第十三話【人間らしい】
『そうですか。あなたがそう言うのなら、私から言えることはありませんが……』
ディスプレイに映る女性が力なく、しかし不満げに呟く。
アルビノを思わせる肌と髪、赤い瞳が目を引く美女の姿をした彼女は、アフティから『hフェイ』と呼ばれる高度な知能を持ったAIだ。
「人間くせぇ反応だな。情緒に関しちゃ、パンサーよかよっぽど成熟してやがる」
『まるで親が子を見るような言葉ですね。……似たようなものですか』
いくらAIとはいえ、疑似的に感情を持ったような対応で接してくれる彼女の存在はアフティにとっては救いだった。
パンサーとは違いアフティは元来孤独に耐えられる精神をしていなかった。出会った時の彼は特に、そのまま孤独と自身、キマイラへの恨みに身を焼かれて命を絶っていたかもしれない
「……それで。そっちから声をかけてきたんだ。例の件についての調べが進んだんだろ?」
『ええ。これを見てください』
「少し待て」
アフティは声をかけ、機体の操縦をオートへ切り替えて表示に集中できるようにする。
「よし。出してくれ」
その声で、フェイがディスプレイ一杯にマップを開いた。
地図の『王国』、『共和国』、『連邦国』には赤で丸が打たれ、更に余白の部分には『惑星コルドバ』と書かれ、それを赤丸が囲っていた。
『表示されているのは、オメガメタルの産出が確認されている地域です。他の惑星や地域もありますが、ここ最近と主要な地点に絞りました』
やや機械的に、しかしアフティを気遣うような配慮を感じさせる声で告げるフェイ。
「そうか。……それだけか?」
『いえ。これは前提情報です。次を見てください』
フェイがそう言うと、無数に企業のロゴが表示される。それらは大中小様々な規模の企業だが、どれもが兵器や工業品の生産または販売を行っている企業だった。
『これは、各地域でオメガメタルが産出された際、一度以上足を運んでいる企業の一覧です。この中から、創業から少なくとも一〇年以上の歴史を持ち、且つ自社工場を持っている企業に絞り込むと……』
フェイはつらつらと絞り込む条件を口にしながら、表示した企業ロゴを消していく。
一〇年以上前とは、少なくとも惑星コルドバにオメガメタルが発見された当時から存在している企業ということであり、自社工場を持っているということは原材料、この場合はオメガメタルのみを必要としている企業という事だ。
絞り込んだあとで、ロゴが残る企業はまだそれなりにある。
『まだ条件はあります。……『現地へ入港した後に、ドラッグの流行が確認された企業』と絞り込みます』
表示される企業の数は激減し、中小企業が三つと、大企業が一つだけ残される。
『ただし、前述した条件に当てはまるだけの体力を持った企業に限定するなら』
次々に絞り込まれ、表示されているロゴはついに宇宙全体でも有数の大企業『四方五神』のみになる。
四方五神は様々な製品を製造・販売している企業で、中でもC.Cのパーツや武装はかなりのシェア率を誇っている。
「……つまりフェイ。お前は『四方五神』がオメガメタルを手に入れるためにドラッグをばら撒き廃人を量産していると考えているんだな?」
『そうなります』
アフティは機体のコックピットで大きなため息をつき、上を見てしばし目を閉じる。
『……この関係性を調べたところで、私たちだけでは』
「だろうな。……だが理解はしていても、抑えられねぇモンはある」
言い難そうにしながらも、苦言を呈するフェイ。アフティはその言葉を遮り、手元の端末を見て機体の条件と相談しはじめる。
『承服できません。勝ち目はありませんよ』
「勝ち目の無い戦いなら、一〇年前にさんざんしてきたぜ」
フェイは黙り込む。
AIのくせに人間らしいな、とアフティは思わず口角が上がるのを感じた。
「フェイ、近場の街へ入るぞ。装備を整える」
『駄目です、あなたはもう十分やったじゃないですか。このまま──』
