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第10話 ヨシトは文化の違いに付いて考える


 ヨシトがこの世界に着いて、はや一年が過ぎ、ヨシトは9歳になった

彼は誕生日をはっきり思いだせ(設定して)なかったため、保護された日の7月1日を誕生日として住民登録され、先日、誕生日パーティーが開かれた。


 神聖リリアンヌ教国では、成人するまでの間は子供の誕生日を祝い、プレゼントを贈る習慣があるのだ。

孤児であるヨシトには保護者であるナタリーメイからだけでなく、タラチナやルシアを始め、聖マリアネア教会や通っているクスノキ学院の先生方からも贈り物を貰い、ホクホクの様子であった。


 これから次第に、冬の時期を迎えるが、ガレア地方は温暖で最低気温が10度を下回る日はない。


 最近になってようやく獣人族の孤児たちと会う事を許可された彼は、4人部屋に同居する獣人の年長の子供たちに勉強を教え終わると、この一年の事に付いて思い返してみた。


 まず、外見では彼の身長は伸び、180cmになろうとしていた。それに伴い異常な食欲は収まったが、今でも獣人族とおなじで一日三食は食べており、医師の見立てによると一生そのままかもしれないとのこと。


 ちなみに人間族の平均身長は170cm程度で、かなり体格の良い方であり、まだ成長する様子が見られた。彼の地球での身長は190cm近い大男だったので、その影響かもしれない。


 次に前世の記憶は、高校卒業まで進み、ヨシトは心身共に大人に近付いていた。

黒部義人クロベヨシトは普通科の高校卒業後は国立大学の教育学部に現役合格を決めており、美術を専攻していた。


 高校時代、美術部に所属していた彼は、友人からは「キリンの身長、ゾウの瞳」とか、「なんちゃってバスケットマン」とか言われていて、友達付き合いも良く教師受けもよい生徒だった。

特別ではないが異世界での学生時代の記憶は激しい実感を伴い、正に現実であった。興味深い事を書き留めた[ヨシトの空想ノート]は、既に100冊をゆうに超えていた。


 一方、リアルな現実での学院生活は、この世界の常識からみると異例だった。

まず、学科授業はすぐに「教える事が無い」とされ、図書館での自主学習に切り替えられ、一日の最後にレポートを提出する事となった。

大学への編入も真剣に検討されたが、ヨシト自身がそれを拒否したため、10歳で神託を受けて魔術が使用できるようになるまでは保留とされた。


 その様な事情で、学院での授業は体育や実習が中心となり、他に学院へ通う大人たちと一緒に話をしたりして時間を過ごしていた。

なお、月に一度の医師の診察は続いていたが、当然のごとく異常は見られなかった。


 この世界のサイクルは、3勤1休が多い。

(魔と闇の日が休み。当然学院も同じ)

ヨシトの平日を書き出してみると、以下のようになる。


早朝、ナタリーメイを手伝って畑仕事。最近、任される事も多い。

朝食後、暇な時間を見付けては[ヨシトの空想ノート]に書き込む。

学院へ登校。

授業のない時は、図書館で過ごす。暇な時間を見付けては[ヨシトの空想ノート]に書き込む。

レポート提出後、帰宅。

孤児院で、獣人の子供たちに勉強を教える。

夕食後は趣味の時間。最近は絵を描くのにはまる。

入浴後、お祈りをして就寝。


休日の過ごし方も書いておく。


魔曜日には絵を書いたり、公園に遊びに出かけたりする。

闇曜日には早朝に教会のミサに出席し午後からは、ひたすら小説や絵本を執筆する。

つまりほとんどは、創作活動にあてている。


 実は彼は、ずいぶん前に作家デビューを果たしたのだ。

絵本作家としてである。

これは、もちろん前世の記憶を利用しての事だが、彼は前世の記憶自体には、大いなる不満があった。

常識が違いすぎるため、ほとんど役にたたないのだ。


 まず第一に、魔素が無いので魔術が無いしギフトも無い。

人類は猿人しかいない、魔物がいない。

人の寿命や体の性能も違い、この世界には女神様がいるので宗教や価値観も違う。

学校で習う事では、唯一、算数(数学)は共通点が多かったが、国語、社会、歴史はもちろん物理、化学や音楽までもほとんど役に立たなかった。


 一番大きな違いは物理法則が違うことで、これは地球とは完全に異世界と言う事だろう。

この世界ではエネルギーは速度に比例する。(速度の二乗にではない)

魔術で重力を操れ、大気中での速度の減衰が激しいので単純な質量兵器は脅威ではない。


 化学反応では、火は燃やし続けるように制御しないと、すぐ消えてしまう。

ここでは火はありふれたものでなく、火事は怖くない。

これは酸化反応が弱いと言う事だが、そのため酸素を使ってエネルギーを得ている人体の呼吸の仕組みさえ違うので、酸素を吸って二酸化炭素を排出するのは同じでも、体内で起っている化学反応は魔素結合反応を無視しては説明できない。


