表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/69

第62話 理不尽な生の終わり


ブロイア=シンクが着任した次の日から、軍務実習は驚くほど順調に進んで行った。

彼女は、確かに学院長が安心して送り出す程の人物だったのだ。

足があまり効かない為、早くは歩けないが、傭兵として名の知られたいたのは伊達では無かった。

豊富な経験による的確なアドバイスと、何より人生経験に裏打ちされた人間味あふれる言葉は、学生達を虜にした。

更に、魔術の構築は実戦的で緻密で敏速であり、ヨシトから見ても参考になる部分が多かった。

さすがに年齢による衰えから、魔術の威力自体は低かったが。


彼女が来てから充実した日々が続き、瞬く間に20日間以上も過ぎると、何と言うか完全に孫と婆さんの関係になり、学生達はこの幸運な出会いを心の底からありがたく思った。

今日も、いつものように開拓団の護衛任務に同行する医療小隊。

予定通り魔物討伐が終わり、森の木が切り倒されていく様子を感慨深げに見ている学生達。

休みを含め3週間近く続いたこの任務は、彼らには今日が最後となる。


実習期間は残り5日、明日からは新しい実習に移る予定だ。

これまで得られた経験はかけがえない物であり、十分に軍務をこなせる自信もついた。

しかしそれよりも、シンク教官との別れの日を考えると4人は少しセンチメンタルな気分になっていた。


「ばあちゃん、帰りは俺っちが背負って行くよ」

実習が終わった後、タルザが彼女の帰りの足を申し出る。

「おや、いいのかい? 疲れてるだろうに」

「気にすんなって。俺達よりばあちゃんの方が疲れてるだろ。それに、ヨシトにだけ任せるのも悪いしな」


そんな事を言うタルザの心は、見え見えだ。

ヨシトにも異論はなく、帰り道は彼の提案が受け入れられる事となった。

タルザは汗をかきながらも、背中にいるブロイアさんとにこやかに話している。

まるで大切な時間を少しでも楽しみたいという感じで、大事に大事に一歩ずつ歩いていく。


「明日は、私が背負おうかな」

ルイスがポツリとそんな事を言う。

「じゃあ、あさっては俺だ」

アスランも同じ気持ちのようだ。


ヨシトは思う。

日本では、彼の父方の祖母は若くして他界しており、母の実家とは疎遠だった。

(やっぱり家族はいいもんだ。俺には、ばあちゃんとの思い出はほとんどないけど、きっと生きていれば、こういう感じだったろうな。後5日、悔いのないように過ごそう)


そして、実習は最後の仕上げに入る。

残り日々は医療小隊としてではなく、10人という少人数編成で完全な討伐任務に変わり、彼らの危険度は、かなり増す。

いよいよ学生達は、実際に魔物と戦う事になるのだ。


―――――――――――――――――――――――――


「魔物、怖ぇー! 見るとやるとは大違いだぜ」

タルザが素直な感想を漏らす。

今日の朝から始まった実習は、今回のモノで3度目の戦闘を終えていた。

彼の前には、50cm程度の魔物の死骸が転がっている。

学生達が先陣に立ち、魔物との戦闘を行っているのだが、今の所は何の問題もないようだ。

その内容は、魔の森から500m以上離れて待機し、傭兵の一人が魔物を少数おびき出し、10人ほどの小隊で迎撃する実習である。


「結局1m以下が、5匹しか来なかったでしょ」

そう言うルイスも、その顔色は良くない。

そうでなくても実戦は初めてで、しかもたった10人で迎え撃つのだ。

一つ間違えれば、大けがでは済まない場合もある。

斥候せっこうにあたる傭兵が森から出てくる魔物の数を調整、そして誘導してくれているが、まず戦うのは学生たちである。


「専用の銃器や防具が欲しいな。魔術に頼ると、俺たちは直ぐに魔力切れを起こしてしまいそうだ。だが、無い物ねだりしても意味がない。支給品だけでどう戦う?」

アスランは、頭の中で自分の戦いをシミュレーションしてみて、途方に暮れている。

装備に関しては軍から支給されるが、やはり不慣れな武器は扱いにくいようだ。


ブロイア婆さんは、その言葉を聞くと少し笑う。

「アスランや、魔物を倒そうとするからあせるんだよ。あんたなら小さい奴を相手にしていれば問題ないよ。本当はね、回復役は表に出ちゃいけないんだよ。だけど、実戦ではそうも言ってられない場合もあるもんさ。今回は、無理に倒すんじゃなくて、あくまでも時間を稼いで味方の助けを待つのが正解さ」

