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第40話 ヨシトは要塞都市ゴルゴダへ行く

 年の変わった冬真っ盛りの1月中旬。

ヨシトはマキシム医術専門院の一年間の講義を終え、卒業に必要な単位の3分の2を取得していた。

その成績も講師達からは高い評価を得ていたが、あくまでも此処は一級の回復師を養成する場所なので、学生に順位を付ける習慣は無かった。

だが、一部の教授陣の間では、ヨシトが医師の資格を望むのであれば、卒業論文の内容によっては教授推薦も視野に入っていた。


今の所、ヨシトにその気は無い。

彼はレミル=ブラットこそがその立場にふさわしいと考えているのだが、別に推薦に人数制限がある訳ではないので、研究や後進の教育に興味が無いのだろう。

特に教育に関しては、前世日本での教育実習での苦い経験で、自分は教育者に向いていないと誤解している部分が大きいのも理由の一つだ。


ヨシト自身は最近ほとんど参加していないが、今も週一回続いている寮での勉強会の影響からか、ヨシトの同期生の学科成績は非常に優れており、講師達からも2月入学組は優秀だと認識されている。

そんな中でも学生達のリーダー格だと見られているヨシトだが、学院以外では数人の友人としか行動して無いので、本人はそうは思っていない。

これは、仲の言い獣人の奨学生達がヨシトから見ても極めて多忙で勤勉なので、自分を特別扱いしていない為である。


実際、2月からの新学期を控え2週間(16日)程の休みがあるが、獣人の奨学生達はアルバイトや勉強に忙しく、とても誘える様子ではなかった。

ヨシトは、奨学生達も少しは休みを取らないと持たないだろうとは思っているのだが、自分が同じ立場だったらと考えると強くは言えなかった。

非常に仲の良いミコン君さえ参加出来そうも無く、結局は人間族のいつものメンバーだけで新学期までの休暇を過ごす事になった。



休日初日の朝にヨシトは、待ち合わせ場所であるネオジャンヌの通用門の外にいた。

これから要塞都市ゴルゴダのリンダ=ハミルトンの自宅に行き、レミル=ブラットと共に12日間の予定でホームステイする事になる。


ここからゴルゴダまでは900km程離れているが、ヨシトの移送スキルを使えばわずか数秒で着く。

ヨシトのゴルゴダ行きは2回目になるが、以前は位置情報を記憶させる為に出かけたので、町にはほとんど滞在していなかった。

実質、今日が初めての訪問であると言え、ヨシトは思いっきり楽しもうと考えている。


しばらくすると、レミルとリンダが大きな荷物と共に、こちらに歩いてくる。

(あんなでかい荷物、どうやって大型魔動車おおがたまどうしゃに乗せて来たんだ。彼女の身長が180cmくらいだから、2m以上はあるぞ)

ヨシトが呆気にとられていると、ゴロゴロという滑車の音と共に二人はたどり着く。


「リンダ、一体それは何だ? いや、どうやって運んだんだ」

ヨシトの疑問に答えたのはレミル。

「僕たちは、寮からギル車(タクシー)で来たんだ。この荷物はギル車の屋根に積んで運んだんだけど、通用門につっかえるといけないから門の前で車を降りて歩いて来た訳」

ヨシトは納得する。

「絶対、門を通過できたのに」

リンダが文句を言っている。


「なあリンダ、女性は荷物が多いと言っても、幾らなんでも多すぎないか? いや、別にいいんだけど」

確かにヨシトの移送スキルならこの十倍だって問題ないが、どうしてこうなったのかは気になる。

御土産おみやげとか色々よ。ほら、ゴルゴダとネオジャンヌとの直通便は無いでしょ。乗り継いで7時間以上かかるから、この際、たまった荷物を実家に運ぼうかと思って。ヨシト君なら一瞬でしょ。移送屋に頼むと別料金がかかるからもったいないし」


リンダのその言葉に、レミルは『騙された!』という顔をした。

「リンダさんの実家はお金持ちだったはずでしょ。何でそんな苦学生みたいな事を言ってるのさ。ごめんねヨシトくん。そんな理由だったら寮に置いてこさせればよかったよ」

「何言ってるのレミル君。ぜいたくは敵なのよ」

(タラチナさんみたいな事を言ってるな)

