ゲームの中の貴女
秋ちゃんの貸してくれた乙女ゲーム、確か『花咲く場所で世界は変わる』と言ったそのゲームのストーリーは確かこんな感じだ。
人が生まれながらに魔力を持つ世界。
だが、それを魔法として発現できるほどの量を持つのは殆ど貴族だけで、平民に魔法を使える人はめったにいない。
そして、魔法が使える人は、そのコントロールを学ぶために必ず十五歳から十八歳の四年間、学園に通わなくてはいけない。
ヒロインは、平民にも関わらず魔法の才能に目覚め、とある貴族の養子となり、学園に編入することになる。
貴族だらけの学園で苦労しながらも頑張るヒロイン。
そして、あることがきっかけで、王太子やその側近といった学園でも注目される方々と知り合うことになる。
だんだんと交流を深めるうちに、ヒロインに惹かれていく彼ら。
貴女が選ぶのは誰?
多分、パッケージの荒筋まんまであるが、大筋はこんな感じだ。
これだけだったら、秋ちゃん曰く至って普通の乙女ゲームらしい。
でも、ルートの分岐後、国を巻き込んだきな臭い事件に巻き込まれまくる。
他国との戦争の気配、とある貴族のクーデター、封印された魔王と呼ばれた魔術師の復活。
そんな要素が盛りだくさんの展開だ。
基本的にどのルートにいっても、関わる目線が変わるだけで同じことが起きる。
それはもう、剣あり、魔法ありの展開だった。
まあ、その要所要所で大量に挟まれるラブイベントに、私はギブアップ気味だったのだけど。
……正直、事件パートだけが良かった。ラブイベントを軽く読み飛ばしたりしたせいで事件の詳細とかわかんなくなったりしたもん。
事件の解決、且つ、攻略対象者の好感度上げとかないと、途中で死ぬから、事件の進みも途中までしかわからない。
死んだ目をしつつ、攻略対象者の好みなどを考えて、好感度を上げて結末までいった末に、読み飛ばしたイベントのせいで繋がりがよくわからなくなっててね。
とりあえず、王太子ルートが終わった時点で、気力が全部削がれて終了している。
まあ、私が少数派すぎるのは分かっているから、それは置いといて。
クーデターを起こす貴族がいる。
その貴族は、娘を王太子の婚約者にすることで国に入り込み、国を転覆させようとしていた。
その娘の名前は、ソフィア・ローズランド。
王太子ルートのライバルキャラにして、このゲームの悪役令嬢。
「いや、待て待て待て待て待て」
思わず、口に出しながら、首をぶんぶん振る。
ちょっとどう考えてもおかしい。
だって、
「…性格違い過ぎるんだけど」
いつも美しい笑みをたたえた、人形のような完璧なご令嬢。
性格は、なんというか、……女の怖さを集めたような感じだった。
例えば、こんなシーンがあった。
ゲームのソフィア・ローズランドは、最初ヒロインに好意的に接する。
繰り返される嫌がらせにも、いろいろと相談に乗ってくれる。
だが、途中で、嫌がらせの犯人がソフィア・ローズランドかもしれないということが分かり、信じられないヒロインは一人で彼女に聞きにいく。
すると、彼女はこう言うのだ。
『まあ、言ったでしょう。慣れていらっしゃらないようですから、いろいろと教えて差し上げますねと。身の程を知らない、愚か者は潰される。…簡単でしょう? でも、惜しいことをしたわね。こんなに簡単にバレてしまうのなら、早く殺してしまうべきでしたね。…あら、何を泣いてらっしゃるの? おかしい方。貴族社会では、水面下での暗殺なんてよくある話ですのに。…ねぇ、貴女お一人で来られたということは、確かな証拠は殿下達には伝わっていないのでしょう? 私、そのくらいの証拠は潰せるの。ですから、早く消えてくださいね。平民ごときが、目障りなの』
それはもう、ゲームでの登場シーンの中で一番の微笑みと共に繰り出されるその言葉は怖すぎた。
軽く流していた私にさえ、印象に残っているくらいに。
このシーンが登場するのは、王太子ルートの時だが、どのルートが一番簡単かと試してみた他のルートでも大なり小なりこんな感じだったと思う。
つまり、怖くて、腹黒で、性格が悪く、プライドが高い。
それが、ソフィア・ローズランドというキャラだった。
だけど、私が知ってるソフィアはそんなんじゃない。
よく笑って、コロコロと表情が変わって。