それを聞いて戦い方を考える奨学生達。


そして、その例に全く当てはまらない男が一人いる。

「それにしても、ヨシト君は落ち着いているね。いくら人間族でも、もっとあわてる物だけどねぇ」

そのブロイア婆さんの言葉に苦笑するヨシト。

「いえ、俺はミランダの悪夢を見てますからね。ここには100m級の怪物もいなければ、守るべき町も無い。いざとなれば逃げればいいだけですから、気が楽です」


「極端だなヨシト。あんなのが度々起こったらかなわん」

「逃げるのは、とりあえず戦ってからでいいだろ。だけどな、100mどころか20m以上の化け物が来たら俺っちは真っ先に逃げるわ」

アスランとタルザの言葉に頷くヨシト。


「はい、その通りですね。俺も20m級相手なら多分逃げますよ」

ブロイア婆さんもヨシトの言葉に同意する。

「そうだよ、少しでも危ないと思ったら逃げるんだよ。こんな場所まで来る人は、皆飛べるんだからね」


魔物討伐や、開拓をする人の中に、飛行魔術を使えない人は一人もいない。

これは、参加する為の最低条件である。

特に今回の場合は傭兵の立場なら、本当にどうしようも無ければ逃げ出していいのだ。


学生たち以外の6人の傭兵達も声をかけてくる。

「そうだぜ、回復役はサポートに徹すればいいんだ。真っ先にやられちゃこっちがかなわん」

「せっかく勉強して戦闘職以外になれるんだ。生き延びる事を優先しろよ」

本当にその通りである。

卒業後に軍務に着く予定の奨学生達は、心に刻み込む。


「ところでどうします? もう一度やってみますか?」

傭兵のリーダー、つまり小隊長がブロイア婆さんの指示を仰ぐ。

「そうだね、昼食後にもう一度やろうかね」

念のため魔力の回復を優先する措置である。

ヨシト以外の獣人達には必要であるだろう。


そのまま全員で楽しく話しながら昼食を取っていると、徐々に天気があやしくなってきた。

うっすらと霧がかかったようになって、ここから500m程離れた森の様子が見えなくなる。

隊長がブロイア婆さんに確認する。


「どうします? いい訓練になるとは思いますが、更に危険度が上がります。今日は帰られますか?」

「ああ、こんな天気は魔物を呼ぶと言われているんだよ。今日は帰ろうかね」

ブロイア婆さんは即断し、午後は撤収する事に決まった。


昨日の宣言通り、今日は朝からルイスがシンク教官を背負っている。

彼女は実に嬉しそうに、背中の婆さんと話している。

タルザより歩調がしっかりしているので、ヨシトも安心して見ていられる。


しばらく村に向かってしばらく歩いていると、徐々に霧が晴れて来た。

どうやら、少し方向を誤ったみたいで、小隊は森の200m近くにまで接近してしまったようだ。

「急いで離れるよ」

ブロイア=シンク教官の鋭い号令が飛ぶ。

ここまで近付くと、森から魔物が出てくる場合が多い。


だが、少し遅かったようだ。

彼らの気持ちをよそに、魔の森からかすかに木を引き倒す音が聞こえる。

つまり、大物がこちらに向かってくるという事であろう。

「迎撃態勢を取れ!」

隊長の指示に、小隊の緊張は一気に高まる。

「クソ! こうなりゃ自棄だ。やってやる!」

タルザが思わず叫ぶ。

ヨシトは思考念波を使った探索魔術を使い、対象を確認する。


(でかい、体長5m以上、しかも二匹)

最悪、逃げる事も視野に入れ、ヨシトはシンク教官に報告する。

「確認しました。5m級が2匹です。トックが8mとイセドラゴは5m程です。亜種かどうかまでは解りません」

「駄目だ、イセドラゴは速い。誰かがおとりにならんと逃げられんぞ」

隊長の言う通りだが、5m級の足止めは彼らにとっても命がけだ。


そんな話をしてる間に、まず森から現れたのは、ヒルに似た魔物トックだ。

「魔素を吸い取るタイプだよ。並の魔術じゃ効果は半分近くに落ちるんだ。強敵だよ」

シンク教官の助言が飛ぶ。

固有魔術『魔素吸収』を持っている上、毒を撒き散らす非常に厄介な敵だ。


ヨシトは決断する。

(やってしまおう。距離は150m程か)