「忘れて生きていくなんてできねぇよ。お前と出会ったお陰で、真に恨むべき相手を知れたんだ。充分すぎる。……死なせてくれ」
『アフ──』
アフティは満足気に言うと、反論しようとするフェイをスリープモードへ移行させ、目的地を近場の街へ設定し仮眠をとる事にする。
死に場所を見つけた安堵と、自身を気遣うフェイへの申し訳無さを抱きながら微睡み、そして意識は闇へ落ちて沈む。
「はあッ、はぁッ」
けたたましく鳴り響く警報で意識を保ちながら、緊急脱出装置を作動させる。
金属が歪にかみ合う音がして、コックピットが揺れる。
脱出装置は破損しているようで、コックピットブロックが飛び出してもハッチが開ききらない。
力ずくで退かそうと手で押してみると、ぐらつくが腕の力ではどうにもならない。
「ふッ……っく……!」
体勢を変え、脚で蹴り退かす。
わずかに開いた隙間から這って外へ出ると、そこは人口太陽の制御装置へ取りつけられた、メンテナンス用の装置内だった。
アフティとキマイラの戦闘の流れ弾を受けたのか、装置は至る所に穴が空いており、所々から火が上がっている。さほど時間も無く爆発してしまうだろう。
頭からとめどなく流れる血もそのままに、朦朧とした意識でメンテナンス装置に備えられているはずの脱出艇に向かう。
そのとき、破損した装置外壁から、小破したC.Cが離脱していくのが見える。
そして、その機体を認識したその瞬間から、朦朧としていた意識は急速に明瞭になっていく。
「! あれは……キマイラ、か」
何もできず、最終的には逃げていく宿敵を見上げる事になる自分への怒りと情けなさ、そして今この瞬間、故郷で自分の勝利を信じている家族や仲間への申し訳無さで涙と吐き気がこみ上げそのままそれらをぶちまける。
ヘルメットの中で撒き散らされた吐瀉物と涙で視界が塞がり、思考は自責に塗りつぶされていく。
「ごめん、みんな……ごめんッ! 俺、俺はぁ!」
誰にも聞こえないとは理解しているし、謝罪したところで何にもならない。
分かっていても、いやそれが分からない程に追い詰められたアフティは、そのまま腰に提げていた拳銃を手にして──。
「ぁがっ⁉ う、ぐ」
引き金に指をかけた瞬間、装置のアフティが立っている地点が小さく爆発した。
小さいながらも爆発はアフティを直撃し、その衝撃と熱は彼が装着しているヘルメットの強化ガラスをいとも簡単に突き破った。
アフティは強烈な熱を伴う衝撃波を顔面に浴びてしまい、あまりの熱さに悶えながらヘルメットを外す。
幸い、アフティは居る場所にはまだ空気が残っていたようで呼吸をすることができた。
「ああぁぁぁ……ぐあぅっぐぅ……!」
熱い、熱い、熱い。
もはや痛みを通り越したその痛みに悶え苦しみながらもアフティは気付く。
人口太陽が落ちるという事は、自身の大好きなみんなはこの比にならない苦しみを味わうだろう。
それは誰のせいだ?
守れなかった自分のせいか? それもある。
だが……。
「キマイラ……キマイラ、キマイラッ!」
あいつだ。あいつのせいで。
アフティは拳銃を拾うと、焼きついた傷跡の痛みも、深刻な火傷のことも忘れて脱出艇へ急ぐ。
「ごめんみんな。だけど、アイツにも、同じ痛みを味合わせるから……」
脱出艇には、進路確保用の機銃とサブアーム、溶断用のヒートトーチが搭載されている。
それらを使えば、まだ攻撃ができる。
失血による意識の混濁を、負傷の痛みが繋ぎ止めている。
歯茎から血が出る程に歯を食いしばって歩を進めると、あった。脱出艇が。
脱出艇の起動装置にぐったりともたれかかる作業員らしき死体の宇宙服を剥いで自身で着用し、既に起動している操縦席へ腰かける。
『──人体制御AI、起動しました。データの一部欠如を確認。操縦者を仮のマスターとして登録。……生体情報を登録しました』
「……あ?」
その時、操縦席のパネルにアルビノを思わせる純白の美女が映し出される。
彼女は閉じられた瞼をゆっくりと開き、その赤い瞳はアフティを真っ直ぐに見据える。
