第21話 狼人ガイヤル孤児院を去る
午後からは、ヨシトの運動選手としての可能性を探るため、トレーニング施設を貸切っての検証が始められた。二人は様々な競技の場面を想定し、実際に運動を行っていき、どのような場合に『防御』が発動するのかを確かめていった。そして数時間の後、その条件をについて話し合いをしていた。
ガイヤルは素朴な感想をもらす。
「しかしヨシト、お前の『防御』はどうなってるんだ」
「……同感です」
二人が悩むのも無理はない。
『防御』の発動条件は、なんとも不思議な物だったからだ。
まず陸上競技は、投擲競技も含めて問題なかった。
これは、クスノキ学院の授業でも解っていた事だから、確認しただけである。
器械体操や演武も問題ない。
1人で行うものは、ほとんど大丈夫なようだ。
一番意外だったのは、格闘関係のスポーツが結構いけたことだ。
レスリングに似た競技だけでなく、ボクシングや空手のような打撃系の競技、さらに関節技のある柔道のような競技でも、自動防御は起らなかった。
だが、球技はほとんどダメだった。
ラクビーに似た競技では、タックルを受ける時は問題なかったが、ボールを持った相手にタックルしに行くと発動した。
「俺からぶつかっていっても駄目なのか」
「まさかな、意味がわからん。もしかして、ボールも武器扱いなのか」
そして、ボールを持ってない相手にタックルする場合は問題なかった。
「人間は武器じゃなくて、ボールを持った人間は武器扱い。相手や自分からに関係なく発動するなんて」
ヨシトの驚きも無理ないだろう。
人の意志には反応するのに、何て機械的な条件だろう。
更に調べると、バスケット、サッカー等は速いパスを受けられず、もちろん、バレーボールや軟式テニスでも駄目だった。
なにせ、自分では発動を止められないのだ。
ヨシトは思わず愚痴が出る。
「スイッチで、入切が出来たらいいのに」
自動防御とは、以外に厄介なものだった。
そして武器を使う格闘技は、致死性でない物でもダメだった。
訓練用の、ラバー付き木剣での攻撃でも発動。
ナイフを鞘におさめたまま殴りかかると、ナイフだけ弾き飛ばされる。
投擲用の武器を投げても発動するが、ゴム球を投げても発動する。
「よくもいままで学院でばれなかったな、物の投げ渡しも出来ねえじゃないか」
「神託後は、ほとんど魔術関係の訓練でしたし、大勢でするスポーツもしなかったですし」
ガイヤルは唸りながら話す。
「つまりあれだ。多少推測も入るが、お前のギフトの発動条件は魔術やギフトを使っているかと、武器をつかっているかが関係していて、結界の範囲の直径3m以内に入ると発動する」
ヨシトも頷く。そして、話し出す。
「殺気や速度だけでは、発動条件は満たさない……、いえ、速さだけでも発動します。例えば、速く飛ぶ虫とか砂粒とかにです。相当の速さが必要みたいですが。そして、俺以外への殺意には反応しません。俺への殺気プラス明らかな行動かスピードが関係するみたいです」
頭の中に突然イメージが浮かんだ為に、ヨシトは説明を補足した。
「その頭の中の説明書が完全に読めたら、こんな手間をかけなくともいいのにな」
「仕方がありませんよ、たまに出て来るだけでも良しとしましょう」
ヨシトは苦笑する。
いくら自動防御でも性能がわからなければ不味いと思うが、解らないんだから仕方が無い。
「まあ問題は、武器とみなされる物の範囲が広いことだな。しかし、キャッチボールも出来ないとはな。威力とか関係ないな」
「でも、砂とかには反応しませんね。そして、石には発動する」
「まったく、ギフトってのは理屈じゃないってことか」
二人の間に沈黙が流れる。
ガイヤルは、気を取り直して言う。
「とりあえず、今までで解った事をまとめてみるか。まあこういうのは、お前の方がいいだろう。自分なりにまとめて、おれに話してみろ。違っていたら言ってやる」
その言葉にヨシトは、まとめに入る。
「解りました。まず、魔術やギフトに対する必須の発動条件は、俺への悪意が存在していること。その上で直径3mの結界力場の外面に達すると、瞬時に発動します。逆に素手でなら、殺気を込めても、致死性と思われる攻撃でも発動しません。これは武器さえ持たなければ、物理攻撃可能だということです」
「お前を殴り殺すことが出来るってわけだ」
