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赤い瞳の冥府の王は白き乙女を手放せない  作者: なかな


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24/51

対面



 陽太さんと青木さんは1階から2階へと順路を進んでいった。予想通り、建物内の展示は足早に見ていくようだ。


「閉館間際って、結構混むんですね。奥の方、詰まってません?」


 2階から屋上テラスに向かう階段に人が集まっている。テラスには人気のあるペンギンコーナーがあるから、閉館までの時間をそこで過ごす人が多いのだろう。


「俺たちは身を隠しやすいが、陽太君には申し訳ないな」


 私たちが妖魔を弱らせて祓う際、陽太さんには何らかの異変が出るだろう。それが痛みや吐き気等の身体症状くらいならまだ良いが、奇声を上げたり暴力的な振る舞いになってしまったら、私たちは全力で止めなくてはならない。


「青木さんには陽太君に異変が出始めたら、人の少ない所に座らせてくれと伝えたが、いざとなったら俺が押さえ付けに行かないとな」


「陽太さんって細身ですけど、力はまあまあ有るかもしれないですよ?冬賀さん1人で大丈夫ですか?」


「それは青木さんとの打ち合わせでも話したが……、あれだろ?任せてくださいってやつ」


「信じて良いんですかね?青木さんは結構、自信満々でしたけど」


 妖魔を弱らせる段取りを打ち合わせした際、もしも陽太さんが暴力的な行動をとったら?という話になると、青木さんは自信に満ちた顔で言ったのだ。

 「私に任せてください」と。


 青木さんは小柄な体格なのに腕に覚えがあるらしく、男の人1人くらいなら取り押さえられるらしい。


「青木さんを信じて任せ過ぎるのも良くないが、俺と二人掛かりなら何とかなるかもな。あの子、やっぱり心が強いし変わってるな」


 冬賀さんはそう言い、ちょっと笑った。


「青木さんが、何故妖魔を撮れるのかも知りたい所ですよね」


「あぁ、それは俺も気になっていた。全てが終わったら、他にも何か変わった能力が無いか聞いてみよう」


「自分の体より大きな男の人を、取り押さえられるのも立派な能力ですよね」


「それは能力でもあり技術だな。彼女の努力の賜物だ」


 その言葉を聞いたら、青木さんはまた赤面してしまうんだろうな。


「実は社長って、結構モテます?」


「何だ突然?!……どうだろうな。今は仕事ばかりで誰かと付き合うとかは無しだ。ほら行くぞっ、仕事に集中しろ」


 冬賀さん彼女居ないんだ……

 もしエンマに会っていなければ、冬賀さんに惹かれていたかもな。



 ◇



 屋上エリアに出ると空はもう薄暗くなっていた。頭上には円形の水槽があり、中で優雅に泳ぐ生き物が見える。


「あれはアシカ……?」


 まるで夕闇前の鉛色の空を、アシカが泳いでいるみたいだ。


「社長、あれアシカですよ。まるで空を泳いでいるみたい。……ペンギンはどこだろ?」


「清野、遊びに来た訳じゃないから気を引きしめろ。そろそろだからな」


「あ、はい。分かってますよ、そろそろですよね」


 陽太さん達の姿を追うと、丁度「コツメカワウソ」の前に着いた所だった。

 手元にあるマップと照らし合わせても間違いは無い。


「社長……」


「ああ、そろそろ取り掛かるぞ」


 冬賀さんは伊達メガネを静かに外すと、私に受け取れとばかりに渡してきた。

 やっぱり掛け慣れない物は邪魔だったみたいだな。


 冬賀さんがコートの内ポケットから退魔の霊符を取り出したので、私は預かっていた妖魔の写真をショルダーバッグから取り出し、手渡した。


 妖魔の映る写真だから、持ち歩くなら私の方が害が無いだろうと事務所を出る時に渡されたのだ。



「…………来たれ、ミーニャ…我が命に…」


 冬賀さんは目をつむり、何か抑揚を付けて唱え始めた。

 「ミーニャ」と聞こえた気がしたから、召喚だろうか?


 冬賀さんの言葉が終わると目の前の空間が歪み、その中から一匹の黒猫が飛び降りてきた。

 やっぱり、ミーニャだっ。


「……これで妖魔を見る視覚は俺も確保出来た。2人があの場所から離れたら開始だ」


 冬賀さんの意思が伝わっているのか、ミーニャは近くの塀の段差に乗り、高い位置から陽太さん達を見下ろしている。

 

 遠くに見える陽太さんと青木さんは、コツメカワウソを指差しながら何か話をしている。楽しそうに笑う陽太さんの横顔がチラッと見えた。


 これから陽太さんにする事を思うと心が痛むけれど、陽太さんの幸せな日常を取り返せるように、確実に妖魔を仕留めなければ。



 ◇



 2人が再び歩き出したの見て、冬賀さんは霊符を妖魔の写真の上に重ね合わせた。

 その合わせた紙の端を左手の指先でつまむように持つと、冬賀さんはゆっくりと息を吐き出す。

 

 冬賀さんの周りの空気だけが静寂に包まれ、研ぎ澄まされていくみたいだ。

 

 素早く動かした右手をコートの胸元に差し入れ、手先を隠す。

 冬賀さんの口は何かを唱えるように動いているけど聞き取れるような言葉ではない。呪文の類だろう。


 術者としての冬賀さんをちゃんと見るのは初めてだ。


「……今、この霊符の内容を直ぐに行うよう指令を発した。これからどうなるかだな」


 下ろした前髪の隙間から、冬賀さんの獲物を狙うような鋭い目付きが見える。

 

 陽太さんはこれからどうなるだろうか?



 *



「ゲホッ、ゲホッ……ゲホッ」


 人混みの中から、激しく咳き込む声が聞こえてきた。周りに居る人達はその咳き込みを聞いて、静かに距離を取っている。


「陽太さん……あれ陽太さんですよっ」


「ああ、そうだな。始まったな」


 苦しそうに咳き込む陽太さんの側には、背中をさする青木さんの姿が見えた。そのまま陽太さんの広い背中を抱えるようにして、人の少ない方へと歩いていく。


 私はエンマの紋に手を重ね、意識を集中させていく。少しずつ力を引き出すと、エンマの力が自分の体に満ちていくのが分かる。

 これでいつでも光球を放てるだろう。



「……まだ妖魔は出てこないか。よし、またやるぞ」


 冬賀さんはさっきとは違う色の霊符を取り出すと、また写真に重ね合わせて何かを唱えた。


「グワッ、クハッ……!」


 陽太さんは吐き気を催したかのように、口を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。


「陽太さん苦しそうっ」


 側にいる青木さんも悲痛な顔をしながら、必死に陽太さんの背中をさすっている。


「私、見ているだけとか無理でしょ……」


 本当は今直ぐにも出て行って、青木さんと一緒に陽太さんの側に居たい。

 でも私が出ていった所で陽太さんの苦しみは無くならないし、逆に事態をこじらせてしまうかもしれない。


 私が出来るのは、ただ妖魔を滅する事だけだから。

 それだけしか出来ないし、それだけは何が何でもやり遂げないといけない。


 依然として陽太さんの体から、妖魔が出てくる気配は無い。

 陽太さんがあれだけ苦しんでいるんだから、冬賀さんの術は効果があったはずなのに。

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