第41話 ハミルトン家の人達
リンダ=ハミルトンとイザベラ=ヘミングの親子漫才の様な再開が終わった後、ヨシト=ウッドヤットとレミル=ブラットは3階にある住居スペースへ案内された。
とりあえず広々とした居間に通されて、高級応接セットの様な豪華なソファーに三人は腰を下ろす。
ヨシトは何気なく部屋を見渡すと、思わず溜息をついてしまう。
ハミルトン家は、大きな3階建ての強固な石造りの建物で、砲弾の直撃にも耐えられそうだ。
もちろん昇降機もあるが、現在はほとんど使われていない。
部屋数も3階だけで20部屋以上あり、1階と2階が治癒院である。
リンダの話では、今は治癒院の2階は閉鎖され、1階の半分が使われていないと言う。
これは、明らかに人口規模とは合わない立派な施設であるため仕方が無い。
住居スペースへは古い感じだが格調が高く、居間では見事な絵が壁を飾り、立派な家具が置いてあり、それらはしっかりと壁に固定されている。
(地震の多い地域の特徴だな。しかし日本での常識では、石造りは地震にはあまり強くないはずだが。何より開口部が大きすぎる。こんな設計を日本でしたら、耐震偽装を疑われそうだな)
そう考えたヨシトは思考念波を使い、建物内部の構造解析を行う。
そして驚く。
(一見、石造りだが、これはもう別物だ。接合部は完全に一体化しているし、材料は恐らく本で読んだ複合材だな。地球の鉄骨鉄筋コンクリート構造以上の耐震性がありそうだ。それに何より質量が軽い。つまり、木材の質量をもつ岩の一体構造ってわけか。正直、恐れ入谷の鬼子母神だ。それにしても、地球の技術でこれを建てようとすれば、いくら金がかかるか想像もつかん。いいや、強度はともかく、耐久性では全くかなわないだろうな。しかし、ここまでの強度が必要な理由なんて、施主がよっぽどの変人で無けりゃ、この町の歴史を考えると戦争くらいしかないよな)
ヨシトは、前に座るリンダに尋ねる。
「なあリンダ。このハミルトン治癒院は戦争時代の建物なのか?」
「そう。古いでしょ、でも私は気に入っているけど」
「何年くらい前に建ったの? 僕、あまり詳しくないから」
レミルの質問にリンダが答える。
「だいたい280年くらい前かしら。私のひいおじい様が『治癒院は丈夫でなければならん』とか言って、とにかく丈夫に建てたの。ちゃんとメンテナンスすれば、何千年も持つそうよ」
「どんな建築家が建てたのか、リンダは知っているか?」
ヨシトの元建築屋の血が騒ぎ、思わず聞いてしまう。
「名前は知らないけど、有名な建築家だったそうよ。なんでも優れた製造系のギフトを持っていたみたいで、ここも1月ぐらいで建てたそうなの。残念ながら、もう亡くなったそうだけど」
ヨシトは、それを聞いて残念に思った。
もちろん、一人きりで建てたなんて事はないだろうが、これを1カ月で完成する方法など黒部義人はもちろん、ヨシト=ウッドヤットにも思いつかない。
ギフトはもちろんだが、魔術技術とは奥が深く、ある意味恐ろしい。
気を取り直してヨシトは話し続ける。
「亡くなってしまって残念だよ。でもその建築家のおかげで、ちょっとやそっとじゃ潰れそうにないよな。それに地震にも強そうだ」
「ええ、ヨシト君の言う通りよ。この町は、小さな地震ならしょっちゅうあるし、大きいのも数十年に一回、とんでもないのが1000年に一度くらいはあるそうだけど、全く何とも無いっておじい様が言っていたわ」
レミルは不安そうな表情で、リンダに尋ねる。
「地震なんて、僕、経験した事ないよ。どんな感じなの?」
「慣れちゃえば、『あ、又か』って感じ。でも10歳の時の大きいのは怖かったわね。おじい様の話だと、すごいのになると地面がひび割れ水が噴き出すそうよ。でも『託宣』があって、みんなここに避難したから怪我人はほとんどいなかったって」
