第11話 ナタリーメイはヨシトの将来について悩む
ヨシトがこの世界に着いて約二年弱、そろそろ神託を受ける時期である。
神託を受け、魔術が使用できるようになると、成人するまでの5年間、徹底的に魔術を叩き込まれる。
なにせ、ここ惑星ルミネシアでは、魔術は必須であり、その成績により将来が決まると言っていい。
一般に、先天的な障害を持つ子供以外、人なら誰でも魔術は使用できる。
過去には、ギフトを持たず生まれた人は一人もいない。
たとえ、才能にめぐまれなくても魔術の知識はもちろん、展開や調整は鍛錬が物を言う。もちろん優れた魔術教師の力を借りることも必要だ。特に人間族は、ギフトを含めた自分の魔術特性を見極め、日々努力研鑽すれば時間はかかっても必ず報われる。なにせ、人生は長いのだから。
ヨシトの様子は身長は、189cmまで伸びた所で成長がようやく止まり、体はすっかり大人になった。
食事は一日三食で獣人たちとほぼ同じであり、体力も人間族離れしている。
最近は創作活動に時間をとられ、畑仕事に時間が取れないのが悩みの種だ。
前世の記憶は、33歳までになり、精神的にもすっかり大人だ。
[ヨシトの空想ノート]は彼の成長とともに、[アイデアノート]と名を変えて、数は300冊を超えているのでアイデアのストックも十分だ。
この時になってようやく黒部義人とヨシトは、ほぼ同一人物になったと言えるだろう。
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マリアネア第二孤児院の事務室で、ナタリーメイとタラチナが途方に暮れていた所にシスタールシアが顔を覗かせたのは六月の中頃の春の時期だった。
その微妙な空気を感じたルシアは、何があったのかを尋ねることにした。
「お二人ともどうされたのですか。何となく予想がつきますけど」
「ヨシト君の事」
と言うタラチナの返事に(やっぱりか)と思ったルシア。
「ヨシト君、里親の申し出を断ったんですってね。何が不満なんでしょう」
ルシアから見ても、今度の里親候補は、申し分なかった。ヨシトの複雑な事情を理解した上で「それでも構わない」と申し出てくれた満点な人格者だ。
「その事だけではないのだけれど……、彼は成人するまで此処にいたいようです」
ナタリーメイの辛そうな顔は珍しい。
「ヨシト君がわがままを言うなんて珍しいですね。何か理由でもあるんでしょうか」
頷く院長にルシアは思い切って尋ねてみる。
「わけを伺ってもよろしいですか」
「そうね、あなたになら構いません、……彼は、『俺には、両親が居るから新しく迎えるわけにはいかない』と答えました」
「それは、なんというか」
三人とも黙り込む。
これではいけないと、ルシアはめったに使わない軽い口調で、
「ヨシト君は自分の事を『俺』って言うようになったんですね。かわいいなぁ、もう。体は大きくなってもまだまだ子供ですね」
と言ったのだが、二人の反応がよろしくない。
一体全体、何があったのか。
ダラチナが慰めるように言う。
「あなたは知らないのはあたりまえ、色々あった」
最近のルシアは、『浄化』を使った悪性疾患の治療を行うために、半年ほど地方都市の教会へ巡礼業務に出ており、たまにしか此処に帰ってこなかったのでヨシトとは、じっくりと話せていない。昨日たまたま出会って軽く話した時には何も問題ないように感じたのだが。
「別に悪い話じゃないのよ」
ナタリーメイは話し出した。
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ナタリーメイはヨシトの毎月の診察が打ち切られ、体調に問題が無いと解ると里親探しに積極的になった。
一般的に人間族の孤児は、時間をかけて里親に預けられ養子縁組を行う。彼にまだ、姓がないのはそのためだった。
もちろん相性があるため、何組かを見つくろい、子供には詳細を告げず、それとなく面談させ、院長が問題無いと判断した場合に初めて子供に教える。
今回の場合は、事情が事情だけに細心の注意を払って会わせた里親候補とヨシトの相性は非常によく、双方とも気にいっているように見えたので、ヨシトに彼らの子供になる気はないかと聞いたところ、帰って来たのは強い拒絶の言葉だった。
「お断りします。俺に里親は必要ありません」
「マルヌール夫妻は、あなたも気にいっているように見えましたが」
「気にいる気にいらないの問題ではありません」
「では、私に解るように説明しなさい」
「俺には、既に両親が居るから新しく迎えるわけにはいかない。マルヌール夫妻にも失礼にあたります」
「……そうかもしれません。でもね、ご夫婦もそれは了解してますよ」
「俺が了解出来ません」
「それなら、子供だとかは意識せず、彼らと付き合っていけばいいでしょう。すぐにではなく時間をかけて信頼関係を築けばいいことです」
ヨシトの気持ちは堅い。
「いいえ、院長先生。マルヌール夫妻に限らず里親は必要ありません」
「子供には、保護者が必要です。」
「院長先生がいます」
「私はどこまでいってもあなたの真の意味での母親にはなれません。聡明なあなたなら、言わずともその理由も解るでしょう」
「……はい」
「子供には、いえ、あなたにも、常にそばにいて一番に思ってくれる大人が必要です」
「……俺だって家族はほしい、でもそれは決して両親じゃない」
「……時間が解決してくれることもありますよ」
「少なくてもあと五年程度で気持ちが変わるとは思えません。お願いです、成人するまで此処にいさせてください」
