第63話 それぞれの別れ
軍務実習が終わり、ミルルク村にある仮設医院の撤収が始まる。
ここにいたのは45日間という短い間であったが、思えば色々な事があった。
だが今、学生達の心を占める問題は、ブロイア=シンク教官との別れについてであった。
無事に危険な実習を終えたにもかかわらず、4人の表情は暗かった。
薬の備蓄や食料などをお世話になった討伐隊の軍医長に渡し、荷物をまとめ、掃除が終わると、医院はすっかり元の一軒家に戻った。
片づいた室内を眺めるヨシトは、心にぽっかり穴があいたような気がしていた。
それは、この場所に浸透している虚無感のせいだけでは無いだろう。
考えてみれば、今は12月3日で、来月初旬には卒業研究発表、続いて卒業式があり、実質学院でする事は、ほとんど終わったと言えるのだ。
いくら定められた出来事でも、これから次々と訪れる別れを思うと気が滅入る。
これからの指針は、通常であれば、来年2月の一級回復師の国家試験に向けて勉強すべきだが、彼にとっては試験自体は大した事ではない。
「片づけは終わったみたいだね。さあさあ、しょぼくれた顔をしてないで家に帰ろうかね」
そんな別れをいくつも繰り返してきたであろう老人は、明るく学生達に声をかける。
「わかったよ、ばあちゃん」
「そうね、胸をはって帰りましょう」
タルザとルイスは、表向き元気に返答し、アスランは仕切りに頷く。
その様子を見てヨシトは思う。
(俺は、前世でこんな別れをいくつも経験してきたじゃないか。だけど、心がまるで子供みたいに駄々をこねている。気持ちが体に引っ張られている感じがする。人が出会いと別れを繰り返すのは当然で、将来が見えない訳でもないのに、悲しくて胸が震える様だ。あの頃の様な気持ちを再び味わえる事を幸運と思うべきなのか。それとも、単なる自分の心の弱さへの言い訳だろうか?)
少し哲学的な考えにとらわれている事自体が、精神が若い証拠と言えるだろう。
彼は、その気持ちを振り払うかのように明るい声で皆に話しかける。
「はい、帰りましょう、我が家へ」
医院を後にした1人と4人は、村の道を並んで歩く。
ヨシトの背中にはシンク教官が背負われていて、まるで仲の良い家族の様だ。
帰りはヨシトの移送スキルを使う為、彼らがそろって過ごす時間は、後わずかだろう。
過ぎ去る時を惜しむように全員で語らい、ゆっくり歩いて村の外に出る。
移送スキル発動の為、学生達はひとかたまりになる。
「皆さん、忘れ物はないですか。……じゃあシンク教官、行きますよ」
「ああ、やっとくれ」
「…さらば、ミルルク村よ」
タルザの声を残して、5人は帰宅の途についた。
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マキシム医術専門院に着き、ラオス学院長に対しての実習終了の報告が終わる。
5日遅れという事もあり、その場で学生達に成績表が手渡される。
どうやら、全員が優秀な結果を得たようだ。
いよいよ別れの時がきた。
ブロイア婆さんには、家族が迎えに来ると言う。
学院長室内で、次々、彼女と抱擁を交わす学生達。
「いい子たちだねぇ、元気でおやりなよ」
全員が涙ぐみ、別れを惜しむ。
名残惜しくはあるが、この場に残る選択肢など無く、学生達は学院長室を後にする。
そして、すぐに続けての別れが訪れる。
奨学生達は、このまま寮に帰ると明日にも学院を去り、2,3日中にも故郷に帰って軍務につく予定となっている。
既に3人は卒業論文発表を済ませており、卒業式にも出席しない。
少しでも学費を節約する為の、彼らの慣例である。
つまり、今後この学院に来る事は無いのだ。
「ヨシト、またな」
タルザ=ポポスの明るさには、何度も救われた。
「近くに来る時は、顔を出しなさいよ」
紅一点のルイス=セスナスは、うるんだ目でしっかりヨシトの手を握り締める。
「君のおかげで、人間族に偏見を持たなくなった。感謝するよ」
