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ロストウィングス  作者: 星人 孝明
2章「戦場の双子」
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第八話【なんのこれしき】

 その日の夜。

 爆撃とその間隙を縫った強襲作戦によって多数の戦死者と、多大な被害を被った連邦軍の前線基地は、静まり返って喪に服していた。

 パンサーは彼らに協力する事に決めはしたものの、それまでに出た犠牲は計り知れない。

もっと早くに決断をしてくれれば。言葉には出さないものの、そう考えている者が多いのは誰の目にも明らかだった。

パンサーは死者を弔う場に顔を出しはしたものの、その後の食事もそこそこにコックピットへ戻り、ハッチを閉じて一人、カロリーバーを口にしていた。

「……」

 穴のあいた格納庫から、索敵も兼ねて月を眺めつつカロリーバーをかじるパンサー。

 彼にはまだ、コックピットが最も居心地がよかった。

 用意してもらった部屋も、食事も、感謝の言葉も。いまひとつ響かない。

「──あの頃の俺は、もっと強かったと、思うんだがな」

 誰にでもなく、そう漏らす。

 一年ほど毎日眺めている月。あの日ライラと眺めた月ほど綺麗ではないが、今宵の月もその美しく優しい光でパンサーを淡く照らしていた。

 パンサーは自身の弱さ、というよりは、無機質さが薄れていくことを感じていた。

 それは人間性を得ているともいえるが、裏を返せば冷徹な機械の側面を失っているとも言えそうだ。キマイラとしての自分であればどちらか一方を選び、その後に選択を変える事は無かった。

 ──カン、カン、カン。

 軽い何かが金属製の床を踏み鳴らす音がした。その音は規則正しく断続的に鳴らされ、やがて音を発している者はパンサーの機体コックピットへ続く整備ドックを通ってやってくると、礼儀正しく三度のノックをする。

「なんだ?」

「グリフィンです。いま、良いですか?」

 声の主はグリフィン。外から流れ込んでくる彼女の声はどこか震えているが、身体が震えているわけではなさそうだ。

「ああ、構わない。いまハッチを──」

 パンサーがハッチを開くと、そこにはグリフィンが立っていた……のだが、なぜか彼女は蒼い生地の、しかもレースのあるネグリジェを着ていた。

 外からの風が入ってくる格納庫でするべき恰好ではない。

 彼女は照れからくる頬の赤みにも関わらず身体を微かに震わせており、寒さに耐えながら月を背にしてコックピット内のパンサーを見ている。

「……あ、あの。入っても良いですか?」

「! ああ。構わないが……その服装は?」

 意を決したように尋ねるグリフィンに驚きを隠せず咄嗟にコックピットへ招き入れるパンサー。

 あまり目を向けるべきではないかと考え、視線をそらしつつも服装の意味を尋ねてしまう。グリフィンは小さく息を呑むと、沈黙しながらパンサーが座っているシートに膝をつき真剣な表情で近寄って来る。

「パンサーさん。……まず、今日一日の私の態度をお詫びさせてください。本当にすみませんでした」

 顔を相手へ向け、頷けば額が当たってしまいそうなほどの距離まで近付いてグリフィンは告げる。

 それを謝りたくて来たのだろうか。パンサーは結論付けそうになって、自身の思考に待ったをかける。謝罪するだけであれば翌朝でも良いし、何よりも今のような服装をする必要なんて無いだろう。……見当はつく。

 彼女からすればついさっきまで、パンサーは単なる外部の人間だったのだ。友人でも仲間でも、まして敵でも無い。そんな半端な人間相手に彼女が何を思ったかは分からないが、よく思っていたわけではないだろう。

 幼い彼女がその感情を表に出してしまうのを、誰が咎められようか。

「そう、ですか」

 拍子抜けしたように力を抜いてつぶやくグリフィン。

 近い位置で彼女を見て改めて、パンサーは思う。

 こんなに小さな方で、手で、身体で、いったいどれほどを背負っているのか。と。

「……そんな恰好で頼みに来る必要は無い。俺はすでに、この前線へ力を貸すとこに決めたのだから」

 パンサーの言葉を聞き、目を見開いて固まるグリフィン。

 彼女がパンサーのもとを訪れた理由は、今日一日の無礼を詫びるため。基地を助けてくれたことに礼を言うため。そしてグリフィンにとって特別な少女の命を救ってくれたことに礼を言うため。そして……パンサーへ、最後までとは言わないから、戦況が好転するまで戦線に加わって欲しいと頼むためだった。

