第20話 子供たちは戦いについて学ぶ
狼人ガイヤルと楽しい晩餐を過ごした次の日の朝、ヨシトたちは、食堂で彼を待っていた。
集まったのは、ヨシトを含め5人の孤児たちだった。
今年卒院予定の10歳の男子グフト。
ギフトは『体術』。
同じく10歳の男子キラ。
ギフトは『飛翔』。
8歳の男子エミル。
ギフトは『電撃』。
そして紅一点、5歳の女子ミーア。
ギフトは『強化』。
子供達の見た目は、既に大人と変わらない。
この世界の子供達の成長速度は早いのだ。
見た目は大人、中身は子供、とまでは言い過ぎだが、まだまだ精神的には未熟な彼らは、全員がやや緊張した面持ちで言葉少なに待っていた。
そんな中、ヨシトに向かって獅子人の娘ミーアが尋ねる。
「ねえ、ヨシ兄、ガイヤルさんって強いんだよね。ミーアついていけるかな。だいじょうぶかな」
それに優しく微笑むヨシト。
「ミーは、がんばってるし、獅子人は戦闘向きだから大丈夫だよ」
「でも、魔術うまく使えないし。…ヨシ兄が教えてくれてるのに」
「まだ神託を受けてから1月だろ。ミーは才能あると思うし大丈夫、俺が保証するよ」
「そっかな、じゃあミーアがんばってみるね」
まだ5歳の女子、ミーア=イシュタルの参加をナタリーメイ院長が認めたのは、強力なギフト『強化』があるからだ。
常時発動型の肉体強化に加え、他者の魔術や技の威力を上げる彼女のギフトは完全に戦闘向きであり、彼女の父親も、人間族の国では珍しい獣人の下級治安貴族(現場の警察官)だったため、彼女も出来れば同じ道を進みたいと決めている。
母親を病気で亡くし、父親は職務中に殉職した彼女には年金が支給され、首都の永住権を持っているという珍しい獣人だ。
そんな話をしていると、大きな袋を持ったガイヤルが現れ声をかける。
「これだけか。まあ、ちょうどいいか。よし、表へ出ろ」
5人は、きびきびと行動する。
それからはまさに体育の授業のようだった。
軽いストレッチを済まし、街の外への約5kmのランニング、しかもペースが速い。
日本でなら、マラソンランナー以上の速さで一列になって疾走する集団を、街の人達は驚いたような様子で見送る。
誰一人遅れる事なくたどり着いた草原で、ガイヤルは声をかける。
「体力的には問題なさそうだな、所でおまえら、何を教わりたい」
その言葉に孤児たちは、それぞれ希望を言う。
グフトとキラの10歳コンビは、魔物との戦い方とガイヤルとの手合わせ。
エミルは、ギフトの実戦での活用法。
ミーアとヨシトは、戦闘術の基礎を選択する。
さあ、練習の開始だ。
ガイヤルは、持ってきた袋から木剣を取り出し全員に配ると、グフトとキラにヘルメットを渡して模擬戦を命じる。
そして、二人の攻撃の型やタイミングを微妙に修正し、それを参考に残り三人は見よう見まねで木剣を振る。
激しく動いてもほとんど疲れを感じない強い体がたのもしい。
ヨシトは前世日本では、体を動かすことはあまり得意でなく、運動クラブには所属した経験が無かったため、まるで体育会系サークル活動のような経験は非常に楽しかった。
同世代の子供がいないクスノキ学院での体育の授業では、マンツーマンでの教練がほとんどだったからだ。
その後もガイヤルが実践的な指導をして、きりの良い所で休憩をとる。
その間を利用して、魔物に対してのレクチャーが始まった。
ガイヤルが5人を前に、魔物に対する注意点を話す。
「このあたりにほとんど強い魔物がいないのは、軍が定期的に討伐してるからだ。だが気を付けろ、魔木や魔草は生えてるぞ。これもそんなに強くは無いが、知らずになわばりに入ると毒とかにやられる。実は一番やっかいなのは、植物系の魔物だ」
エミルが尋ねる。
「どうやって見分ければいいのか、教えてください」
その言葉に頷くガイヤル。
