結構に似合ってるじゃない?」
「そ。そうですね。」
「思っていた以上にいい。少し線が細いけど悪くないわ。」
武田さんから熱心な視線を感じる。
しかも、体を舐めるような、妙な目で見られてるような…。
出会った時からの言動から気になっていたけどひょっとしてこの人そっち系の人なのか?
「あの…武田さん。この服よりもうちょっと普通の服はないですか?そっちの方が運動しやすいんですけど…。」
「ごめんなさいね。私の趣味でね。似たような服しか置いてないのよ。」
「そ、そうなんですか。」
やっぱり、そっち系の人だったのね。
自分の貞操守るためにやっぱり少し警戒していた方が良さそうだな。
「さてと、全員揃ったしまずは、ストレッチから始めてみましょうか。」
「「はい。よろしくお願いします。」」