アスラン=ロミーゲの低い声と言葉は、彼の心にも響いた。
「先輩方、なにより御壮健で」
その一言に、万感の想いを込める。
枝分かれた運命が、再び交差するかどうかは解らない。
でも人生は長いのだ。
お互いの成長した姿を見せ合う事もあるだろう。
その不確かだが、楽しい偶然に期待しよう。
ヨシトはそう思った。
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時は移り行く。
今日は、卒業論文の発表会が大講義室で開かれる。
部屋に集まったのは講師達が主で、主役である学生達は別室におり、それぞれの準備に忙しいようだ。
発表は論文ごとに行われ、医師を目指さない者は、2,3人のチームを組んで参加している。
それ故、ヨシトやレミルのように個人で発表する者は、90人程いる本日の参加学生達の中でも6人だけである。
そして、学生のほとんどが獣人の奨学生である為、参加者の中には、今期で卒業する学生は10人ほどしかいない。
奨学生達は、来年の2月に一級回復師の国家試験を受け、その合否に関わらず、来期は主に軍務実習のみを受講し、アスラン達のようにそのまま学院を去るのだ。
国家試験を不合格になった場合は、8月にもう一度だけチャンスが与えられるが、それにも受からないと奨学金の返済義務が発生する為、彼らは明日からは死に物狂いで試験勉強を開始するだろう。
発表会が開始され、滞りなく順番は進む。
やはり、研究職に就く事が目標でない為か、多くの論文の内容は現場重視の物である。
医療器具の改良、トリアージについての事、中には、『いかに医療ミスを防ぐか』なんていう物まである。
だが、その中でレミル=ブラットの発表した、後天性免疫不全症に対する身体魔素を使った意志付け治療は教授陣をうならせた。
明らかに、学生の域を越えた優れた内容に、その場で多くの教授推薦の申し込みがあった。
それ以前から、彼の担当教授による推薦は確定していたが、これにより、いっそう箔が付いたといえる。
ヨシトの発表にも、負けじと注目が集まった。
内容は、小型探査魔術機械を使った身体内部の画像化であり、その実物は、地球の簡易CTスキャンにそっくりな医療機械である。
その現物を用意し、実際使って見せての発表は、日本の商品発表会のプレゼンテーションそのもので、講師達に衝撃を与えた。
これは、彼のサラリーマン時代の経験が活きたと言える。
もちろん、その理論や魔術機械自体も高度な物であり、特に術式は彼の持つギフトを参考にした優れもので、患者に対する負担はほとんどなく、魔力量の少ない獣人達にとっては非常に有用であると言える。
彼が医師を志望しない事を、多くの教授陣が惜しんだ。
ゲルギッチ教授が、ヨシトを変人扱いしたのは、ある意味間違っていないのかもしれない。
卒業論文発表会は終わった。
学生達は、一様にほっとした表情だ。
自然と、ヨシトとレミルとリンダは集まる。
「全く、あなた達の論文発表は異常よ! 私達のチームもがんばったのに、全部持って行かれた感じ。レミル君の内容は、よく理解出来ないし、ヨシト君は、色々と反則ね」
「いいや、リンダの班の内容も良かったぞ。特に再生魔術の効率化は有用だな」
「ヨシトくんは、全員の発表を見てたんだね。どこからその余裕が出てくるか不思議だよ」
「俺の場合、レミルと違って気が楽だったからな。それに、自分で造った機械を操作するだけだしな。なにも準備はいらないだろ」
「何だか、発表と言うより、一人芝居を見てるような気がしたわ。しかも喜劇ね。笑いが起きる論文発表なんて、前例が無いんじゃないかしら」
「本当? 僕も見たかったな。それに、魔術機械にも興味があるよ」
「すごかったわよレミル君。体の中が、はっきりと輪切りで見えるの」
「今度、例の財団から売り出すんだ。獣人の医療関係者相手には、利益度外視で販売するらしい」
「私も買おうかしら。患者さんが自分で体内を確認できるのがいいわよね。ヨシト君、安くしといてね」