「まず魔木は、その場でウネウネと動く。もっとも歩けないがな。それと目立つ色をしている。だが植物のまねをしてる奴や、歩く魔木もいるから、魔物事典を読んで覚えるのが一番だ。だが、うのみにするなよ。亜種といって、微妙に違う奴がいて、こいつらは強い」
「歩く木があるんだ、気持ち悪い」と、ミーアが嫌そうに言う。
「まあそれほど速いやつはいない。強いから逃げた方がいいぞ」
「おれの『体術』を使った、乱れ突きで倒せませんか」
「やめとけ。魔物は硬いが、魔木はもっと硬い。特に強いやつは鉄より硬いからグフト、今のお前じゃ無理だ。鋼鉄を斬るか壊せるようになってからにしろ」
みんな黙り込む。
やはり魔物は恐ろしい。
そう、人の敵だ。
「次は魔獣に出会った時だが、一番肝心な事は、逃げれるかどうかを見極めることだ」
「いきなり逃げるなんてかっこわるいよ」とエミルが言う。
「ばーか、逃げるんじゃなく、逃げれる相手かを見るんだよ。いいか、魔獣は馬鹿力で、多少怪我しても平気で本能のまま襲いかかってくる化け物だ、1対1ならともかく、相手が複数なら逃げろ。ただしヨシトは別だ、とりあえず遠距離魔術で攻撃しろ」
「何でヨシトだけ特別なんだよ」とグフトが拗ねたような様に聞く。
「そうじゃねえよ、人間族で魔術が得意な奴って意味だ。足止め出来て、最悪飛んで逃げれるからだ。俺たちみたいに速く飛べないと、下から狙い撃ちされる時があるから気を付けろ。そういえばキラのギフトは『飛翔』だったよな、何分飛べる」
「続けて飛べるのは、2時間くらいです」
「ほぅ、優秀だな。お前はいつでも逃げれるから、ギフトの残り使用時間にだけ気をつけてろ」
「はい」と、キラは嬉しそうに返事をする。
「魔物の多くは飛べないんでしたね」
「そうだヨシト。やつらは飛べないが、固有魔術を使う。特に魔素ラインの近くでは、制限なしに使ってきやがる。四足だから速いしな。だから、おまえの魔術で助けてやれ」
「べつに、ヨシトに助けてもらわなくても、オレが真っ二つにしてやるよ」
「あのなぁグフト、魔術は怖いんだ。特に遠距離魔術を使う人間には、おれらは普通にやっても勝てないくらいの差があるんだ。……何だ、不満そうだな。仕方がない、ヨシト、見せてやれ」
「何をですか」
ガイヤルは、周囲を見回す。
「そうだな、向こうに木があるだろう。あれは魔木だ」
といって、200mほど向こうの小さな木を指さす。
「あれに攻撃しろ。得意魔術でな」
「得意とか、ないんですけど」
「じゃあ、派手なやつを一発頼むわ」
仕方なく、酸素に意志付けし収束、思念波で身体魔素で練り上げ、結界に圧縮し、思考波で狙いを定め、魔木に向かって放つ。
およそ1秒ほどで、音も少なく目標に接触する。
ドカンと大きな爆発が起こり、周囲20m程が更地になる。
この世界は魔素に満たされており、爆発の減衰は激しいが、地球でなら大型爆弾に匹敵する威力だ。
当然、魔木は枝一本も残っていない。
ヨシトを除く子供達があっけにとられる中、ガイヤルが話し出す。
「ヨシト、どうやったか話してやれ」
「はい、まず大気中の酸素に意志付けしつつ、魔木の体表の構成と身体魔素特性を探りました。その後、酸素を収束しつつ結界に閉じ込め圧縮し、魔木の体表と気化爆発を起こす構成を組んで魔木専用の爆弾を造ります。次に、結界周囲に魔木と引き合うように力場を展開し、思考波を使い対象方向に打ち出すと同時に、力場が壊れると結界が消失するように結界に構成を付加します。後は何もしなくても近くまで行くと魔木と爆弾は引き合い、勝手に当たって爆発します。一番難しいのは、魔木の身体魔素を含めた特性を探ることで、これに少し時間がかかります」
「いったい、いくつの魔術を使ったんだ」
「同時には2つです。さすがにそれ以上は俺には難しくて、魔術構成が乱れるので安全を最優先にしました」
「ヨシ兄すごい! なにを言っているのかは、わからないけど」
ミーアが、はしゃいだような声でヨシトを褒める。