「本当ですね。ガイヤルさんに本気で殴られたら間違いなく致死性だと思うんですけど……。次に武器ですが、意外な物も武器とみなされるみたいです。例えばボールですね。判断基準はよく解かりません。物体の重さとかは、おそらく関係ありません。投擲武器も含めて、武器の相対速度が、時速30km以上の場合のみに発動します。この場合は物体自体の殺気は関係しません。ただし、俺に殺気を持った人が武器を持つか、魔術やギフトを発動しながら近づくと、速さは関係なく発動します。それと、人の意志が介在しなくても、すごく速い物や生物にも反応するみたいです」
「つまり、武器と魔術と人の意志が必須で、速度とかは、あくまで、おまけみたいなもんだな。他には、さっき試してみたが、毒をぬった武器を持って近づいても発動するぞ。面白い事に、毒その物には反応しない。どうやら武器に毒をぬることが、問答無用で駄目なんだろう。逆にいえば、毒液をかけて殺せるわけだ」
ガイヤルの話に、顔をしかめるヨシト。
「そんな事をしてたんですか。まあ、了解しました。他にも食べ物や飲み物に、毒を混ぜられると駄目でしょうね。
ガイヤルはギフトについて総括する。
「つまりだな、まあ、余り神経質になるなということだ。というより『防御』は保険だと思って、3mより大きめの魔術防御で対処した方が確実だな。ギフトに関連した魔術は、だいたいうまく使えるからな」
「はい。俺は、魔術による力場展開は簡単に出来ました。午前に見せたのにも使ってます」
「まあ、あれほどの力が使えるんだ。ギフトに頼るなと言う事だろう」
「はい、そうします」
続けてヨシトは説明する。
「後は、昨日解った事ですね。結界は怒りの感情で、自力で発動できる。意識的に発動を抑えられない。結界は縮められないが10mまでは広げられる。結界展開中は、悪意あるものを指定でき、結界が切れるまでの有効時間は、何もしなければ3秒、維持できるのは約1分、怒りで10秒ほど伸びる。結界内にいる人が武器で俺に襲いかかると、自動的に武器ごと弾き出される」
「そうだな。最後のは魔術も同じだ。種類とか関係なくおまえに対する殺気がこもると『防御』対象になる。おまえを殺したいと思っている女には、治癒魔術さえかけてもらえないな」
「何ですか、それは。まあ、そうならないように気を付けます。重要なのは、俺に対する殺気以外なら、結界内で魔術や武器は問題なく使える」
「それは本当によかったな。つまり、お前の結界内から魔物に攻撃できる訳だ。しかし、一体どうなってるんだ。どうやって殺したい相手の違いまで解るんだ。お前なら魔術でそんな構成が組めるか」
「……無理です。少なくても俺には出来ません」
「まったく、これが女神の意志による物なら、過保護なことだな。しかし、毒の問題も含めてピントがずれてる。なんだか、人にとって何が危険かをいまいち解ってない感じだな」
ヨシトは少し意外に思い、ガイヤルに尋ねる。
「ダイブツ教徒であるガイヤルさんでも、女神の意志を信じているんですか」
「おいおい、女神を否定してる宗教なんて無いぜ。ギフトは実際にあるしな。そんな宗教があっても、長続きしないな。現実を無視して、てめえの都合のいい理屈をこねったって誰も信じないからな」
この世界の女神様は、基本的に人には関わらない。ただ見守っているだけだ。
ただその力は、加護という形で恩恵を与えてくれるし、ギフトについては言うまでもない。
また過去には、人の力では解決できない事を奇跡を起こして助けてくれた事例があるので、自分で出来ることは自分でやれという事だろう。
「確かに、無意識に発動するギフトやスキルは、女神様の意志が宿っていると考えられていますね。そうだとしたら、ある意味仕方ないかも」
「理由がわからないのは、奇跡だからだろうよ」
「本当は、俺らが知らない理由があるかもしれませんけどね」
そんなことを話しつつ、検証は続けられたが、これ以上の発見は無かった。
ガイヤルは、最後に所見を述べる。
「おれの考えをいうと、運動系の競技会を含めて参加しないほうがいい」
「はい」
「理由はわかっているだろうが、競技会では魔術の使用は一切禁止されている。もちろんギフトを含めてな。そして監視のため、魔力視の術持ちの審判がいて目を光らせている。もちろん、魔術あり、ギフトありもあるが、まあ単なる見せ物だ。人間族がやるような代物じゃない。結論を言うと、ギフトを隠すなら止めた方がいい」
確かにそうだ、体を動かすのは好きだがプロになるのとは違うだろう。
「まあ人間族は、体力的な衰えはほとんどないから急ぐことは無い。ギフトがばれたりして状況が変わったら、やれるかもしれんしな」