「リンダさん、相変わらずだね。でも、医院に一つは欲しいよね」
「ああ、お前らならタダでいいよ。個人的に『複製』で造るから」
「「ありがとうヨシトくん」」
この後、3人はささやかな打ち上げパーティーを開いた。
後は卒業式を残すのみ。
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卒業式に集まった卒業生は11人だった。
全員が人間族で、リラックスした様子で学院長室に顔をそろえていた。
獣人の奨学生達は、慣例により参加しない。
もうすでに、軍務に就いているからである。
卒業式自体も質素な物で、学院長の告辞の後に卒業証明書を渡されるだけである。
講師達や学生の両親の参列もない。
聞いたところでは、大学以降、つまり学生が成人になって以降は、このような簡素な物になるらしい。
と言うより、単位取得型の大学院では、卒業式自体が無い場合がほとんどらしい。
結局ヨシトは、式らしいものを経験しないまま成人になりそうだが、本人はそれほど気にしていない様子だ。
式が始まり、ラオス学院長の型通りの告辞が終わる。
卒業生一人一人に対し、卒業証明書が授与される。
数が少ないので、あっという間に順番が回ってくる。
ヨシトが、学院長の前に立ち、卒業証明書を受け取る。
「君ほど愉快で、優秀な学生は前代未聞だったよ、ウッドヤット君」
「褒め言葉と受け取っておきます。ラオス学院長」
お互い、短い一言を交わし合う。
(興味深い人だったな)とヨシトは思う。
間もなく式が終わり、何の盛り上がりも無く解散となる。
終わった。
ヨシト=ウッドヤットのマキシム医術専門院での、全ての出来事が終わった。
ヨシトとレミルとリンダは、空いている講義室に集まる。
「僕とリンダさんは、ギリギリまで寮に残って、国家試験の短期講習を受ける予定なんだ」
「1月末に寮を出た後は、宿屋に泊って、この街で試験を受けるのよ」
「短期講習は学科のみだから、俺は受けないよ。リンダ、試験勉強は問題ないか?」
「大丈夫よ。私にだけ確認して、レミル君に聞かないのが腹が立つけど。…ええ、理由は言わなくても解っているから」
何となく笑い合う。
「僕は、合格したらミランダに再建された高校で、講師研修を受けるつもりだよ」
「私は、ゴルゴダに戻って修行するわ。両親と相談して、他の町の治癒院に就職するかもしれないけど」
「俺は、成人するまでこの街を離れるつもりはないな。あちこち出掛けるだろうけど、院長先生やタラチナさんと一緒に居られる時間を大切にしたい」
つまり、3人はバラバラとなる。
将来の為に必要な事と理解はしているが、つらいのだ。
長い沈黙が、室内を支配する。
しばらくして、レミル=ブラットが、ある提案を持ちかける。
「ねえ、僕達は親友でしょ。これからも定期的に会わない?」
「賛成だけど、どうする? 『いつ』、『どこで』会うかを決めておこうか」
「場所は、ヨシト君が決めて。多分、あなたの移送スキル無しじゃ成立しないはずだから」
「了解した」
「ねえ、いつ会うかは、その都度決めない? 僕は、出来れば続けたいけど、どんな事が起こるか解らないもの。お互いが次を決めれなかったら、それで一旦中止にしたいんだ」
「そうね、レミル君の言う通りね。出来れば、会う事自体が義務にならないようにしたいわね」
「解った、じゃあ次回は、国家試験合格発表日の夕方、場所は俺の部屋で」
「うん、そうしよう」
「試験、絶対受からないといけないわ。私だけ仲間はずれは嫌よ」
「大丈夫さ、…多分」
「嘘でもそこは、『絶対大丈夫』って言いなさい!」
部屋の中は、3人の笑い声があふれた。
一級回復師の国家試験まで、後一カ月。
だが、ヨシトの人生において、それは特別な事ではない。
彼は、これからも日々努力を続けて行くだろう。
ヨシト=ウッドヤットとは、そういう男である。
次話が、エピローグです。