 最後の目的のため、自身の身体をも差し出すつもりだったが……露骨すぎたのか、パンサーはその提案をされる前に先んじて断った。

「……君たち孤児が自分の居場所を大切に想う気持ちは、俺にも分かるからな」

 パンサーぎこちなく、不慣れさを感じさせる笑みを浮かべる。

「だから泣くな。それは勝ったときまでとっておくんだ」

 そして、無意識に涙を流していたグリフィンへ手を差し伸べると指で目から零れる涙をぬぐった。

「はいっ……! ありがとう、ございますっ‼」

「ああ」


「なによ、フィンのやつ……。私と同じことしてるじゃない」

 コックピットの外で、ロングコートを羽織ってネグリジェを隠した赤髪の少女が呟く。

彼女はその勝気なつり目の端から涙をこぼし、すんすんと鼻を鳴らしていた。

直後、見張りの交代のためにコックピットを出たグリフィンとパンサーが赤髪の少女、ヒポグリフを見てひと悶着あったのは別のはなし。


「パンサー。あらためてご協力に感謝する。ありがとう」

「かまわない。俺がそうしたいと思っただけだ」

明け方よりも少し前。

パンサーは大部屋に集まった連邦国軍の指揮担当たちの会議に混ざっていた。

 両隣には青髪の少女グリフィンと赤髪の少女ヒポグリフが座っており、どちらも覚悟を決めた面持ちで、しかし余計な事は言わずに佇んでいた。

「さて。……諸君らの知っての通り、我々は非常に厳しい状況に置かれている。基地の防衛や長期の足止めにしびれを切らした帝国軍が、多少の犠牲を厭わずここを落としにかかっている。……そして、襲撃を退けてから今の今まで、向こうに主だった動きはない」