(なるほど、女神様は地震予知までされるのか。日本にも『託宣』があったら、災害の犠牲者が少なくて済むだろうに)
ヨシトは、日本での震災被災者の事を思い浮かべ、心を痛める。
そんな話をしていると、居間に人間族の男が顔を見せる。
リンダの父親だろうか。
彼女が立ち上がり、男に話しかける。
「お父様、ただいま戻りました」
「ああ、お帰り。元気そうで何よりだ」
すぐに男二人に目を留め、なんとも穏やかな表情で自己紹介を始める。
「ヨシト君とレミル君だね。ナツメ=ハミルトンと言う。ここを自分の家だと思ってゆっくりしていってくれ」
ヨシトとレミルも立ち上がり挨拶を返し、滞りなくお互いの紹介が終わると、ハミルトン氏がリンダに二人を部屋に案内するように指示し、三人で居間を後にする。
「リンダさんは、お父さん似なんだね。もちろんお母さんにも似ているけど」
「よく言われるわ。お母様に似ると色々問題あるから、良かったって思っているの」
二人が話している後ろをヨシトは付いていく。
自分の気持ちをコントロールしながら。
リンダによって、それぞれの客間に案内される。
ヨシトは、レミルと廊下をはさんで向かい合わせの部屋だ。
部屋の中に入ると、まず広い。
20畳近くはあるだろう。
室内の様子は、高そうな暖房器具がある、天蓋付きのベットがある、窓も大きく外の眺めもいい。
ヨシトは机の横に荷物を降ろすと椅子に腰かけ、ただボーっと窓の外を眺める。
(暇だ。何をしようか)
そう考えた自分自身に苦笑する。
日ごろの習慣とは恐ろしいものだとヨシトは思う。
ここには、骨休めに来たのだ。
そしてしばらくすると、ノートを取り出し執筆活動をするのだから、ある意味救いようが無いかもしれない。
何だか夢中になって書いていると、腹が減ってきた。
(昼食をどうしようか。リンダに聞いて、外に食いに行くか)
そんな事を考えていると、ノックも無しに部屋のドアがガチャリと開く。
何事かと目線を向けると、見ず知らずの人間族の男がツカツカとこちらに近づいてきた。
「あの、どちら様ですか?」
立ちあがり、ヨシトが男に尋ねると、何だかぶしつけな目でこちらを上から下まで観察している。
「身長は、さっきよりいいな」
「はあ、一体何事です?」
男の言っている意味が良く解らない。
「わしはリンダの曾祖父でクレイ=ハミルトンと言う。お前さんの名は?」
(曾祖父、ということは、ハミルトン治癒院を建てた人物か。まだ御存命だったのか)
そう思ったヨシトは自己紹介をし、突然の来訪について再度、訳を尋ねる。
だが、一方的にクレイさんは、こちらに質問を投げかける。
ヨシトがマキシム医術専門院生である事やリンダ=ハミルトンとは親友である事、首都出身で両親がおらず、今は親戚の孤児院院長の元で下宿している等の当たり障りのない事を失礼が無い程度に簡潔に話す。
何より驚かれたのは年齢の事で、
「11歳とは、まだ成人しておらんではないか!」
と、怒鳴られてしまった。
資産や将来の事などを聞かれ、さすがにこれ以上はどうかと思ったヨシトは、
「これ以上は、理由も聞かずに話すつもりはありません」
と、きっぱり拒絶する。
クレイさんは鋭い視線でヨシトをにらみつけるが、ヨシトはその視線を穏やかに受け流し、一歩も譲らない。
部屋に、ただ沈黙が流れ続ける。
らちが明かないと思ったヨシトは、
「失礼ですがこれ以上お話をする必要を感じません。部屋から出ていってください」
と、毅然とクレイさんに向かい話す。
するとクレイさんは満面の笑みを浮かべ、
「合格じゃ!」
と言いきった。
(なるほど、何かの試験だったのか。では一体何の?)
