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魔女に喝采を、咎人に願いを、望まれぬ貴女に永劫を。  作者: 采火


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17/19

「さぁガンドルフ、目覚めなさい! あなたが世界最後の竜種よ!」

 世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンの首が落ちた瞬間、時が止まった。


 アベラルドが剣を振り、付着した血を払う。

 何が起きたのか。


 ようやく理解した騎士たちから歓声があがりそうなものなのに、いっさい声があがらない。だって、そのために得た犠牲と手段を思うと、勝鬨をあげられない。自分たちが慕った騎士団長の命を対価にした勝利を、誇れない。


 悲願を達成したはずなのに、一言も歓声の上がらない異様な時間が流れる。


 そんな中で、最初の一声をあげたのは。


「……そう、ね。私は、魔女になった、りゅうしゅ、だもの」


 視界が悪い、身体が遠い。

 でも立てる、歩ける。首を拾う。


 ゆらゆらとレイチェルの身体が立ち上がる。地面に落ちていた首がゆっくりと頭上に掲げられる。


 瞼は閉じられ、唇は紅をひいたように血で染められている。切断面が合わさる。くちゅり、くぷりと、血がこぼれて、チョーカーのように首に一筋の境界線ができて。


「……人類を救いたいなら、首を刎ねろと言ったのはどの口だ」


 アベラルドが恐怖と驚愕と戦慄がないまぜになったかのように唸った。


 完全再生まであと三十秒ほど。

 虹色の瞳が焦点を結び、アベラルドを見据える。


「ごめんね。私、もうずっとずっと前に壊れていたみたい。今の今まで忘れていたの」


 レイチェルが言葉を紡ぐと、どこからか悲鳴が上がる。イレネオを筆頭とした部隊長たちが人員をまとめあげ、警戒態勢を敷く。


 アベラルドが強張った表情で、もう一度剣を構えた。


「忘れていたって……?」

「私、ちゃんとした竜じゃないの。本当の竜はこういう存在」


 レイチェルは両手を広げると、頭上へ掲げた。


「繋がれ、繋がれ、辰星の予言書(エトワール)。ほどけ、ほどけ、魔女の叡智(ソルシエール)。生まれよ、求めよ、従なる竜(ドラグナー)。――さぁ、喝采の産声を上げて! 竜の創造が始まるわ!」


 レイチェルの唄に感応して、大地から光の粒子が溢れ出す。ゆらゆらと光の尾を引いて、大地の血管から彗星のように生命の力が集約されていく。


 光の粒子は揉まれ、うねり、ぶつかりあって結びつき、大きな輪郭を形成していく。


 最初に頭ができた。一本のナイフのような角を持つ頭だ。次に首ができた。優美な鬣を持つ長い首筋だ。胴が出来た。手足が出来た。艷やかな真珠色をした鱗に覆われて、爪は鋭い。そして尾ができた。ハンマーのような瘤のある尾だ。


 地下空間の半分を埋めるほどの巨体。

 軟弱な者は隊列を乱し、胆力のある者は震えながらも剣を向ける。イレネオは唖然としながらそれを見上げ、アベラルドの手からは剣が滑り落ちた。


 レイチェルが背後に竜を従え、アベラルドたちを見た。


「これが私の守護者、喝采の竜(アプローズ)よ」

「これが竜だって……!? いや、待て。竜を創造したということは……!」


 アベラルドが信じられないというようにレイチェルを見つめる。


 レイチェルはゆっくりと歩き出した。


「私ね、喝采の魔女アマンダの力を継承しているの。辰星の予言書(エトワール)が教えてくれたわ。生物は本来、精神的な力である魂と肉体的な力である魄で成り立つけれど、アマンダの剣に必要なのは魂でも魔女の心臓でもない。魄という、魔女としての力なの」


 エルダーはアマンダの心臓で剣を作った。それは魄という魔女としての力を格納するために、アマンダの心臓が必要だっただけ。魔法が使えないエルダーが、その剣を用いて魔女の心臓を貫けば、魔女の力を奪えるように。その奪った力で竜を屠れるように。