ヨシトは特にスポーツに思い入れは無かったので、とりあえずスポーツ系の進学は止めることにした。
「次は戦闘系だが、これもギフトを隠すなら止めた方がいい。」
「ガイヤルさん、俺には才能はあるんですよね」
「あり過ぎだ。ほんの少し慣れれば、すぐに一線級の活躍が出来るだろう。おれの感じじゃ高齢の人間族に匹敵する力を持っている。10歳のお前がな」
「はい、自覚してます」
「だが、そういう問題じゃない、確かに、お前みたいなルーキーが出てくりゃあ、おれたちは、ちょっとは楽できるがな。だが今の所、手は足りている。特に、このガリア地方ではな。お前が自分の力を世のため人のために役立てたいと考えても、人が魔物に殺されるのはそう変わらんさ。もちろん傭兵じゃなくて、軍に入る場合でもそうだろうよ。ヨシトは一人しかいないんだからな」
「……」
「だが、戦闘技術自体は鍛えておけ。理由は2つだ。1つは魔物の大量発生、その時は人間族にも従軍義務が発生する。もう一つは、お前のギフトを狙うやつに対抗する手段を持つためだ。それに、はるか先の事だが、400歳を超えると従軍するのは知ってるか」
「はい、でも強制じゃないとも聞いてますけど」
「もし無視する気なら、やめとけ。金で済ました方がいい」
人間族は400歳から450歳の間の最低10年間、慣例として従軍する。決して強制でないが、社会に対する奉仕の意味が強く、元々は戦争時代に自らの子孫を守るため、高齢者が率先して敵と戦ったことに由来しているため、無視する奴は国族扱いどころか人間族全般から相手にされなくなる。ただ、戦闘向きでない人のために、お金を払って非難をかわす方法もある。ガイヤルは、その事を言っているのだ。
一通りの話が終わり、二人はトレーニング施設を後にする。
孤児院のへの帰り道で、ガイヤルはヨシトに話しかける。
「さて、これで一応依頼は完了したが、今日はもう遅い。あすの朝までは付き合ってやるから、何かあったら言え」
「ガイヤルさんは、明日の朝には帰っちゃうんですね」
ガイヤルはニヤリと笑い、皮肉っぽく言う。
「しがない傭兵稼業ってやつだ。まあおれは、死ぬまでこんな調子だろうよ」
「ガイヤルさんは教え方も上手ですし、一線を引いたら教官職についたらどうでしょうか」
獣人族も女神の加護の影響か、若い時代が長く続く。
病気や怪我で死ぬ者も多いが、獣種によらず、寿命は最大で120年ほどである。
だが、人間族と違って徐々に老化していく。
肉体年齢は、地球人類の年齢-30歳ぐらいだと思えばいいだろう。
30歳のガイヤルにとっては、50年程も先の話になるだろう。
「おれが教官ねえ。考えもしなかったが、まあ、ちっとばかり考えてみるわ」
人間族は、なんとも気が長いと彼は思った。
孤児院に帰った後、二人でナタリーメイ院長に一連の事について報告する。
ナタリーメイは二人の話を聞き終わると、ガイヤルに今回の依頼について、ねぎらい、今回の報酬を渡して感謝の言葉を述べる。
「まあ、仕事ですから」
と答える狼人の男の照れた表情を見て、ヨシトも感謝の言葉を言う。
「お前の金で受けた依頼だ。まあ言葉も金も、ありがたく受け取っておくさ」
なんともぶっきらぼうに答える男の事を、ヨシトはますます好きになった。
ナタリーメイは、ヨシトに視線を移し優しく問いかける。
「それで、あなたの考えを聞かせてください」
ヨシトは、しばらく考えてから答える。
「ガイヤルさんの意見を受け入れたいと思います。戦闘や運動職は、とりあえずの目標にはせずに、日々鍛錬を怠らないようにします。それと、来年からの進路については、9月末までには決めたいと思ってます」
「わかりました。考えが決まったら報告しなさい」
ナタリーメイのその言葉を最後に、二人は院長室を後にした。
食事の時、「明日の朝、ここを出る」とのガイヤルの言葉に、孤児たちは大騒ぎになった。
タラチナがみんなをなだめて「聞きたいことは今日中に聞かないと損」と言うと昨日と同様の質問タイムになる。
ヨシトは、子供たちと一緒にガイヤルの話す魔物退治の話をただ黙って聞いていた。
「傭兵にとって一番必要な事は、死なないことだ」
そんな話をする姿を、何となく目に焼きつけながら。
そして男は、次の日の早朝、子供たちに別れも告げず孤児院を旅立った。
ヨシトたちの心に、確かな影響を残して。
実際、自動防御があったら漫画みたいにはいかないと思います。
発動条件を長々と書いたのはその為です。