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ルシアは一連の話を聞き終わると、あっさりと応えた。
「仕方が無いですね。ヨシト君の希望どうりにしてあげたらいかがですか。実際、彼は一人でも生きていけると思いますよ。というか院長がそんなに悩む事ですか。人の幸せはそれぞれ違うと常々おっしゃってますよね」
「実は話には続きがあります」
「そこからが本題」
タラチナがいうには、その騒ぎを聞きつけた自分が、事務員の観点からヨシトの将来の可能性についての話をしたのだと言う。
「つまり、学費、後ろ盾。成人後は必要」
「なるほど。マルヌール夫妻はお金持ちですものね。確かに余計な苦労はせず学問に集中できますね」
「そしてうちは貧乏。夫妻も了解済だからいい方法と思った。でも失敗だった」
「どういうことです」
「彼はこれを差し出したんです。『自分で稼いだお金だから使ってください』と」
それは、銀行の通帳だった。しかも、譲渡委任状付きの。
ご丁寧に成人するまでに発表した著作物や遊具の権利をすべて譲るとの文面まで書いてある。
「そういえば、ヨシト君は絵本を書いてましたね。やっぱり可愛いなぁ。受け取ってあげたらどうです。彼の気持ちも軽くなるでしょう」
ナタリーメイは、大きなため息をついた。
「そうもいかないのです。まあ御覧なさい」
うながされて、通帳の中身を見るルシア。
「1,10,100,……って2億、5千800まんって258346775ギル!!何ですかこれ」
「ヨシト君がこの2年で稼いだお金です」
「あの絵本、そんなに売れてるんですか」
「そんなわけない。これが、明細」
そこには、絵本小説に限らず、様々な娯楽商品の名が記してあった。
「リバーシって最近凄くはやりのゲームですよね。大会が開かれるとか聞きましたよ。私も買いましたよ、4000ギルで」
「つまりこの通帳の中には、ルシアの800ギルも入っている」
「トランプとか知ってるし。えっと、カリパの大冒険って私読みましたよ、移動中に。面白かったです」
「サインもらったら」
「そんな冗談を言ってる場合なの。いや、たしかに賢いとは思ってましたけどこれ程とは」
「当然、私たちは受け取るのを断りました」
「でも拒否された」
「つまり、私たちは彼を結果的に傷付けただけでした。それどころか、ここまでの事をしていたなんて知りませんでした。私は保護者失格ですね」
3人とも途方に暮れる。
「……いっそのこと受け取るというのは」
「それを言えるルシアを尊敬」
「ありえません。所でシスタールシア、著作物の有効期間は知っていますか」
「いえ、その方面は詳しくなくて」
「100年です。切れた後も作者が生きている間は作品の価値を落とす行為は禁止されます。著作権者が許せば別ですが」
「権利を貰う事は責任も貰う」
これは、お金だけの問題じゃないのだ。
このままではよくないと考えたルシアだが、結局は素直が一番だと思い話し出した。
「えっと、とりあえず、院長先生はヨシト君がここに住むのは問題ないのですね」
「マルヌール夫妻には申し訳ないですが、そうなるでしょう」
「そうすると、後はヨシト君の気持ちと著作物やお金の事ですね」
「それが問題」
「ヨシト君の気持ちは問題ないですよ。だって昨日話した時に悪い感情は見られなかったし、『結果的に良い事があった』みたいな事を言ってましたよ。院長先生がちゃんと話せば大丈夫ですよ」
ナタリーメイは、腑に落ちたように明るい表情を取り戻した。
「そうですね、彼は賢くて強い子でした。余計な事を考えるよりきちんと話せばいいですね」
「つまり、後は著作権やお金の事」
タラチナの意見にルシアが話しだす。
「それも問題ないと思いますよ。元々ヨシト君は孤児院に寄付するために作家になったんだと思いますから」
「どうして、そう思うのですか」
「以前、絵本の出版が決まった時に話したんです。将来は作家になりたいのかを。そうするとね、ふふっ『孤児院にお金が無いから僕が稼いで院長先生に喜んでもらうんだ』って言うんですよ。始めからヨシト君は一切、自分のお金にするつもりじゃなかったんだと思いますよ、金額の大小の問題じゃなくて。その証拠に、ほらここ、『成人するまでに発表した著作物や遊具の権利』って書いてあるでしょ。ヨシト君はそういうけじめがきちんと出来る子ですよ」
まさに目からうろこである。
ナタリーメイは、委任状をじっと見つめながらルシアに優しく話しかける。
「あなたには、彼はいろんな事を話しているのね。これからも彼の話し相手になったあげてね」
「年が近いってだけで、気安いのかもしれませんし。それにほら、私って孤児院とは直接関係ないから、お金のことは話しやすかったのかも」
てれたように、はにかむルシア。
「びっくり」
「何が」
「ルシアがこんなに頼りになるなんて」
「ひどーい」
三人はたまらずふき出した。
それから、ナタリーメイとタラチナはヨシトと話し合った。
元々ヨシトは全く気にしてなかったが、二人の気持ちを知り、余計な心配かけた事や、びっくりさせようとして二人に黙って大金を稼いだ事を謝った。
しかし、お金の受け取りだけは断固拒否した。
結局、著作権関係の事は法律の専門家を呼び、3人で話し合い『成人するまでに発表した著作物や遊具の権利』は財団を作って管理する事となり、毎年100万ギルを孤児院に寄付する事となった。
『クロベ財団』の誕生である。
後にこの財団は、獣人の子供たち対する奨学金を始めるが、それはまた別の話である。