「だからガンドルフはアマンダの魂を持っていても、魔女としての力は持っていない……!」


 レイチェルの言葉にアベラルドの顔色が変わった。

 イレネオもその意味に気がつく。


「そんな……! もしそれが罷り通ってしまったら、ガンドルフ団長は無駄死にではありませんか……!」


 副騎士団長の指摘に、騎士たちの批難の視線が王太子に集まった。アベラルドは無言のまま俯く。


 レイチェルは歩みを止めないまま、視線だけをアベラルドに向けた。


「エルダーはいつも選択を間違える。でも、それでもいい。だってエルダーだもの。心だけは、誰よりも優しくて、真っ直ぐで、正しい。狂おしいほどに正しい」


 そんなエルダーの性に、アマンダは気づいていたのかもしれない。エルダーが人類のために、レイチェルをいつか殺してしまうと。選択を間違えてアマンダとの約束を破ってしまうだろうと。


 レイチェルは泣きそうな顔で笑う。


「だから私に永劫を与えたのね。私は絶対に死ねないの。魔女アマンダの最後の魔法で、私はそういう風に進化したの」

「何を言って……!」

「エルダーは選択を間違えた。ただそれだけが事実。……約束を守れば良かったの」


 真っ白な竜が咆哮する。レイチェルの哀しみを労るような優しい咆哮に、騎士たちは立ち竦む。


 レイチェルはそんな彼らを見渡して。


「人類を救いたいのなら、竜を討ちたいがために、魔女を滅ぼしちゃいけなかったのよ」

「そんなこと、信じられるはずもない! 我らが始祖が間違っていると認めるわけにはっ」


 アベラルドが地面に落とした英雄王の剣を拾い上げ、レイチェルへと斬りかかる。まっすぐに突進してきたアベラルドをレイチェルは静かに見据えた。


 アベラルドが隙を得たと嗤う。

 でもその剣が届くことはなくて。


 アベラルドの身体が白い竜の尾で殴られ、吹っ飛ばされた。壁へと叩きつけられ、アベラルドは白目を剥いて気絶する。


 レイチェルは興味が失せたかのように顔を逸らした。また歩き出し、心臓を突かれてもなお倒れ伏すことのなかったガンドルフの眼の前へとたどり着く。


 それに気がついたイレネオが我に返り、レイチェルへと槍を投擲する構えを取った。


「団長に何をするつもりです!?」

「邪魔をしないで。今なら間に合うから。私はこの人を死なせたくない。二度も殺したくない」


 レイチェルは顔を上げる。

 イレネオをじっと見つめれば、彼は大きく目を見開いて。


「……団長は、助かるのですか?」

「やってみないと分からないけれど。でも、アマンダが私にやったことと同じことをするだけ。大丈夫。きっと上手くいく。上手くいくように、世界は回ってる」


 そう言いながら、指揮をするように両手をゆるりと持ち上げた。その手はいつの間にか鋭い爪も黒真珠色の鱗も消えていて、人間らしい柔らかな肌になっている。


 レイチェルはもう一度歌う。

 それはかつて、母と慕った人が一番最初にレイチェルに与えてくれたもの。


「動け、動け、私の子よ」


 せっかく生み出された竜の輪郭が崩壊を始めた。崩壊して光の粒子となると、レイチェルの周囲で竜巻のように巻き上がる。


「祝え、祝え、芽を吹く大地」


 光の粒子が圧縮されていく。小さく小さく、種のように小さくなって、レイチェルの指先へと落ちてくる。


「紡げ、紡げ、生命の縒り糸」


 レイチェルは光の種を、ガンドルフの頭上へと落とした。


 光の種はガンドルフに吸い込まれると、血を噴き出していた心臓から根を生やし、背中に大輪の花を咲かせて。


 レイチェルが虹色の瞳を輝かせて、歓喜の声を上げる。


「魔女に喝采を、咎人に願いを、望まれぬ貴方に永劫を。さぁガンドルフ、目覚めなさい! あなたが世界最後の竜種エンドロール・ドラグーンよ!」


 大輪の花が散ると同時、ガンドルフの背には大きな飛膜を持つ翼が生える。額には真っ直ぐな角が、手足には真珠色をした鱗がびっしりと生え、腰から拳のようなハンマーを備えた太く長い尾が揺れた。


