第二列島線の壁
アメリカ合衆国が引いた「絶対に越えさせてはならない防衛線」、第二列島線。
伊豆諸島からグアム、サイパンへと連なるその広大な太平洋の海域に、アメリカ海軍第七艦隊は、かつてない規模の空母打撃群を展開させていた。
数日前に自軍の秘密基地を『流星』によって一方的に焦土と化されたアメリカ太平洋軍は、パニックに近い焦燥感に駆られていた。
彼らは「S.O.D.U をこれ以上、我々の絶対防衛圏に近づけるな」という大統領の至上命題のもと、数十隻のイージス艦や巡洋艦を横一列に並べ、文字通りの「鋼鉄の壁」を海上に築き上げていた。
「……目標、接近してきます。距離2万ヤード」
第七艦隊旗艦のCIC(戦闘指揮所)にて、レーダー手の上ずった声が響く。
ミラー中将は、大型モニターに映し出される接近部隊の陣形を見て、奥歯を強く噛み締めた。
向かってくるのは、通常の哨戒任務としてグアム方面へ進路を取った北斗打撃群の分遣隊である。
その陣形は、アメリカ海軍の常識を嘲笑うかのような異様さだった。
中央を進むのは、かつての帝国海軍の夢を継ぐ戦略指揮巡洋艦『CG-X たかお 』。
その脇を固めるように、戦略打撃護衛艦『 DDG-S02 てんすう 』と、
52ノットという物理法則を無視した機動力を持つ次世代高速ミサイル駆逐艦『 DDG-X03 みやつかぜ 』が並走している。
さらに恐ろしいのは、彼ら中核となる3隻の僚艦として、その周囲をウジャウジャと固める「盾」の存在だった。
米軍が失敗作として捨てたはずのインデペンデンス級の魔改造艦(のづき型)と、黒きピラミッドたる改ズムウォルト級(ふるたか型)が、獰猛な猟犬のように分遣隊の周囲を遊弋しているのだ。
「……全艦に通達。これより当該艦隊に対する『洋上封鎖』を実行する。国際VHS(16チャンネル)を開け」
ミラー中将はマイクを握り、海上に響き渡る声で警告を発した。
『――日本国・戦略海洋防衛隊の各艦へ。我々は同盟国だ。だからこそ、君たちのこれ以上の「度を越した行動」を見過ごすわけにはいかない』
それは、あくまで地理的なラインを建前とした、アメリカらしい横暴な丸め込みであった。
『ここから先は我々の海だ。同盟の枠組みを越えた貴艦らの軍事行動は、世界の安全保障を脅かすものとして断じて容認できない。おとなしく艦を停め、武装解除と査察を受け入れろ。……さもなくば、実力で排除する』
第七艦隊のアーレイ・バーク級駆逐艦群が一斉に主砲の砲身を巡らせ、ミサイルセルのカバーを開く。一触即発。実弾が飛び交えば間違いなく第三次世界大戦へと発展する、極限の緊張感が太平洋を支配した。
だが、数秒の沈黙の後。
スピーカーから返ってきたのは、焦りも恐れも微塵も感じさせない、天城少将の冷徹な声だった。
『――同盟国?』
鼻で笑うような、明確な侮蔑を含んだ響き。
『秘密裏に我が国の政治家を買収し、ジャミングで我々をブラインドしようとした国が言うセリフですか。……退くのはそちらです』
「な……ッ!」
『我々の「改ズムウォルト級」と「あまつかぜ型」の真ん前で、そんな旧式の的を並べて勝てるおつもりで?』
「貴様ら……本気で我々と撃ち合う気か!」
ミラー中将が怒鳴る。しかし、天城の返答は「行動」で示された。
『全艦、現在の針路・速力を維持。我が道を行け』
減速する気配など一切ない。それどころか、先陣を切る『みやつかぜ』のガスタービンエンジンが猛烈な咆哮を上げ、52ノットという狂気のスピードで、第七艦隊の「鋼鉄の壁」のど真ん中へと突進を始めたのである。
それに続く『たかお』と『てんすう』、そして異形の魔改造艦たち。
「避ける気がないぞ! 衝突コースです!」
「撃ちますか!? 大将!」
CIC内がパニックに陥る。実弾は撃てない。ならば肉弾戦で押し留めるしかないが、数万トンクラスの鋼鉄の塊同士がフルスピードで衝突すれば、両軍ともに甚大な被害は免れない。
距離5,000 ヤード。 3,000 ヤード。
巨大な艦首波がぶつかり合い、互いの甲板に立つ乗組員の顔が見えるほどの至近距離。死のチキンレース。
「……ひ、退くな! 奴らはブラフだ! 必ず向こうが舵を切る!」
ミラー中将は脂汗を流しながら叫んだ。
その時だった。
第七艦隊旗艦の真下、ソナードームの直下から、地獄の底から響くような「強烈なアクティブ・ソナーの探信音」が突き上げた。
――ピィィィィン!!!
「な、なんだ!? 海中から強烈な音波!」
「深度600に巨大な熱源! いつからそこに……馬鹿な、完全に本艦の真下を取られています! 超弩級原潜『 しんえん 』です!!」
ミラー中将の全身の血の気が引いた。
前方の海上には、物理法則を無視した化け物たちが迫り、足元の深海には、いつでも自分たちを海の藻屑にできる「絶対の暗殺者」が口を開けて待っていた。
この勝負、始まる前から完全に「詰んで」いたのだ。
「……面舵一杯……! 回避しろォッ!!」
ミラー中将の絶叫とともに、第七艦隊の壁が大きく崩れた。
衝突まで数十秒という距離で、米軍のイージス艦群が慌てふためいて道を譲る。
その「アメリカが自ら開け渡した巨大な海道」の真ん中を、巡洋艦『 たかお 』をはじめとする北斗打撃群が、一発の銃弾も撃つことなく、威風堂々と通り抜けていく。
アメリカが引いた絶対の防衛線(第二列島線)は、極東の島国が生み出した神話級の艦隊の前に、ただの「波の線」として呆気なく消え去ったのであった。