その直後、もう一匹の魔物が現れる。

トカゲに似た魔物イセドラゴだ。

このタイプは、足が速い。

数秒で小隊に迫ってくる。


「迎撃せよ!」

小隊長の号令に傭兵達の小銃がうなる。

だが、鉄の表皮を持つ魔物は止まらない。

ヨシトは、直下の地面に意志付けし、地面のデコボコを作り魔物を転ばせた。

すかさず、イセドラゴの目に照準を絞り、陶器の矢を放つ。

グギンと言う音がして、なんと陶器の矢は砕け弾かれる。

しかし一時的に視力を失ったようで、イセドラゴの動きが止まる。


本来は止めを刺したいが、魔物トックがゆっくりとヌルヌル近付いて来ている。

間違いなく、こちらの方が強敵なのだ。

「ブロイアさん、俺はトックの方を迎撃してみます。全員でイセドラゴの方をお願いします」

「解ったよ、だけど無理するんじゃないよ」

その言葉に頷くヨシト。


魔物の挟み撃ちにあわないように小隊から少し距離を取りつつ、爆発魔術を使って敵を誘導する。

やはり、あまり魔術の効果は無いようだが、小隊からは300m以上離す事が出来た。

彼と魔物との距離は約50mで、相手の有効射程圏外である。

これならば、相手の攻撃に対してもある程度安全で、味方への遠慮もいらないだろう。


ヨシトの思念波が飛ぶ。

魔物トックの直下の地面を変形硬化させ、長さ1mほどある針を素晴らしい速度で剣山のように下から突き出させる。

陶器の針の改良バージョン、固体の魔素親和性が高い彼だからこの威力を出せる技だ。

しかし、ガガギン!と音を立て針が次々に折れ、魔物は串刺しにはならない。


(このクラスになると、どいつもこいつも体表は鉄に近いか。どうする? 大きいのを一発撃ち込むか?)

相手の体長は8mくらいで、胴回りも直径1mはある。

厄介なのは、体のどこに急所があるか解らないタイプということだ。

下手に魔術を使えば、最悪回復させる可能性さえある。

手っ取り早いのは、敵を体ごと消滅させるほどの魔術構成を組むことだ。

しかし、そこまでの魔術は発動まで時間がかかるし、魔物トックは動いているから簡単ではない。

それに、もう一匹の様子も気になる。

早めの決着が、この場合は最も重要なのだ。


(決めた! 落とし穴だ)

再び直下の地面に魔術構成を組むと、アリジゴクの巣のように、すり鉢状に地面を陥没させる。

ズン!と地響きを立て、魔物トックが穴に落ちる。

穴の表面には中心部に向けて力場を発生させているから、このまま自重が災いして這い上がってはこれないだろう。


飛翔スキルで上空に飛ぶヨシト。

トックは上に向けて毒液を吐くが、彼には届かない。


ヨシトは魔素を練り始める。

壮大な魔術の構築が行われる。

それは、敬愛するナタリーメイが使っていた結界灼熱魔術。

魔術の構築時間は確保され、敵は動かない。

後はやるだけだ。


発動! アリジゴクの穴の底が不可視の結界に包まれる。

その中に灼熱の火の玉が生まれる。

3000度を超える直径6m程の灼熱地獄は、周りの地面にはほとんど影響を及ぼさず、数秒間光かがやき、跡形もなく消え失せた。

後には魔物の灰さえ残らなかった。


瞬時にヨシトは振り返り、小隊の様子を見る。

どうやら1人も欠ける事無く、無事だと思われる。

シンク教官だけは200m程離れて、様子をうかがっている様だ。


その時、イセドラゴが毒液を吐くのが見えた。

(口をふさがないと近付けないな。毒液を吐くタイプは厄介だ)

