鉄の揺り籠と、束の間の休息
整備班の日常
S.O.D.U.地下基地の広大なドック。激戦を終えた『てんかい』を包み込むように、無数の足場が組まれていた。
ドックの片隅にあるパイプ椅子で、若手整備員が深くため息をつく。29センチはある特注の幅広安全靴を脱ぎ捨て、「……今回の出撃、うちの『てんかい』に無茶させすぎですよ。装甲、ボロボロじゃないですか」と、痛々しい艦体を見上げてぼやいた。
隣に座った先輩整備員は、無言でコンビニ袋から取り出した弁当と、お湯を注いだだけの即席の豚汁を若手の前にドンと置いた。
「文句言うな。あいつ(てんかい)が身を挺してくれたから、海に落ちた連中を拾えたんだ」
先輩が電子レンジで温めた弁当のフタを開けると、冷え切ったドックの空気に湯気と匂いがふわりと広がる。
「ほら、冷める前に食え。俺たちがしっかり腹を満たして直してやらねぇと、あいつら、明日も戦えねぇだろうが」
乱暴な口調の中にある、不器用だが確かな戦友への思い。若手は小さく頷き、温かい豚汁を胃の腑へと流し込んだ。
『てんかい』乗組員の日常
居住区画の通路の片隅。戦場から生還した砲雷科の若き乗組員が、床にへたり込み、壁に寄りかかって膝を抱えていた。
着心地の良いスウェットに着替えてはいるものの、彼の肩は微かに震えている。脳裏に焼き付いているのは、目の前で盾となり、炎に包まれて沈んでいった『ずいうん』の姿と、鼓膜を破らんばかりの着弾の衝撃だ。
そこへ、通りかかったベテランの士官が足を止めた。彼は何も聞かず、自分の着ていた厚手のパーカーを脱ぐと、若手の肩にバサリと掛けた。
「……寒ィな、今日は」
士官はそれだけ言うと、若手の隣にどっかりと腰を下ろし、自販機で買った温かいお茶を一本差し出した。
「あの時……」若手が震える声で絞り出す。「ずいうんが、俺たちを庇わなかったら……」
「ああ。俺たちの命は、あいつらから貰ったもんだ」
士官の静かで力強い声が、若手の震えを少しずつ溶かしていく。極限の恐怖と絶望を共有した者同士にしか分からない、無言の寄り添い。分厚いコンクリートの壁に守られた基地の底で、彼らはただ互いの存在を確かめ合うように、静かな夜を過ごしていた。
大山副長の視点
賑やかな居住区画から遠く離れた、静まり返った士官用ロッカールーム。
『ずいうん』の生き残りである大山副長は、手元に残された星野艦長の帽子をじっと見つめていた。焦げ跡のついたS.O.D.U.のエンブレムを親指でそっと撫でる。
そこへ、深山が静かな足音を立てて入ってきた。手には温かい缶コーヒーが2つ握られている。
「……星野は、いい艦長だった」
深山は静かにそう告げ、コーヒーを一つ、大山へ差し出した。それは冷徹な情報部長としての言葉ではなく、同じ時代を戦い抜いてきた一人の男としての、偽りない本音だった。
「ええ。誰よりも不器用で……誰よりも、部下とフネを愛する男でした」
大山はコーヒーを受け取り、一口すする。深い苦味と温かさが、泣くことすら忘れていた乾いた胸の奥にじんわりと染み渡っていく。
ゆっくりと息を吐き出した大山は、星野の帽子を自身のロッカーの最上段へ丁寧にしまった。悲しみに暮れる姿ではない。そこにあったのは、亡き上官の魂を心に宿し、再び日本の盾となることを誓う、男の静かなる決意だった。
「……深山さん。私に、次の配置を」