ヨシトは苦笑するが、そんな会話も楽しい。


「なあリンダ、運ぶのは良いけど、向こうに着いたらそれを町中で転がすのか。さすがにちょっと恥ずかしいんだが」

ヨシトのその言葉に、リンダはびっくりした顔をする。

「荷物を運ぶのを恥ずかしがるなんて、ヨシト君は相変わらず奇特ね。それでも大丈夫、うちの町は全員が顔見知りみたいなものだから、恥ずかしくないわ」

「いや、余計恥ずかしいと思うんだが」

ヨシトはそうは言ったものの、また前世との感覚のズレかと思い、ちらりとレミルを見る。

「僕は恥ずかしかったよ…」

小声で感想を言うレミル。

レミルがそう言うならズレてないと思うヨシト。


二人の反応を見て、ねたようにリンダは話す。

「わかった、じゃあ寮に荷物を…」

「いやいやいや、リンダ! やっぱり、喜んで運ばせてもらいます」

「そう? ヨシト君、ありがとう」

にっこりと笑うリンダ。


このまま荷物を返す選択肢は無いだろう。

それの方が恥ずかしい。


気を取り直して、ヨシトは二人に告げる。

「じゃあ、今から行くけど忘れ物は無いな? ……よし、じゃあこっちに寄って」

そうして三人は、ネオジャンヌから飛び立つ。

二週間の休暇を楽しむ為に、要塞都市ゴルゴダへ。


―――――――――――――――――――――――――


三人はわずか数秒で、町に入り口近くに辿り着いた。

「本当に便利ね。私も移送魔術をがんばってスキル化しようかな」

「移送結界を構成出来るまでに何年かかるか解らないよ。ヨシトくんみたいに、急に手に入れば別だけど」

あっさりと、ゴルゴダ着いた感想をリンダが述べるとレミルが突っ込む。

例えスキル化しても、普通はせいぜい2,3人を運ぶのがやっとのはず。

距離もせいぜい500km程だ。


「はっはっはっ! うやまいたまえ皆の者」

ヨシトは浮かれている。


「馬鹿なこと言ってないで行くわよ」

「ヨシトくんは変なところが子供っぽいよね」

そう言うと、さっさと町の入り口に歩きだすリンダとレミル。

ノリの悪い二人に置いて行かれたヨシトは、すごすごと後をついていく。

(いいじゃないか、ちょっとふざけたって。誰か突っ込んでくれないと寒いだろ)

