〇 第参話『婚約』-1
北域の中心都市たる陽京は、高い城壁と二十四本の櫓に守られた城塞都市である。そして、その領主の居城である塀楊城の纏う雰囲気は、都に築城された四金城の豪華絢爛な威容とは全く違っていて、見た目は質素だが確実な実用性が宿っていた。
「ここは窓が少ないのだな。吾は外の街の様子がもっとみたいのじゃが」
「北域は冬が長く、時には吹雪が何日にもわたり吹き荒れるので、そうなっていると聞いたことがあります」
そんな塀楊城の奥、本宮と呼ばれる最も大きな区域の回廊を、都からはるばるやってきた第九皇女の羅夸姫が、お付きの侍女を数人伴って、足早に歩いていた。
「なるほど、吹雪か。ぜひ一度見てみたいものじゃ。屋根が尖っておるのも、四金城のように屋根上に装飾が乗っておらんのも、そのせいなのじゃろうな。……お、あれはなんじゃ? 四金城にはない形の燭台じゃな」
「羅夸様! ただでさえ、あなたが来るのが遅かったせいで、謁見の時間に遅れているのです。少しはおとなしくしてくださいませ」
あちこちに視線を飛ばしては騒ぎ立てる羅夸姫を、羅夸の乳母であり、お目付け役である最高位の女官が大きな声で注意する。周りの女官たちも、やれやれといった様子で首を振るが、とうの羅夸本人は、むすっとした顔で文句を言った。
「吾は少し燭台の形を面白がっただけであろう。だいたい、予定が急なのが悪いのじゃ」
「急ではありません。北域の長老様との会見は、もとから決まっていたことでございます」
羅夸の発言をバッサリと斬り捨てた女官は、速足で歩きながらも羅夸の背後に回って、彼女の後ろ髪を整える。羅夸は、そんな話は聞いていなかったと小声でぼやくが、しかし、育ての母にも等しい女官の怒気に対してそれほど強く抵抗できるはずもなく、以降は黙って歩を進めた。
やがて、回廊の端にたどり着くと、そこには腰を屈めなければ入れないほどの小さな戸があった。
「……さあ、着きましたよ。羅夸様はあちらの扉から入室を」
羅夸の着物の袖に着いたほこりを払ってから、正面に回って襟元が対称にそろっていることを確認すると、女官はその背の低い戸のほうへと羅夸の背をやさしく押した。
「なんじゃ。一緒にはいてくれぬのか? 吾ひとりで謁見に臨めと? そういえば、吾はお父様からの親書の中身を知らぬぞ。持ってもおらん」
「我々は反対側の扉から入ります。大丈夫ですよ。親書は私が預かっております。では、くれぐれも品のある行動を、お願いいたしますよ」
女官たちがそそくさと去っていく。
なぜ自分だけ奇妙な小さな扉から入らねばならないのか。羅夸は納得できないまま、もとから小さな体をさらに屈めて、その奇妙な戸をくぐった。
「……これは……?」
小さな勝手口のような扉をくぐった先は、見上げた天井の高さをみるに、おそらく大きな部屋なのであろうが、羅夸がいるその場所だけは、やたらと豪華な金と朱色の薄布で囲われ、周りがうかがえないようになっていた。
なぜ自分の姿が周りから見えないようになっているのか。羅夸の頭に浮かんだ疑問は、しかし、すぐに解消される。
羅夸のいる薄布の膜の囲いを遠巻きに見守るように、大勢の人の話し声がする。どうやら都や北域の文官たちのようだ。どうやら彼らから自分の姿が見えないように、羅夸の周囲に薄布が張られているらしい。
「なんじゃ。てっきり、埜家と吾だけで、お父様の書簡をお渡しするだけかと思っておったが……。まるで大きな発表でもあるかのようじゃな……。いや、まさか……」
羅夸は嫌な予感に身をわずかに震わせたが、とりあえず着物の裾を正し、その場に丁寧な動きで座り込んだ。自身の姿こそ周りに見られてはいないが、それでも、背後にある灯篭の明かりを受けて、そこにいる影くらいは、周りを取り囲む薄布に映っているであろう。ならば、羅夸はそれ相応の所作を求められるし、羅夸自身も、それに応える器量は持っている。
「燦国第九皇女、羅夸様。お着きになりました」
ついさきほどまで一緒にいた女官の声が、文官たちの集まっている方向から聞こえてくる。どうやらこの文官たちの集まりは、自分の到着を待っていたらしい。羅夸がひとつお辞儀をすると、文官たちのざわざわとした話し声がやみ、部屋は静寂に包まれた。