 ガンドルフの瞼が震える。

 数度瞬きを繰り返して、ガンドルフはゆっくりと顔を上げる。


 その瞳の色は、レイチェルと同じ、虹色で。


「……俺、は」


 呆然とした表情のガンドルフ。

 レイチェルはそんな彼の頬を撫でるように手を添わせて、微笑みかけた。


「おはよう、私の愛おしい片割れ。世界が終わるその時まで、共に永劫を歩みましょう」


 これが、進化の魔女ダーヴィンが刻み、喝采の魔女アマンダがレイチェルに授けた辰星の予言書(エトワール)の力。


 命を吹き込み、生を進化させる、奇跡の御業だ。






 ガンドルフの進化が終わる。

 竜の姿となったガンドルフがおもむろに拳を開閉させていると、少し離れた場所から声がかかる。


「団長……ですか?」


 声の主に視線を向ければ、イレネオがいた。

 ガンドルフは視線をあげて、困惑したように部下を見る。


「あ、ああ……この姿は、いったい……」

「私が蘇らせたのよ、ガンドルフ!」


 レイチェルが嬉しそうにガンドルフに抱きついた。

 ガンドルフはレイチェルを受け止め、その言葉に目を瞠る。事実がまだ、受け入れられないらしい。


「団長が竜、に……」


 事実を受け入れられないのはガンドルフだけじゃない。地下空間にいる騎士たちも皆、目の当たりにしたものを信じきれずにいる。


 そんな彼らを笑うのは。


「人間って滑稽。人間って憐れ。あなたたちも望んだでしょう? あなたたちも願ったでしょう? ガンドルフに生きて欲しいって。それなのにどうして戸惑うの? どうして嫌悪を示すの?」


 レイチェルは翼をはやして滞空し、両腕をめいっぱい広げた。


 騎士たちに動揺が走る。

 ガンドルフの身体を覆うものは、間違いなく世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンと同じものだ。手足の鱗も、爪も、尾も。翼を生やす世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンと同じ。


 レイチェルはそんな騎士たちの表情を眺めながら、少しだけ悲しい気持ちになる。


 進化を否定しないでほしかった。

 進化は可能性だ。

 誰にでも、ナニモノにもある可能性だ。


 だけど人間が恐怖するのも分かる。

 だって人間は、急激な進化に順応できないから。


 できないからこそ、千年前、エルダーは竜を滅ぼしたし、それよりずっと前に魔女は迫害された。


 レイチェルは宙に浮いたまま、ガンドルフの肩へと手を置いた。進化により、角張り尖った彼の耳へと唇を寄せる。


「ねぇ、ガンドルフ。願いを叶えてあげる」


 ガンドルフが頭をもたげる。


「願い……?」

「私はあなたの主人で、下僕で、母で、子で、番いなの。新しく生まれたあなたに祝福をこめて、願いを一つだけ、叶えてあげる」


 レイチェルの囁きに、ガンドルフは額を押さえて呻く。


「願いって言われても……待ってくれ、現状が掴めない」

「あなたは竜に生まれ変わった。怨嗟の竜であり、怨嗟の魔女だった私の竜に。あなたは喝采の魔女の魂を持ち、喝采の竜としての肉体を手に入れたのよ」


 レイチェルが歌うように教えてあげるけれど、ガンドルフは聞き分けのない子供のように首を振る。


 レイチェルは優しく微笑む。

 その姿が、とても愛おしい。


「分からなくてもいいわ。これから少しずつ実感していけばいい。今はただ、あなたの望みを言って。私はあなたの望みに従うことができるし、願いを叶えられる存在になったから」


