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第22話 ヨシトは進路を決定する


 9月も終わりに近付いたある日の朝。

目を覚ましたヨシトは泣いていた。

夢の中での前世の記憶が終わったからだ。


 ヨシトにとっての地球での生活はまさに現実であり、黒部義人クロベヨシトの死は、まるで半身をもぎ取られたような実感を伴ったからである。


 ヨシトは考える。

(クライアントの佐藤さんは、計画を楽しみにしていたし、他の仕事も結果的に放り出してしまった。楽しみにしていたドラマや漫画も結末はわからないままだし、うまかった料理も食えない)


 なんでこんな事を先ず真っ先に考えているかというと、最後に爆発が起こった事や身近な人たちの無事は父親から聞いていて知っていたので、そういう心配はしていなかったからだ。

ヨシトは、父親の言った事を疑いたくなかった。

いや、そう信じ込んでいた。


 しかし次に、身近な人の事を考える。

(婚約者は……何か、大丈夫な気がする。彼女は強いからだろうか)


 もちろん今頃、彼女は幸せに暮らしている。もっとも黒部義人の葬式で、一番悲しんでいたのも彼女ではある。その悲しみを支えた男と恋仲になり、近々結婚予定なのをもちろんヨシトは知らないが。


 ただ、年老いた両親の事を考えると涙が止まらなかった。

受けた恩を、何も返せていないと思う。

そもそも、親より先に死ぬ事自体が最大の親不幸と言える。


(父さん母さん、先立つ不孝をお許しください。みのる、父さん母さんを支えてやってくれ)

両親や年の離れた弟の事を考えると、やりきれない。

ヨシトはベットの上で、ただ泣き続けた。


 その様子を見て驚いた同室の子が呼んだのだろう。

タラチナと獣人職員のレンさんがヨシトの様子を見に飛んできた。

「ヨシト君、どうしたの」

ヨシトは、何とか笑顔を作り二人に返事をする。

「すいません、心配をおかけして。ただ怖い夢を見ただけですから」

レンさんは、その言葉にほっとしたのか、

「元気出して、今度お気に入りのズボンを縫ってあげるから」

となぐさめる。


 レンさんは、孤児たちの服を仕立てる名人だ。

孤児たちの服は、すべて彼女が作っている。

ヨシトが今着ている寝巻も当然そうだ。

「すいません、もう大丈夫ですから」

涙をぬぐい、笑顔を浮かべるヨシト。

レンさんはその様子を見て自室に戻っていったが、タラチナは「もう少し見てる」と言い、この場に留まった。


 涙顔を見られて恥ずかしかったヨシトは、タラチナにも心配しないように言ったが、タラチナは何も言わずヨシトの手を握り、

「大丈夫」とか「心配ない」と、言葉少なに繰り返し、ヨシトが落ち着くまで、ずっと付き合ってくれた。


 その手からは体温と一緒に彼女の温かい心までしみ込むような気がして、ヨシトは一筋の涙をこぼした。

(女神様、感謝します。俺は今も幸せです)


 この世界では、神は人の運命には関わらない。

だがヨシトは、女神様にただ祈った。自らの気持ちが届きますように。



 タラチナが自室に帰ると、ヨシトは地球での黒部義人の人生について考える。

(早死にした以外は、幸せな人生だったと言えるだろう。それに、彼の記憶を受け継ぐ俺がいるのだから、彼は単純に死んだとは言えないかもしれない)


次にヨシトは考える。

人生の選択についてだ。

(前世の一級建築士としての知識は使えない。ある意味、独立まで果たした彼は成功者と言えるし、俺自身は絵を描いたり物を造ったりするのは好きだけど、職業とする気は以前から無かった。それは、彼の人生が終わった後でも変わらない)


 黒部義人とヨシトは同一人物でもあり、そうでないともいえた。

環境や個人の能力が違うのだから当然の結果だろう。

(今日、前世が終わったのは何かの運命かもしれない。学院から帰った後、自分の進路についてナタリーメイ院長に報告しよう)

