祓い屋「ブラックウルフ」
「社長ーっ!荷物はここでも大丈夫ですか?」
運送屋さんから受け取った荷物の箱を事務机の横まで持って行き、床に置いた。
社長こと冬賀さんは、椅子に座ったまま無表情でミントタブレットをかじり続けている。
冬賀さんの目の前にあるのは数枚の写真。
どうやら新しい依頼の資料らしいが、それを見ている冬賀さんの表情はパッとしない。というか固まってしまっている。
「なんだこれは……」
エンマも怖いけど、冬賀さんも結構怖い。
怒ったりはしないけど、何だか重苦しい感じがちょっと怖い。
*
年末年始に入れた短期バイトも終了し、私は1月末から「ブラックウルフ」で働き始めた。
正式な雇用は3月からの予定で、今は研修も兼ねてお試しで働いている。
「清野のバックには閻魔大王が付いているからな、後々、こんなはずじゃなかったとか言われると、俺の立場が危うくなる」
そんな事を冬賀さんが言うので、私も「ブラックウルフ」の仕事をしっかり見てから入社を決める事にした。
約1ヶ月の間ここで働きながら、この仕事、この会社で本当に働きたいと思ったら、晴れて社員として迎えてくれるという。
まぁ、私の働きぶりを見て、冬賀さんの方から採用は無かった事にと言われる可能性もゼロでは無いのだが……
お互いにお試し期間と考えるなら、ちょうど良いのだろう。
「清野、お前は肉眼で妖魔が見えるんだろう?これどう思う?」
冬賀さんが無表情で見つめていた写真を、私の前に突き出してきた。
私も元々は妖魔の姿を見る事は出来なかったけれど、エンマの力で魂を修復されてからは見えるようになった。
エンマの能力を得てしまっただけなのか、妖魔を倒す為の魔改造ゆえなのか?その理由は定かじゃない。
冬賀さんが見せてきた写真には、どこかの学校らしい風景と、妙に背の高い黒い人影が写っている。
「遠近法もあるのかな?この黒い人型の高さって2メートルくらいはありそうですよ」
「高さ……、そこに注目するのか?!まずおかしいだろ?この黒い塊の人型が?」
「あーっ、確かにっ!妖魔が写真に写るなんて、滅多にないですよね」
「……それが清野の答えか?」
「へっ?妖魔じゃなきゃ何なんですか?」
見せてもらった写真は透けるどころか、濁ったような黒色をしていた。
既に人型をしているし、誰かの魂を取り込んでしまった後に違いない。
「清野が来たとたんにこれだ。またデカイ妖魔の案件が来たものだな」
「私のせいみたいに言わないでくださいよ。商売繁盛で何よりじゃないですか?」
「まあな。でもこういうのは腹が痛くなる。意外に繊細なんだよ、俺は」
冬賀さんはそう言い、軽くため息を付きながらまたミントタブレットのケースに手を伸ばした。
「それですっ!」
私はすかさず、その延ばした手首を掴んで止めた。
「腹痛の原因は、きっとそのミントタブレットの食べ過ぎですっ」
「はぁ?」
「ケースの裏側に書いてあるじゃないですか?食べすぎるとお腹が緩くなることがあるって。社長は見てるとそればっかり食べてるんです。それこそミント臭になるくらい」
「ミント臭……」
「お腹痛いのが嫌だったら、しばらく食べるの休んでくださいね」
私は冬賀さんのミントタブレットのケースを、机の端の手が届きづらい所まで移動させた。
「清野、お前。普通、社員は社長にそこまで言わないしやらない。気が強いんだな」
冬賀さんは呆れたように私へそう言うと、「気分を変える。飯だ、飯行こうっ」と私の手を引き外へ連れ出した。
◇
冬賀さんが連れて行ってくれたのは、事務所の入っている雑居ビルの並びにある、古めかしい定食屋さんだった。
「ちわー、席2つで」
「あれっ?今日は珍しいね、お客さんかい?」
「いや、うちで働いてる人」
「へーぇ!じゃぁ兄ちゃんの部下かい?人雇えるなんて景気良いねぇ!新人さん、うちは野菜たっぷりが売りだから沢山食べてって」
「は、はいっ」
もの凄くフレンドリーな店主は頭髪も白く年配に見えるが、溌剌とした表情でテキパキとしている。目の前にいる冬賀さんの方が病んでると言うか、生気が足りない感じで、人って年齢じゃ無いなと思う。
「清野?なんだ?何か言いたそうだな」
「いや、そんなことは……、あっ、最近、部下ってよく言われるなぁと思って」
「あぁ、そうか。確か閻魔大王も清野の事は部下って言ってたな」
冬賀さんは慣れた様子で奥のテーブル席まで行くと、長い手足を窮屈そうに曲げて腰掛けた。
「で、実際の所どうなんだ?あれは只の部下への態度じゃないだろ?」
「只の部下……というか、エンマ様は私の命の恩人なので」
「はぁ?恩人なら感謝するのは清野の方で、向こうが執着するのはおかしいだろ?」
冬賀さんは吊り上がり気味の鋭い目を少し見開くと、手をジャケットのポケットに入れて何か探し始めた。
「社長、ミントタブレットは事務所に置いてきてます」
「今俺も、それに気がついた……。それで?清野は閻魔大王に執着されてる自覚はあるの?」
「執着かは分かりませんが、物心付いた時からいつも側にいたので、あれこれ口出しされたとしても今更としか」
「物心付いた時から、か。それじゃ閻魔大王の方も保護者みたいな気持ちだろうな」
「保護者……、確かにそう言う感じかも知れません。特に用事が無くても部屋に来てお茶飲んだりしてますし」
「……それは無いだろ?閻魔大王だぞ?」
「私の中ではエンマです。実は心の中では呼び捨てしてます」
「有り得ねぇ……。何だよその距離感、やっぱりおかしいんじゃねぇの?」
冬賀さんは頬杖を付くと、眉間に皺を寄せて黙ってしまった。
「はーい、お待ちどうさまっ。日替わり2つ!これ食べて、午後からの仕事も2人一緒に頑張んなよっ!」
「わーっ美味しそうっ!いただきますっ」
「……俺、閻魔大王に消されるんじゃねえの」
「冬賀さんっ、何か言いました?」
「いや何でもない」