ヨシトの思いとは関係ないが、確かに季節は冬只中ふゆただなかである。


すぐに追いつくと、リンダが引っ張っている滑車付きの大荷物の後ろを押すヨシト。

重力軽減魔術陣のおかげで驚くほど軽い。

リンダが気付いて後ろを向く。

「ありがとう。紳士ね、ヨシト君は」

「僕も押すよ、ヨシトくん」

そんな話をして歩いている三人の目の前に、要塞都市ゴルゴダの入り口が見えてくる。

要塞の名に違わぬ、見事な造りの擁壁ようへきが圧巻だ。


ゴルゴダの町は、神聖リリアンヌ教国の北西の外れにあり、北にある魔の森と言われる密林からの魔物の襲撃と、北西に隣接する獣人の国からの攻撃を防ぐ軍事拠点であった。

150年ほど前に、今のカプロス帝国に当たる獣人の国との間に緩衝かんしょう地帯が設けられ、それからは戦争らしきものは発生していない。

それでも、魔物の襲撃を防ぐ壁としては機能し続けており、今も500人ほどの軍人が駐留している。


1000年以上も他国の侵略や魔獣の攻撃を防いできたこの町は、大きさが10km四方の正方形に近い形をしており、魔素ラインの上に立てられている。

魔素ラインから集めた自由魔素を擁壁内に溜めておけ、圧倒的な魔素蓄積量を誇り、外敵からの攻撃に対して軍事用魔術兵器で迎撃する。

その結果、過去に一度も陥落した事が無く『リリアンヌの盾』とも呼ばれている。

ただ魔素ラインは、実は断層であるので地震が度々発生し、町の建物はほとんどが平屋か木造の低層住宅である。

そして最近は、有名な温泉地としても知られていて、観光産業がメインの町である。


もう一つの特徴として、町には精霊族のコミュニティがあり300人ほどが暮らしている。

そこには研究所が多く建ち並び、働いている人の多くが研究職の人達である。

人口は、軍人を含めても5000人足らずであり、町と言うより村に近いが、戦争が盛んな時期には10万人以上が暮らしていた。

閑話休題


町の正門をくぐると、レミルが大きな声を上げる。

「すごい! 町の中に畑があるよ」

「ああ、俺も初めて見たときには驚いた」

二人の言葉に、現地住民のリンダが笑って解説する。

「みんな驚くのよね。魔素ラインの近くでは魔草や魔木は生えないのは常識でしょ。それに、植物の生育が早いんだから町の中にある方が便利でしょ。人口も少ないから土地は有効利用しないと」

「そうだったね、でも土地代が高くつかないの?」

「農地は、ほとんどタダみたいなものよ。でも万が一の時には、軍に明け渡す条件が付いているけど」

「そうなんだ、でも収穫前だったら悲惨だよね」

「実際はあり得ないわよ。空家とか空き地もたくさんあるし。それに1週間もすれば収穫できるから大丈夫よ」


リンダとレミルが話しているのを聞きながら、ヨシトは日本の風景に似ている町を感慨かんがい深げに眺める。

(プレトリアの時も思ったけど、このあたりの気候が日本に近いのかもしれない。それも建物も木造の建物が目立つから、古い日本の農村そのものだな。そういえば俺、初めてここに来た時も思ったっけ。なんだかなあ、前世なんて懐かしがっても仕方ないのに)

彼の心を知らず、親友たちは話し続けている。

ヨシトは感傷にとらわれない様に、話しに参加する。


「それにしても人が少ないな。いっそ飛んでいくか?」

「やめといた方がいいわよ。頭をぶつけるわよ。この町を守る結界は強力で低いの。だからこの町では、ほとんどが自由魔動車(自動車)での移動よ」


その言葉にヨシトは探査系魔術を使って調べていくと、確かに町上空にドーム状の力場が形成されている。

ここでの高さは地面から12m程だ。

町中央に向かって徐々に高くなっているから、恐らく遠くに見える塔から擁壁に向かってなだらかに下っているのだろう。

固体に対する減衰力場なので、恐らく砲弾の威力をそぐ結界なのだとヨシトは推測する。

(俺なら問題ないけど、リンダは飛空魔術は苦手だから抱えて飛ぶか。いや違う方法でやってみるか)


「ちょっとした魔術を使うから、二人とも少し待ってくれ」

ヨシトのその声に二人は立ち止まり、レミルが話しかける。

「ヨシトくん何をするの?」

「空飛ぶ板を作る」

そう言うとヨシトは周辺の土をに意志付けし『複製』結界の中に集め、5mm程度の厚さの板状に展開し、『複製』を発動し陶板とうばん、つまり焼き物の板を造る。


これはギフトの派生能力の一つで、同じ材質を何回か造っていると頭で構造自体は理解出来なくとも何となく解り、元素さえそろっていれば形状を結界に合わせて作成できると言う優れ技である。