『周辺状況のスキャンを開始──終了。操縦者のバイタル、周辺環境共に危難。現状況からの離脱を実行します』
彼女が一方的に捲し立てると、パネルには【操縦権限:なし】と表示された。
「ふざっ……アイツを、キマイラを追うんだ、ここで差し違えるンだよ! 邪魔をするな!」
脱出艇が装置本体から切り離されたかと思うと、そのまま惑星コルドバとの相対高度が上昇していき、やがてその重力圏から離脱。
アフティは叫びながら操縦桿をキマイラの方へ向かうように操作するも反応が無く、むしろキマイラの向かったのとは逆方向へ推進器が炎を噴き始める。
「! いい加減にしろよ! さっさと俺に操縦権を戻すんだ!」
シートベルトを外すと、身体が宙を舞う。そんななか、アフティは片手でシートを掴みもう片手では拳銃をパネルへ向ける。
『操縦者の反論を確認。……なぜです?』
その女性は、無表情でアフティを見る。
その背後、カメラとモニター越しに見える景色では、惑星コルドバの地殻が人口太陽と接触して炎上を始めていた。
「お前と話すつもりなんぞ無ぇ。……あの惑星は、あそこは俺の故郷なんだ! コルドバを滅ぼしたキマイラに、俺は復讐をしなきゃならねェんだよ!」
アフティは、自身の故郷、家族、友人……。自分とかかわりがある一切が焼失していくのを見ながら、パネルで無表情に佇む女性へ叫ぶ。
女性は静かにアフティの主張を聞いて、それから数秒の間、沈黙する。
「だからそこ──」
『──スキャン終了。あなたの気持ちは、およそ認識しました。それなら、私はあなたと共に復讐を成しましょう。しかし現在は離脱を優先します』
──ガキュンッ!
アフティは引き金を引いた。
銃弾を受けたパネルはひび割れたが、映し出される女性は意に介さず続ける。
『まずは、身体を治し休める必要があります』
「必要無ェ。戦える」
『戦えません。戦闘を行ったとして、パフォーマンスを発揮できません』
女性は一歩も引かず、アフティを貫くように見据えながら続ける。
『そして身体以上に、心が限界です』
女性が言い切った瞬間、アフティは眩暈を覚えて顔をおさえる。
「ふざけるな、俺は──」
そして、そのまま視界が黒く染まった。
『搭乗者の気絶を確認』
「ん……着いたか」
瞼越しに陽光を感じて意識が急速に引き戻される。
あの日の光景が焼き付いたままの瞼を持ち上げると、そこは既に設定していた街の片隅だった。
「さて。機体のオーバーホールと、それから武器弾薬、食料品なんかも調達しなくっちゃな」
大きく伸びをし、カロリーバーを取り出しかじりながら街のマップを眺める。
ボトルを手にして渇いた口内を潤すと、水分の摂取で頭が冴えてくる。
「フェイ。格納庫とメカニックの予約をしてくれ。予算は──っと。そうだったな」
いつもと同じ調子で語り掛けるも、気付いて笑う。
「お前とはここまでだ。……この機体は、お前にやるとしよう」
昨日勝手にスリープモードにしたし、怒るかな。なんて考えながら、アフティはフェイを起動する。
『……』
ディスプレイに映し出された彼女はゆっくりと目を開き、心配そうにアフティを見つめる。
「悪かったな、フェイ。これまで世話になった。……詫びと言っちゃなんだが、この機体を貰ってくれ。売り飛ばして乗り換えるも良いし、そこらは任せる。ここからはお前の好きに生きてくれ」
『待って! 私はあなたが生きてほしくて──』
少ない荷物を持ち、身支度を済ませるアフティ。その言葉を聞いたフェイは取り乱して何かを言おうとする。
その言葉を最後まで聞いてしまえば情が湧く。
そう直感し、フェイから視線を逸らしてコックピットから身を乗り出すアフティ。
「じゃあな。俺の事は記録……記憶から削除して良い」
まだ言葉を続けようとするフェイ。彼女に正面から向き合うのを日和り、アフティはハッチを閉じて飛び降りる。
「っと! ……いや、情はとっくに湧いてたか」
着地し、機体を見上げて呟いた。




