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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第二章 空の旅
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〇 第参話『婚約』-2

「まずは、儂からご挨拶を……」

 その静寂を裂くように、年老いた声が室内に木霊した。羅夸(ラコ)を覆う垂れ幕のすぐそばからしたその声の主は、椅子から立ち上がる音と共に、羅夸へと振り向いた。

「姫よ。埜家(ヤけ)に、北域に、この城に、ようこそおいでくださいました。このような謁見で申し訳ございませぬ。儂もそのお姿を拝見したく思いますが、どうやら御帝陛下からの書簡には、両地域の文官たちの同席のもと読み上げよとの但し書きがあるようでしてな」

 しわがれ声の主は、腰を折って礼をしたようだった。それに合わせて、羅夸も再び頭を伏せた。羅夸には相手が誰かはわからなかったが、自分の姿を見たいという発言があるということは、おそらく埜家の中でも相当高位の者なのだろう。

 羅夸は老人の礼節のこもった言葉に、何らかの返事を返さねばならないと、適切な返答を考えた。帝の名代として返答するべきか、第九皇女として礼を述べるべきか。羅夸は言葉を探したが、それよりも、今から何が起こるのかのほうが気になって、適切な言葉が思い浮かばなかった。

 そして、羅夸が何かを言う前に、下座から、女官の丁寧な言葉が聞こえてくる。

「それでは、御帝陛下からお預かりした書簡をお渡しいたします。埜宋(ヤソウ)様。こちらをどうぞ」

 埜宋と言えば、埜群の父親であり、今は一線を退いているとはいえ、北域埜氏の重鎮である。どうやらそれが、自分のそばにいる老人の正体のようだ。

 そんな高位の者に対して返答できなかったことは、皇女として情けないと、羅夸は少し後悔する。だが、それよりも、女官が携えていたらしい帝の書簡の中身のほうが気になって、やはりそれどころではない。

 大勢の文官たち、埜家の序列最高位、そして姫とその側近。ここまでの場をそろえられては、羅夸の嫌な予感もとうとう現実味を帯びてきた。

 だが、いったい帝の書簡には何が書いているのだろう。何かとんでもない内容であろうことは想像がつくが、どれだけ考えても、羅夸にはその内容がてんで思い至らなかった。だが、嫌な予感のわずかな根拠として、帝である父が北域への親書を、使節団の形式上の長である自分ではなく、その女官に渡していることが、なによりも羅夸の心に引っかかった。

「うむ。拝領した。封印は間違いなく帝の物である。開封の跡もない」

 どうやら女官が埜宋に書簡を渡したらしい。老人の声がそこに居並ぶであろう文官たちに向けてその書簡が正当なものであることを宣言する。封蝋が断ち切られる音、そして、埜宋が紙をゆっくりと開く音が、羅夸の耳に入ってくる。

 羅夸を始め、そこにいる者たちはみな、ようやく書簡に書かれている何かを知ることができると、息をのんで埜宋の次の言葉を待った。だが、埜宋は帝の書簡を読み上げることはせず、さっと目を通すと、書簡を畳みなおして立ち上がった。

「これは儂ではなく、姫様にお読みいただきましょうか」

 埜宋はそう言うと、手紙を持った右手だけを、羅夸を囲う薄布のあいだから差し入れた。

「……へ?」

 突然の指名に間抜けな声をあげた羅夸は、しかしすぐに咳ばらいをして気を取り直すと、布のあいだから伸びる皺だらけの手から、帝の親書を両手で受け取った。

「拝領いたします」

 一度、書を置いて、手を付き、ゆっくりと頭を下げる。

 羅夸には覆いの薄布の向こうで、乳母である女官の、こちらの一挙手一投足を心配そうに案じている顔が目に見えるようだった。帝の名代としてやってきた羅夸にとって、この場は一世一代の晴れ舞台のようなものだ。

 羅夸は改めて気を引き締めて、ゆっくりと顔をあげる。ひとつ息を吐いてから、折り畳まれた書簡を開いた。思っていたより短くに見える手紙の文面は、少しだけ羅夸を安心させた。

 だがしかし、内容を知るために先に黙読しているような暇はない。周りの文官たちは、羅夸が文章を読み上げるのを、今か今かと待っているのだ。

 そこに何が書かれていようとも、滞りなく読み上げる。そう心に誓い、羅夸は帝からの親書を、ゆっくりと声に出して読んでいった。


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