ヨシトがそう考え、口を開こうとした瞬間、再びノックも無しにすごい勢いでドアが開く。
(またか、今度は誰だ)と思い、目線を向けるとリンダだった。
すごい形相で、クレイさんをにらんでいる。
「ひいおじい様、一体どういう事です? レミル君から話は聞きましたよ」
「ふん、あの小僧は減点じゃな。リンダよ、悪い事言わんからこっちにしておけ。年は若すぎるが、なぁーに、後十年もすれば何の問題もない」
「私の友人に失礼な事言わないで!」
リンダの叫び声が、部屋に響く。
何となく事情が飲み込めて来たヨシトだったが、とりあえず厄介事に巻き込まれた事情を説明してもらう事にした。
「リンダ、落ち着いて。俺は大丈夫だから。とりあえず立ち話もなんだから、みんな落ち着こう」
ヨシトの意見に、クレイさんは椅子に、ヨシトとリンダはベットの縁に腰掛ける。
「それじゃあ、事情を説明してもらえますか?」
ヨシトが二人に対して促がすと、クレイさんが説明する。。
「リンダが婿候補を連れて帰ってきたと聞いてな。検分にきたのじゃ」
(やはりか)と思ったヨシト。
「クレイさんは勘違いをされていますよ。リンダとは確かに親友と呼べる間柄ですが、結婚の約束どころか恋人ですらありません」
「いいや、ウッドヤット君。リンダが男を連れてくるなど大学時代は無かった事じゃ。真剣に考えてみてはくれんかの」
クレイ氏のその言葉に、ちらりとヨシトはリンダを見る。
「ヨシト君、年寄りのたわごとよ。気にしないで。だいたい、私達は十代よ。結婚なんてありえないわ!」
「何をいっとる。わしは、25の時に結婚したぞ。なあ、ウッドヤット君。年寄りの老い先短い願いじゃ。婚約だけでもして、わしを安心させてくれんか?」
「ひいおじい様の場合は、戦争真っ盛りでしょ。今とぜんぜん違うわ。だいたい、ひいおじい様は420歳なんだから、あと200年は大丈夫よ」
リンダが言っている事の方がこの場合、正しいだろう。
人間族は戦争時代はともかく、ここ150年以上は初婚年齢が上がってきている。
100歳を超える事は当たり前で、200歳を超えても結婚しない人も多い。
早い人でも、一部の例外を除いて50歳くらい、遅い人なら300歳以上も少しはいる。
これは、そもそも出来ちゃった結婚などあり得ない事。
とりあえず、十分な資産をためて結婚する人が多い事。
元々、性欲も地球人類より少なく、プレイでそれすら解消できる事。
何より、個人差はあるが、妊娠可能時期が男女とも400歳くらいまでと長い事があげられる。
魔力量の極めて多いヨシトの場合は800歳以上でも可能だろう。
それに、魔素ラインの上に長く住むと、寿命が延びるとも言われているので、魔力量多めのクレイさんなら寿命の600歳超えは妥当な数字だ。
閑話休題。
「事情は何となく理解しました。でもリンダの言う事の方が納得できます。別に急ぐ必要はないんじゃないですか。すごくお元気そうに見えますよ」
クレイ氏はヨシトの意見に、あきれたような表情を浮かべる。
「まったく、近頃の若いもんはどうかしとる。子孫を残す事は我々の義務じゃ。女神様もそうおっしゃとる。第一わしは、しっかりとした後継ぎに、この治癒院を継いでもらいたい!」
「私が継ぐからいいじゃない。そもそも、お兄様方だって、まだ此処に戻ってくるかもしれないじゃない」
「あんな馬鹿どもに、大事なハミルトン治癒院をまかせられるか! 大体なんじゃ『こんな田舎じゃ腕が振るえない』とか『もう、ゴルゴダはさびれる一方だから戻らない』とか最もな事を言いよって。実にけしからん!」
(もっとな事と思ってるなら、そんな場所を俺に勧めるのはどうなんだ?)