 物質自体を見ても、元素や化学物質の性質も微妙に違うので、こちらの世界での酸素を地球と同じとは言い切れない。

おそらく原子や電子からして違う。

電気や電磁波すらも怪しく、つまり、魔素の影響のない技術は相当な思考錯誤を加えないと、こちらでは役にも立たない。


 音楽も、歌など参考になる場合もあるが、どうも人が心地よいと感じるメロディーも微妙に異なるようだ。

試しに、ルシアに日本のヒット曲を翻訳、アレンジして歌ってみたが、「ヨシト君、歌は苦手なのね」とか言われたので、日本では歌がうまかったヨシトは地味にショックを受けた。

これは楽器や音の響き自体が微妙に違うからであろうが、それ以降は披露していない。


 つまるところ、ほとんど全てがやっぱり役立たずだ。

一生懸命勉強した事が無意味だと解って、これから学生のあいだ中続くであろう授業の記憶にうんざりした。


 こちらの人間族と向こう人類の外見の印象はほとんど差がない。頭のパーツ、腕、指、足等の体の形や数は一致している。ただ、こちらの人間族は目が大きめで髪や瞳の色がカラフルであり日本のアニメに出てくる人物と印象が似ている。

例えば、ルシアなどはテレビで見た騎士王の少女にそっくりだ。


 ただし中身や生理機能はかなり違うと思う。

地球人類の頭の中身は人間族と比べると記憶力が悪い。何回も聞いたり書きとったりしないと覚えられないし、すごく忘れっぽいのだ。ヨシトの記憶力はこちらでも特に優れているが、一般的な人間族と比べても数段劣る。そして感情の面で言うと、あくまで経験上の感覚だが、黒部義人はヨシトより欲望が強く感情の起伏が激しく感じる。

推測だが、どちらかといえば、こちらの獣人の人々に近いと思う。

つまり人間族と人類は魔術関係を差し引いても別物だ。


 ただ個人的には、向こうがこちらに劣っているとは思えない。

人間関係の結びつきが強く、特に家族や親戚、更には親友は最高であり、つらく苦しい事があっても、生きている幸せを強く感じた。


 それに加え、彼らの想像力には舌を巻いた。

特に漫画と呼ばれる物は凄くて、未来からやってきた猫型ロボットが活躍する話は感動すら覚えた。

「僕の所にも来てくれないかな」

初めて青猫の夢を見た朝、ヨシトがつぶやいた言葉だ。

そして前世の自分に、「勉強せずに、漫画とか遊びに時間を使ってくれ」と真剣に願ったものだ。


 以上の事を結構早くから感じていたヨシトは、前世の優れた作品を発表出来ないかと考えた。

なにせ、地球での著作権とかはこちらには関係ない。

しかも、マリアネア第二孤児院にはお金が無い。

人間族には想像力が乏しい。

それなのに、お金持ちな上、暇がある。

作家になれば成功する可能性が高く、そうすれば、お金が手に入る。

ヨシトは、ナタリーメイ院長に受けた恩を少しでも返したかったのだ。



 手始めに、童話[ももたろう]をアレンジした絵本を作った。

理由は、すぐに作れる短い話で、子供が作っても違和感が無く、親しみやすい話であるから。

それに完結していない物語は避けたかったからだ。


 具体的には、女神様に祝福された高齢の夫婦が、夢の中でお告げを受けて神の果実をたまわり、その結果生まれた男の子が、両親の故郷である魔物があふれるいにしえの都に三人の精霊族のお供を引き連れて、魔物を退治し、街を開放して両親に恩返しする物語だ。


 完成した物語を、まずナタリーメイ、タラチナ、ルシアに見てもらった。

上々の反応に気を良くしたヨシトは、それを学院の先生に見せ、本を『複写』してもらい首都にある多くの図書館に寄贈した。

作家「クロベ」として。


 それが、出版社の人間の目に止まり、ヨシトは「作者の素性を明かさないなら」という条件で、出版を了承した。


 それから話はとんとん拍子に進み、童話を続けざまに10冊出版し、近々初版本の原稿料と著作権料が入る。この国では作者の取り分は売り上げの20%あり、売れ行きは好調のようだから、いくら儲かったか楽しみだ。


 幸いなことに黒部義人は読書家で、特に学生時代を通じて有名な文学作品や漫画はたくさん読んでいたため、ストックは十分だ。こちらの作品とかぶらないように気を付けて書いていっても、あと100年は大丈夫だろう。


 お金儲けについては、実は最近もっと簡単な方法を思いついた。

トランプやリバーシやチェスなどの娯楽遊具の販売を考えている。

向こうの役に立つ知識は、とことん利用しようと思う。

ただし、出来るだけ素性を隠して。

そして、儲かったお金は、すべて孤児院に寄付するつもりだ。



 一日の日課を終え、就寝前のお祈りをする。

彼は、前世の自分が、こちらに無い面白い遊びを少しでも多く経験している事を女神様に祈り、眠りに付いた。



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