 トルフォは疲弊の色が強くにじむ表情ながらも、現状を簡潔にまとめて話す。

被害状況をまとめたリストと、観測できた範囲の帝国軍の現状を記した図。配布された資料から、帝国軍の狙いはおよそ目星がつく。

「こちらが一か八かで動くのを待っているな。衝突するだろう辺りに罠を張っていると考えるべきだ」

 トルフォ、指揮担当連中は頷く。

「『関係無ェ。突っ切ってやる』……とは、もう言えないな。敵方のエースと一対一で勝ち目が薄いじゃあ」

「私の機体と戦法は防衛には向いていますが、攻め込むための突破力に欠きます。それにヒッポの言う通り、敵にはあの三人組も居ますし」

 ヒポグリフ、グリフィンも揃って深刻に呟く。

 とくにヒポグリフの方は直前の敗北のイメージが脳裏にこびりついているようで、顔を青くして歯をガチガチと鳴らしている。

「一つ確認……いや、無茶な注文をしても良いだろうか」

「なんでしょう」

 パンサーは手をあげ、その場の面々を見渡す。この基地に入って以降ずっと考えていた内容を提案する。


「──機体の強度的には問題ありませんが、しかし正気ですか? 人間が耐えられるものではありませんよ」

「C.Cのパイロットは急激な負荷上昇には慣れている。……とくに俺はな」

 タブレットでシミュレーションを済ませ、数値を目にしたトルフォは信じられないものを見る目をパンサーへ向けて言う。

「死ぬ気、ではないですよね」

「当然だ」

 トルフォとパンサーはしばし沈黙の中で見合っていたが、やがてトルフォは大きなため息と共にタブレットを脇に抱えて頭を下げる。

「よろしく、お願いします」

「最善をつくすさ」

 話がまとまると、基地の中で手の空いた人員は休む間も無くあわただしい様子で駆け出す。

 そして、大部屋に残ったのは数名。

「作戦開始まで少し間がある。仮眠でも……」

「ふざっけんな! パンサー、お前ぜったい正気じゃねえよ!」

「そ、そうです。いくら何でも無茶すぎますよ!」

 ちいさく息をついたパンサーの背後から二人の少女が猛抗議する声が聞こえたかと思うと、ヒポグリフが正面へ回り込み背後をグリフィンが塞いだ。

「そうは言うが、敵方の仕掛けを全て飛び越えるにはアレが手っ取り早い。無線誘導も要らないうえ、奇襲にもなる」

「そういう事言ってるんじゃ──」

「それにヒポグリフ。きみもまた、前線へ出るんだろう? グリフィンもだ。何日休んでいない?」

「それはっ……そういう事ではなくて!」

 二人の少女は、そろって泣きそうな表情で言う。

パンサーはまだ出会って二四時間経ったかどうか程度の人間を心から案じる、その二人の優しさに思わず頬を緩ませながら、二人の頭へ手を置く。

「敵の指揮官は当然基地に居るハズだ。そこを叩けばひとまず軍は退くだろう。その後、共和国へ救援を求めれば良い。帝国軍を一度押し返しているんだ。きっと応じてくれる」

 そう言って二人の頭を少しだけ撫でると、パンサーは自身に与えられた部屋へ戻る。

 自機にはこれから大掛かりな手が加えられる。その間は仮眠をとって、作戦の遂行に備えよう。そう考えてベッドへ。

 この間にも、あの二人やトルフォ、少年たちは動いている。

 あのエース三人もとうぜん前線へ出るだろうし、そうなればグリフィンやヒポグリフが死んでしまうかもしれない。

 むしろ、逆に攻め込まれるかもしれない。

「……」

 思考が眠気を妨げる。あの頃なら、戦場であろうと作戦開始間際であろうと、寝ようと思えば数分以内に眠る事ができていたのに。


「この四機は引き受けた。向こうの味方を援護してくれ」

『りょ、了解!』

 気付けば、パンサーは量産機のコックピットで小隊を率いていた。

 前線でカチ合った敵軍は予想通り大軍で、三人組のエースたちも戦場へ現れていた。

 現在はヒポグリフとグリフィン、そして小隊でエースと交戦しており、パンサーはその他のC.Cと戦闘をしている。

 戦場の起伏やC.Cの残骸を障害物にし、砂塵を巻き上げ搭載したミサイルで爆炎を発生させて接近しつつブレードで叩き切る。

 量産機らしい素直な操作性のお陰で、はじめて扱う機体ながら限界性能を引き出すことができていた。

 それでも勢いの弱まった前線は膠着。ジワジワと後退し、すっかり陽が直上に上ってしまった。

『パンサー、例の装備が準備できた、戻ってくれ!』

「! 了解した。……アッツ、ここは任せる」

 補給を済ませて前線へもどった少年は、慣れないC.Cの操作で声をかける。整備・救護担当だった彼すら前線へ立たせている事実に気をもみながら返事をし、急激に後退。

 しかし、背を見せたことでエース部隊はパンサーの機体へ接近しようとする。

『さっきから厄介な奴め、ここで──⁉』

 その間に割り込んだ真紅の機体。カスタム機の進行方向に射線を置き、足を止めさせ、そこに生じた隙へ狙撃をねじ込む事で三機を後退させる、青いスナイパー。

『さっさと終わらせなさいよ!』

『頼みます、パンサーさん!』

「助かった。……ああ!」

 二人からの声へ強く答え、パンサーは格納庫へ飛び込むとドックへつけることもせず床へしゃがませコックピットから飛び出る。

「弾薬の補給だけでまた出れる、機体借りたぞ!」

「は、はい!」

 そして、グリフィンに案内してもらったミサイルの保管庫へ急ぐ。


 パンサーの機体は、斜め四五度で空を向いているミサイルの先頭……弾頭の代わりに取り付けられていた。

 ここから発射されたミサイルをマニュアルで操作し、超高速で敵軍の基地に突っ込む算段だ。

「待っていました、パンサーさん。機体へどうぞ」

「無茶だったろうが、間に合わせてくれてありがとう」

「なんのこれしき、ですよ」

 目の下の隈を更に色濃くしてやつれた様子のトルフォは、自身の頬を強く叩いて目を覚まさせると合図を送って乗り込み口へ向かう装置へパンサーを乗せる。

「こちらこそ、頼ってしまって申し訳ありません。……どうか頼みます」

 パンサーは無言でうなずくと、耐G服を着用して自身の機体のコックピットへ座る。

『発射シーケンス開始! 各員発射口から離れろ!』

 パンサーがコックピット内から最終チェックを済ませ、必要なスイッチの電源を入れていく。コックピット内でできる全ての準備を完了させてトルフォへ信号を送ると、トルフォは声を張り上げる。


「……アフティ。お前はあのとき、こんな気持ちだったのか?」

 カウントダウンが開始され、発射が近付くなか。パンサーは過去の自身を振り返りながら、行く手を阻み続けてきた男のことを思い出す。

「ふ──。お前の覚悟に比べるのは、あまりにおこがましいな」

『5,4,3,2,1……点火!』

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