第十四話【嘆願と食欲】
「ん。メッセージか……」
「何です? 仕事の依頼とか?」
依頼をこなし、街の屋台でワーム肉のケバブを口にしていたパンサーへメッセージが届く。テーブルの向かいに座っていたヌエが興味をもって隣へ歩いてくる。
「待て、ウィルスかもしれん。データのスキャンを待ってから確認する」
その送り主が知らないアドレスなのを見て、パンサーは端末をテーブルへ置いてコーヒーを一口すする。
「でも、急ぎの要件かも」
「お前が機体をいじるために貯金していて、もう少しで目標額に届くのは知っている。……コレがウィルスでお前に送られていたとしたらいまごろ、口座番号もろもろを抜かれていただろうな」
仕事だとしたら早く請けましょう。そういわんばかりのヌエをたしなめつつ、端末のスキャン結果を待つパンサー。
「……長いな。高度に暗号化されて──」
『あーもーまどろっこしいですね! 無駄に高性能なセキュリティ組んじゃってからに。さっさと確認してくれれば良いものを!』
「──いた、か?」
結果が出るのが遅いと端末を手にした瞬間。端末からはスキャン結果の通知やいつものロック画面ではなく網膜と声紋の認証の完了通知。
思わず呆気にとられるパンサーとヌエだが、手の中で叫ぶ謎の存在を見る。
『大変無礼なご挨拶と相成りましたことを、慎んでお詫びします。あなたは、キマイラさまでお間違いありませんか?』
ディスプレイが何かを映し出す。それはアルビノを思わせる肌と髪、赤い瞳が目を引く美女の姿だった。
「おれは──」
「違う。パンサーさんだ。キマイラを捜しているならお引き取り願おうか」
パンサーが何かを言うよりも早く、ヌエは刀をぬいてその先端を端末へ向けていた。
彼はウツロ組と離れてからというもの、急速に情緒を発達させていた。
それはわずか数週間で、好物と苦手なものなどを芽生えさせるほどの速度だ。
が、その代償なのか何なのか、パンサーに心酔するようになっていた。
依頼者がパンサーに『キマイラ』と言おうものなら現在のようになるので、交渉の場には連れていけないのが悩みだ。
「……まあ、そういうことだ。人違いだな」
一度肩をすくめて見せると、そのまま自身の端末に弾丸を撃ち込むことで謎の美女と別れようとする。
『私はフェイ。あなたを執拗に追っていたマンティコア……いえ。アフティをサポートするAIです』
「アフティの?」
「アイツの?」
だがその動きは、AIの名乗りで止まった。
「パンサーさん、アイツのことだからきっと『気が変わった』とか言ってまた戦うつもりですよ!」
「ヌエはアフティのことが嫌いなんだな。よくわかった。俺の分のケバブ食べて良いから落ち着け」
キャンキャンと吠えるヌエに自身の皿を差し出すと、ヌエは不承不承といった様子ながらも咀嚼して口を閉ざす。
「……さてフェイといったな。なぜアフティが俺に接触してくる。何が狙いかは言わなくていい。要件を言え」
『──単刀直入に言います。彼を助けてください』
フェイは画面の中で、意を決したといわんばかりにパンサーを正面から見据えて答える。その様子からは本当に困っていると、独力ではどうにもならないという弱りがひしひしと伝わってくる。
「! ……?」
ヌエはフェイの言葉に目を見開き、ケバブをもぐもぐと食べ進めながらパンサーを見る。
「アフティが俺に助けを求めるとは思えない。AIも独断で動くことがあるんだな。……悪いが、断る」
『なぜでしょうか。報酬なら──』
「額の問題じゃない。理由は……そうだな、主には三つだ」
険しい顔つきになって、訳を尋ねるフェイ。パンサーは彼女を見据えながら右手の人さし指、中指、薬指を立てる。
「一つ。アフティが俺に助けられたいと思わないだろうこと。……むしろ奴なら『パンサーに助けられるくらいなら、死を選んでやる』とでも言いそうだ」
『たしかに……』
「ふぁひはひ」
パンサーの発言に、ヌエとフェイすらうなずいている。説得しなければいけない立場としてどうなんだとは思うが、パンサーはそれを胸の内にしまい込む。
「二つ。唐突に俺の端末をハックしてきた存在の言葉を信じるには、俺を説得する材料が無さすぎる。俺がお前をアフティの仲間だと認めるだけの証拠でも見せるべきだ」
『……』
黙りこんでしまうフェイ。彼女はAIのくせに焦っているようでうつむいている。
それを見て、いつになくマジなパンサーにややたじろいでいるヌエ。
お前はケバブ食うか刀抜くかたじろぐかで落ち着けと思いつつも、数秒。フェイから返事がないため、パンサーは続ける。