ガイヤルが、珍しく溜息を吐きつつ子供たちに話す。
「わかったろう、魔術が得意なやつにはかなわないっていう理由が。おれたち獣人は、魔術は同時に1つしか使えない。うまい奴でも2つが限界だ。人間族みたいに同時に何個もなんて無理だし、威力も段違いだ。もっともヨシトは別として、若い人間族はここまですごくは無いがな。だが、年をとった人間族は今よりもっとすごい魔術を使うやつがゴロゴロいるぞ」
子供たちはじっと話を聞いている。
高レベルの魔術使いの力を実感したのだろう。
「ところでグフト、おまえは何秒であそこまで走れる」
指さした先は、魔木のあった200m先の更地だ。
「5,6秒です」
この世界では加速はたやすい。
速度がエネルギーの二乗に比例しない世界ならではだ。
『体術』ギフトを持つグフトなら、時速200キロぐらいは出せる。
減衰が激しいので長くは走れないが。
「魔獣もそれくらいで走れるんだ。ザコはおれたちが狩るが、強いやつ相手には人間族や魔人族(精霊族)が魔術を行使する間の時間をかせぐ壁になるのが、おれたちの仕事だ。おまえが傭兵志望ならよく覚えておけ」
「……はい」
「よし、休憩は終わりだ。さあ、いっちょ鍛えてやるか」
その後、あっというまに時間が過ぎ、ガイヤルに叩きのめされたグフトとキラをヨシトが回復術で治療していると、ミーアが近付いてきた。
「ヨシ兄、最後に手合わせしよう」
(これはまずい。『防御』がばれる)
さすがにオートガードが働いてしまうだろう。
ヨシトは何とか、ごまかすことにした。
「やめておくよ。なんだか疲れちゃったし」
「ぜんぜん平気そう。さっきもすごく楽しそうだったよ」
「ちょっと、はしゃぎ過ぎたんだ。午後にも運動するから今日はやめとくよ」
「じゃあ、今度またやろうね」
離れていくミーアの姿を見ると、罪悪感が沸いてくる。
(嘘つきは、タラチナさんに嫌われるな)
その会話を聞いていたのだろう。
ガイヤルがヨシトに話しかける。
「お兄ちゃんは大変だな」
「いえ、でもなんていうか、罪悪感がすごくて」
そんなヨシトに、ガイヤルは低い声で尋ねる。
「隠し事は、つらいか」
「……はい。出来れば普通にしていたいです。せっかくもらった力なのに」
ガイヤルは、はっきりとした声でヨシトに宣言する。
「おれは反対だ」
その答えを意外に思ったヨシト。
「ガイヤルさんは俺がその気なら、反対しないと思っていました」
ガイヤルは、鋭い目線でヨシトに話しかける。
「お前は世間ってものを知らない。だから、そうしたいのもわかる。だが、ここにいる人たちしか知らないお前は素直すぎる。お前の周りは、きれいすぎる」
「俺がまだ子供って事ですか」
ヨシトは不機嫌な声で尋ねる。
「そうだ。だが、お前がここで一生暮らすつもりなら反対しない」
「此処、ネオジャンヌでですか」
「いいや、せめてガレア地方にある三つの人間族の国と、その友好国でなら問題ないと思う」
実際ほとんどの人間族は、ガレア地方を出ずに一生を終える。
「人間族の人生は長い。そして、お前のギフトは金になる。世界にはいろんな国があって、奴隷を認めている国もある。表向きには人間族を奴隷に認めてる国は無いはずだが、裏では何をやっているかわからん地域も多いんだ」
その話に、ヨシトはガイヤルの言葉の意味を知る。
「俺が襲われたり、誘拐されたりするとガイヤルさんは考えてるんですね」
「そうだ、そして『防御』は切り札になる。切り札は隠しておくもんだ」
ヨシトには『錬金』や『複製』ギフトによって、自らの身に危険が降りかかるという認識は、あまりなかった。
せいぜい、たかられたり嫉妬を買う程度だと思っていたのだ。
確かに前世でも此処でも、治安のよい国で生まれ育った彼の認識は甘いのだろう。
(外国、人間族の国以外で住む可能性か)
ヨシトは今までになかった選択肢を、初めて頭の片隅に入れておいた。




