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黒き三角形

太平洋上の公海に浮かぶ、名もなき絶海の環礁。

 海図には存在しないこの島は、アメリカ軍が極秘裏に運用する「非公式の前線基地ブラック・サイト」であった。




「……現在、日本の空母『こうよう』は当基地より1,500海里(約2,800キロ)の海域を遊弋ゆうよく中。我々の防空圏外です」


「結構。このままジャミングと偵察ドローンによる“嫌がらせ”を続けろ。あの忌々しい独立部隊の目と耳を、徹底的に潰してやる」



基地の地下司令室で、司令官のブラッドリー大佐は余裕の笑みを浮かべ、葉巻の煙を吐き出した。

 先日の経済戦でS.O.D.U.に痛い目を見せられたアメリカは、直接的な戦闘を避けつつも、この秘密基地から強力な電子妨害ジャミングを放ち、北斗打撃群の行動を執拗に阻害していたのだ。


「大佐、もしS.O.D.U.が実力行使に出てきた場合は?」


「案ずるな。ヤタガラスとやらのF‐35Bの航続距離では、我が基地を爆撃して空母へ帰還することは不可能だ。

トマホークなどの巡航ミサイルを撃ってきても、我が基地の最新鋭防空システム『イージス・アショア』が全て撃ち落とす。……ここは、奴らの手が絶対に届かない『不可侵の聖域』なのだ」


ブラッドリーの言う通り、現代の航空戦術において、戦闘機の足の短さは最大の弱点である。

空母が接近してこない限り、この基地が物理的な脅威に晒されることはあり得なかった。


 ――しかし、彼の常識は「アメリカ軍の物差し」でしかなかった。




同じ頃。太平洋の闇を滑る原子力空母『こうよう』の飛行甲板。

 海風が吹き荒れる中、飛行甲板のエレベーターが重々しい駆動音と共にせり上がってくる。

 そこに載っていたのは、ヤタガラスの操るF‐35Bではなかった。


尾翼が存在しない、巨大なエイのような「完全な全翼機」。

 漆黒の電波吸収塗料で覆われた、鋭角的な三角形の異形。

 S.O.D.U.所属、艦上戦術爆撃機 AX‐X01『流星りゅうせい』。


かつてアメリカ海軍が「A‐12 アヴェンジャーⅡ」として莫大な予算を注ぎ込みながら、重量超過とコスト問題で完成させられず、歴史の闇に葬り去った幻の艦上爆撃機。

 その未完の設計図をS.O.D.U.が独自のオーパーツ技術――未知の軽量チタン合金と新世代のハイバイパス・ターボファンエンジン――によって完璧に昇華させた、悪魔の機体である。



『――カタパルト接続完了。AX‐X01《流星》、いつでも飛べます』


『了解した。目標は環礁の米軍レーダー施設。我々の空に“聖域”などないと教えてやれ』



天城少将の冷徹な号令と共に、電磁式カタパルト(EMALS)が爆発的なエネルギーを解放する。

 漆黒の三角形はアフターバーナーの青白い炎を猛烈に吹き出しながら、夜の海原へと射出された。圧倒的なステルス性と、F‐35の倍近い長大な航続距離を持つ『流星』は、誰のレーダーにも映ることなく、音速に近い巡航速度で夜空へと溶け込んでいった。




数時間後。アメリカ軍の秘密基地。


「……ん? 司令官、防空レーダーに微小な反応。鳥……いや、ノイズでしょうか?」



オペレーターが首を傾げた、次の瞬間だった。

 空を切り裂くような飛来音も、ミサイルの接近警報も鳴らないまま。

 基地の心臓部である巨大なレーダーアンテナと、無人機の滑走路が、突如として連続した大爆発を起こし、猛烈な炎の柱を上げた。


「な、何が起きた!? 敵襲か!?」


「わかりません! レーダーには何も……直撃です! 通信設備、完全にロスト!」


パニックに陥った司令室を飛び出し、ブラッドリー大佐は燃え盛る基地を信じられない面持ちで見上げた。

 トマホークでもない。弾道ミサイルでもない。

 完全な奇襲。真上から、精密誘導爆弾スマートボムをピンポイントで落とされたのだ。


「馬鹿な……こんな高高度を、完全に無防備で侵入されたというのか……ッ!」



炎の照り返しと月明かりが交差する夜空。

 ブラッドリーが絶望と共に空を仰ぎ見たその時、分厚い雲を切り裂いて、巨大な「黒い三角形フライング・ドリトス」が悠然と旋回し、再び太平洋の彼方へと飛び去っていくシルエットが見えた。


「あ、あれは……開発中止になったはずのA‐12……!? なぜ、なぜ日本の空母から飛んでくるんだ……!!」


アメリカが捨てた夢の残骸が、完全な『流星』となって自分たちに鉄槌を下した事実。

 届かないはずの聖域を、あまりにも容易く焼き払われたブラッドリーは、崩れ落ちるアンテナ群を前に、ただただ膝をつくことしかできなかった。

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