もちろん偶然が重なっただけの事だが、9月末までに進路を決定する事は前々から決めていた事なので、確かにきりが良いだろう。



 学院から帰宅後、院長室を訪れたヨシトをナタリーメイは部屋に通す。

進路の報告をするというヨシトをソファーにかけさせ、タラチナに紅茶を頼む。

しばらくしてタラチナが現れると、ヨシトは話しかける。


「タラチナさん、今朝はありがとうございました」

「気にしないで、誰でも泣きたい時はあるもの」

紅茶を置いて、帰ろうとする彼女をヨシトは呼び止める。

「今から進路の報告をするんですけど、良かったらタラチナさんも聞いていてください」

「・・・・・・いいの」

「はい、院長先生には了解をもらってます」

それを聞いたタラチナは院長の横に腰掛ける。


「もう一つ、紅茶を頼むべきでしたね」

ナタリーメイの言葉に、ヨシトも苦笑いを浮かべる。

「はい、気がつきませんでした」

「せっかくだから入れてくる」

そう言って紅茶を入れに行くタラチナが戻ってくるのを待って、ヨシトは話し始める。


「実は一級の回復師の資格を取ろうと思っています」

「なるほど、確かあなたは二級回復師の試験に合格していましたね。最終的には医師を目指すつもりですか」

「いいえ、今のところそこまでは考えてません。ただ、身近な人が傷ついた場合に必要な資格ですから」


 ここで、回復師の資格について説明しておく。

回復師とは現場の医者の事であり、研究や教育を行わない。

自らの回復や再生の魔術やギフトなどを使って、患者の治療にあたる職業である。

 まず二級回復師になるためには、3日に渡る筆記による国家試験を行い、医療知識が試される。

年齢制限は無いが、それは難関である。

ただ普通は専門の大学に行き、卒業資格を取れば免除される物ではある。

出来ることは、一級回復師や医師が立ち会えば、お金をもらって患者を診ることができる。


 次に一級の回復師は、地球でいう町医者と何ら変わらない。

回復師学会があり、定期的に講習を受ける事も出来る。


 ちなみに三級回復師もいて、ギフトで『回復』や『再生』等の治癒系ギフトを持った人物にほとんど無条件で与えられる資格で、ギフトの種類により制限がつく上に開業出来ない。

ただ、特定の個人を診て謝礼をもらう事は可能である。

例えばルシアは、三級回復師の『浄化』限定資格を持っている。

職業とは言えない物であるが、人間族にはギフトの関係上たくさんいる。

閑話休題


タラチナが念のため確かめる。

「ヨシト君はこの2年でたくさん資格を取ってた。それでいいの? 回復師は、あまりもうからない」

ヨシトは二人に、はっきりと告げる。

「はい、一級の回復師になるためには、最低2年の実務経験を積む必要があります。そして、首都には実務経験とみなされる専門院がたくさんあります。成人するまでに国家試験を受けて、資格を取るつもりです。実は職業にするかどうかは、まだ決めてません。でもナタリーメイ院長のように一級回復師の資格を取っておけば、何かと便利だと思います。少なくても周辺国では通用する資格ですから。問題は、どの学び舎を選択するかで、最終的には学院の進路担当と話して決めますが、ぜひお二人の意見を聞きたいのです」


大人たちは、しばらく考え込む。

「普通ならヨセミテ専門大学院。でもあそこは、医師を養成する所。お勧めできない」

タラチナの言葉にヨシトも頷く。


 ヨセミテ専門大学院の正式名称は、国立ヨセミテ医術専門大学院。

神聖リリアンヌ教国だけでなく、おそらく世界で三本の指に入る医術系大学院だ。

生徒はもちろん教授陣も知的好奇心が旺盛で、極めて優秀であり、卒業後も研究職に就く人が多い。


「俺の目的には合ってませんね。それにトラブルになるような気がします。さすがに2年前のようなことはもう御免ですから」

まさかとは思うが、解剖されかけるのは二度と経験したくない。

そこまでいかなくても、自分の体質やギフトが解れば、いいおもちゃにされかねないと思う。


 ナタリーメイが意見を述べる。

「マキシム医術専門院はどうでしょうか」

「すいません、詳しく知らないんですけど、どんなところか教えてもらえますか。クスノキ学院の資料には載って無かったので」


ナタリーメイは頷くと、説明をし始める。


「マキシム医術専門院は、完全に現場向け、つまり一級回復師を養成する学院です。最大の特徴は、実地研修に力をいれている事です。そして、獣人族の優秀な生徒を多く受け入れており、獣人族の体についての医学を学べます。一級回復師国家試験の合格率も、極めて高いのも魅力ですね」


 たしかに魅力的だ。

ネオジャンヌだけでなく、人間族の国では、獣人の医学には力を入れてない所が多い。

実際は、彼らが一番危険にさらされる場合が多いだろうに。


「そんな有名なところを知らなかったなんて、何というか不覚ですね」

そんな事をいうヨシトにタラチナが忠告する。

「ただ、不人気。始めから一級回復師で終わる気持ちの人は少ない。それに5年前に研修先で魔獣に襲われ、死亡事故を起こしている。客観的に見れば二流大学院」


ナタリーメイが補足する。

「それに獣人族が生徒の過半数を超える事も、偏見の対象になっているようです。お金のない彼らにとっては、ほとんど最難関の大学院なのに」


 さらに話を聞くと、奨学金で入ってきた獣人族は、滑り止めで入ってきた人間族たちより優秀で、それに耐えられない一部の者が、退学した後に、よからぬ噂を流している事も一因があるという。


 ヨシトは怒りを込めて言う。

「ばからしい。単なる人種差別主義者のたわごとでしょうに。人間族に生まれただけでも有利なのに、がんばっている人を馬鹿にして何が楽しいんだ」


 ナタリーメイが頷きながらも私見を述べる。

「特に、此処に住む人間族にとっては、獣人たちに遅れをとることが耐えられないのでしょう。一部の人間たちは、レッテルを張り、おとしめることで心の安定を得ます。それが仮初かりそめで自らの成長に何ら寄与しない事でも、やめられないのです」


確かにそんな人はいた。

この世界でも、地球でも。

ヨシトは、狼人ガイヤルの言葉を思い出していた。

『お前の周りは、きれいすぎる』

今思えば悲しい言葉だが、実感のこもった言葉はヨシトの心に響いた。



 その後ヨシトは、事前にオープンキャンパスを経験した後、正式にマキシム医術専門院に進路を決める。

進路担当のフキエ女史は、始めは強く反対していたが、ヨシトの気持ちが変わらないと知ると他の総合大学院、つまり滑り止めを受けることを条件に渋々ながら了承した。

9月末に願書を出して、順調にいけば来年2月に入学となるだろう。



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