ヨシトは、そうは思ったが、話を先に進める。
「リンダのお兄さん達は、確か2人だったよな。リンダがハミルトン治癒院の後継者で決まっているのか?」
リンダには年の離れた兄が2人いる。
一人が医師で、もう一人は会社勤めをしているとヨシトは聞いている。
「ええ、私はそのつもりよ。兄もそうしろと言ってくれてるわ」
ならば、話は簡単だ。
「クレイさん、いずれにしても時期尚早だと思います。それに、例え結婚しても人間族は子育てが終わるとあっさりと離婚する人も多いと聞きます。結婚イコール後継ぎとは行かないでしょう。何より結婚はリンダが好きになった人とするべきで、後継者は別に夫と限定する必要もないでしょう。もちろんそれが理想的だとは思いますが」
人間族の人生は長い。
ヨシトの言葉通り、一生連れ添う夫婦は極めて少ない。
結婚とは子育ての為だけであり、それ以外は恋人でもかまわない、との考え方が主流だ。
「ふむ、ウッドヤット君は、実にしっかりしている。ますます気に行った」
相変わらず、人の話を聞いていない。
だが、多分わざとだろう。
クレイ氏の理知的な瞳がそれを証明している。
「どうじゃ、幸いハミルトン家は資産家じゃ。お主さえよければ、リンダごとくれてやろう。この医院さえしっかり守ると誓約すればの」
どうして自分がここまで気に入られたか解らない。
ヨシトは、正直な気持ちを告げる事にした。
「いずれにしても、お断りします。初対面で、そこまで評価していただける意味も解りませんし、何より2人の意見を無視しています。どうしてクレイさんが、そんな演技を続けるのかも理解できません」
「…ほう、なるほどな。ラ―ガスが、べた褒めするはずだ」
クレイ氏は、まるで別人のようにな表情で、ヨシトを見つめる。
「なるほど、ラ―ガス教授のお知り合いだったのですね。それで、一体何の試験だったのですか?」
ヨシトの問いかけに対するクレイ氏の答えは、驚くべきものだった。
「単なる知的好奇心じゃよ。お主は、アレク=バーストを知っておるじゃろ」
ヨシトは黙り込む。
「わしは、彼を知っておる。そして3年半程前の事件もな。リションもわしの教え子だと言えば話が繋がるのではないかな」
「ひいおじい様、何を話しているか解らないわ。それが今回の事と、どう関係するの?」
ヨシトは、リンダの言葉にも沈黙を貫く。
レミル氏は、ヨシトを見つめながら話を続ける。
「リションが末期のバルゾ病患者を完治したと聞いての。飛んでいって話を聞いたのじゃ。もちろんギフトを使った医術とは程遠い物じゃったが、ひとつ腑に落ちなくて追求したのじゃ。すると、マキシムの学生がギフトを使った事までは解った。そしてラ―ガスに聞いて、初めてお主の名前を確認できた訳じゃ。此処までは理解できたかのぅ」
「…はい」
ヨシトは一言、返事を返す。
リンダもただならぬ雰囲気に、口をはさまず黙っている。
「お主の年齢、事情を考えると二つの事件は繋がる。そして、そんな男をリンダが連れてくると言う。確かめずにはおられまい」
ヨシトは大きな溜息を一つ吐くと、覚悟を決め話し出す。
「…それで、クレイさんは、どうされるつもりですか?」
「どうもせんよ、確かめただけじゃ。そもそも、お主が聡過ぎるのじゃ。単なるじじいのたわごとだと流しておけばよいものを」
(確かにその通りだ。俺は高齢の人間族を舐めていた)
やぶへびだったとヨシトは思う。
だが、この段階に至っては聞かずにいられない。
「俺がリンダのそばにいる事を、クレイさんは許すのですか?」
クレイ氏は、かすかに笑う。
「それこそ不躾じゃろう。お主の言った通り2人の問題じゃろうが」
「私は、ひいおじい様に何と言われても、自分の目で見たヨシト君を信じます。ねえ、もうこんな話、やめましょうよ」
リンダの言葉がヨシトにはありがたい。
だが、再度確認せずにはいられない。
「俺は、自分自身が一番信じられません。クレイさんのお話を断ったのも、そこに根本的な理由があります。今は自分の将来の事など決められないんです」
「ふむ、未熟だの。ますます気に行った」
その言葉に耳を疑ったヨシトは、うめくような声を漏らす。
「……どうして。…わかりません」
クレイ氏は、真摯な目でヨシトに語りかける。
「お主の話は、リションからもラ―ガスからも、そしてさっきはブラット君からも聞いた。そしてわし自身が、じかに確かめたのじゃ。これでも人を見る目があると思っとる。なあ、ウッドヤット君。さっきの婚約の話は半分以上は本気じゃよ。わしから見るに、お主は勝手に悩んでるに過ぎん。その程度で収まっている事自体が奇跡だと思う。わしがお主を評価しておる説明になったかの?」
ヨシトは思った。
こんな聡明な人が自分を評価してくれている。
自分の大事な曽孫を預けていいと思うくらいに。
少しくらいは自分に自信を持ってもいいかと。
この時、初めてヨシトは実感した。