平民への差別なんてしてなくって、時々、使用人のことを嬉しそうに誉めていて。
目に見えない私のことを一生懸命に気遣う。
優しくて可愛い女の子だ。
…だけど。
ちらりと下を見ると、ソフィアが穏やかに王太子と談笑していた。
その表情は、まさしくゲームのソフィア・ローズランドそのもので。
うん、ちょっと、混乱してきた。
想像もしてなかったことが起こりすぎである。
ぐるぐると考え込んでいると、二人が席を立った。
…どうやら、お茶会が終わったみたいである。
とりあえず、思考を中断させて、ソフィアを追いかける。
行きはひたすらに馬車を追いかけてきただけなので、ソフィアを見失うと本当に帰れなくなる。
その道中の冷えきった表情に、どうしようもなく胸がざわついた。
ようやく戻った屋敷の庭で、私は茫然としながら宙に浮いていた。
なんかもう、考え込み過ぎて頭が痛い。
これからの行動も、……ソフィアのこともわからないことだらけだ。
私の見たソフィアを信じるって言い切れたらいいんだけど。
…もし、精霊という存在が彼女にとって有利なものだったなら。
ゲームの中のソフィア・ローズランドは絶対に演技をしてでも、私を味方につけようとするだろうから。
大きくため息をついて、空を見上げる。
空の月は、棟の真ん中と飾りの間に差し掛かっていた。
遅くなるって言ってたよね。
昨日の言葉を思い出す。
帰りついた時、ちょっと疲れているように見えたから、ひょっとしたら来ないかもしれない。
そんなふうに考えていると、もう耳に馴染んでしまった声が聞こえた。
「精霊さん!」
下を見ると案の定、ソフィアが立っていた。
さて、どうしようかなぁ。
いや、いつも通りにすればいいんだろうけどね!
ちょっと、混乱する中、とりあえずいつものように花を動かす。
それを見つけて、嬉しそうに笑うソフィアは、やっぱり昼間と全然違った。
「精霊さん、今日は遅れてしまってすみませんでした」
その言葉に花を横に動かすと、ソフィアの顔がくもった。
怪訝に思って、ソフィアを見ると、言いづらそうに口を開く。
「えっと、精霊さん。何かありました?」
……ええっ?
顔も見えない、声も聞こえない、この状況でどうしてそれがバレるのだろう。
固まっていると、ソフィアが慌てたように再び口を開いた。
「い、いえ。その、えっと、なんとなくと言うか。……その、いつもよりも、花が動くの遅いなと」
花の動きなんかで、そこまで分かるのだろうか。
疑問に思いつつも、花を必死に横に動かす。
すると、更に顔がくもった。
え、なんで?!
「精霊さん、ちょっとこっちに来てもらってもいいですか? あ、花は浮かせたままで」
混乱する頭のまま、近づく。
すると、
『術を使いし者よ、その姿を表せ』
あの時と全く同じ言葉と共にふわりと香りと光が広がる。
それを見て、私の細かい場所が分かったらしく近づいてきた。
手を伸ばして、大きく何度も息を吸ったり吐いたりする。
そして、やっぱり歌うように口を開いた。
『貴方の憂いが、傷みが、悲しみが、癒えて消えることを祈りましょう』
その言葉と共に漂った光は、さっきの魔法と同じく私に巻き付く。
だけど、さっきの魔法とは全く違う温かさを残して消えた。
「えっと、回復魔法なんですけど。勉強し始めたばっかりで自信が無くて。精霊さんに効くかなあ。もし、効いたようでしたら、何回でもかけるので教えてくださいね」
不安気に呟くソフィアをじっと見下ろす。
そして、くすりと笑うとソフィアの髪を力でくしゃくしゃとかき混ぜた。
「きゃっ?! ちょっと、あの、精霊さん?」
ソフィアが慌てたように髪を押さえるのを見て、更に笑えてきた。
ねえ、ソフィア。
街を見回ってて少し聞いただけなんだけど、魔法を使うと疲れるのよね?
疲れて帰ってきて、真っ先に私を心配して、疲れるの隠して魔法使って。
演技なんて考えるのも馬鹿らしいくらいに、貴女はいつも通り真っ直ぐで優しい女の子だ。
不意に、最初に泣いてたソフィアを思い出す。
ああ、そうだ。
悩む必要なんてなかったじゃない。
私が来たのはたまたまで、そうじゃなかったら貴女は一人で泣いていた。
ゲームのソフィア・ローズランドなんて関係無い。
私は、私の知ってる貴女を信じよう。