「三つ。俺は近々、別件で動くために依頼を調整・吟味している。これは譲れない」
『なるほど。……以上、ですか?』
「⁉」
ごくり。ケバブを飲み込む音がして、ヌエがジュースに手を伸ばした。
「ああ。その口ぶりからして、説得するだけの材料がありそうだが」
『ありませんでしたよ』
「無いんだ……」
「ヌエ。すこし静かに。『でした』か」
横から相槌を入れるヌエをたしなめると、パンサーはフェイの言葉が過去形であることに突っ込みを入れる。
『ええ。ですがたった今、用意できました』
「聞かせてもらおうか」
そこまで話すと、フェイは顔を上げる。
あくまでも真剣な表情を崩さないフェイへ、パンサーはやや身を乗り出した。
『まずは二つ目から。パンサーさんが仰ることはごもっともです。なので──これをご覧ください』
そういうと、フェイは液晶にとあるC.Cの図面を映し出した。
「! パンサーさん、この機体……」
『見覚えがおありなのでは、ありませんか?』
「ああ。……アフティのものだ」
映し出された機体はまさに、最近アフティと出会った際に彼が乗っていたC.Cだった。
「お、お前がアフティを殺したって可能性だって!」
「よせ、ヌエ。……やつが誰かに負けるところは、俺が一番想像できない」
「信じるって言うんですか!」
「そうはまだ言わないが、話は聞くことにした」
思わず立ち上がったヌエを制止したパンサーは、フェイの方へ向き直る。
「それで?」
『はい。三つ目。あなたが別件で動こうとしている共和国と帝国の戦争ですが、私からの依頼とも、少なからず──いえ、多大な関係があります』
「──なるほどな」
フェイとパンサーの会話を聞き、ヌエはハッとして手を打った。
「そうか、共和国って、バーデンベルギア王女の!」
共和国。数年前、依頼を請けたパンサーが滅びゆく王国から王女ライラ送り届けた先である。当時は帝国と戦争をしてはいなかったが、つい最近になって、共和国の鉱山からは『オメガメタル』が採掘されるようになったのだ。
「帝国はオメガメタルを欲しているからな。……では、アフティは帝国と単身で戦っているとでもいうのか?」
たしかに、アフティはパンサーとともに帝国の一個中隊を打倒した。
しかしあれは帝国がアフティを裏切ったからで、彼の方から帝国を攻撃する理由はそれでなくなったはずだ。
『いいえ。彼は帝国の裏側……オメガメタルを真に欲しているものと戦っています』
「真に欲しているもの、だと? 自国の強化にオメガメタルを使う以上に欲しがる者……?」
パンサーの疑問に対して首を横に振ったフェイは、行き詰ったパンサーとヌエへ答えを口にする。
『それは、帝国が──いえ。帝国のみならず、数多くの国家が、企業が、個人が所有している武力の多くを占める一大企業』
「まさか……」
『それ以上を口にするのはやめておくのが賢明かと。しかし、お二方の想像通りかと存じます』
ヌエとパンサーは周囲を見渡す。
四方五神は巨大企業だが、それだけではない。
巨大な企業は敵が多く、どこで、どんな手段で陥れ。
そのため、支社の有無や該当地区の商品シェア率にかかわらず『耳』と『目』を派遣しているのだ。
「……たしかに、帝国の制式採用機はかの企業のものだな。『材質から見直した次世代のC.C』を開発し、それを多方面に展開。さらにその装甲材が採掘される鉱山の多くは自社の持つところ、か」
「それが成功したなら、C.Cの性能を上回られたとしても材料の利益は出続ける……!」
『まさに、その通りです』
二人が思惑を推測していると、横からフェイが肯定する旨の発言を挟む。
『かの企業がいつから計画していた事なのか。……それは、移動しながらお話できればと存じます』
「これは、共和国の基地か」
「パンサーさん……」
フェイが言い終わるや否や、パンサーとヌエの端末には目的地の位置情報が送信された。
座標を確認すると、すぐにフェイを表示して、パンサーは待ったをかける。
「俺が言った言葉を忘れていないか? 『俺に救われるのを望んでいるとは思えない』」
『ええ。ですから……『私が彼を救ってほしい』と望んでいるのです』
「──」
パンサーの問いに真っ向から答えるフェイ。その表情からは強い不安を感じ、それでも前を向いて真剣に誰かを想っているフェイの強さが感じられた。
「わかった。連れて行ってくれ。それと、道中でさらに詳しい説明も頼む」
「……パンサーさんが行くなら、僕も行きます!」
『っ──! 感謝します、パンサー様! ヌエ様!』
フェイはAIにも関わらず、泣き出しそうなほど感情を露わにして二人へ頭を下げた。