 ガンドルフは黙る。視線が彷徨う。

 視線の先には固唾を飲む騎士たちがいる。そしてその視界の端には、気絶したままのアベラルド。


 ガンドルフの視線をたどったレイチェルは、彼の頬へ艶めかしく指を這わせる。 


「愚かな人間たちをどうしたい? あなたを殺そうとしたから滅ぼしてほしい? あなたが愛しているから救ってほしい?」


 ガンドルフの耳がぴくりと動く。

 人ではなくなったガンドルフの耳。


 レイチェルがつんっとつつけば、ガンドルフははじかれたようにレイチェルを見上げてきて。


「……救えるのか?」

「あなたが望むなら!」


 レイチェルが破顔すれば、ガンドルフの瞳に強い意志が戻ってくる。


 ガンドルフは真っ直ぐにレイチェルを見据える。

 レイチェルは朗らかに笑う。


大暴走(スタンピード)を終息させることもできるのか」

「私一人じゃ無理だけど、あなたがいるなら、きっとできるわ!」


 ずっと否定ばかりだったレイチェルから、初めて引き出された肯定。騎士たちから期待の眼差しがガンドルフに向けられる。


 ガンドルフはその期待を一身に受けて、願う。


「なら、大暴走(スタンピード)を止めて欲しい」


 レイチェルは笑う。笑顔でガンドルフに腕を伸ばす。


 でもその手がガンドルフを抱きしめるよりも早く、ただ一人だけ、ガンドルフの願いにケチをつけた。


「団長! 世界最古の竜種エンシェント・ドラグーンに騙されてはいけません! 彼女に大暴走(スタンピード)を止められる力はありません!」


 イレネオの油断ない主張に、ガンドルフは耳を傾ける。


「そうなのか、レイチェル」 

「言ったでしょう? 私一人じゃ無理だけど、あなたがいるならできるって」


 レイチェルは仕方のない子を見るようにイレネオを見た。


 信用がないのは仕方ない。

 人間は疑う生き物だ。特にレイチェルを敵視してる人間は、そう簡単に信用してこない。


 でもそれが正しい。

 その疑り深さを、ガンドルフの心臓に剣が突き立てられる前に発揮して欲しかったけれど。でも、そんなことを言っても今更で。


 レイチェルは翼をたたむと、つま先でくるりと回りながら着地する。イレネオたち人間と同じ目線に立ったレイチェルは、これからするべきことをガンドルフに教えてあげる。


「私が辰星の予言書(エトワール)で、魔獣たちに注がれた生命の力を回収してあげる。同時にあなたは大地の血管をたどって、生命の力が枯渇しているところを見つけ出して。たぶん近いはずよ。そこに私があなたを通して生命の力を大地に注ぐ。そうすれば大暴走(スタンピード)は終わる。魔獣たちは生命の力を大地に還すため、命の終わる場所を探しているだけだから」


 矛盾はしない。

 以前、レイチェルが話した大暴走(スタンピード)の原理に基づいている。


 やることも単純だ。水位が低下している川に、氾濫しそうになっている川から水を引いてくるようなものだ。


 ただその手段が、人智を超えるというだけの話で。


「そうか」

「団長!」


 頷いたガンドルフを、イレネオが引き止めるように呼ぶ。ガンドルフは鷹揚に笑ってみせた。


「大丈夫だ。レイチェルは嘘をつかない。嘘を一番嫌うのは彼女だ。そうだろう?」


 レイチェルはとびきりの笑顔を返す。

 花が咲く。太陽が照る。鳥が囀る。

 そんな笑顔を浮かべながら、レイチェルはガンドルフを誘う。


「さぁ、行きましょう! 望んで、願って、祈って! 世界を呪え、世界を祝せ、世界を紡ぐ辰星の予言書(エトワール)!」


 レイチェルの言葉が地下空洞に響き渡った瞬間、視界を真白に染めるほどの力の奔流が地中から噴き上がった。


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