つまり、複製元は必要とせず、簡単な形状の物なら造れる。

制限も少し緩く、普通の複製の3倍ほど量は可能だ。

水でこねずとも、高熱を加えなくても、たった数秒で2m×3mの硬質の陶板が出来上がる。


これだけでは少々心もとないので、『錬金』で銀を作成、意志付け展開させ陶板の四隅に重力軽減の魔術刻印を打つ。

重力軽減魔術程度なら、銀の刻印で十分発動する。

この刻印に、意志付けした自由魔素を付加させ、刻印による重力軽減魔術を発動すると、簡易の空に浮かぶ陶板の出来上がりだ。


「さあ、みんな乗ってくれ」

「ホント、あなたのギフトは何でもありよね」

「ヨシトくん、相変わらず反則だよね」

「はいはい、わかったからさっさと乗る。危ないから腰掛けるんだぞ」


ヨシトが飛翔スキルを発動させ、全員を結界で包むと、陶板ごとフワリと浮き上がる。

「リンダ、実家はどっちの方向だ」

「この道をまっすぐ進んで3km程行くと、誘導看板が見えてくるわ。名前はハミルトン治癒院よ」

「了解」


空飛ぶ陶板は、軽快な速度で前に進む。

畑で働いている獣人の男性が、びっくりした風にこちらを見ているが、三人はおしゃべりに夢中になって気付かない。

リンダの言う通り、誘導看板が見えてくるとヨシトは慎重に魔術を行使する。

500mほど進むと、珍しく3階建ての堅牢けんろうな白い石造りの建物が見えてくる。


「リンダ、あの白い建物か?」

「そうよ」

「リンダさんが小さいって言ってたけど、すごく大きく見えるんだけど」

レミルの意見に、ヨシトも頷く。

「リンダが、お嬢さんって言ってたのはホントだったんだな」

「どう言う意味かしら? ヨシト君」

そんな事をしゃべっていると、ハミルトン治癒院の前に到着した。

リンダに断って敷地の隅に陶板を置いて、三人はいよいよ治癒院の中に入る。


リンダは正面入り口から堂々とハミルトン治癒院に入っていく。

(こういうところが、いかにも田舎の治癒院って感じだな)

ヨシトが少し失礼な事を考えていると、治癒院のスタッフだろうか、獣人の女性が詰所から声をかける。

「リンダお嬢様、お帰りなさい」

「メイデンさん、ただいま。両親はどこかしら」


「やっぱり、リンダさんはお嬢様って呼ばれてるんだ」

「ああ、今度から俺達も、リンダお嬢様と呼ぼうか」

男二人が馬鹿な事を話していると、恐らく診察室から人間族の女性が顔を出す。


「まあ、リンダじゃない。ずいぶん早いのね、サボって帰って来ちゃったの?」

「お母様、半年ぶりに会う娘に対する第一声がそれですか」

「あらあら、ボーイフレンドを二人も連れて、隅に置けないわね。どっちが本命なの?」

「お母様は、もう少し人の話を聞いた方が良いと思います。ちなみに二人とも学友ですから」


(…なるほど、リンダ嬢のスルースキルは母親に鍛えられたのか)

ヨシトがそんな事を考えていると、レミルが母親に近付き挨拶をする。

「おはようございます。それと初めましてハミルトン夫人。レミル=ブラットと申します」

「まあ、ご丁寧にどうも。リンダの母で、イザベラ=ヘミングよ。イザベラお姉さまか、お母様って呼んでね」

「はい、イザベラ姉さま。12日間お世話になります」


(レミルのこんなとこは、ホントすごいな。とても真似できん)

自分もイザベラお姉さまと呼ぼうかどうかを真剣にヨシトが考えていると、リンダが冷たい一言を親友に放つ。

「やめて、レミル君。気持ち悪いから」

「あらまあ、この子はボーイフレンドには厳しいのね。もうお尻に引いてるのかしら?」


母親の言葉に、リンダは切れる寸前だ。

仕方なくヨシトは、話に割って入る。


「レミル、冗談はそのくらいにしておけ。すいません、ハミルトン夫人。お姉さまと呼ぶと、リンダのご兄弟と間違えそうなので、イザベラさんとお呼びしてもいいですか?」

「まあ、お上手ね。あなたのお名前は?」

「はい、ヨシト=ウッドヤットと申します。12日間宜しくお願いします。それと…、俺の保護者からの挨拶状です」

ヨシトは、ナタリーメイから渡された挨拶状を今度こそはと真っ先に取り出して、イザベラさんに手渡した。


「まあまあ、ヨシト君はずいぶん紳士的なのね」

「いいえ、俺がたまたま首都出身だからです。なあレミル、君のご両親も機会さえあれば同じ事をしてたよな?」

そのヨシトの言葉にレミルも頷く。

「はい、イザベラさん。くれぐれもリンダさんのご両親によろしくお願いするよう言付かってます」

「まあ、あなたも寮に住んでいるの? それは大変ね。この子は寝るときは歯ぎしりがひどいのよ。夜中に響かないかしら?」

「もう! お母様のバカ!!」

ヨシトの努力は無駄に終わったようだ。


こうして、ヨシトとレミルはハミルトン家にお世話になる事となった。

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