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3rdシーン『ドクターにとって一番辛いのは、患者の無駄話を笑顔で聞いている時間に死んでいく人々の悲しみであるようだ』

なんだ、今時ダイレクトメールなんて、古風な宣伝する阿呆がいるのかよ。

 そう思いながら開くと、



「ウチの広告だった、というわけですね」


 白い診察室の中で異様に浮いている真黒な白衣(と言うより黒衣か)を着て眼鏡をかけた真面目そうな男が、そう言った。


「そう、そういうことなんだよ。

 で、本当なのかい、この、あなたの不幸を治します、ってのはさ」


 俺はそう尋ねる。

 自分でもあんなメールでこんなところにわざわざ出向くなんてどうかしていると思う。

 AIの一つも見当たらない病院だ。

 受付さえ、人間がしていた。


 でも、もし、俺の不幸を治せるというのなら。

 こんなうだつのあがらない生活を変えてくれるっていうのなら。


 少しして、何のことはないという口調で、男は話し出した。


「えぇ、もちろんです。

 さて、診断に入りましょう」

「診断? だってまだ診察もしてないだろう」


「いえ、もう既にあなたの病気はわかりました。

 あなたが不幸なのは、あなたが健康すぎる故他人から思うような注目を得られず、自尊心を満たせず、結果として周囲の人間とほとんど関わりを持たないからです。


 つまり、孤独すぎるのです。


 先ほどのなが~いお話を聞いていても、よほど普段から他人と交流を持たず生活し、うっぷんがたまっているのだろうということがわかりました。


 医者に対して医学の発展を講義する患者、というのも中々珍しいものですよ」


「ちょ、ちょっと待って。

 言いたいことは色々あるが、俺が患者だって?

 悪いけど生まれてこの方一度だって病気はしたことないんだ。

 むしろ病気になれなくて困っているくらいなんだから」


「えぇ、ですからそれもわかってますよ。


 あなたは“健康”という名の病気にかかっているんです。


 ……ええと、病気の定義って何かわかります?」


「それは…、そのままにしておくと死んでしまうとか?」


「少し違いますね。

 病気の定義とは、その疾患によって患者が迷惑をしているかどうかです。

 つまり、生きづらいとか、治したいとか、そう思うかどうかです。


 例えば同じようにガンになって、同じようにドクターに余命一年と宣告されたとしても、働き盛りの若者と、将来に絶望し一年後には自殺をしようと考えていた人とではその意味合いが違います。

 後者にとって、ガンとは憎むべき敵でしょうか? 

 それとも、共に歩むべき運命?」


「そんな、ガンなんて今やほくろみたいなものじゃないか。

 取ろうと思えばすぐにでも取れるし余命一年なんて言われること」


「私の話は例えば、ですよ。

 さて、ガンの講義が始まる前に、あなたの診断を言い渡します。


 あなたは健康すぎる。


 よって、なんらかの疾患を持つべきです」


「疾患を? だから、それができたら苦労してないんだ。

 俺は過保護な親のせいで遺伝子操作されて病気にはかかりにくい体になってるし、風邪すらひいたことがない」


「えぇ、ですから遺伝子を書き換えるなどして、疾患を処方します」


「そんなこと…、できるのか?」


「病気になりにくくできるということは、もちろんその逆もできるわけです。

 ただし、AIドクターではできません。

 彼らはあくまで、疾患や異常を取り除き患者を健康にするのが目的です。

 プログラム上、患者がどんなに望んでも人に疾患を処方するようなことはできない。

 だからここには、AIは一つもありません。

 もちろん、私も人間ですよ。ハハハ」


 最高の冗談を言ってやった、というような顔で楽しげに笑う黒衣のドクター相手に、俺は身を乗り出した。


「そ…、そんなことが本当にできるのかっ?!

 だとしたら、すぐにでもやってくれ! 

 何ができるんだ?

 なんでも、どんな病気にでもなれるのか?」


 ドクターは俺の勢いに少し驚き、眼鏡を直しながら言う。


「え、えぇ。

 ただ、一つだけご注意が。

 疾患の処方は非合法で、そのうえ保険が効きません。

 保険申請したらばれちゃいますしね。

 つまり、使った機械のお金や、スタッフの人件費は100%ご負担いただきます。

 かなり、値が張りますよ。こちらに料金表があります」


 ドクターは黒衣の懐から小さな版型の冊子を取り出し、俺に手渡した。


 ずらずらと、見たこともない珍しい病名が並ぶ。

 横には、俺の人生が十周あっても貯められないような莫大な金額が併記されていた。


 俺は、がっくりとうなだれる。


「なんだ、結局そういうことか。

 ここは、金持ちがもっと金持ちになる場所で、貧乏人はお呼びじゃないってことか」


「えぇ、基本的にはね」


 飄々とした態度で、ドクターは言う。


「ただし、あなたには見所があります。

 それに、不幸に苦しむ人間を、金がないからといって追い出すのは、私のドクターとしての矜持に反します。

 そこで、どうです、最初は軽い疾患から始めてみませんか?


 特におすすめは、精神系の疾患です。

 ほら、聞いたことありませんか、天才と呼ばれる人間は何らかの精神的疾患を抱えているものだ、って。

 うまく使えば出世や金儲け、人気集めに使える疾患も沢山ありますよ。

 それに、精神疾患であれば遺伝子を操作したりする必要はない。


 ご希望の深刻度にもよりますが、まぁ平均して四日も通っていただいて、一種の洗脳装置でちょっぴり脳と精神を矯正してあげれば一丁あがりですよ」


「ほ、本当か!

 いや、本当ですか!

 して、それはいくらぐらい…?」


「まぁ、保険が効かないモグリ医者のサービスとして、お安くしておきますよ。

 百万でどうでしょう?

 この値段だとかなり軽めにはなりますが」


「百万……」


 俺は息をのむ。


 確かに、無理な金額ではない。

 だが、俺にとって、その金額は限りなく無理に近い金額だ。

 貯金を全部はたくのはもちろん、借金も少しくらい、しなきゃならないだろう。


「ま、ゆっくり悩まれても構いませんし、やっぱりやめた、というならそれでも構いません。

 ただ、百万なんて今や、疾患を持てば大した金額じゃあないとは、一個人の意見として思いますがね。

 いやいや、医療者として、不公平な発言でしたね。失礼」


 いや、このドクターの言う通りだ。


 確かに、現時点では借金をするかもしれない。

 でも、病気になって、芸能プロダクションにでも応募すれば、もしかしたらイケるかもしれない。

 精神疾患だけとはいえ、今やそれさえかなり珍しい。


 芸能人になれたら、今の惨めな生活は全部変わる。

 文字通り、不幸じゃなくなる。


 心で決めるのより一瞬早く、口から言葉が溢れ出していた。


「お願いします! 先生!

 どうか俺に、病を、救いをください!」


 そこから四日間、“治療”を受けた俺は、見事に自己愛性人格障害を獲得することができた。

 軽度なものだったが、健康すぎる自分に自信が持てなかった俺の気持ちを、ドクターは完全に見抜いていて、この疾患を処方してくれたのだ。


 四日間が終わったとき、まるで俺は、生まれ変わったような思いがした。

 ドクターはそんな俺に、中身だけじゃなく、見た目にも変わったように見えますねえ、不思議と、と言った。


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