急いで皆の元へ飛んで行くヨシト。


戦場の上空に到着し、眼下を見下ろす。

30m程上から見ると、イセドラゴの体は大きく傷ついていた。

特に後ろ脚がひどく、あれでは速く走れないだろう。

どうやら、視力も十分回復していないみたいだ。

チャンスだが、ヨシトの魔術では周りに居る傭兵を巻き込むかもしれない。


「皆さん下がって。大きい魔術を使います」

その声が届くと、全員が魔物から距離を取り始める。

ならば、後は簡単だ。

先程から周辺より意志付けし集めていた砂鉄で、魔物直上30mの場所にギフトの派生能力を使って長さ1m程の鉄のくいを造る。

完成後狙いを定め、ベクトルを操り魔物目がけ一気に打ち下ろす。

グジュリと言う音と共にイセドラゴは昆虫標本のように地面に縫いつけられる。


だが、まだ死なない。

まるで何事も無かったかのように拘束から逃れようと動き回る。

ヨシトは、落ち着いて結界灼熱魔術の構成を組む。

構成を組む時間は約15秒、そして発動。

再び現れた直径5mの灼熱地獄は、魔物の存在自体を永久に地上から抹消する。

後には、鉄の杭さえ残らなかった。



ヨシトは大きく息を吐くと、地上に降り立つ。

初めてとも言える戦いらしい戦いに、さすがに緊張していたようだ。

実際、全く危なげがなかったが、本人にとってはそういう問題ではないのだ。


タルザが走り寄ってきてヨシトに真っ先に話しかける。

「お前一人いれば、俺達は必要ないんじゃねえか?」

ヨシトは、何処かの新喜劇のようにずっこけた。


「タルザ先輩、身も蓋も無い事を言わないように!」

「いいえ、私もそう思う。何あれ? 太陽なの? まだ目がチカチカするわ」

「一体どこから鉄の杭を出したんだ? 『錬金』で造ったのか?」

ルイスとアスランが話に加わると、一気に話が弾む。


「なあ、君達。早く村に帰ろう。この場所はまだ魔物が襲ってくるかもしれない」

小隊長の言葉に、場が引き締まる。

そうだ、ここはまだ森の近くだ。

安全地帯ではない。


「おばあちゃん!」

急にルイスが叫ぶ。

そうだ、ブロイア婆さんは何処だ?


振り返ったヨシトは200m先に婆さんを見つける。

彼女は魔の森の方角を見つめているようだ。

その目線の先に、彼女に襲いかかろうとしている魔物。

双方の距離は100mもない。


恐らく3m以上はある猪型の魔物ウリックは、あと3秒もすれば彼女を弾き飛ばすだろう。

直線的に動く魔獣だ、素早くかわせば避けられるはず。

だが、彼女の足は…。

魔術の発動は、無理だ間に合わない。

ギフトでもない限り、構築には少なくても数秒はかかる。

スキルの場合でも最速で1,2秒、それが効果を表すには更に1,2秒。


そんな事を考えつく間もなく、ヨシトの足は前に出る。

『彼女の元に駆けつけろ』その本能のまま走る。

何を願う暇もなく、ただ絶望に向かい体が反応する。

後ろからは、悲鳴が聞こえる。


「キャー! おばあちゃん」

「避けろー!」

「ああー!」

ヨシトの右手が、空をつかむ。

ただ、それだけだった。


時はやってきた。

そして交錯する、二つの体。

無情に弾け飛ぶ体。

舞散る血しぶき。

ズン!と大きな音を立て、3mの巨体が地面に叩きつけられる。


「「「ああぁぁ---、…あれ?」」」

奨学生達の悲鳴が、疑問形に変わる。

そう、魔物ウリックは登場後間もなく、その生を終えた。

彼女のギフト『剛拳』によって。


昇り龍の様な拳による見事なアッパーカットの一撃は、物理法則を完全に無視して魔物を体を完膚無きまでに破壊した。

まるで、『俺より強い奴に会いに行く』空手家の必殺技のように。

ヨシトは、何が起こったかをようやく理解すると、その場で膝から崩れ落ち、叫ぶ。


「アホか――!! 無敵時間でもあるのかよ!」

彼自身が、殺意の波動に目覚めそうな勢いだ。


その様子を半笑いで見ている傭兵達。

そう言えば、彼らは全くあわてていなかった。


「いやぁ、いいもんが見れた。みんなに自慢できるな」

「噂で聞いた事はあったが、えげつない威力だな」

「ギフトは理屈じゃないって事だな。2、3トン近い魔物が吹き飛んだぜ」

その声は、実に楽しそうだ。


この世界では、魔術はともかく、ギフトは死ぬまで衰えない。

しかし、あまりにも理不尽な光景である為に、心が現実を拒絶する。


何だかひどく脱力したヨシトは、茫然自失のままブロイア婆さんの元に歩いて行く。

近くまで来た彼の顔を見て、婆さんはニッコリ笑うと、一言忠告する。

「いい若いもんが、辛気臭い顔してちゃつまんないよ」

ただ、乾いた笑いを返すしかないヨシトだった。



その後も、軍務実習は滞りなく続けられる。

だが残り実習期間、学生達が彼女を一人きりにする事は無かった。


ブロイア婆さんは確かに強い。

だが、彼らの気持ちがぴよってしまうのだから仕方がない。

そして、軍務実習は無事最終日を終えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