黒服現る
芸術劇場前にはタイル敷の円形広場が広がっている。
広場沿いにはカフェもありテラス席も出ているから、思っていたより人の目は多いみたいだ。
(流石に妖魔は居ないか……)
私はがっかりしたような、安心したような、そんな入り混じった思いで広場を眺める。
中央に設置された噴水は、足元のタイルの隙間から水が噴き出す作りになっていて、水の柱が円を描くように配置されている。
勢いよく上がった水が周りの照明を受けて煌めき、まるで噴き出し花火のよう。
(キレイだなぁ……。これが見られたからここまで来た甲斐があったかな。まぁ良いか、帰ろっ)
流石に今日は疲れたし、妖魔を見失ってしまったのなら仕方が無い。
私は諦めて駅に戻ろうとUターン、しようとした。
(えっ?!何あれっ!)
目の端に、黒い物体を見つけてしまった。ちょうど噴水の水が全て止まった瞬間に、内側に居た物が丸見えになってしまったのだ。
(あり得ない……)
噴水の水柱の中に隠されるように居たのは、獣の妖魔と、その首にかじり付いている黒猫だった。
「えっ?なんで、なんで?!」
私も流石に動揺し、見間違いかとも思いじっくりと眺めてみるが、やはりそれは追いかけていた妖魔と、その妖魔に何度も挑み、喰らい付く黒猫。
(妖魔に喰らい付けるなんて、この猫も普通じゃない。妖魔に干渉できる力を持っているはず)
私が辺りを見渡すと、水の出ていない噴水を見ている人は誰もいなかった。
皆が妖魔はもちろんの事、この猫も見えていないのだろう。
そしておそらく、この黒猫は普通ではない生き物で妖魔を狩る存在だ。
「お前は、あれが見えているのか?」
後ろから声を掛けられ振り向くと、全身黒色の服を着た、背の高い男が立っていた。目つきもキツく、髪も真っ黒で威圧感が漂っている。
「えっ?あ、はい」
急に後ろから、得体の知れない男に声を掛けられると警戒してしまう。
私が力を発揮して倒せるのは妖魔くらいだから。普通のバトルは全く無理。
「あの円形に出てくる噴水の中なら、アイツを閉じ込めたまま攻撃できる。時々、止まるのが面倒だけどな」
黒服の男はそう言うと、両手を合わせ「……コクロウ」と呟いた。
次の瞬間、男の背後の空間が歪み闇に紛れるような黒色の狼が飛び出した。
「行けっ!黒狼っ。ミーニャに加勢しろっ」
命令を受けた黒い狼は、噴水を目指し真っ直ぐに走っていく。
「ミーニャ、ミーニャって、あの黒猫の事ですか?」
見上げると黒服の男の整った鼻筋が見えた。広い額から続くそのラインは顎から首筋まで、流れるように唯美な曲線を描いている。
黒目がちな瞳は目尻がキュッと上がり、まるで威嚇している肉食獣のように険しい。
そんなの美しくも猛々しい顔立ちの男性が口にした「ミーニャ」って……
余りにも違和感があって、私は笑いを噛み殺した。
噴水を見据える黒服の男は無表情なままで、感情は読み取れない。
「あぁ、ミーニャはあの黒猫だ。ここまであの妖魔をおびき寄せてもらったのだが、やはり倒すには力が足りなかったな」
やっぱりあの黒猫は妖魔を狩れる特殊な猫で、もちろん黒い狼もそうなのだろう。今は噴水の中に隠されてしまっているから、何が起きているのか私にはよく見えないけれど。
「四足の妖魔は水を嫌がる奴が多いんだ。どんなにすばしっこくても、水で囲んでしまえば逃げられない。この場所ならミーニャでも抑え込めるかもと思ったが、今回は相手が悪かったな」
黒服には噴水の中の様子も見えているのか、チッと舌打ちして顔を歪めた。
「あの妖魔、黒狼が来たら足掻いて暴れ出しやがった……。下手したら飛び出るぞ」
黒服がそう言い、何かを探すようにコートの胸ポケットに手を入れた。
「こっちにも気がついたみたいだな。来るぞっ!」
黒服が私を庇うように前へ進み出た。
私も妖魔を倒すべく、慣れた手つきで手首の「紋」を隠すように抑える。
(またエンマに言ってないよ、力もらうって……)
でも敵さんは待ったなし、目前に迫っている。
(エンマ、ごめんっ)
私は獣型の妖魔を倒すために、大量の力をエンマから引き込んだ。
心臓が "ドクンッ" と鳴り、私の体に沢山の負担が掛かる。
(やばいっ、目の前がチカチカする‥。疲れた今の体でやる事じゃなかったっ)
後悔するも遅く、集り始めた力は光球となって私の手の内で小さく白く輝き始めた。
こちらに突進する勢いで駆けてくる獣の妖魔は、黒服の目前で襲いかかるようにジャンプをしたっ。
「ギャンッ!」
叫び声を上げ横倒しになったのは妖魔の方で、黒服は平然と立ったままだ。
「護符をお前にもやる。受け取れっ」
黒服は胸元から取り出したそれを、私の目の間に突き出した。
「今は手が離せないからっ!」
私は手の内の光球が輝いて対魔の力を溜め込んだ事を確認すると、黒服が伸ばした腕の下から、獣の妖魔に向けて光球を投げつけた。
俊敏な妖魔だから、もう立ち上がって逃げようとしている。
「いっけーー!!」
私の放った光球は、黒狼に逃げ道を塞がれた妖魔の背に当たり、めり込んでいく。
「よしっ!」
ここまで上手く当てられたのなら、後は光球の力次第だ。
短時間に、これだけ沢山のエンマの力を引き込こんだのは、初めてかもしれない。まだ心臓がドクドクとうるさく鳴っている。
でも、獣の妖魔を倒すなら目一杯の力をぶつけていかないと、最悪逃げられてしまうから。
今の状況なら、このやり方で良かったはずなんだ。
「…… 0」
私の読み上げと同時に獣の妖魔の内から光がほとばしり、全身を包み込んでいった。
「勝った……」
霧散していく妖魔の体の中から、赤や青、オレンジ色など、複数の魂が解放されていく。
それを見届けている内に私の目前は暗くなり、冷たいタイル敷の地面の感触を全身で感じた。




